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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 03『第二次王都ゼフィランサス防衛戦』
31/42

第二十八話『色無きもの(前編)』

エレフとルシファーの戦いがこれほど長丁場になるとは思いませんでした。


プロヴァンス戦記 第二十八話です。

かわいがってください。

 腕はたしかにしびれているようであった。電流に耐えてみせるルシファーの根性に圧倒されたエレフは、額から冷や汗を垂らし、後方へと二歩さがる。あたりをただよう『ホワイト』は、これまでしずかにルシファーの指示にしたがって変幻をくりかえしてきたけれど、いまはキーンとした高い音を連続してたてて、ルシファーが示す磤々(おどろおどろ)しい怨念と同調しているかのように見える。

 「……おまえ」

 エレフは問う。

 「そこまでルーシアが憎いか」

 わざわざそのような問いを投げるということは、今回の帝国による侵攻、つまりルシファーの本気をまるで理解していないということである。礼に欠けた無関心。ルシファーはエレフの問いをそのようにとらえ、そしてそれをばっさりと斬り捨てるかのように、吼えた。

 「憎くなければ、きみたちの国に攻め入ったりなど断じてしない!」

 ルシファーの本気にしばしふるえるも、エレフはたちどころに落ち着きをとりもどして、「……おまえら帝国の主張ではこうだ」と、臆することなくふたたび口をひらいてみせる。

 「プロヴァンスの皇族はみな、ルーシアの陰謀により犠牲になった。だから報復として俺らの国に攻めてきた。それはもちろんわかっているぜ」

 「そうだ」

 ルシファーはかわらず不機嫌そうなつらがまえをする。

 「けどよ。おまえはむしろ、皇族を憎んでいたんじゃないのか?」

エレフはしゃがみこみ、ふくざつな顔をしながらそう言った。

 「……なぜそうおもう?」

 一瞬ではあるけれど、エレフはルシファーの顔からいささかの動揺を感じとった。まなじりの肉がひっきりなしにふるえを起こし、犬歯は下唇をかるく噛んだまま力をゆるめようとしていない。つごうのわるいことを訊かれて、緊張しはじめている証拠である。

 「廃嫡された皇子なんだろ、おまえは」 

 廃嫡。この言葉を耳にしたルシファーの眉間に、さらなる(ひび)が入った。

 「廃嫡ってのはまあ、わかりやすく言えば皇位継承権を剝奪されるってことだ。だから、よほどなことがないかぎり、廃嫡にされることなんざふつうはありえねえ。……おまえ、なにをやらかした?」

 過去を穿鑿(せんさく)しはじめるエレフに、ルシファーは警戒心をいだきはじめた。これ以上訊かれたらいずれ襤褸を出しかねない。そのように危惧した彼は、「答える必要はないね」と言って、即刻会話を打ち止めにせんとした。

(沈黙は金、雄弁は銀。そこのところはきっちりわきまえているみたいだな……やっぱそう簡単に尻尾を出してくれやしないよな)

 もはやこれ以上言葉を交わしても、ルシファーから情報を引き摺り出すのは望めぬであろう。エレフはそうおもった。だが、あくまで一旦引いただけであり、けっして彼はあきらめたわけではない。

 (ルシファー・プロヴィンキア……第二次プロヴァンス戦役勃発まではあきらかになっていなかった、謎につつまれし存在。こいつの正体をつきとめられれば、戦争の早期終結につながる可能性はある……)

 ルシファーは世をしのぶいつわりの名で、きっとべつに本名があるはずであると、エレフはそううたがった。皇帝に廃嫡されたというのに、皇帝に対する憎しみなどといった消極的な感情よりも、むしろ皇帝を殺されたことによるルーシアへの憎しみのほうが顕著というのがどうにもきなくさいと感じたからだ。ルシファーという人物が存在しているとしたら、廃嫡されたという事実が存在しているとしたら、プロヴァンス帝国による報復戦争など起こりえない。自分を廃嫡した、すなわち自分を見捨てた皇帝の無念のために身を尽くしてまでたたかう。あまりにもつじつまの合わない設定ではないか。しかしながら、街はいまこうして戦火にもだえくるしんでいる。そうなると、ルシファーが戦争を仕掛けてきた理由が虚偽なのか、あるいはそもそも仕掛けてきたルシファー本人が虚偽そのものなのかという疑念がおのずと生まれてくる。そして、ルシファーという名がいつわりだとすると、なぜそれを名乗ったかという疑念もついで生まれてくる。

