第三話『その名はラグナロク』
ぼくの知人に純文学志望の方がいるのですけれど、彼はライトノベルを馬鹿にしている傾向にあるようです。しかしぼくもいちおう彼とおなじく純文学を専門分野としているのですが、ライトノベルを馬鹿にすることはありません。というかできません。ぼくはおもに心理描写にたけていて、戦闘描写などぼくにとっては不得意中の不得意で、苦痛でしかありません。だからこそ、ぼくは、バトル系のライトノベルをお書きになられる作家さんたちに、並々ならぬリスペクトのまなざしをむけているのです。ライトノベルを書く人間に純文学を書かせるのはむずかしい、それと同時に、純文学を書く人間にライトノベルを書かせるのも、またむずかしいのです。おのれに為せぬ業を為せる人間を、どうしておとしめることができましょうか。
閑話休題。プロヴァンス戦記第三話です。かわいがってください。
碧い粒子を点滅させ、四つ筋の光刃をほとばしらせるアルデの聖剣。その聖剣の放つ熱はどう考えても尋常ではない。あやつられたルシアはアルデの攻撃を受け流すことにすこぶる難儀した。一回一回ふせぐごとに、アルデから与えられた剣圧によって腕が痛むのだ。このままずっと防御に徹すれば、腕がもげてしまうのではないかと憂虞するほどの痛みであった。いよいよ耐えられなくなったルシアは、ついひるんでしまい、片膝をついた。
「よし! そこっ!」
その隙を見逃ず、アルデはルシアの腰に重い峰打ちを食らわせた。
「うぐっ……!」
ものすごいいきおいでルシアはうち飛ばされ、すぐ近くの岩盤にぶつかった。
「あ、ごめん、ルシア! つい強くやっちゃった!」
「……ふぇえええええ、頭の上に彗星が回っているぅ~アルデゆるせん……」
「ほんっと、ごめん!」
アルデは額づいてルシアに謝罪した。
「存外役に立たない駒だね……」
さも退屈そうに木蔭で佇立し、一向に終わらない二人の戦いをながめるジン。
「こいつァ、このおれが直々に手を下すしかあるめえ。待ってるのも飽きたぜ」
そう言ってジンは腰がけのポーチから一丁の拳銃を抜き取って、倒れているルシアにむかって光線を発射した。光線は複数の輪へと変化してひろがり、ルシアの四肢五体をきつく縛り上げた。
「うぉ、なんじゃこりゃ」
おどろくルシア。
「キャプチャーリングさね。役立たずには休んでもらうとするぜ。ここからはおれがやるさね」
「なに?」
「いいじゃねえか、手前の手で手前の守るべきやつを殺さずに済むんだ。まあ、ジャマされちゃあ困るんで、オマエさんはその輪に挟まれたまま正座でもしてなァ」
するどい眼光を白刃のようにきらめかせるジン。そして彼の左手がすぽっと抜けて、地面に落ちていった。どうやらホンモノの手ではなく、義手だったようだ。その義手のなかには、霜花のごとくにましろな諸刃が仕込まれてあった。
「小娘の言うとおりよ。マニピュレーターは、バイタル・イドルをうしなってしまえば戦闘力は限りなくゼロになる、だがねえ、ホンモノの達人ってぇのはァ」
諸刃は薄紅色のバイタル・エナジーを纏い始め、竜巻のようにすさまじい力を放ち始めた。
「つねに第二の暗器を隠し持っているモンさね」
「……っ! ”オルトロス”か?」
厄介なものを目にしたルシアは、どうにかして自身を紮げる光輪を弾き飛ばそうとしたけれど、やはり無駄であった。そもそもいま弱っているルシアに、光輪を無力化することはとてつもなくむずかしいのである。
「オルトロス?」
アルデは嫌な空気を感じ取った。
「プロヴァンス帝国軍の上級兵があつかうブレードだ……なるほど、どうやらこのお兄さんは、そこらにいる雑魚とはわけがちがうらしい」
「その派遣された雑魚たちはなさけねえことに、みんなあっけなくおっ死んじまったようだからなァ。あまりにたよりにならねえから、このおれみずからが戦場に駆り出されたって次第さね」
と、ジンは自慢げに言った。
アルデは剣の柄をかたく握りしめた。
「あ、アルデ」
「だ、だいじょうぶだとおもう、ルシア」
「だいじょうぶって……あんた!」
「いずれにしろ抵抗しなきゃやられるんだ……逃げたって意味がない。どうせすぐに追いつかれるだろうからね……」
ぷつぷつと冷や汗を吹かせながら、アルデは言った。
「いい覚悟してやがるぜ、小童! よろしい。その覚悟を見込んで、ちったぁ楽に死なせてやるさね!」
(く、来る!?)
