第三十六話『不撓不屈』
戦闘描写が苦手なので、文章が雑になってしまいます。大目に見て頂けると助かります。
ガストロはステージⅣ・第11小隊の隊長を務める男である。敵を狩る際に用いる最大の武器は二挺拳銃『ベルムヴァーナ』。射程距離が短い欠点を有するが、その代わり銃弾は鋼鉄をもたやすくつらぬくほどの威力を誇り、ハンドガンなのにもかかわらず秒間五十発も放つことを可能としている。その武器性能ゆえに、ガストロは集団戦よりも、一対一の個人戦のほうが向いていると評価されている。
たかがハンドガン油断したら、それが命取りになる。ハンスのVE防弾チョッキの破損具合を見れば、ベルムヴァーナの威力の強烈さが亮然とわかるだろう。分厚いチョッキに大きな穴があけられていて、その奥の深淵からは黒に近い赤がたえまなく流れ出ている。数発ていどの銃弾なら容易に防げるが、貫徹力が高い銃弾を一気に五十発以上も撃ち込まれればさすがのチョッキも持ちこたえられない。チョッキを通り越して、包んでいる血肉をも無惨にえぐることになる。
一度でもまともに食らえば即死につながりかねない。先刻余裕そうに構え、豪快に戦っていたハンスは、このベルムヴァーナの威力をまのあたりにして、にわかに異様な緊張感で表情を強張らせた。彼の握る剣の柄からは、一筋の汗がきらめいて見えた。対照的にガストロのほうは不気味なくらいの落ち着きぶりで、彼の灰色の睛には映っているものは、戦慄の氷でも、闘志の炎でもなかった。ひとえに虚無の風であった。
いくつもの場数を踏み、危機を乗り越えてきたハンスにとって、敵兵の戦意と殺意、威嚇と吶喊はすべて塵にひとしく、みずからの恐怖を煽るに足りぬものだが、敵兵の無心を感じ取ったのはこれが初めてである。いまだかつて経験したことのない感覚だからこそ、かえっておそろしい。
ひさびさに戦い甲斐のありそうなやつが出てきたと、ハンスは心を躍らせた。
剣を縦へ、横へ、斜めへと振っても、ガストロにはかすりもしない。ようやく当たったと思いきや、硬い腕甲で難なくふせがれたり、手掌に集中させたバイタルエナジーの風でしりぞけられたりと、うまいこと躱される。避けるべき攻撃と、避けられないがふせげる攻撃をしっかりわきまえているようだった。それから、彼の反撃能力も亦優秀で、ハンスが斬りかかろうとした瞬間に見せる小さな隙を目ざとく見つけ、そこに銃口を向けて正確に撃ち抜こうとすることがある。数々の戦いをくぐりぬけてきたハンスなら、隙を突かれそうになっても死なない程度に回避できるが、ふつうの兵士ならば一瞬であの世行きになってしまうであろう。
「チェック漏れだったぜ、こんな逸材がひそんでいたとはな……やはり、レジスタンスはおもしろい集団だな!」
「ああ、そう」
冷淡な声がさびしく薄れていくや否や、ガストロは射撃の態勢を一切取らず、悠長に突っ立ったまま急に右手の銃の引き金を引いた。攻撃してくる気配がまるでなかったため、ハンスは咄嗟にそれに対応することができなかった。回避が遅れたせいで、右足に何発かの弾丸が食い込む羽目になった。
「ちょっ、不意打ちみてえなもんだぜ、それ!」
「……戦いに集中しなかったあんたが悪い」
「子供の分際で手厳しいじゃないか。お前、いくつだ」
「十五」
「歳の割には冷静だな、十分買える。どうだ、プロヴァンス帝国軍に寝返らんか?」
「笑えない冗談だな」
また一発、銃口から弾丸が放たれる。しかし、真正面からの攻撃に反応しきれないほど、ハンスは鈍くない。右足を負傷し、若干の機動力が落ちながらも、弾丸は避けきってみせた。
