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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 04『第二次王都ゼフィランサス防衛戦 第二幕』
35/42

第三十一話『軍鼓、どよめく(前編)』

挿絵、描いてみました。


あと三十台超えたよ! やったね。


『プロヴァンス戦記』第三十一話です。かわいがってください。

 熱戦が繰り広げられる地に転送される者とは果たしてだれか。エレフにとっても、ルシファーにとってものっぴきならないこの状況において、たった一人のレジスタンスの増援というのは勝敗を分ける要となる。ゆえに、気にせずにはいられない。

 まもなくして、テレポートの際に発生した赫々たる光芒が薄れて、はかなげに消えていく。

 「また……キミか」

 ルシファーとて知らぬ人間ではなかった。

 黒髪、青眼、おさない顔立ち。ルシファーとおなじ背丈の少年。”太陽”を示すオレンジでもない、”月”を示す藤色のラインでもない、赤色のラインをベースとした旧レジスタンスの軍服。見間違うはずがない。聖剣ラグナロクにえらばれた、あのアルデ・バランスである。

挿絵(By みてみん) 

 「……」

 アルデは一言も発さず、すばやくラグナロクの(つか)を手にしてルシファーに斬りかかった。咄嗟な出来事であったため、ルシファーはアルデの剣戟をうまく受け止めきれずに圧されてしまった。

 「……不意打ちか。それより……」

 以前会ったときとはどことなく雰囲気がちがう。ルシファーはアルデを見てわずかばかりの疑念を抱いた。戦いをおそれ、身震いをしていたあのときのアルデのすがたは見えない。いまルシファーに見えているのは、かならず敵を斬るという殺意の眼光をきらめかせるアルデだけである。

 「その目は……なるほど。やっぱり、高次元にたどりついていたのか」

 アルデの瞳の色は、透き通った、晴れやかな青であったはず。

 しかし、ルシファーが見た彼の瞳の色は違う。

 薄い、赤色だった。

 「Ad(アド)の域などとっくに超えている。キミもまたサイコトルーパーか」

 目の前に起こっている現実を、エレフは呑み込めていなかった。高い資質があるとは見抜いていたけど、まさかサイコトルーパーであるとまでは思わなかったのだ。それに、駆けつけてきた増援がアルデ一人というのも引っかかる。

 「アルデ……? お前は負傷したから北西部の城堡で休んでいたと聞いたけど?」

 「……アビストメイル殿下からの伝令を承り、ここに駆けつけてきた次第です」

 アルデは冷静に説明すると、エレフはますます理解に苦しむ顔をした。

 「でも、なんでお前なんだ? そりゃあお前は選召者だけど、新兵だぜ? どっちかというと、殿下はルシファー戦はまだきついと判断されると思うぜ?」

 やはりアビストメイルの心は暗雲に覆われていて複雑怪奇。人の腹が読めるエレフでもわからない。しかし彼は意味のないことはしない。きっと口にはしないが心にはなにかしらの意図があるのだろう。

 「……殿下がわざわざお前を指名したんだ。アルデ、戦れるのか?(もしかして、殿下はアルデがサイコトルーパーだってことを知っていたのか……? どうやって知ったんだよ、怖すぎだろ)」

 「言われなくても。それと……エレフさんはやすんでいてください」

 「はあ!? 何を言ってんだ。お前一人に任せておけるかよ。ここは俺と共闘って形になるのが自然だろうが!」

 「ダメです。ぼくにはわかるのに、エレフさんにはわからないんですか?」

 「なんのことだよ」

 「エレフさん。自分の手足が痙攣していることにすら気づかないくらい、戦いに集中していたんですね」

 「……!」

 アルデに言われて、ようやく気がつく。エレフの手足はたしかに絶えず震えを起こしていた。

 「戦慄でもなければ、武者震いでもありませんよね、それ」

 「……そうか。すでに限界だったんだな(俺のバイタルエナジーが底に尽きている……もしアルデが言ってくれなかったら戦いの最中に気をうしない、ルシファーにトドメを刺されることになるだろうな)」