アルデはぎこちなく構える。
ずどん。急速に飛来した岩に衝突したような感覚がアルデを襲った。いつのまにかジンの刃がアルデの右胸を刺し貫いていた。はじめは、疼痛がなかった。あまりにもだしぬけなことであるため、疼痛を感じる時間がほとんどなかったのだ。
「え……え?」
三秒ほど経つと、骨にしみるような疼痛がようやく雄叫びをあげだした。
「うっ、わっ! うわああ、痛い、痛い!」
悲鳴をあげるそのたんびに、痛みは跳ね上がるかのように強くなる。いや、呼吸をするだけでも痛みはあった。頭の中に独楽鼠が這い回っているかのようなパニックに陥ったアルデは、おどおどと視線を晃らめかせており、びくびくと身を震わせて、地面にひざまずいた。経験したことのない痛みを忍耐することなど、アルデにとってはかなわない話である。
おのずと涙が頬をくだる。おのずとうめきが口をくだる。神経の号哭が聞こえるような気さえした。アルデは呼吸をできるだけ抑え、なるたけ痛みを感じないように動きを節減していった。
「ありゃありゃ……ヘンに動いてくれるモンだから、急所を突きそこねちまったじゃアねえか。まったく、おとなしくじっとしていりゃ、こんなに苦しむことなく無事に黄泉に行けるってぇのに」
「う、うう……」
「おやおや……泣いちまったよ」
ジンの冷ややかな笑いが、ルシアの癇癪に障ってしまった。
「あんた……!!」
「まあ、そう怒らんでくれさね。おれとて小童を斬りたくて斬っているのではないのさ」
「斬る必要なんてないでしょ、キャプチャーリングとやらで捕まえて、アルデから聖剣を取り上げればいいじゃないか! なのに、なぜアルデをいたずらにいたぶるの」
「惜しむらくはおれのキャプチャーリングは一発で使い捨てでねえ。二度使うことはできめぇよ。それに、よしんば二回撃てる仕様のキャプチャーリングがあったとしても使うことはない。おれにはこのアルデとかいう小童を殺す義務があるのでねえ」
「義務……だと?」
「おれたちが聖剣を狙う理由は主に二つ。一つは貴重な兵器であるため。それからもう一つは、ルーシア王国の戦力の削減のためだ。ルーシア王国に聖剣をとられちゃあ、おれたち帝国は戦力的に不利になるからな。だが、聖剣を回収するだけじゃあ不安要素は完全に消えない。聖剣とセットになっている選召者も殺っておかねえといけねえのさ。選召者のバイタル能力値は脅威だ。聖剣なしでもそうとう強い……この選召者である小童は、いずれおれたち帝国に刃向うかもしれねえ。そうなれば絶対面倒なことになりかねねえ。だから、殺すんだ。わかるだろう?」
筋道を丁寧に立てたジンの説明に、ルシアは合点がいったけれども、だからってアルデを殺させるわけにもいかないと同時に思った。
「……反論できないようだな。そうさ。軍人たるもの、国益のために動かにゃならん。おれとおなじ軍人たるオマエさんには、反論できまいよ。国家の勝利のためならば、子ども一人の命を捨てることなど厭わない。これが……”真理”ってやつさね」
ジンは胸を抑えて苦しむアルデのそばへとあゆみ寄った。
「つらそうだなァ」
「……!!」
「大丈夫さね。すぐ終わる」
「……い……やっ!!」
すると、アルデの聖剣が突如光を帯びて浮き上がり、ジンに向かって突っ込んでいった。
「なにっ」
間一髪のところで予期せぬ一撃を躱したジンであったが、聖剣の進撃は止まらなかった。
「オート機能がついてるたァずいぶんとハイテクな聖剣だなァ、じつに当世風なこって。で、なにさね? 飼い主の命を守るためにおれに噛み付く気さね? 泣かせる忠犬さね……」
しかし虚空を乱舞するその斬撃を、ジンは防ぎ切ることができなかった。
(まずいさね……この剣単独でも強え。おれの動きをしっかりと見抜いていやがる)
このままではいずれは斬り伏せられると確信したジンは、左手を強く払った。そうすると、二体のバイタル・イドルが林の向こう側から飛んできて、ジンのちかくで停止した。
「まだ……木偶人形が残っていたか……!」とルシアは言った。
「おうよ。緊急時にのみ使うはずだったスペアの玩具だが、この際かまってられねえ。オイタが過ぎるこの聖剣におとなしくしてもらうためさね」
