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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 04『第二次王都ゼフィランサス防衛戦 第二幕』
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第三十七話『ルーシアの蒼鷹』

復学のため、東京へ戻ります。

 ガストロとクエスの双方が重傷を負い、東門防衛部隊の大半が壊滅した。万事休すかと思われたそのとき、到頭レジスタンス側からの増援が駆けつけた。増援に選ばれたのは、ステージⅣの第13小隊、ソーニャ隊と、ステージⅣの第9小隊、救護専門のミューア隊である。

「いくら悪運強いからって、そう無茶ばかりしているといつか本当に死ぬわよ!?」

 満身創痍ながらも敢闘の精神を忘れないクエスに対し、囂々たる罵声を浴びせかけている赤髪の少女。彼女がソーニャ・アルスター。歳は十三、ガストロと同じ銃手であり、炎砲『バハムート』の使い手である。

「悪いな、ソーニャ……男はとにかく意地を張りたがる生き物だからな。お前は女の子だからわからないだろうけど」

「自分の力量と立場をちゃんとわきまえなさいよね。ステージⅢの第10小隊であるあなたが、ハンスとかいう化け物と渡り合えるわけがないじゃない! ……わたしでもきつそうなのに」

「わたし”でも”か……謙虚になりきれていないところは、お前らしくていいや」

 ソーニャが助太刀に来てくれたことでほっとしたのか、鬼のようだったクエスの顔が、一転しておだやかなものとなった。

「笑う余裕くらいは残っているようね。ミューアさん、手荒に引きずってでもいいから、このバカをさっさと医療テントへ連れて行ってください。あ、でもガストロさんにはやさしくね」

「いやいや、どっちもちゃんとやさしく連れていきますぅ!」

 ソーニャのとなりに居る桃髪の少女がミューア・ノース。歳は十五、レジスタンスのなかでも希少な衛生兵である。

「じゃ、ニールくんはガストロくんとクエスくんを、ゼンくんは生き残った防衛部隊をおねがいね」

「了解しました、ミューア隊長」

 命令を受けたミューア隊は、生存した味方の救助にあたった。

「クエスさんは大丈夫ですか。ご自分で歩けますか?」

 ニールが問いかけると、クエスは、

「俺は……いい。歩けるだけの力はある。それよりガストロさんを頼むよ。あの人のほうが重傷だ」

 と答えた。

 動けなくなったガストロの躰を支え、その場から立ち去ろうとするニール。すると、ハンスが彼の前に立ちふさがった。

「おっと、俺様がお前らを見逃すとでも思ったのか?」

「くっ……」

「わたしが相手にしてあげるわ」

 そう云いだしたのは、ソーニャだった。

「小娘が相手か」

「ただの小娘じゃないわ。これでもわたしはステージⅣの構成員。それなりに楽しませてあげられそうだけど?」

「……元気がいいな」

 ハンスはふっと笑った。

「なんてな! ……安心しろ。俺様はもうなにもしない。ここで撤退させてもらうぞ」

「……はあ!?」

 戦闘の意思を見せないハンスに、ソーニャは驚愕した。

「お前たちの粘り勝ちだよ。見ろ、俺様の部隊を……へばっちまってるだろ? 部隊の半分が死傷することは負けを意味する。仮にここでお前たちとの戦いを継続して、そのあと勝ったとしても、いまの部隊では先にはいけない。だから一旦引き上げだ」