 「ですから、エレフさんの代わりに、ぼくがルシファーを倒します。(ルシファーを倒せば……戦いは終わる)」

 ふだんは弱気でいるアルデだが、この場では凛然とした顔つきとなっており、新兵のくせして老兵のように沈着となっている。

 「あくまで”倒せば”だよ」

 寝言を言いだしたとアルデをあざけるルシファー。

 「聖剣ラグナロク。サイコトルーパー。なかなか豪華な食材をそろえているけど、肝心の料理人の腕がよくなければ話にならない」

 「……ぼくを見くびっているんだ」

 「実力の差を見極めたうえで言っているのさ」

 さんざん挑発をされ続けて我慢ならなくなったのか、アルデはふたたびルシファーに刃を向ける。そして飛び立ち、風車のように一回転をしたのち、はげしい勢いで刃をルシファーめがけて振り下ろす。愚直な攻撃を受け止めるのは、ルシファーにとっては赤子の手をひねるがごとく。『ホワイト』のブレードでその鬼神の剛撃を軽く受け流し、一秒の猶予を与えぬようすばやくアルデの胸に膝蹴りをする。が、アルデに右手で(はた)き落とされて、空振りに終わる。

 エレフはアルデの表情、動き、四肢の肌を注意深く観察した。伝令兵からの報告によれば、アルデはとある帝国兵との戦闘で体力を著しく消耗し、躰のところどころに傷を負っているらしいが、エレフの見る限り、アルデはあたかもここまでは戦わずに体力を温存して、万全な状態でルシファーに勝負を挑んでいるふうにしか映らなかった。伝令兵のミスとは考えにくいし、治療を受けたにしてもあそこまで恢復するのはおかしい。となると、どういうことなのか。エレフは数日前の報告を思い出す。「聖剣ラグナロクの能力に、あるじの傷を癒すものあり」――そうだ。きっとラグナロクの能力で恢復したあと、この場に急いで来たのだ。そう考えればおかしくない。

 アルデとルシファーの攻防は依然として続き、アルデ側が有利、ルシファー側が有利、なんてことはなかった。どちらも引かぬ、完全なる同等の、ハイレベルの戦い。エレフたちにはそう見えた。

 『エレフ……』

 通信機からユーフェミアの声がした。

 「……なんだ」

 『支援狙撃、要る?』

 「やめたほうがいいかもな」

 『やっぱり?』

 「お前も俺も、あいつらの動きを目で追うのはむずかしい。下手に撃ったらアルデに中ってしまうかもだし……様子見に徹するしかねえよ」

 一秒ごとに四回の速さで、アルデは連続でルシファーに突きを繰り出す。一撃目を躱し、二撃目も躱し、三撃目は『ホワイト』のシールドで防ぎ、四撃目はそもそも中らず。これを十秒間くりかえす。アルデの猛攻はルシファーにはまるで通用していなかった。それに、アルデの攻撃にはわかりやすい法則性がある。ルシファーはどこから三撃目が来るかを看破し、絶対に刃の届かぬ安全地帯へするりと避難し、アルデと距離を僅差まで詰める。聖剣を握るアルデの右手を強く掴み、そして念のために左手を上腕で挟み、身動きが取れないように拘束した。

 「威勢がいいのは最初だけかな」

 ルシファーはアルデの首を人差し指でなぞる。

 「ボクが本気を出していれば、キミは今ごろ頸動脈を切られて終わり」

 「……じゃあ、さっさと本気でぼくを殺せば?」

 「それじゃあつまらないじゃないか」

 ルシファーはアルデを突き放して、彼から離れていった。

 「エレフはともかく、キミはまだ警戒に足る敵とはいえない。だからボクがキミとやっているのは、ただの遊び」

 「むかつく言い方するね……」

 「挑発に乗りやすいところも、キミの未熟を示している」

 エレフを圧倒していた『ホワイト』の(ほのお)が立ち昇り、アルデの前に立ちふさがる。

 「おどろいたかな、アルデ・バランス」

 「……!」

 「キミの仲間、エレフ・シュバーナの能力を使わせてもらっているよ」

 そのルシファーの一言で、アルデはすぐに腑に落ちた。『ホワイト』は敵の能力をコピーすることができると。そして身を引き締める。自身の能力もコピーされるかもしれないと。

