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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 04『第二次王都ゼフィランサス防衛戦 第二幕』
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第三十五話『最強はどっちだ』

一年六か月も戦っていますが、作中ではまだ三時間しか経っておりません。ヒェッ。



『プロヴァンス戦記』第三十五話です。かわいがってください。

 世界(ミズガルズ)屈指の実力を持つ剣士が集う組織は、十三人の聖騎士で構成されているロイヤル・パラディンズ。それから、八人の豪傑で構成されている八大剣客。このふたつである。レジスタンスには、ロイヤル・パラディンズのメンバーであるエンデュリオンと、八代剣客としてかぞえられているヤクトが居る。帝国側ではこの二人を"ゼフィランサスの双璧"と称し、ルーシアを本気で落とすのであればかならず倒さねばならぬ特記主力として指定している。

 ロイヤル・パラディンズの発祥および本拠地はセントラル王国であり、かつてはセントラルへの忠誠を誓った本国の騎士のみが所属していたが、現在は世界(ミズガルズ)の軍事均衡を保って平和の維持につとめるために、セントラルと世界(ミズガルズ)各国の指折りの騎士を十三人聚めた機関となっている。しかし、この改変には明らかにおかしい点がある。セントラル王国が戦争する際、セントラル王国に属せずとも他国の聖騎士はその戦争に参加し貢献する義務があるという点だ。他国の戦力を私物化しているということにならないか? 平和の維持を謳って他国の協力を得るのは不自然ではないけれど、貴重にして有用である自分たちの国の聖騎士をセントラルが私物化するのは狡猾ではないか? 平和の維持などただの建前で、真の目的はセントラルが各国の軍事力と政治情勢を監視するためではないか? 世界(ミズガルズ)各国はこのように考え、セントラルに対し不信を抱いた。ロイヤル・パラディンズに選出された聖騎士は自分の国の命令ではなく、セントラル王国の命令を優先しなければならない。自分の国の情報を、セントラルに引き渡さなければならないのである。スパイまがいの任務を遂行することを強いられている他国の聖騎士の心は、推し量るにあまりある。だが、世界(ミズガルズ)各国はセントラルの思惑に勘づいてはいるけれど、『世界の中心(セントラル)』という大層な名のつくほどの超大国に牙を剝けることはできなかった。屈辱の沈黙をつづけるしかなかった。ルーシア王国で代々ロイヤル・パラディンズに選出されるのはマクスウェル家の人間である。第一次プロヴァンス戦役でクレイン・マクスウェルが戦死すると、弟であるエンデュリオンが代わりにマクスウェル家の当主となり、同時にロイヤル・パラディンズの聖騎士にもえらばれた。世界最高峰の聖騎士にえらばれ、もっとも尊敬する兄の後継者となったのは悪くない。ただし、母国たるルーシア王国の情報をセントラルに献上する、そんな売国奴のような行為を強いられるというのは納得がいかない。ゆえにエンデュリオンは自分がロイヤル・パラディンズに属する聖騎士であるのにしばしば疑問を抱き、微妙な気分となるのだ。

 対して、八大剣客は組織ではなく、単なる呼称。世界(ミズガルズ)で最強とされる八人の剣士を呼称した言葉に過ぎない。八大剣客の始祖は、六百年前より当代へ至るまで世界中を歩いて回り、弱きを救け強気を挫く旅をしている大奇人にして大剣豪、ドン・キホーテとされている。そのドン・キホーテの剣を愛する心とフリーダム精神を受け継ぎ、どのような大国や権力者にも屈せず縛られず、ひたすら自由気ままに浮世を闊歩していき、おのが華麗なる剣技を以て数多なる好敵手を魅了する。そんな天下の大豪傑ばかりがかぞえられているのが八大剣客だ。八大剣客とされているほとんどの人間は小説や戯曲の題材として取り上げられやすく、いささかの誇張と脚色が含まれることもあるがミズガルズの歴史においてもかならず伝承され、今も昔も各国の民衆のあいだではカリスマのような爆発的な人気を博しつづけている。お堅いうえにセントラル王国から扱き使われるロイヤル・パラディンズとくらべれば、こちらは良くも悪くもフリーダムであり、愉快であるといえよう。