「ちょ、ちょっと! こんだけ暴れておきながら帰るですって! 帰られたら逆に困るわ! わたしがなんのためにここに来たのかわからなくなるじゃない!」

「お互い無駄な血を流さずに済んだんだ。それでいいじゃねえかよ」

「納得がいかないわ!」

 わがままを通そうとするソーニャのそばに、ミューアが駆け寄った。

「はいはい、もうやめなさい。ここで戦ったって、何のメリットもないよ?」

「……うう、ミューアさんにそう言われちゃうと。しょうがないわね……!」 

 諭されたソーニャがようやく押し黙ると、ハンスは部隊に撤退の合図を出した。

「引き上げる前に一つだけ……おい、クエス!」

 名を覚えられ、呼ばれたクエスは一瞬、動揺する。

「いまのお前は心身ともに未熟だが、いつか強くなって、俺様と互角に戦える日が来るといいな!」

「……つぎに会ったときは、ぶちのめしてやる」

「楽しみにしておく! では、さらばだ! レジスタンスの諸君よ!」

 クエスはうずくまり、おのれの非力を呪った。

「くやしさって、こういうことを言うんだな……あらためて、思い知らされたぜ……畜生!!」

 拳で地面を叩きつけたあと、クエスは遠くへと消えてゆくハンスをうらめしく睨んだ。かくして、レジスタンス側の戦力に大きな打撃を与えたプロヴァンス帝国の猛将・ハンスは、クエスにとって生涯忘れえぬ最大の宿敵となったのである。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


 踏ん張っても、工夫をこらしても、全力を尽くしてみても、それでもなお打ち勝てぬ敵は大勢居る。さきほどのハンスとおなじように。「最」という接頭語は本来「つよさ」につきえない。最強だと思ったら、じつはその上にまた最強が坐っていた、なんてギャグは往々にしてある。端的に言えば、世界は広大、経験は狭隘ということだ。だからこそ、生きる人々に油断は許されない。自分の命を刈る強者があらわれるかもしれないと常々思い、身構えながら生きていかなければならないのである。

 ルーシア最強と謳われる剣士・ヤクトでさえも、敗北を知らぬわけではない。ひとたび戦に赴けばかならず勝利を持ち帰ってくれると、ほかの構成員は彼に対して並々ならぬ信頼を寄せているが、信頼など戦においてはなんの役にも立たない。傷を癒やす薬にもならないし、敵を殺す刃にもならない。いたずらに気力を消費しているだけである。現に見よ、ヤクトのすがたを。リヒテナウアーに苦戦を強いられ、全身に痛々しい傷を負っている。

「諦めが悪いのう、ヤクト坊や。先はとうに見えているじゃろう、大人しく退いてくれんかのう? そうしてくれれば、命までは取りはせぬよ」

「悪いね。俺はステージⅣのトップなんだ、簡単には退けねえよ。あんたをぶっ飛ばして、先へ行かせてもらおう」

「儂らの大将の許へ行く心算じゃろう? それは困る。いくら大将が強いとはいえど、さすがにおまえさんには勝てぬ。大将はそれを解っているから、儂を使ったのじゃ」

「俺に勝てるのはあんただけ、ってことか」

「そうじゃな」

「ふうん、なかなかさかしいじゃない。おのれの力量を正確に測れるなんて、頭下がるぜ」

 そう言い終えるや否や、ヤクトは腰に掛けた二本のダガーを素早く取り出し、リヒテナウアーに向かって投擲した。リヒテナウアーは右手に持った聖剣『ダモクレス』を使ってダガーを弾き飛ばし、もう一本は左手に持った鞘を使って難なく凌いでみせた。もちろん、ヤクトはこの程度の不意打ちで彼を倒せるとは思っていない。これはあくまでも、リヒテナウアーが防御に両手を使った際に生まれる一瞬の隙を突くための牽制に過ぎなかったのである。

 投擲の直後、ヤクトはリヒテナウアーのほうへと駛走し、両手に持った騎士剣『ルーシスブレイヴ』で斬り掛かった。だが、リヒテナウアーは老体に似合わぬ俊敏な動きでそれを回避し、攻撃が空振りして体が宙に浮いたヤクトの腹に一発蹴りを入れた。ヤクトは少しひるみながらも、蹴ってきた足をむんずと手でつかみ、そのまま引っ張ってリヒテナウアーを自身へと近づけさせて、右手の剣で彼の胸を刺し貫こうとするも、あえなく鞘で防がれる……といった「カウンターにカウンター」の攻防が絶え間なく続いた。

 しばらくすると、ヤクトは攻撃に使おうとした右手の剣を直ちに引っ込ませた。それを防ごうとしたリヒテナウアーは愕然とし、思わず蹌踉よろめいた。ヤクトは剣を引っ込ませたあと、リヒテナウアーの左足に鋭いローキックをかました。

