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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 04『第二次王都ゼフィランサス防衛戦 第二幕』
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第三十話『色無きもの(後編)』

まだまだクライマックスが遠い。ぼくの目もまた遠い。

 とうとうルシファーの出自にまつわる謎が明かされる。と思われたが、そううまく事は運ばなかった。エレフがサイコ・アビリティを発動させているようすを見てしまえば、ルシファーはそれを警戒しないはずがないのだ。しかもエレフの話が真実であるとするならば、彼のサイコ・アビリティは「人の過去を見通す」能力。それをつかって自分の素性をさぐられたりしたら後々困る。だからそうなるまえに確実にエレフを仕留めなければならない。とにかくエレフの集中をみだすために、ルシファーは『ホワイト』で一振りのナイフを生成し、彼の脇腹を思いっきり刺し貫いた。

 ここで、ルシファーの過去をうつしだす映像が途切れてしまったのである。

(もしもキミが皇子で……なんだ? あとは何て言おうとしていたんだ、こいつは!)

 傷を負いながらも、エレフは能力の発動をやめることをしなかった。ありたけのバイタルエナジーと精神力を目にそそいで、ふたたびルシファーの過去を見通そうとした。

 「まだやるか……性懲りもなく!」

 すでに悪巧みは見透かされている。サイコ・アビリティの発動を容認するほど、いまのルシファーには余裕はないし、慈悲もない。

 手刀、膝蹴り、回し蹴り。ルシファーの体術をすべて諸に食らいながらも、エレフは抵抗を辞さなかった。この切迫した状況のなかでも、エレフは依然として冷静を保っていられた。冷静であるからこそ、自分がなにをすべきかをしっかりと見極めることができた。

(くやしいが……俺はルシファーには勝てねえ。単純な戦闘能力なら俺のほうが上だが、ルシファーは俺との戦闘能力の差を埋める『ホワイト』ってやつを持っている。ここで俺が勝とうと思えば、それはうぬぼれであり、根拠のない自信でしかない。ここで俺がすべきなのは、自分にできる仕事をこなして、いさぎよく散ることだけ)

 腹が決まったエレフはルシファーを突き飛ばして、うしろへとしりぞいた。

(さて……ここからどうするか。相手は過剰とも言えるくらいに警戒している。隙を見つけるのはきびしいだろう)

 この状況でエレフにできるのは戦闘ではなく、真実を見つけ出すこと。しかしそれも一筋縄ではいかない。ルシファーは強敵。思い通りにさせてくれるほど間抜けではない。少しでも不審な動きでもして見せれば、たちまちすばやい攻撃をくわえてくるのは必至。だから、無傷でルシファーの過去を見通すなどという甘い考えはよしたほうがいい。

 「……と言っても、死んだら意味がないよなぁ」

 死んでしまえば、せっかく攫んだ真実を墓の下まで持っていくことになり、この世に明かす機会が永久にうしなわれる。戦争を食い止められるほどの戦利品。それを手にすることが可能ならば、多少の傷など格安の代償。けれど、致命傷は絶対に避けなければならない。

 『エレフ!』

 無線からシータの声が響いた。

 『居ても立っても居られなくなった。わたしの手助けが要るんだったら言いなさいよ?』

 「わかってますよ。でも、シータさんの狙撃が通るかどうかは微妙ですよ。ユーフェミアも存在を悟られてしまいましたしね」

 『あまり私を舐めないで頂戴』 

 ユーフェミアが割り込んできた。

 「なんだ?」

 『スナイパーは位置を知られたら不利。いや、不利どころか終わり。それは間違っちゃいない』

 「ステージⅤに身を置くトップスナイパーだけあって、その辺はきちんとわきまえているようで安心したよ」

 『基礎だもの』

 「プライドが高いプロであるほど、初心を忘れがちなのさ」

 『ならわかるでしょ。プライドが高いプロであるほど、困難なミッションに燃えがちなのよ』

 「……やれるのか?」

 『エレフは私をトップスナイパーと称した。つまり私がやれなきゃ、どのスナイパーにもやれない。そうなったら、()()じゃない?』

 たしかに彼女の言う通り、ユーフェミアの高度な狙撃技術ならば、あるいはルシファーの隙をこじ開けられるやもしれない。危機にばかり目を向いていたがゆえに意識していなかったが、ユーフェミアはステージⅤのエリート。その未知数の実力はきっとこの戦いにおいて役に立つ。エレフはそう信じた。