迫りくる防御不能の神刃。一体のバイタル・イドルはトンファー型のブレードを以てしてそれを受け流し、もう一体のバイタル・イドルは等身大の巨剣を以てしてそれを攻撃した。この戦法により、ジンはかろうじて劣勢から逸脱できた。彼は二体のバイタル・イドルの援護として、自身もオルトロスで応戦した。だが、それでもなお、ジンには勝機というものが見当たらず、攻守完璧の聖剣に、もっぱら驚嘆をこぼしていた。
「3対1の勝負でも、なかなか参らねえな。さすが聖剣といったところさね」
すると、聖剣はさっと身を引いて、流れるようにアルデのもとへと飛んでいった。
「ああ? なんだ。急にしりぞいたな」
ジンはいきなりの離脱に呆気を取られ、そしてこれに不審を打った。地面にひざまずいたままのアルデは、自分のちかくに浮遊する聖剣を、うつろな目でながめだした。
「ラ……」
アルデは小さな、はかなげな声で言った。
「ラ……グ……ナロク…………?」
このとき、聖剣はパッと光を発してさざめき、そしてその光をアルデの右胸に当てて傷口を醫やした。ふしぎな光景をまのあたりにしたルシアとジンは、おもわず目を瞠っていて、開いた口がふさがらなかった。
「治癒能力とはたまげたぜェ。甘く見ているつもりはハナっからなかったんだが……こいつァ、おれたちの想像を超越するレベルの兵器、ってことか……」
「いた……く……ない?」
竟にアルデは起きて、立ち上がった。
「ラグナロク……ラグナロクと言うんだね、きみは」
かすかな笑みを浮かべながらアルデは聖剣にむかって、言った。
「ラグナロク……だと?」
顔を引きずらせるジン。
「640年前、英雄ルーシスが創り出したと謂われる、あのラグナロクか? クククッ……なるほどなァ、そうなると、その異常な能力にもおおむね合点がいく」
そう言ってジンはふたたびオルトロスを構え、「こりゃ、なおさら殺っておかにゃならんようさね!」と、二体のバイタル・イドルとともにアルデのほうへと驀進した。しかし、これに対してアルデは、さきほどとは打って変わって冷静であり、とりみだすことをめっきりしなくなった。あたかもジンをやすやすと斬り伏せられる自信を有しているかのような表情をしていた。
オルトロスの大いなる一振りに、アルデはまるでものともしなかった。少年の細腕では到底出せるとは思えない力がラグナロクの内から発せられて、オルトロスの刀身をはげしいいきおいで弾き飛ばしていた。防御が成功したからと油断することもなく、間髪をいれずにアルデは機敏に反撃を繰り出した。コンマ二秒のはざまで与えた四連の刺突は、ジンの防御をみごとにくぐりぬけて、腰部と肩部に深手を負わせてやった。
「チッ、速えぇ!! グッ!」
また一つ、ジンの体に刀創ができた。
二体のバイタル・イドルは、たしかに強力でこそあれど、ジンほどの戦闘力を誇っているわけではない。それゆえ、ジンでさえ倒しきれないアルデを、バイタル・イドルが倒せる道理などあろうはずがなく、まともにアルデにダメージを与えることがかなわぬまま、まばたく間にラグナロクの刃の餌食となってあえなく四散した。
「調子に乗ってもらっちゃア困るさね、小童!!」
オルトロスによる反撃。これはさしものアルデでも躱せまいとジンは踏んでいたけれども、その予測は口惜しくも外れてしまった。アルデは軽々としてその身を大きくひるがえし、空中で三回転しながら後方へと跳んで攻撃を回避し、華麗に着地した。
「なにさね、それは。素人の動きとは思えんさね……!」
アルデはほっと息をついた。「よし、いける……うん、わかってるい……ラグナロク。ぼくにはできる」としずかに独り言を繰り返していた。
「まずいな」
ジンは言った。
「あの小童……聖剣と同調していやがる。このままじゃ、ますますこっちが不利になるさね。さっさと勝負をつけんとなァ」
逼迫する危機を察しとったジンは、オルトロスに右手をあてはじめた。すると、黒くおぞましいバイタル・エナジーの光輝がギュイーンと音を立てながら放出され、周囲の空間を少しばかりゆがませていた。
「奔れ、オルトロス。――『タビレンスブロウ』」