 「……エレフさんの能力に頼らないと戦えないの?」

 「今度はキミのほうから挑発かい。……行け、『ホワイト』」

 ルシファーの意志に隷属する白焔はくえんは、龍の形を成し、天空を駆け抜け、とぐろを巻き、そして慈悲なくアルデに吶喊してゆく。それは聖剣ラグナロクを以てして受け止めること能わず。たちまちアルデは白焔に覆いつくされ、ただ灼かれるのを強いられることとなった。

 「ぐっ……う」

 聖剣ラグナロクの発する光がアルデの全身を取り巻き、襲い掛かる焔を必死に弾いてゆく。しかしそれでも威力を完全に殺すことはかなわず、どうしたってアルデの躰に軽度のやけどを負わせてしまう。

 「その焔はエレフの焔と同等の威力。いくらラグナロクといえど、同じ聖剣の力にはてこずってしまうようだね」

 「……力業(ちからわざ)でどうにかできると思ったら、大間違いだよ。ルシファー」

 一応アルデにはこのいまわしき焔の牢獄から遁れるすべがある。逃げ道を塞がれたからといって、それがかならずしも絶望にしか通じぬわけではない。逃げ道など、みずから作ればよいだけの話。

 「『生きている幻影(パピヨン・シャドウ)』――」

 一時的に肉体を霊体に変換することで、自身に向けたあらゆる攻撃をすりぬけさせるアルデの固有スキル。それを用いれば彼を焼尽せんとする焔は無力にひとしい。肉体を炭に換えるのが焔のつとめ。霊体など燃やせるはずがないのだ。

 「……なんだ?」

 どことなく違和感には気が付いたが、いまのアルデは焔のダメージを受けていないということには気が付いていないルシファー。『生きている幻影(パピヨン・シャドウ)』は、エンデュリオン戦で初めて使われた固有スキル。つまり身内のあいだで少し知られているだけなので、当然ながらプロヴァンス帝国側はいまだに把握していない。アルデ小隊と交戦したフランツという帝国兵もその固有スキルを目撃したうえ、それによって大きな痛手を負うことにもなったのだが、帝国に報告するまえにルシアに倒された。だから、ルシファーはまったく漏れていない『生きている幻影(パピヨン・シャドウ)』の情報をあらかじめ知ることができなかった。

 「エレフさんでも苦戦する敵……容赦なんかしないよ」

 霊体のままアルデは焔をすりぬけて、ルシファーに斬りかかっていった。

 「……なぜ?」

 焔をものともせぬアルデにおどろきを隠せないルシファー。強靭な精神力を以て耐えられるほど、レーヴァテインの焔は弱くない。それを耐えたうえでこちらに攻撃を仕掛けるなど、かたやぶりにもほどがある。ルシファーはそう思った。

 軍鼓、どよめく。

 斬られるまえに斬る。ルシファーはアルデの攻撃を躱しては屈み、下から上にかけて『ホワイト』のブレードを強く振ったが、不思議なことに手ごたえは皆無。首にはたしかに中ったはず。すくなくともルシファーの目にはそう映った。だが現実だと、ブレードはアルデの首を通り抜けて、虚空に浮かぶ風をしずかにかすめていっただけ。

 何が起こったのだろう。アルデは目のまえに居るのに、まるで居ないかのように感じる。これから殺してやろうと思うのに、殺す気が沸き上がらない。殺す気が沸き上がらないどころか、逆に殺すまでもないといった思いのほうがルシファーのなかで沸き上がる。