「いただきィ!」

 左足が傷んで、体勢が不安定となるリヒテナウアー。それにつけこんだヤクトは左手の剣を構えて、とうとうリヒテナウアーに強烈な斬撃を叩き込むことに成功した。

「ぐっ」

「こいつァ旨ェ! が……まだ終わらねえぞ!」

 大ダメージを受けて動きが鈍ったところを、ヤクトは逃さなかった。目にも止まらぬ速さで左手の剣を構えて、リヒテナウアーの左肩を刺し貫いた。この追撃のあと、ようやく体勢をととのえられたリヒテナウアーは、慌てざまにダモクレスでヤクトの剣を切り払い、ヤクトのリーチでは届かない場所へと後退した。

「いささか図に乗りすぎじゃのう、おまえさんは……」

「あんたの動きにいいかげん慣れてきたぜ。次はこんなもんじゃ済まねえ。串刺しにしたあとぽいって斬り捨ててやるよ」

「……じゃが、単純な斬り合いで儂を圧倒したことは称賛に値するか。儂がこれほどの刃傷を負ったのは十五年ぶりじゃからな……ヤクト坊、ずいぶんと成長したものじゃのう」

「そいつはどうも」

「さらに成長したくば、この儂のしかばねを越えていくことじゃな。……『スターライトイラプション』——」

 ダモクレスの刀身がまばゆく光ったかと思うと、そこから七つの星が生まれて、飛び出した。

「ゆけ、星々よ」

 そう命じられると、七つの星は曲線を描きながらヤクトのまわりを囲んでいった。

「なんだぁ、こいつら? いったい何をする気だ?」

 なにをされるかわかっていないヤクトは、つい身構えた。

「敵を撃滅せよ」

 そして七つの星は、中央にいるヤクトに狙いをさだめて、高出力のレーザーを発射した。

「ちっ、そういうことかよ!」

 四方からの攻撃なので、回避はむずかしい。しかし、上へ飛べば、なんとかやり過ごせる。そう思ったヤクトは地面を蹴って、上に避難した。

「……その判断、間違いじゃな」

 リヒテナウアーはふっと笑った。

 四方から発射されたレーザーだけが攻撃の全てではなかった。七つのレーザーが同時に衝突すれば、その瞬間に融合反応を起こして大爆発する。その爆発の行き届く範囲は地上半径二〇米と、高さ五〇米。たった五米しか跳んでいないヤクトをたやすく呑み込んでしまうのだ。もともとこの技は、一人の兵士を倒すためのものというより、複数の小隊を一気に殲滅するためのものである。だから、ヤクト一人に使うには、あまりに大袈裟な技であると言える。それでもこの技を使ったのは、それだけヤクトが侮りがたい兵士と認識しているからなのだろう。

 爆発したレーザーのエネルギーは、みるみるヤクトのほうへと昇っていく。いまさら回避しようとしても、間に合わない。

「……あのなあ、爺さん。俺はなんと呼ばれているか、知っているか?」

 ヤクトは両手の剣を交差させて、誇らしげに叫んだ。

「俺は型破りな剣士、『ルーシアの蒼鷹おおたか』だ! そんじょそこらの連中とは格が違うぜ!」

 そして彼はなんと、迫ってきたエネルギーを剣のみで受け止めたのである。

 さしものリヒテナウアーも、このような無茶に目をみひらかせ、驚嘆した。

「な……剣のみで……剣のみでダモクレスの力を受けきっているというのか! 敵ながら天晴よ……!」

「でやあああああああ!!」

 受け切っただけではない、ヤクトは負けじと押しかけてくるエネルギーの塊を、すさまじい力で押し返していた。

「この程度へっちゃらだぜ! むかし、俺はアマリアさんと戦ったことがあったんだが、あの人の攻撃のほうが断然激しかったぜ?」

「信じられん……聖剣ならともかく、ただの剣で……!」

「こいつを片付けたら、つぎはあんただ。覚悟しとけよ!」

 リヒテナウアーは、ダモクレスの柄を力強く握りしめた。

(ぐっ、ヤクト坊よ……ほんとうに成長したんじゃな。さてどうする。儂の役目は時間稼ぎ。ルシファー様の戦いが終わるまで、ヤクト坊を足止めする。無理に倒す必要はない。ここで儂が倒れたら、プロヴァンス帝国の敗北は決定的となる。いまのルシファー様では、ヤクト坊に勝てぬからな……)