すると、地面がいきおいよく盛り上がり、巨大な岩の刃となって、ガストロめがけて飛んで行った。不意をついた攻撃であるが、それでもガストロは一切動じず、高く跳躍することでそれから逃れてみせた。無駄なダメージを受けずに済んだのは幸いであるが、ハンスの手の内をひとつ把握できたことのほうが有益である。ハンスの有するバイタルエナジーの性質は土系。その情報を掴んだら、すくなくとも土性質を用いた奇襲におびえる必要がなくなる。
ガストロはかなり戦い慣れている。生半可な戦い方が通じない、厄介な敵だ。そう認識したハンスは余裕そうな表情を引っ込め、自慢のミニガンに弾丸を装填した。本来は一対一での戦闘より、集団を相手にした戦闘のときにつかわれる武器なのだが、相手が油断ならない強豪となったら話がちがってくる。一人で集団レベルの戦闘力なのだから、つかわないわけにはいかないだろう。
「若造。光栄に思えよ。俺様のこの『ハンス32号』は、もともと一対一の決闘で使うような武器ではないからな」
「……」
「よし、お前のそのハンドガンと力比べといくか!」
ハンスは戦いの愉悦を一旦忘れ、とうとう本腰を入れはじめる。楽しむ戦いではなく、殺す戦いをしようとしている。さっきまでガストロはハンスとうまく渡り合えていたが、ここから先の展開は未知数であり、予測不可能である。
「さっそく行くぞ! ドリャァ!」
間を置かずに、ハンスはミニガンを乱射した。無数の弾丸が集まってできた竜巻が、ガストロへと襲い掛かる。ガストロがすばやく逃げると、竜巻は逃げたところへと軌道修正する。ここで注意したいのは、ガストロが逃げる方向にレジスタンスの同胞がいるのかどうかだ。言うまでもないことだが、もし居たら彼らに巻き添えを食わせるおそれがある。
力比べをしようとハンスは言っていたが、実際にくらべなくても、ガストロが圧倒される場面は目に見えている。ベルムヴァーナはぜんずるところ、速射性能がきわめて高いだけのハンドガンに過ぎず、速射を本職としているミニガンにはぜったいにかなわない。
なんとかハンスに近寄ることができれば、勝ち筋は生まれる。というのは、ハンスがただの火兵であることを前提とした場合の話だ。ミニガンをメインウエポンとする戦士は接近戦に弱く、至近距離まで迫られて攻撃されたらひとたまりもない。だが、ハンスはミニガンだけではなく、斬馬刀も持っている。重量のある斬馬刀は高速戦闘には向かないが、ハンスはなんとそれをナイフのようにお軽々とあつかえてしまう。だから、甘く見てはいけない。至近距離まで近づけば、一刀両断されるのが落ちだ。
とはいえ、逃げきれなければ蜂の巣、敵に近寄ればスクラップ。なすすべがないではないか。それはしかたのないことだ。もとよりこの戦いに勝つすべなどありはしない。この戦いが無茶苦茶なのではなく、この戦いに単身で挑もうとしたガストロが無茶苦茶なのだ。彼は冷静だが、意外にも熱血な一面もあって、仲間を侮辱する者、仲間を傷つける者があらわれると、とたんに理論的な思考ができなくなって、激情に駆られてしまうタイプの人間である。それゆえに、彼はハンスを許せなかった。力の差が歴然でも、挑めば死ぬとわかっていても、それでもみずからの手で倒さねばならないと考えてしまったのだ。
しばらくして、ガストロはやっと攻撃のタイミングを見つけることができた。彼はおもいきってスライディングをし、弾丸の通っていないわずかなスペースをするりと通り抜け、そうしてハンスの背後にまでたどりついた。攻撃している最中の敵の背後を取るのはおいしい。敵は咄嗟に攻撃を止められず、動きが鈍重になる。その隙をねらって速攻すれば、敵に手傷を負わせる確率がぐんと高くなる。
守られていない、がら空きの背中に、ガストロは照準を合わせ、躊躇なく引き金を引いた。
