第三十八話『電光石火』
おひさしぶりです。
いまさらながら、一話6000文字だと長すぎる気がしはじめたので、これから3000から4000文字に落とします。悪しからず。
闇夜霧を弾き飛ばしたルシファーは、瞬時にアルデに銃を向けて狙いをつける。こうも早く切り抜けられるとは思わなかったのか、アルデは刃を緩め、猛烈な反撃が来ることに警戒をして、後退する。
銃口から二発の銃弾が放たれた。一発目はアルデの左足、二発目はアルデの聖剣を握る右手を狙っていた。まずは機動力を奪い、つぎに攻撃力を奪う心算なのだろう。
アルデは弾丸の軌道を正確に把握できていた。いや、どの部位を撃たれるのかを予測できていたと云うべきか。不意打ちに近いのにもかかわらず、彼は寸分の狂いもなく飛来する二つの弾丸を刃で叩き落とした。二つの弾丸はきれいに真っ二つになっては、はかなき塵と化しては消えていった。
「防いだか……アルデ。キミのサイコトルーパーの資質はやはりあなどれないな」
「サイコトルーパー……さっきからそれを口にしているけど、いったいなんのこと?」
「知らないのか? いや、知らなくて当然か。ついこの間までは民間人だったからね、キミは」
「バイタルトルーパーとは……ちがうの?」
「バイタルエナジーを武器に戦う生体戦闘の才能がある点においては同じだが、強さという尺ではかれば天と地の差だ。まず、バイタルトルーパーの定義からおしえてあげよう」
ルシファーは一回呼吸を置いてから、説明に入る。
「バイタルエナジーの量は、個人によって大きく違っていてね。人間のバイタルエナジー量の上限は基本的に100とされている。そのうち50を超えれば生体戦闘に適正があると見做され、バイタルトルーパーという分類に属される。80を超えれば、通常のバイタルトルーパーよりもはるかに優れた戦闘能力を有するAd-バイタルトルーパーに属される。キミたちの兵で例えれば、ヤクト・ヴィオン。彼はそのAdの領域に到達している」
「じゃあ、サイコトルーパーは……?」
アルデは固唾を呑んでから、訊いた。
「限界値100を超えるバイタルエナジー量を持つ人間。それがサイコトルーパーだ」
「限界値100を超え……!?」
限界を越え、常識を覆すサイコトルーパーの力に、アルデは少しばかり吃驚する。
「そして」
ルシファーは説明を続けた。
「バイタルエナジー量の過多による影響で、サイコトルーパーは通常では会得できない超常的な感覚・いわば〝サイコアビリティ"を発現するようにもなる。たとえば、他人の心の声が聴こえたり、他人の記憶を読み取れたり……そういったことができるようになる」
「ぼくに、それほどの力があるというの?」
「ある」
「なんで、そう言い切れるの?」
「サイコトルーパーは戦うとき、目が薄い紅色に染まる特徴がある。いまは消えているけど、さっきボクと刃をまじえたとき、キミの目にはその特徴がしっかりと現れていたよ」
にわかには信じがたい咄を聞かされたアルデは、考え込んで、口をつぐむ。
「ちなみに。キミのうしろで無様なすがたを晒しているエレフ・シュバーナも、キミとおなじサイコトルーパーだ」
アルデはふりかえって、エレフのほうに目をやる。
「ボクはあえて話題に取り入れなかった。選召者であり、サイコトルーパーでありながら、彼はボクを倒しきれなかった。サイコトルーパーの強力さを説明するのに、彼を例として提示したら、著しく説得力に欠けてしまうからね」
「言ってくれるな……」
侮蔑を込めた指を差されたエレフは、くやしそうに歯嚙みをする。
「キミの武器、聖剣ラグナロクの能力は、自身の躰を透明化させる能力。その持続時間はおそらく十五秒から三十秒といったところだろう。ちがうかい?」
「なっ……さあね」
「図星か」
たちどころに視線をそらしたアルデを見て、ルシファーはますます確信した。
「さきほどボクのガトリング砲による連続射撃を受け続けていたとき、キミは十秒を切ったあたりから背を焼くような焦燥をおぼえ始めたように見えた。そして十五秒を切ると、キミは苦しまぎれにこざかしい霧を発生させて、ボクの視界を潰そうとした。もし余裕があるのなら、射撃を避け続け、ガトリング砲が弾切れしないかをまず確かめるはずだ。すぐに霧を使わなくてもよかったはずだ。なのに、キミの行動は迅速だった。となると答えは一つ。透明化の持続時間はさほど長いものではない。短くても十五秒、長くても三十秒が限界だろう」
「仮にそういう能力であっても、そういう能力であることを知ったとしても、ぼくにかならず勝てるとはかぎらないよ」
「透明化以外に、ボクに勝てる要素があるのか? キミにはほかのきりふだを隠しているとでもいうのか? はったりをしかけても無意味だよ」
しばらくすると、ルシファーは『ホワイト』でゆっくりとブレードを生成し、構えた。どのような能力かを看破され、悠長に挑発されたアルデは、先刻のようにルシファーに斬りかかろうとせず、ただ棒のように突っ立つばかりであった。
