第三十四話『Untalented Māvors』
長い。戦いが。作者は疲れた。
だから戦争は嫌なんだ。もうみんな銃を捨ててポケモン厳選しようよ。
プロヴァンス戦記……もう三十四話らしいよ。かわいがってください、お願いします。
Freut mich……だよな? 俺様の名はハンス・ヴィットマン。しがないプロヴァンス帝国の兵士だ。片手で持つミニガン、背丈ほどある斬馬刀、相手の動きを縛るワイヤー。これらを武器に、天稟のバイタルエナジーの資質で幅を利かせるルーシアの化け物どもと搗ち合うわけよ。いちおう言っておくが、俺様はすごいとちやほやされるバイタル・トルーパーじゃねえ。能力が平均的なノーマル・トルーパーだ。そのうえさっき紹介した俺様の武器も一般の兵士とほとんど変わらない性能で、正直たいしたことはない。ミニガンはちょっくら自分なりに改造をほどこしておいたが、それだけだ。じゃあ、俺様はそんな強くないんじゃねえの? ……って思ってんだろ? 違うんだな、これが。たいしたことがないのは、あくまで俺様の才能と兵装にかぎった咄。俺様には豊富な経験と、高い危機察知能力? するどい野生の勘? よくわかんねえがそういう特殊な感覚が突出していて、才能と兵装という不足部分をみごとにおぎなえているんだよ。その感覚のおかげで、俺様は大活躍できるんだな! つまり、大仰に言ってしまえば、俺様はプロヴァンス帝国で最強と謳われる一般人! レジスタンスのステージⅣの上位とやらにも十分通ずる、最高にすぐれた熟練の兵士なのさ。お? 信じてないな? まあ、いい。どうせ時経たずして思い知ることになるさ、俺様の華麗なる実力をよ。
三個のプロヴァンス帝国軍の部隊が雪崩のごとくに押し寄せ、ゼフィランサス中央部の東門を守護するレジスタンスの部隊と交戦している。門を守護するレジスタンス側にとって、この戦いはけっして敗けられない戦いであった。門を突破されれば、敵は容易に国家の心臓たる王のもとへとたどり着く。そうなると戦争はまもなく終焉をむかえ、ルーシアは一敗地に塗れる。ゆえに門の守護をまかされたレジスタンスの部隊の戦闘員はよそとくらべて数が多く、きわめて腕の立つ者もそのなかに組み込まれている。十把一絡げの帝国の部隊が攻撃を仕掛けてきても、突破するのはあまり現実的ではない。……本来はそのはずだった。なのに、劣勢なのはなぜかレジスタンス側だった。東門のレジスタンスの戦闘員は百二十人であるのに対し、攻めてきたプロヴァンス帝国軍の兵士は三十五人。数でいえば帝国のほうが不利であるのにもかかわらず、レジスタンスのほうが苦戦を強いられている。苦戦している理由はあきらかである。いくら守りを固めていようと、敵が弾薬をいとわず、犠牲さえいとわずに突貫してくるものなら、守りは強制的に削り取られていき、脆いガラスのように割れて壊れる。いま東門を突破しようとしている帝国軍の部隊は、そういう無茶な戦い方をする部隊である。精鋭がすくなからず居るとはいえ、徹底的に門を防衛しろという指令がくだされたレジスタンスの部隊が、「攻撃こそ最大の防御」をモットーとするハンス部隊をまともに相手にできるはずがなかった。
「各位、ルーシアの砲撃に警戒されたし! あればっかりは目で見て避けなきゃならねえ! 隠れてばっかりがハンス隊にすることじゃねえからな! ちとばかりダサいが、チャンスをさぐるために俺らは隠れているってことを忘れるな! 忘れたら殴るかんな?」
三十代後半と見える指揮官が周囲の部下に注意をうながした。かすれながらも荒々しさの保った声であった。
「しかしながらハンス隊長!」
指揮官のすぐ背後に居る兵士の声がひびいた。