 想像していた以上の強さを発揮するヤクトに圧されたリヒテナウアーは、いささか自信を喪ったようだった。

(いかん、なにを弱気になっておるのだ、儂は。こいつが儂に比肩する力を持っていたとはいえ、かならず儂に勝てるわけではない。らしくないぞ!)

「あんたさ! 最近は自分よりはるかに弱いやつとばっかり戦ってきたもんだから、こういう予期せぬこととか、自分を圧倒するようなこととか、そういうのに対して免疫がないんだろ! だからそうやって無駄にうろたえているんだろ!」

「……何を!」

「図星ってことでオーケーだな。……ようやく解ったぜ、そいつがあんたの数少ない弱点なんだよ!」

 『スターライトイラプション』のエネルギーが段々と勢いを削ぎ、無に還されてゆくと、ヤクトはためらわずに剣をかまえながら、駆け抜けるようにリヒテナウアーのほうへと飛んでいく。

「またおかしな技を出してくる前にしとめないときついかもしれないな……つぎは俺のターンだ! 喰らえ!」

 湧き上がるヤクトのバイタルエナジーに反応したのか、両手に持った騎士剣『ルーシスブレイヴ』の刃に蒼い光が宿り始めた。

「よし、やれるみたいだな、さすがだぞ俺!」

「儂は負けぬよ……負けてはならぬのだ……ルシファー様のために……プロヴァンス帝国のために……」

「十分お仕事しただろ! お爺ちゃんはとっとと三途の川の向こうまでご隠居なすって!」

「……な、これは……何じゃこれは!? ダモクレス、まさか怯えておるのか!」

 怯えていたのは、ダモクレスではない、リヒテナウアーのほうだった。ただ彼は自分が臆していることに気がついていないのだ。

「俺の信念、俺の強さ! それらを込めた全身全霊の一撃こそがこれだ。これにほかならないんだよ! 解ってんのか、リヒテナウアー!」

「目を覚ませ、ダモクレス!」

 とはいっても、ダモクレスの目はもとより覚めている。

 ルーシスブレイヴの刃に宿った光は次第にまばゆくなっていった。

「『ブラウ・ファルケン』だ! 弾け飛べ!」

 蒼き光による斬撃。それはダモクレスを以てしても防ぎ切ることはかなわなかった。ダモクレスはヤクトの言うとおりに弾け飛んだ。そしてリヒテナウアー自身は、蒼き光による斬撃を直に胸に食らって、初めて致命傷といえるような傷を負うことになった。

「決着だぜ、こんちくしょうめ!」

 踏ん張っても、工夫をこらしても、全力を尽くしてみても、それでもなお打ち勝てぬ敵は大勢居る。いまのリヒテナウアーとおなじように。「最」という接頭語は本来「つよさ」につきえない。最強だと思ったら、じつはその上にまた最強が坐っていた、なんてギャグは往々にしてある。端的に言えば、世界は広大、経験は狭隘ということだ。だからこそ、生きる人々に油断は許されない。自分の命を刈る強者があらわれるかもしれないと常々思い、身構えながら生きていかなければならないのである。

 疲弊したヤクトは、剣を地面に突き刺して、独白した。 

「……爺さん。最強でいるためにはな、まず最強というものを否定しなきゃはじまらないんだ。”最強”というものを妄信すると、自分より強い相手を前にするとたちまち観念して、戦いを放棄するようになるんだ。『だって相手は最強なんだ、勝てっこないじゃん』って思うようになるんだ。それじゃよくない。勝てるかもしれないのに、その可能性を潰すことになりかねないからな……」 

 

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