ハンスのミニガンほどの規模ではないが、殺傷能力は十分である。
だが、ハンスのほうが一枚上手だった。かねてよりガストロの狙いを読んでいたらしく、彼が銃口を向けるよりも前に、ハンスは背中に分厚いバイタルシールドを張っていた。ガストロの動きはわりかし素直で、確実にハンスの心臓を撃ち抜こうとしているのが亮然とわかる。だから、ほかの部位を守るシールドにバイタルエナジーを使う必要がない。そんな無駄なことはせず、心臓部にありたけのバイタルエナジーを集中させ、鉄壁のシールドを生成するのが、この状況において最善の判断となる。これほど分厚いシールドならば、なんとかガストロのルーンから放たれる激しい砲火の群れを受けきれる。
ハンスの判断はまちがっていなかった。飛来するベルムヴァーナの弾丸たちは、さきほど張った一点集中型のシールドにより悉く防がれ、砕かれ、無数のバイタルエナジーの滓片となっては、はかなく散って、消えていった。ガストロにとっては、非常に口惜しい結末であっただろう。せっかく攻撃のチャンスを見つけたのに、いともたやすく無に帰せられる。
「若造。お前の才能はみとめてやろう」
ハンスに、反撃のターンが回る。
「若い芽はさっさと摘んでおかんとなあ!」
轟音はふたたび鳴り響く。ガストロはすでに疲弊しきっていて、ミニガンによる猛攻を回避するだけの力さえも枯れ果てている。今度こそ蜂の巣にされると、彼は諦念して、両手のハンドガンを地べたに落とした。
しかし、みすみすと仲間を見殺しにできるほど、周囲のレジスタンス構成員たちは薄情ではない。おびえながら戦いを観ていたひとりの構成員は、咄嗟に飛び出し、ガストロを強く押して、射程外の安全な方角へと避難させた。そして、深手を負ってしまって動けなかったもうひとりの構成員は、ゆっくりと立ち上がり、小銃を以てハンスを撃ち、追撃の妨害を図った。
「ガストロさんはやらせないぞ……おっさん!」
「もうあんたなんか怖くないぞ、死ね!」
勇気あるふたりの行動に感化された構成員たちはハンスに狙いをつけて、一斉に銃撃を開始した。予期せぬ猛攻を受けたハンスは、いそいで後方へとしりぞいた。
「ハンス隊長!」
あらたにハンス隊に配属された新兵、グレミーがハンスの許へと駆け寄った。駆け寄ったグレミーの頬を、ハンスは一発平手打ちをかました。
「馬鹿モン、俺様にかまうな! こいつらは俺様が対処する。お前らはほかの構成員を相手にしろ、それくらいわからんか!」
「も、申し訳ございません! ですが、我々の部隊は今半壊しております。形勢が不利です!」
「たわけたことを! 数ではこちらのほうが有利であるはずだろうが!」
「それが……やつら、急に獣のように強くなって……銃で撃たれてもひるまず、ひたすら攻撃を仕掛けてきて……」
「なんだと……?」
実際グレミーの云うとおりであった。見てみれば、ハンスの部隊のほとんどが倒れ、レジスタンスの部隊のほとんどは立ったまま小銃を撃ち続けている。構成員たちの躰には銃創が多く見られる。そうとう撃たれたはずなのに、彼らは平然として、やすまず引き金を引いている。きわめて異常な光景であった。
「ゾンビみてえなやつらだ……ていうか、なんだ。見直したぜ。やればできるじゃねえかよ、レジスタンス……!」
驚嘆するハンスの背後に、一人のレジスタンス構成員が回り込んだ。
「おっと、あぶない!」
バイタルブレード『オフェンサー』の斬撃。ハンスは腕に生成したシールドでそれを受け止めた。
斬りかかってきたのはクエスだった。
「さっきの威勢のいい若造か!」
「負けて……たまるかよ! "不死鳥のクエス"と呼ばれたこの俺の底力を見せつけてやる……!」