 そのとおり。殺すまでもない。殺すまえからアルデはすでに死んでいる。生を司る肉体を一旦捨てて、死を司る霊体となっているのだから。

 死者だけにあるつかみどころのない不気味さと、どのような能力を使っているのか理解しえないという無知から(きた)る恐怖。それらが入り混じった参差(しんし)たる情念に支配されたルシファーの動きはいつもよりも鈍く、エレフを苦戦させたときの凄絶な威圧感がいつのまにか消え果てていた。アルデに圧倒されてはいない。戦いははじまったばかりだ。なのにどうして、自分の心は負けをおそれて、ここは逃げろと執拗に訴えかけてくるのであろう。どのような戦いでも負けは認められない。ルシファーは突如臆病風に吹かれた心にそう言い聞かせて、一歩も退くことを許さなかった。「自分の敵は、いつだって自分というわけか」と――ルシファーはつぶやいた。

 何故斬れぬのか。その真実は戦いのさなかでゆるりとさぐればよい。頭を稼働させ、神経を研ぎ澄ませ……敵の攻撃をすべて俊敏に回避しながら、謎に包まれた敵の正体を死力を盡してでも見破れ。ルシファーは一心不乱にアルデの動きを目で追った。一方アルデは顔色を一切変えず、殺戮マシーンとしての使命感を背負っている、そんな冷徹きわまりない雰囲気を醸しだしてやまなかった。時を()かず、ためらいを見せず、ひたすらルシファーに対して剣をふるうばかり。すでに死んでいるという無敵の身となっている彼はルシファーとちがって、(おそ)れを抱いているふうにはとても見えなかった。まったき無心のようであった。

 脇腹を突いた。無傷。脚を叩き斬った。なお動き止まらず。急所に当てた。が、ひるみもせぬ。やはり、ルシファーの攻撃はすべて命中には至らなかったようだ。斬っても斬っても死んではくれず。焦燥に駆られ、思い通りにゆかぬという歯がゆさに苛まれ。精神の安定を崩していくにつれて、ルシファーのブレードの(きっさき)がみるみる緩んでいく。そんな弱った、しりごみしたブレードで敵を斬り伏せようとするなど、傲慢以外の何物でもない。せんずるところ、進むを知りて(しりぞ)くを知らず、力を(はか)らずして敵を(かろ)んじ、覇者に(むか)いて鎌を光らせる、さような一匹の小さな蟷螂(とうろう)(ごと)し。ルシファーが手にしているブレードは、まさしく蟷螂之斧なのだ。わざわざ聖剣を用いずとも、素手のみでもアルデはそのブレードをたやすく掴み、払いのけることができるであろう。

 無謀を乗せた殺意を、アルデはしめやかに打ち砕く。アルデは『ホワイト』のブレードを素手で叩き割ったあと、たちどころにルシファーの(あぎと)に強烈な正拳突き、そしてそれによって浮き上がった躰を思いっきり蹴り飛ばした。

 「……びびってるの? ぼくに」

 アルデは地面に這いつくばり、咳き込むルシファーを睨んだ。

 「言うね、ガキが(……だが、そのとおりだ。ボクは無意識のうちに、こいつを怖がっている。あれほど怖がるなと言ったのに。やっぱり自分が最大の敵だよ)」

 傍で瞻守(みまも)るエレフは無意識に「強い」と口にした。遠いところからスコープでこの場を俯瞰(みおろ)すシータは、かなりの距離があるのにも関わず、アルデの殺意をひしひしと感じ取ることができていた。ユーフェミアは――眉一つ動かさずに戦いを見ているのみ。

 (……やばすぎるだろうよ。アルデが選召者だからって、サイコトルーパーだからって、あのルシファーをこうも追い詰められるものなのか? それとも、ルシファーはアルデを見くびって、まだ本気を出していないだけなのか?)

 本気を出していないというのは若干不正解。どちらかといえば、ここは本気を出すべき場面ではないとルシファーは判断したのである。

 (早くアルデの奇妙な能力の攻略法はやく見つけないと。にしてもアビストメイル……食えない男だ。ボクたちプロヴァンス帝国軍の優勢を一気に覆す切り札として、アルデをここに送り込んだのか?)

 アビストメイルの思慮深さには脱帽するルシファー。

 果たしてアビストメイルの思惑通り、アルデが帝国軍の大将たるルシファーを倒すことができるかは、まだ判らない。

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