「たしかにいまは我々のほうが優位に立っています。だが、もしもこのあとルーシア側に増援があれば、一撃離脱の戦法一本ではきびしいです。もうすぐ東部から本隊の支援部隊が駆けつけてきますゆえ、ここはあえて一旦引いて、へたにルーシア側を刺激しないほうがよいかと思います」
献策する部下の頭を、ハンスは大雑把に撫でた。
「……おまえ、先月に入ってきた新人か」
「はい、グレミーと言います」
「俺様の部隊のルールがまだ呑み込めていないようだな。いかんぞ、その体たらくでは、俺様のフリーダムについていけなくなるぞ。『いや、すでについていけてないから』とか言うなよ、傷つくからな、フハハハハ!」
豪快な哄笑の声は、それなりに距離を置いているレジスタンスの兵士の耳にもしっかりと届いていた。レジスタンスの兵士たちは、戦況で有利だからと余裕に笑っていやがるというふうにそれを解釈し、すこぶる腹を立てた。
「理屈などかえって足枷となる。俺様みたいな感覚派は、感覚にゆだねたまま行動したほうが得が多いのさ」
「……そういうものなんですか」
「俺様のルールが常識外れと思う気持ちは理解しなくもない。だが、上官の命令には従順であるべきというのは、それをも勝る至上の常識じゃないのか?」
「……それは、ごもっともではありますけれど」
「おまえは正しいよ。だが、俺様も正しい。……戦争もそういうものなんだよ、分かるだろ?」
グレミーは押し黙った。
「意見はほかにないな? じゃあ俺様はレッペル、アバークラインの三人で先陣を切り、敵のリーダーを残らず狩る。ほかのやつらは、リーダー以外の雑兵を掃討しろ。おまえらならきっとやれる」
ハンスが莞爾とほほえみ、さわやかなるガッツポーズをとってみせると、すべての兵士は口をそろえて「了解!!」と叫んだ。
鎮まったと思われた嵐はふたたび威をふるう。一時的に攻撃が止んだために少しを油断してしまったのか、三人のレジスタンスの戦闘員が後方の敵の接近にすら気が付かずに、頭を撃ち抜かれて即死した。ハンスが率いる大勢の兵士が放ったカービンライフルの弾丸は密集していて、もはやひとつの巨大な砲弾のようになっている。なので、警戒を怠らなかった戦闘員でもそれを避けきることはできず、胸に十発ほど当たって死んでいった。胴体が一部吹き飛んだ者も居た。無惨に散る仲間を目にして、咄嗟に自身の死をイメージした戦闘員も出てきて、わめきながら戦場を背にして逃げて行った。その戦闘員は先日入隊したばかりで、これがはじめての戦いとなる。だから、覚悟がまだ完全には決まっていないのであろう。血のしぶくさまを目に焼き付けたことで、生命の危機を深々と感知したのであろう。ハンスは逃げ出したレジスタンスの戦闘員を見て、なさけないやつだとは思わなかった。むしろ同情をしていた。
「怖かろう、怖かろう」
そしてハンスはすぐ目の前に居て、自分に発砲してくる戦闘員に目もくれず、逃げ出した戦闘員のほうへと一直線に駆けていった。
「同情はあっても、慈悲はなし!」
高々とそう云ったあと、彼は逃げ出した戦闘員の脳天を容赦なく斬馬刀で両断した。
「戦意高揚! 戦意高揚! 皆も吶喊せい!」
ハンス特有の熱にあてられた兵士たちの士気はますます高まっていった。みな目の色を変え、レジスタンスの部隊へサブマシンガンをも向け、一斉にトリガーを引いた。先刻よりもずっと濃密な弾丸の雨がレジスタンス部隊におそいかかった。これにより百二十居た戦闘員は、一気に三十まで減っていった。この間、ハンスの部隊での死者は依然としてゼロであった。
このままでは押し切られて、敵の侵入を許す羽目になる。後方で指揮を執っていたレジスタンス部隊のリーダーたちはそう判断し、焦った。リーダーのひとりであるガストロはホルダーにおさめていたハンドガンを抜きとり、「あの調子に乗っている男……はやくどうにかしないとまずいかもな」とけだるげにつぶやいた。