 「悦ばしいことだね。天下の大剣豪と讃えられる者同士の対決なんてそうそうないよ。あんたも俺とおなじ気持ちだろ? 戦いを好む八大剣客の一人とあらば、(たの)しいと思わないだなんてもはや罪も同然だもんな、爺さん」

 ゲオルグの毒蛇部隊による熾烈な攻撃を受け、目も当てられぬほどに凄惨な廃墟と化したゼフィランサス東北部。いまはプロヴァンス帝国軍によって占拠され、多数の帝国軍兵士らの居座る殺気立った巣窟へと変わっている。

 エレフとアルデが東部でルシファーに苦戦している。その情報を得たヤクトは、自身もまた加勢しなくてはと足を急がせ、危険な東北部を通り抜けようとした。並大抵の兵士ならば、とても容易に通り抜けられる場所ではない。しかし、ヤクトは単騎でライプツィヒ前線基地を落とし、二百人もののツワモノを斬り果せた実績を持つ。彼ならば突破も非現実的ではないのでは? ふつうならそうおもうことだろう。ルシファーからしてみれば、せっかく苦労して奪ったゼフィランサス東北部を取り返されたくはない。ヤクト一人のせいで苦労が水の泡になるおそれがある。だから、万一ヤクトが奪還に来たときのことを考慮し、確実に彼に対抗でき、東北部を死守することのできる強力なビショップをそこへと配置した。全幅の信頼を寄せるに値する老兵で、その存在はヤクトに負けず劣らずの生ける伝説である。

「あんたと一度手合わせしてみたかったぜ、リヒテナウアーの爺さん」

「ふむ……? おまえさんは?」

「ヤクト・ヴィオンだ。覚えてねえのか?」

「おお…… ヤクト坊か。ずいぶんと大きくなったのう。だが、まだ十代に見える。その若さで八大剣客の仲間入りかのう」

「もう十四だよ」

「それは、それは……前途有望じゃのう」

「そいつはどうも」

「ホッホッホッ」

 リヒテナウアーは笑みを浮かべるばかりであった。戦場に立つ者にしては温厚で、悠々としていて、無用な血を流すのを厭う雰囲気を醸し出していた。ゆたかな白髭をたくわえ、杖でもあつかうかのように剣を地面につかせるこの老人の名はヨハンネス=リヒテナウアー。ヤクトとおなじ八大剣客が一人で、齢は七十、四十年もののあいだ帝国軍に在籍していた熟練の剣豪である。過去では十数個のセントラル王国の正規部隊を剣一本のみでしりぞかせたり、ロージニア王国軍の司令官を立て篭った城砦ごと斬り伏せたりと、数々の信じがたい武勲を残している。

「どうしても、儂と戦うというのか?」

「ああ」

「参ったのう」

 リヒテナウアーは蟀谷(こめかみ)に手をあてて、いかにもなやましげなしぐさを見せた。

「成長して一人前の戦士となったとはいえ、儂の中のヤクト坊はやはりヤクト坊のままじゃ。斬るというのは胸が痛む」

「……いつまでも甘やかさないでほしいな。あんたは俺を斬るつもりがなくても、俺はあんたを斬る気満々なんだぜ」

「儂はな、歳を重ねるにつれて戦いに興じる熱さを忘れていった。儂と手合わせしたかったと言っておったが、この老体を見よ。おまえさんを存分に楽しませてやれると本気で思うのか?」

「そういうのは冷めるんだよねえ。嘘でも『血が滾るわい』とか言っておくれよ。それに、もしあんたがほんとうに老いていて、むかしより弱くなったのなら……きっと戦場に立とうとすら思わないはずだ。剣客ってのはだいたいみんなプライドが高いのさ。プライドが高いやつが自身の醜態を晒すわけがないだろ?」