「何のその!」
ハンスは斬撃を受け止めたシールドを腕から離し、クエスの躰に強くぶつけた。したら、クエスはそれに突き飛ばされて、態勢を崩した。
「お前、クエスと言うのか! その不撓不屈の精神力、恐れ入ったぞ!」
「敵に見込まれたところで!」
クエスはすぐさま態勢をととのえて、腰にたずさえたライフル銃でハンスを撃つ。だが、発射された銃弾はすべて、かろやかに避けられた。
「いい加減ここで朽ちていってくれよ! 死んでいった仲間たちのためにも」
「そんなことで殺されなくちゃならんのなら、人類はとうのむかしに絶滅しておる!」
「お前たちが絶滅してくれれば良いんだ、身勝手な戦いを仕掛けてきて!」
「仮にも軍人だろう! 人の死に過敏のままでいると、本来守れるものさえ守れなくなる。この先やっていけなくなるぞ!」
「お前たちが攻めてこなければ、わざわざ守らなくて済むんだ。みんな死ななくて済むんだ! 説教する立場かよ!」
「……なかなかによくしゃべる小僧よ」
「ルーシア王国は、プロヴァンス帝国に対してなにもしていない。それなのに、大した証拠も提示せずに、一方的にルーシア王国を悪だと決めつけて、宣戦を布告して……! わかっているのか、子どもたちは戦わされているんだぞ!」
「十二分に悪じゃないか! 子どもを戦わせる時点で、この国家は穢れているのだ!」
「やはりわかってくれない……いいさ、わかってくれないほうが、こちらとしては都合がいい。躊躇なくお前を撃ち殺せる!」
クエスは怒りにまかせて、ライフルを乱射した。
「子どもはまだ分別がつかないってのに。これだから、やりにくい!」
もはやこの戦いに、心躍るものが感じられなくなった。駄々をこねている子ども相手に本気になるのも馬鹿馬鹿しい。ハンスの心はすっかり冷めきっていて、さっさとクエスを片付けて、ほかの敵兵の処理に向かおうと考えていた。クエスを敵として見れなくなったのである。
「そんなに仲間が恋しいのなら、俺様が仲間の許へと送ってやるよ。ほれ、餞別だ、受け取れ!」
ふしぎなことが起こった。ハンスはなにもないはずの空間からバズーカ砲を取り出した。
「……な、どこからそんなものを!」
ハンスはさきほどまでバズーカなど使っていなかった。というより、そもそも持ってすらいなかった。バズーカは隠し持てるほど小さい武器ではない。だから、不可解な亜空間から取り出したとしか思えない。
考えられるとしたら、プロヴァンス帝国が独自で開発した技術……おおかた、不足した武器を基地から転送する技術といったところか。未知の技術を目にして、困惑をおさえられずにいるクエスに、一刻の猶予も与えられなかった。バズーカの砲弾は無慈悲にも、無防備のクエス目掛けて飛んで行った。
「ぼさっとするな! 死にたいのか、クエス!」
砲弾は、弾道を描いている途中に爆発した。クエスに直撃するすんでのところで、ガストロのベルムヴァーナによって撃ち抜かれたのである。
「あぶなかった……ガストロさんが助けてくれなければ、俺はまちがいなく粉々に……はっ、ガストロさん、無事ですか!」
「無事なものか……俺のバイタルエナジーは枯渇している。いまのが俺の精一杯だ……」
ガストロはいまだに地面に倒れ込んだままであった。立つ力さえも残っていないのであろう。
「負け、だな」
「……なに弱気なことを言っているんです! 負けをみとめなければ、負けにはならないんです! 俺はまだまだやれます!」
そのときだった。
「だっさ! 強がっていないで、さっさと引っ込んでいなさいよ!」
拡声器でも使ったかのような、かまびすしい少女の怒声がこの場を包みこんでいった。