 エレフは今回の戦争を安易に終わらせる(すべ)をおもいついた。偽名をつかう人間にとって、本名は往々にしてその人間にとっての不都合となる。だからルシファーのほんとうの名をあばきさえすれば、ひょっとすると今回彼が戦争をしかけてきた真の理由をつきとめられるかもしれないと。もしその理由が不当であった場合、帝国臣民のあいだにひろがる戦争肯定の世論もくつがえり、戦争の早期終結が一気に現実味を帯びてくる。そうなったら、両国は無駄な血をながさずに済んで好い。エレフはそう考えた。

 「しゃべりたくなきゃ、それでいいさ」 

 「……なんだと?」

 「内から外に引き摺り出すのはやめだ。俺がおまえの内に入って直接見てやる」

そのとき、エレフの両目はみるみる鮮烈な薄紅色へと変わっていった。この現象をルシファーは知っている。いや、ルシファーだけではなく、バイタル・エナジーを用いる生体戦闘をおこなう者であれば、誰もが知っているし、誰もが畏怖している。

「サイコトルーパー……か」

生体戦闘のプロフェッショナルのほとんどはバイタルトルーパーである。バイタルトルーパーは常人の二倍のバイタル・エナジーを体内に秘め、それを利用することでなみはずれた身体能力を発揮し、神経も他者からのプレッシャーを感じ取るほどに過敏となる。それからバイタル・エナジーの力を炎や水、電気や土等に換えるなど、魔術のような芸当までもを可能にするため、ただ剣や銃をうまくあつかえるだけの兵士ではとても太刀打ちできない。ひとりのバイタルトルーパーの戦闘力は、充分に鍛錬を積んだ屈強な兵士二十人分に値するのだ。

現代戦争においてかなめとなるのがバイタルトルーパーであるが、そのバイタルトルーパーよりも格上の存在にサイコトルーパーなるものが存在する。

サイコトルーパーとは常人の三倍以上のバイタル・エナジーを有し、なおかつ超人的な能力をも有する人間のことを指す。これだけ聞けばサイコトルーパーがいかに強大かが理解できることだろう。しかし力を発現した者は全体から見て少数であるので、実際に戦場で遭遇する確率はあまり高くない。もし遭遇すれば苦戦は必至であり、腕のよくない兵ならば即死はまぬがれない。もしも自分のまえに居る敵の目が薄紅色に発光していれば、それはサイコトルーパーの特徴であるので撤退したほうが賢明である。そういった認識が世界でひろがっているのだ。

バイタルトルーパーよりもすぐれた戦闘能力もさることながら、固有の超能力も亦特筆すべき点であるといえよう。サイコトルーパーは常人にはない独自の感覚があり、わかりやすい例でいえば、弾丸の動きが極端に遅く見えるほど異常な動体視力、一度で百回の計算ができるほど異常な思考能力などが確認されている。

そして、サイコトルーパーであるエレフの能力は、

「過去を見通す」

 というものである。

ルシファーはそれを聞いて愕然とした。

「過去を?」

それが真実であれば、なぜよりにもよってそんな能力者が敵国にいて、しかも折が悪いことにいまの自分と対峙しているのだろう。ルシファーは焦りと不安とくやしさで歯をきしませる。

「ハッタリではないのだな?」

「ガチだぜ? なんだったら、いますぐにでもおあつらえ向きの例をくれてやろうか?」

「……好きにしろ!」

余裕を見せるエレフにかまわず、ルシファーはすばやく『ホワイト』のサーベルを生成した。そうしたあとエレフのほうへと向かっていき、彼にするどい突きをお見舞いしようとした。ハッタリだろうとそうでなかろうと、とにかくエレフはサイコトルーパーであるので、妙な小細工でこちらを翻弄してくるのはまちがいない。そうなるまえにしとめてしまおうということで、ルシファーは彼の言葉に耳を貸さず、一心不乱に戦うことを決めたのである。

(まあ、そう来るよな)

エレフはルシファーの考えをとうに看破していた。自分がサイコトルーパーで、その能力でルシファーの過去をのぞくことができるという旨をルシファーに告げれば、彼は心のゆとりをうしない、なにをされるかわからない恐怖で突撃してくる。