 おどけるように言うヤクトに対し、リヒテナウアーは静かに細めていた目を開かせた。

「……ヤクト坊や」

「なんだ?」

「帝国側につく気はないかのう?」

「勧誘なら間に合っているぜ。あいにくこの国の空気のほうが旨くてね」

「そうか。残念だ……七年ぶりになるかのう。前線に出て斬り合いをするのは」

「おん?」

「頭はボケても、剣の腕までは鈍ってはおらん。お前さんは、儂に戦いの悦びを思い出させるほどに強くなったのか? 若造とて手は抜かんが、それでもよいのか?」

「保証するさ。全力で来てほしいもんだね」

「しからば、参ろうかの。――『ダモクレス』」

「……!? ちょっと待った!」

 危機を察知したヤクトはすばやく防御の姿勢をとり、リヒテナウアーの視界に入らないところへと回避した。リヒテナウアーは待ってくれなかった。余裕ありげに、ゆっくりと剣を鞘から抜いて、銀色に光るうつくしい刀身をあらわにした。

 悠長な構えからは想像もつかないような威力であった。鞘から抜かれたあと、きらびやかな閃光がリヒテナウアーの剣より放たれ、ヤクトの背後にあった建物を一瞬で破壊した。

 ただの刀剣ではないのはあきらかであった。

「聖剣ダモクレス! 聞いてねえぞ……これ」

「……知っておったか。知らなければ、いまの一撃を諸に食らい、無惨なる塵に還っていたじゃろうな」

「一年前に帝国がダモクレスを発見したというのは聞いていたが、まさか選召者があんただったとはな。まさに鬼に金棒じゃないの」

「どうやら、おまえさんは聖剣を持っておらぬようじゃな」

「俺はえらばれなかったよ。まあ、強すぎる俺が聖剣を使えば、世界のパワーバランスが崩れてしまうだろうからな」

「よほど、おのれの腕に自信を持っているのじゃな」

「うぬぼれとはまたちがうさ」

 誇らしげに笑ったあと、ヤクトは反撃の姿勢をとりはじめた。

 ダモクレスの刀身に、ふたたび力がそそがれる。すると、零細な星らしき光が多数あらわれて、ひっきりなしに点滅をくりかえした。輝きがきわめて強烈なものになると、光は一気に爆裂して散り散りになり、そして散り散りになった無数の光はヤクトを狙って、飛んでいった。光のスピードは目でとらえるのもやっとのレベルであり、ヤクトがいくらそれらを剣で捌いても捌ききれず、ほぼ全身に火傷を負う結果となった。

(あーあ、これはまずい。敵の攻撃の命中精度も上がってきている。持久戦に持っていくのは無理だな......どうすべきか)

 撤退を考えた。兵士たるもの、覆せぬ逆境に置かれたら諦念し、いさぎよく逃げを選択しなければならない。でないと、つぎの戦いに身を投じる機会がうしなわれ、つかみとれるはずの勝利もつかみとれなくなる。一応ヤクトはそれをわきまえてはいたが、なおも撤退を選択しなかった。目のまえにたちふさがる手ごわい剣豪……彼を打ちのめす、その方法を必死に模索していた。ヤクトは国を守る兵士である以前に、戦いにプライドを賭ける戦士でもある。敗けそうだと思ったから逃げるのは卑怯だと思った。それに、リヒテナウアーも自分とおなじ八大剣客のひとり。背をむけるところを見せれば、彼は永久にヤクトを臆病者であるとさげすむだろう。それだけはなによりも堪忍ならない。堅苦しい理由などない。ヤクトが剣を鞘にしまわなかったのは、彼なりの意地があったからだ。

「最強決定戦だな。この戦いを制するのは、最後に笑うのは――はたしてどっちか」

 ダモクレスの刀身に光が灯りはじめる。考える時間はもういくばくも残されていない。なんらかの対策を打ち立てたいヤクトだが、情報がまだ少なく、へたな手出しは禁物だった。強いて言うなら、リヒテナウアーの攻撃をよく観察することが対策なのだが、あれほど強烈な攻撃をいくども受けるというのは酷な話で、弱点を見抜くまえに息絶えてしまうだろう。