「……来ないのか。ならばこちらから!」
種さえわかれば臆する必要はない。ルシファーはつゆもためらわずにアルデに斬りかかった。反射的にアルデは胸の位置に剣を置いて、ルシファーの一太刀をからくも受け止めた。
「お、重い……」
「キミなどと違って、負けられない理由があるんだよ、ボクには!」
ルシファーはアルデの腹に膝蹴りをし、宙に浮かんで無防備となった彼にもう一太刀を浴びせた。斬創から激しいいきおいで飛び出たアルデの血液が、ルシファーの頬に付着していった。
追い打ちとして、ルシファーは倒れたアルデの足をブレードで刺して、地面ごとつらぬいた。アルデは嘔吐するかのように苦々しい悲鳴を上げ、うらめしい目でルシファーの顔を睥睨した。根気のみで立ち上がろうとしても、ルシファーに踏まれて立ち上がることができない。
「透明化の能力を使わないのか? それを使えば、ボクに踏まれていようと、ブレードで足を固定されていようと、楽々と脱出できるはずだろう」
アルデはなにも云い返さなかった。
「使ったところでこの難局を乗り切れないと悟ったか。それとも、こうやってボクに惨めに踏まれているのが好きなのか」
「ほんとうに……うざったい!」
挑発に我慢ならなくなったアルデは『生きている幻影』を発動して立ち上がり、咄嗟にルシファーから距離を取った。
ルシファーはアルデを小馬鹿にしたような声で、
「いいね。じゃあ、つぎはボクに攻撃してみてよ」
と誘っても、アルデは不動の姿勢でいた。
「なさけない!」
ルシファーは舞うようにして『ホワイト』のブレードを振った。振るたびにブレードの刃先から斬撃の波動がつぎつぎと発生し、アルデにねらいをつけて飛んでいく。
銃以外の間接攻撃が来ることを予期していなかったアルデは、接近戦に備えた防御態勢をとることしか頭になかったため、すべての斬撃をうまく回避することができず、二発、三発ほど直撃を食らった。
尖った悲鳴が響いた瞬間、アルデの胸に深い斬創ができ、そこからどくどくと赤黒い血がいきおいよく流れ出た。
重傷を負い、かつてない危機に瀕したアルデにかまわず、ルシファーはさらなる追撃をしかける。敏捷な身のこなしでアルデに接近し、ふくざつな太刀筋で彼を翻弄した。アルデは一つ一つの攻撃を肉眼で追えず、対処に遅れ、躰の所々に生々しい傷をつけられていった。しばらくすると、ルシファーは柄に一層力を込めてブレードをふりあげた。ブレードはアルデの剣に強くぶつかった。アルデはその衝撃に屈して、おもわず剣を手ばなした。ルシファーは、疲労で手に力が入らなくなったのを頃合いと見て、アルデの武器をはじきとばし、かれそのものを無力化しようとしたのである。
ルシファーがこのような戦い方に講じたのは、アルデを確実に倒せるからという単純な理由だけではない。先刻かれが張った威勢ははったりではなく、ほんとうに生きている幻影以外にもきりふだがあるかもしれないという警戒もあった。奇妙な真似をされるまえに、はやめに無力化するにかぎる。ルシファーはそう考えていた。
はかりしれぬ潜在能力がある聖剣ラグナロクをはじきとばしたのち、ルシファーは動揺したアルデの隙を突いて、二の太刀を以てかれの頚を刎ねようとする。刃が吭元に届くころにアルデはぎりぎり気がついて、のけぞってそれを回避した。
「しぶといね……苦しまずに死なせてやろうと思ったのだけど」
「……くっ、このぉ!」
ルシファーは目をうたがった。アルデはなんと、丸腰のままルシファーに立ち向かおうとしたのだ。
「こいつ、ほんとうに死ぬ気か……?」
ルシファーは容赦なくアルデに刃をふりおろした。
しかし、アルデが起こした行動は蛮勇の突撃などではなかった。ルシファーにあえて反撃をさせ、隙を生ませる完璧なブラフであった。アルデは一太刀を避けたあと、颯然と走って、地面に落ちている聖剣ラグナロクを拾いに行った。
「そういうことか! させない!」
アルデが得物を拾うのが速いか、ルシファーはそれをさまたげるのが速いか。
「遅い!」
勝負は一瞬にして決まった。軍配はアルデに上がった。アルデはふたたび手にした聖剣ラグナロクをふりあげ、斬りかかろうとするルシファーの胸にあざやかな傷をつけた。まるで、いままで受けた分をそっくりそのまま返すかのように。
ルシファーは傷口をおさえながら、とぎれとぎれの唸り声を発する。
「キミごときに……なっ」
エレフと戦い、アルデと戦い、体力もバイタルエナジーもひどく消耗しているルシファーの足許はおぼつかなくなり、視界も靄がかかったかのように曖昧となっていく。
(はしゃぎすぎたか……こんな子どもにむきになるボクも……まだまだ、ということかな)
「やすんでいて好いの?」
冷淡な声が、ルシファーの耳内にはかなく響く。
面を上げると、目の前には綽々と剣を構えるアルデのすがたがあった。
「……しまった!」
「『ヱグゼクシオン』――!」
それは渾身のバイタルエナジーを込めた、アルデの最後の斬撃だった。