 「じゃあ、任せたぜ」

 『エレフ』

 今度の声はシータのものであった。

 『ユーフェミアちゃんの役割が決まったのいいけど、わたしはどうしたらいい?』

 「そうですねぇ……」

 しばらく考えたあと、エレフは重々しい口調でこう云った。

 「……シータさんは、()()()のときに備えていてください」

 『……!? それってまさか』

 シータは薄々とエレフの真意に気が付いてきた。

 「そうならないよう努力はしますよ。けど、いまのシータさんではルシファーは止められない。位置がばれているうえに、ルシファーの生体探査の範囲内。シータさんが狙撃をすればすぐにルシファーに察知され、そしてたやすくふせがれてしまう。なのでいまは待機しておいてください」

 『……了解したわ』

 おのれの無力を知らしめられ、ユーフェミアとの実力の差を知らしめられ。シータはエレフの言ったとおりに待機しながら、自身の精神を巣食う劣等感との闘いに傾注しはじめた。

 もともとユーフェミアに狙撃を教え、授けたのはシータだった。おなじチームに入ったユーフェミアに指導をしはじめたが、一か月もしないうちに彼女の狙撃技術は飛躍的に向上し、いつのまにかシータと互角、もしくはそれ以上のものとなっていった。かわいい後輩の成長をすなおによろこんだシータであったが、それにともなって、先輩としての立場がないという悲哀にも打ちひしがれていた。

 意外と、たいしたことはありませんでしたね。

 ステージⅤに抜擢されたユーフェミアが、ステージⅣ、シータ隊から去るときに吐き捨てたセリフである。

 このセリフは、いまなおシータの胸に引っかかってやまない。

 (やっぱりわたしは……ステージⅣたりえる戦士……ではない?)

 ふたたび自信を喪失したシータは、担いでいたライフルを地べたに落とし、うずくまる。

 『……エレフ!』

 「なんですか?」

 『わたしの出番が回らないことを祈っておくわ』

 「……心配せずとも、うまくやりますよ」

 無線での通話が終わると、ルシファーがしずかにエレフに近づいてゆく。

 「相談は、終わったの?」

 どうにか対抗策を練ろうとしているエレフたちの必死さに、ルシファーはおかしく思い冷笑をうかべる。

 「まあな」

 「エレフ・シュバーナ。キミは曲者だよ。油断はできない。だけどキミはこの瞬間にはじめて動揺を見せている」

 「……」

 「策はできた。しかし不確定要素があって、成功するかどうかは運次第。といったところかな」

 (……わかっていやがるぜ)

 「サイコ・アビリティも発動させはしないし、たよりにしている支援狙撃もすべて払いのけてみせる。かかってきなよ。徹底的に叩いてやる」

 悠長な構えをとりながら、挑発の言葉をかけるルシファー。

 「こりゃあ、ハッタリもだましうちも通用しねえな……」

 肩を落として、あきらめの言葉を吐き出すエレフ。

 に、見えたが、

 「だが、やるしかねえんだよ!」

 卒然として態勢をととのえ、聖剣レーヴァテインを大きく振るい……エレフはいさましくも、また一度ルシファーのほうへととびかかっていった。

 「……その愚直に敬意をこめて、ボクもまたおなじ気持ちで応えてあげよう」

 おどろくべき現象が、エレフの目に焼き付いた。鏡を見ているような気分にもさせた。

 (俺は、俺を斬ろうとしている?)