 手だてがない。桁外れな力をまえにしたヤクトは激しく切歯し、「理不尽だな」とつぶやいた。スリリングな斬り合いをのぞんでいたのに、一方的に砲撃を浴びるシチュエーションを強いられることになるとは、彼は想像だにしなかった。言うまでもないが、ヤクトはこの瞬間を楽しいと思ってはいない。筋肉が凍り付くほどの恐怖にさいなまれている。

 そろそろ第三の攻撃がふりかかる。初撃は奇跡的に()けられ、第二撃はギリギリ致命傷を()けられたが、今度ばかりはそうはいかない。聖剣ダモクレスの性能はすぐれている。使い手の腕も亦しかり。リヒテナウアーはすでにヤクトの行動パターンのおおよそを把握している。攻撃するたびに命中率が飛躍的に高まっているのがその証拠である。だから、つぎの攻撃はきっとヤクトに直撃するだろう。

「逃げてばかりじゃのう。おもしろくない」

 若きつわものへの期待を打ち砕かれたリヒテナウアーは、残念そうな顔をしたあと、大きく剣を振ろうとした。すると、ヤクトは偶然地べたに落ちているとあるものを見つけ、ひらめいた。この難局を乗り越えられるかもしれない一策をおもいつき、それに一縷の望みを託すことにしたのだ。

「『ステイア・リヒト』――」

 ここの対処が適切であるか否かで、ヤクトの運命は決まる。

 賭けに打って出た。ヤクトは地べたに落ちていた鏡の破片を手に掲げ、飛来する光を受け止めようとした。成功するという確信はなかった。もし考えが誤っていたら命はない。

 はたして彼の取った行動が正しかったのか? それは間を置かずとも明白になった。

 慈悲を知らぬ光は鏡のなかへと収束され、たちまちちいさな球状の光になるまで凝縮していった。リヒテナウアーはもちろんのこと、この奇策をやってのけたヤクト本人でさえも驚愕を隠せなかった。だが、おどろくのは尚早である。凝縮された光は自身の強大なエネルギーに耐えきれなかったのか、形を保つことがむずかしくなり、みるみるいびつになっていった。そしていびつになった光は爆裂し、物凄いスピードでリヒテナウアーのほうへと帰っていった。いや、帰っていったというと少々語弊があるかもしれない。主人の命にしたがって敵に突進した光がなぜかとんぼがえりをして、主人に噛みつこうとした……と言った方が正しいのだろう。

 予想外の裏切りに遭ったリヒテナウアーは当然ながら動揺した。そのせいでこれに対する反応が遅れて、腹部に甚大なダメージを負う羽目になった。

「……流石、機転が利いておる」

 血を吐いて、ヤクトのまさかの反撃を称賛するリヒテナウアー。

「……ダモクレスの攻撃は炎ではない。水でもなければ雷でもない。“光”じゃ」

「そうだ。『光は鏡に当たれば反射する』……だろ? でも、幸運だったよ。視界に鏡の破片がなかったら、こんな策はおもいつかなかった。やっぱりこれでいいんだな」

「じゃがな、ダモクレスの能力はこれだけではない。爆撃しか能がないわけじゃないぞ」

 リヒテナウアーはすべての手のうちを明かしてはいない。ゆえに安心はできない。一度の成功ごときで思い上がらず、つねに緊張を絶やさぬようにしていかなければならない。

「『ステイア・リヒト』を食らっても立っていられ、あろうことかこの儂に一発お見舞いをしてくれるとは……見上げたやつじゃ。よろしい、相手にしてやろう」

 これまでのリヒテナウアーは、ヤクトの力量を測っていただけで、まるで本気を出そうとしていなかった。もしヤクトがみずからの敵として足りえなければ、本気を出しても不完全燃焼に終わる。そうなるとばかばかしいと思ったからである。だが、ここから彼はようやくヤクトを一人前の戦士として認め、本気を見せることを決意した。最強の名にふさわしいのはどちらなのか。まだわからない。

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