「……やっぱり、私は行きます」
戦いに身をまかせるハンスの動きを見つづけたクエスは、ガストロのそばで様子見をするのをよしとしなくなった。死にゆく戦闘員の無念を霽らそうという思いを抱いて、自身もまた戦場へ出ようと前へ出た。
「正気か、クエス? ステージⅢの実力ではやつと渡り合えない。ステージⅣの俺でも接近しただけで死ぬかもしれない、そんな化け物だ。……しかも過去の戦いの情報によれば、やつは単独だけでカーレ・ジョイス地区の辺境レジスタンスの部隊を撤退させたことがあったらしい。俺らじゃ手に負えない。じきにエンデュリオンが復帰するから、いまは辛抱しろ」
ガストロがそうなだめると、クエスは逆上した。
「ランも……ベスターも……みんなやつの機関銃によって蜂の巣にされたんですよ!? ホルスもだ! やつの剣によって無惨な肉塊にされてしまっている! ほかの子たちもおなじ末路をたどるかもしれないというのに、どうしてあなたはそう冷静でいられるんですか!」
「取り乱したやつからさきに死ぬ。さっきのお前の目はどこを見つめていた? 圧倒的な敵の強さにびびって、冷静さをうしなったやつからどんどん犠牲になっていたろう。……見えなかったのか? 逆に臆さずに撃っている人間は、かなり生き残っている。どうしても考えなしに敵に突撃するならば、もう止めないさ。俺が名誉ある戦死を遂げたと上に報告しておくから、行けよ」
「……罪悪感があるのですよ、私には」
「奇遇だな、俺もだ」
「それって?」
「だが、部下の仇はいつでもとれる。ここで無茶なんかしたらとりっぱぐれるどころか、うっかり自分の命をも落とすことになるぞ。そうなってからじゃ仇をとる機会は永久に来ない」
「……了解」
舌をふるわせ、歯をきしらせるクエス。血を噛みしめるかのごとくにくやしさを怺え、とうとうガストロの忠告にしたがって、うしろへと引き下がった。
(とはいえ、これ以上の人死にも嫌なものだ。本来なら撤退すべきだが……門番に撤退という選択肢はあたえられていない。援軍を待つしかないのだが、いつ来るかわからない。もどかしいな……)
ガストロは顔では平静をよそおいっていたが、そのじつクエスよりも焦っていた。
「ガキの分際で修羅の道を歩もうとするからこうなるのだ! おののけぃ! そして息絶えよ! 貴様らの死因は恐怖にぞある!」
ハンスの部隊の進撃はいまだやまず。
「臆病風に吹かれるならば、はじめっからこんなところへ来るんじゃねえ!」
その言葉は、たちまちクエスの考えをくるっと回らせ、元にもどした。彼は若い。だからまだまだ純粋で、他者に影響されやすい年頃だ。みずからの意志で危険にあふれる戦地へと赴いてみたが、先輩の忠告に影響されて踵を返し、そして今度は敵の挑発に影響されて、ふたたび戦意をとりもどす。すなおで、わかりやすい。
「……すみません、ガストロさん」
クエスは言った。
「勝ち目がないとはいえ、逃げしちゃ自分が自分でなくなりそうなのです。行きます」
「死ぬぞ、冗談抜きで」
「……死なない程度に、懲らしめてやりますとも」
「そうか。なら、行け」
「了解!!」
生き生きとしていた。クエスは仲間の死を、先輩からの期待を背にかかえ、彼にとってはかつてない強敵であるハンスとの対峙に、心を燃やしてやまなかった。
「貴様だ、貴様! まったく、挑発したら出てくるのだな、単純な奴め。……嫌いではないがな」
ハンスは慎重に歩いてくるクエスに指をさして、言った。
「貴様がこの雑魚どものリーダー格の一人だろう、わかっておるぞ。陰でかくれてびくびくとふるえおって。気が付かぬとでも思うたか!」