 そうも思わせた。

 ルシファーの全身から沸き立つ『ホワイト』はべつのすがたへの変貌を遂げていた。まじりけのない純粋な白から、紅色と黄金色の合わさった激甚たるレーヴァティンの火焔となっていたのだ。そしてその火焔は、土をも溶かす高熱を発しながら、主であるはずのエレフに絶えずたえまのない威嚇をつづけている。

 「……ボクは何色にも染まる、節操のない白。だから実質は無色。色無きものでしかない」

 ルシファーのつぶやきに、ユーフェミアはいささかの反応を見せた。

 「色無きもの。そう。貴方も私と同類なのね。ルシファー・プロヴィンキア……」

 『ホワイト』には隠されている力がまだある。そのことはエレフも心にとどめていた。だが、まさか自身のバイタルエナジーをコピーする能力であるとは夢にも思わなかったのである。しかも、神の領域にかぎりなく近いとも言われる聖剣のバイタルエナジー。これをたやすくコピーできるということは、あの『ホワイト』もまた神の領域にかぎりなく近い能力であると言える。

 「あんたは……とことんおそろしい奴だぜ」

 熱気のこもった、派手な闘いの幕が斬り落とされた。ルシファーの『ホワイト』が変化した火焔は、レーヴァティンの火焔を真似たものかと思われたが、その火力はオリジナルに劣らず、むしろオリジナルよりも少々高い。エレフが繰り出す火焔を相殺するだけではなく、ときおり押しのけてエレフの躰を包み込み、そのままじわじわと焙ってゆく。

 「まがいものの(ほのお)にしては、火力が高すぎやしねえか……? バーベキューどころか、炭になってしまいそうだ」

 エレフでさえも驚愕するその火力。これは真似なんていう次元では断じてない。コピー以上である。しかしエレフも負けてはいない。能力をコピーされたくらいで倒されるほどエレフは脆くない。

 「『ワイルドファイヤー』――!!」

 エレフは自身に襲い掛かる裏切りの火焔を、殺気や闘争心だけで発生させた一陣の熱風だけで弾き飛ばしていった。

 「――ユーフェミア、撃て」

 『了解』

 ここに来てエレフは狙撃の合図を出した。はっきりと声に出して言っているうえに、暗号でもないため、合図はルシファーに露見している。

 「いまさら狙撃など意味がないのだけどね……」

 弾丸は放たれた。

 おぞましい殺意を帯びながら、疾風のように飛んでくる一発の弾丸。それがどこから向かってくるか、ルシファーには当然見当がついていた。ユーフェミアの場所は割れている。そもそもユーフェミアからすでに一発だけお見舞いされているのだ。方向を把握していないほうがどうかしている。ユーフェミアが短時間でほかの場所に移ることのできるような、そんな化け物じみた俊足でないかぎり、自分を狙う方向はただ一点のみ。

 「狙撃の方向は東南部……千五百米せんごひゃくメートル先」

 弾速は秒速千二百米。

 ルシファーが発射に反応して防ぐ、あるいは回避するのに要する時間は、最低でも一・二五秒。

 しかし狙撃されるのをあらかじめ知っているルシファーにとって、それを防ぐのはそうむずかしくない。しかも一秒もあれば、ルシファーは飛来する弾丸をそっと指で捕まえて、持ち主に向かって撃ち返すことさえ可能。

 ゆえに、ルシファーはこの一発の弾丸を舐めてかかっている。その油断が命取りになることもわからずに。

 「弾道は掴めた。またしてもボクの心臓を狙うつもりだろうけど……」

 どこを撃たれるか把握しているルシファーであったが、つぎの瞬間、彼は予測さえしなかった未来にぶち当たる。

 弾丸が撃ちぬいたのは心臓ではなく、ルシファーの左腕だった。

 「……! なんたる……!」

 さっきとおなじ弾道であるはずなのに、なぜか弾丸はさっきとは違う部位に中る。ルシファーはこれをいぶかしまずにはいられなかった。

 「弾丸が描く軌道は、かならずしも直線であるとはかぎらない」

 なにが起こったのかわからずに戸惑うルシファーに、エレフはヒントの言葉を贈ってやった。

 「ユーフェミアのおそろしいところは、どのような長距離でも敵を精密狙撃できるところじゃねえ。ユーフェミアがシータさんよりすぐれてるとされ、ステージⅤに抜擢された理由はただ一つ。群を抜いた”計算能力”」