塵と落ち葉を捲きあげて、付近の木々を圧力を以て押し倒す、轟轟たる叫喚をあげて立ち昇る黒いエネルギーの塊が、たびたび曲折しながらアルデに特攻していった。これをもろに受けてしまえば、きっとひとたまりもないだろう。通常ならば誰しもがそう考えてしまうだろうけれど、アルデはいたって冷静で、大技をまえにしてもわずかたりとも震えをみせなかった。
「避けろ、アルデ!」
されどルシアの警告を黙殺したアルデは、避けるそぶりをいっさい見せず、こう言った。「だいじょうぶ。ぼくには当たらない」と――
碧い光が、アルデの双眸に燈った。
アルデはゆるりと身構え、ラグナロクをひとたび、ふたたび振り回した。
迫りくるタビレンスブロウの暴風。これが竟にアルデの矮躯を呑み込み、粉砕するかとおもいきや、そうはならなかった。面妖なことに、暴風は誰も殺すことなく、その場を素通りしていったのである。たしかにアルデを呑み込んだはずなのに、なぜかアルデはまったくの無傷であった。
「なんでさね、なんで無傷なんだ!」
状況が理解できないジンは、声を張り上げて叫んだ。
「ぼくは言ったはずだよ。あなたの攻撃は、けっしてぼくには当たらないと」
もはや別人であった。臆病者の目でもなければ、戦士の目でもない。アルデは、すべてを達観した超越者のような眼をしていた。瞳孔を流れる光は燦燦として消え失せず、その光を直視したジンはおもわずおびえてあとずさりした。
「なんで無傷なんだ、と訊いたね。答えてあげる。そもそもあなたは、なにもないところに技を放っていたんだよ」
「は?」
ジンは意味が分からなそうにしていた。
「どういうことさね?」
「きわめてシンプルだよ。敵のいないところを攻撃しても、敵にあたるわけがないでしょう?」
「……オマエさんが、いまそこに立っていない、ってぇことかい?」
「理解が早いね。だけどすこし惜しい。さっきはたしかに、ぼくはここに立っていなかったけれども、いまはちゃんとここに立っている」
「いや、恥ずかしい話、おれはまだ理解しきれちゃあいねえんだよ。しかもなんだ? 『さっきはそこにはいなかったが、いまはいる』だとォ?」
ジンは言った。
「オマエさんが無傷である理由はもうわかった。つぎはオマエさんがそこにいないという意味を教えてもらわねえとなァ」
「『生きている幻影』」
「アァ?」
「ラグナロクには、持ち主自身、つまりぼくの肉体を幽体化させる能力がある。この能力を使えばぼくは一時的に”実体”ではなくなる。実体でなくなったぼくにどんな攻撃をしかけようと、すべてぼくの体をすりぬけてしまうんだ」
「ヘッ! 七面倒な能力さね! ってことはアレかい。さっきは一旦幽体化しておれのタビレンスブロウを回避して、回避したあとは能力を解いて実体に戻ったってえことかい? 『さっきはいなかったがいまはいる』ってぇのは、ずばりそういうことなのだろう?」
「ご名答」
「あまたある聖剣の中でもひときわ異端的なラグナロク……やはりあなどりがてえなァ。よもやそんなふざけた能力を秘めていたとは、ゆめさら思わなんだ」
「あなたがここで気を抜いてくれるとは、ゆめさら思わなんだ、だよ」
これまでと較べると桁外れのスピードで、アルデはジンの足許へと接近した。
「なっ……速すぎて見えねえ!!」
玉琴のごとき澄んだ音をひびかせるなかで、ラグナロクの刃は複雑な軌道に乗ってジンの命を食らおうとした。ぞっとする恐怖心に侵されたジンは、無意識のうちに上体をうしろに引かせてそれをなんとか避けきり、それから右下から左上の方向へと渾身の斬撃を繰り出すも、アルデは問題なくそれを受け流して終わった。
永い間戦いに身をやつしていたジンは、ひさかたぶりに緊張というものをおぼえた。それと同時に、選召者とはいえ、軍人ですらない無名の子どもに打ち倒されることに悔しさをおぼえ、負けじとオルトロスを振って対抗しつづけた。
(おれが、負ける? いや、負けてたまるかってんだ、こんな小童に負ければ、末代までの羞恥になるさね!)
「……弱いね、お兄さん」
冷淡に、アルデは言った。
「もうおしまいにするよ……『ヱグゼクシオン』」
白刃、一閃。