(リーダー格の一人……防衛部隊を統率している人間が二人以上いるということまで把握されているのか。さすがだな)
ハンスの観察眼への感心でおもわずうなずくガストロ。
「やっと、俺様と戦る覚悟が決まったようだな」
「僕をおびき出すために、仲間たちをこんな……」
「非道だとでも? ……脳味噌に蝿でも侵入ったか。戦争なんだから当然だろう! 立ち向かおうとする意気地は評価してやらんでもないが、味方の命に拘泥しすぎだ。それじゃ軍人として生き残れん」
「なんだと」
「仲間が死んだときの悲しみは、戦いが終わってから理解してやろう!」
にやりと笑ったのち、ハンスは腰にぶら下がっていた手斧を、思い切りクエスのほうへとぶん投げていった。決闘のゴングが鳴ったのである。クエスはバイタルエナジーを刃の形状へと変えたレジスタンスの武器・『オフェンサー』を以て、造作なく手斧を跳ね返し、直後にハンスに向かって突進した。
「やるな、若造!」
勇気をふりしぼって突進してくるクエス。ハンスはまるで警戒を見せず、子どもでもあやすかのように『オフェンサー』を握る彼の手をさっと左手で掴み、右手で茹だった彼の頭蓋を右手で掴んだ。
「だが、そのていどじゃつまらん」
得意の怪力を発揮してクエスの頭を持ち上げ、そのまま強く彼を投げ飛ばしていった。
「武器を持つことで強くなった気でいるのか?」
「……黙れ」
つぎに周囲のレジスタンス戦闘員による援護射撃がハンスへと飛ぶが、ハンスはそれらさえもものともしなかった。弾丸はかすりもせず、すべて避けられていった。
「どうした、俺様はちょっと動いただけだぞ。射撃訓練が全然なっとらんな! 俺様が馘にしたかつての部下の方がよっぽど技量があるわ。おまえらとくらべたらな!」
反撃として、ハンスは援護射撃をしかけてきた戦闘員たちをミニガンで撃った。
「ぐっ、まだ終わらない!」
「……ふん!」
無謀に飛びかかるクエスに、ハンスはミニガンを使わなかった。剣も使わなかった。彼の横っ腹に、重い蹴りを入れるだけであった。
「拍子抜けだぞ。門を守る精鋭と聞いていたが、未熟な兵をかき集めただけの部隊ではないか」
「じゃあ、俺が相手にしてやるよ」
兵士として醜態をさらしているクエスと、自分たちをひたすら小馬鹿にしているハンスを見て、居ても立っても居られなくなったらしく、ガストロがここで参戦してきた。
「……おまえ、そうとうなやり手だな」
「そうでもないさ」
「俺様には分かるのさ。戦いづくしの十年だからな。それなりにパターンが読める脳になっている」
「俺が期待に沿う相手になってやれるかはわからないが、とりあえず……」
と言い終えると、間髪を入れずにガストロは数発の銃弾をハンスに撃ち込んだ。
「早撃ち……こりゃ参ったわい」
脂汗を頬ににじませるハンス。
「……アンチVEチョッキか。生半可な弾丸では殺しきれないってことか」
「おまえは強い。だが、ハンドガンの火力では俺様を斃せん。いま俺様が怖いと思っているのはおまえの力量であって、武器ではないのだ」
「はあ……」
ガストロが大きなため息をついた。
「油断大敵、という言葉を知らん訳でもないだろう」
ガストロのハンドガンの銃口から、数十発の弾丸が放たれた。
「なんだと!!」
あわててハンスは背負っていたシールドを手にして、降りかかる弾丸たちをなんとか防いだ。だが、防御が遅れたため脇腹に深手を負うことになった。いくら耐久度のあるアンチVEチョッキだからといって、複数の弾丸を立て続けに受けていけば、チョッキはだんだんと削り取られて、防御力をうしなってしまう。
「ハンドガンの形をした、小型のマシンガンってわけか」
「……まあ、そんなもんだ」
また、ガストロはため息をつく。
「ゆるりと戦るよ」