 「ここら一帯の壁を利用した跳弾……というわけか」

 「ピンポーン。跳ねまくった弾丸が屈折した軌道を描きながら飛び、予期せぬ方向からあんたを撃ちぬいたんだ」 

 「なるほど。たしかにそうすれば、狙撃手の位置が変わらずとも、あらゆる方向からボクを狙撃するのが可能となる。……だけど、跳弾で的を当てるなど、ひどく緻密で、なおかつ迅速な弾道計算をしなければ成しえない。しかも王都ゼフィランサスの地理にも精通していることも必須条件。それらの条件をすべてクリアしてしまうとは。二番目のスナイパー……ユーフェミアと言ったか。その者はいったいどんな脳みそをしているのだか」

 粒ぞろいのレジスタンスに再度興味を持ち始めるルシファー。

 「レジスタンスには変態が多いからな。あんたも十分うちに入れるくらいの資質があるとおもうぜ」

 「せっかくの勧誘だが断っておくよ」

 「あらら、そいつぁ残念だな」

 狙撃された左腕はしばらく使えない。『ホワイト』の治癒能力で治せるが、それにより生じた隙をエレフに攻められたら堪らない。それはエレフのほうもわかっていて、ユーフェミアがもたらしたチャンスを逃さず、即座に攻撃に移る。

(まずいな……スナイパーの弾丸がどこから飛んでくるかわからなくなったとなると、必然的にスナイパーのほうにも意識を割いていかなければならない。狙撃に警戒して、死角となる後方に『ホワイト』のシールドを張ったら、エレフの広範囲・高威力の爆炎はまずふせぎきれない。かといってエレフの爆炎をふせぐためだけのシールドを張ってしまえば、後方から狙撃される危険性がぐっと上がる。そして、たとえ狙撃を凌げたとしても、それによって大きな隙を生むことになり、つぎの瞬間にはエレフの一刀のもとに斬り伏せられる……どっちも地獄だね)

 ようやく、ルシファーの顔から焦燥の色が浮かび上がってきた。いままでの動きとは打って変わって消極的となったルシファーは、エレフの剣戟と火焔を捌きつつ、どこから飛んでくるかわからぬ変則的な狙撃にも注意を払う。できないことではないが、それは呼吸を忘れるほどにむずかしく、最大限の集中を要する。それに、『ホワイト』が相手の能力をコピーできるとはいえ、コピーした能力を即時に使いこなせる順応力までは備えていない。まだエレフの能力に慣れていないため、ここでルシファーが積極的に攻めていけばすぐにボロが出て、返り討ちに遭うリスクがますます高まる。

 (追い込んだ……けど、油断は禁物だな。相手が俺たちのコンビネーションへの対処に困ったってだけだから、俺らが絶対に勝てる保証はいまだにない。せめて、もうひとり、俺と共闘できるアタッカーがこの場所に居れば……)

 不安要素が完全になくなったわけではない。これまでよりもさらにエレフは慎重となり、ルシファーの動きを懸命に目で追う。

 『……この反応は』

 ユーフェミアは何かを察知した。

 「ん、どうした?」

 『テレポート反応がある。どうやら救援が一人来たっぽい』

 「……? いまここに駆けつけられる余裕のある構成員なんか居ねえはずじゃ。誰だ?」

 『……私やルシファーと同じ、色無きもの』

 ルシファーの足元が突如ぱっと光りだした。

 何者かが、ルシファーのちょうど近くにテレポートする。

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