こういった展開を見越したエレフはあらかじめ、ルシファーに気づかれぬよう地面にトラップを張っていた。

『ホワイト』の切っ先がエレフにとどくことはなかった。エレフとの距離はあと三歩。左足が一歩目を踏み込んで、つぎに繰り出す右足が二歩目を踏み込んだその瞬間、ルシファーの動きが忽如止まってしまった。不自然にやわらかく湿り気のある土が、離すまいとしてエレフの右足にからみついていたのだ。

「……!? なんだこれは」

「はい、『トラップスワンプ』成功」

エレフはうまくいったという風ににやりと笑ってみせた。

「俺を炎を出すだけの脳筋だと思ったら大間違いだ。じつは俺、土系グノームのバイタル・エナジーもあやつれちゃったりするんだよねえ」

「いつのまにこんなものを……! もしや」

ルシファーの頭に、しゃがんでいたエレフの映像が浮かんだ。

「俺はむかし、王都ではそこそこ名をはせていた悪戯っ子だったからな。こっそりなにかをするのが得意なんだよ……さて」

エレフはルシファーと目を合わせる。

「ルシファー・プロヴィンキア。おまえの正体をおしえてもらおうか」

「きみごときに……」

深い憎悪をはらんだ声があたりに響いた。

「ボクの心を悟られてたまるものか」

なにが起こったのか。それはルシファー以外、誰にもわからなかった。絶体絶命の状況に追い込まれていたはずのルシファーが、なぜかいま絶対的な優位に立っており、絶対的な優位に立っていたはずのエレフの足には、なぜか湿った土がまとわりついていた。そう、まるで入れ替わったかのような状況になったのである。

「……読めねえ」

エレフは驚愕し、おもわずつぶやいた。

(なんで俺のほうがトラップスワンプに引っかかっているんだ……? いま、なにをされた?」

「これにて逆転……きみは生かしておくとのちのち面倒なことになりそうだから、すぐにトドメを刺してあげよう」

ルシファーはあらためてサーベルをかまえ、エレフの頚に切っ先をあてた。

「消えろ」

『エレフ、あんたなにしてんのよ!!!』

無線のスピーカーから慌てた怒号が飛び出た。と同時に、一発の弾丸が飛んできて、ルシファーの持つ『ホワイト』のサーベルを撃ち落とした。シータによる援護狙撃である。

「スナイパーが邪魔すぎるね、まったく」

うざったそうにルシファーは弾丸が飛んできた方向を睨んだ。

(……トラップスワンプ、解)

トドメを刺しそこねたルシファーが隙を見せると、エレフはたちまち自分にかえってきたトラップスワンプを無効化し、ルシファーから距離を置いた。

「助かりました、シータさん」

『撃つなという指示があったけど、あの状況だったから指示を無視したわ。だからペナルティはいっさい受け付けないわよ!」

「ペナルティどころか、お礼として奢ってあげますから、戦いが終わってお互いが生き残っていたらですけど」

『あら、わかってるじゃない。そういう心がけってとてもすばらしいと思うわ。エレフ、あんたはきっと出世するよ』

「ははは……ありがとうございます。(シータさん、俺よりも立場が上の人みたいになっているけど、いちおう俺はあんたよりランクが上なんですけどね……)」

ちなみにエレフはステージⅣの第4小隊のリーダーであり、シータはステージⅣの第7小隊のリーダーである。数字が小さいほど実力が上という設定なので、つまりシータはエレフよりも格が下だったりするのだ。

さりとて年上にはなかなかさからえない。それも人生。

「助けてあげたけど、つぎからはへたを打たないでね! はらはらしちゃうからさ」

機嫌の良いシータの声は、エレフの恐怖心をすこしばかりやわらげた。えたいのしれない術をかけられたあげくに死にかけたのだから、さしものエレフでもルシファーにおそれをいだかざるを得ない。

「……よし」

エレフは両頬を叩いて、いつもの得意顔で敵をまえにした。

「シータさん、そろそろ出番ですよ」

『あら、やっと?』

「ええ、俺が『グリーン』と言ったら撃ち、『(カラレス)』と言ったら()()()()をお願いします」

『……了解したわ』

「なるべく死なせる危険のある手段は使いたくなかったんですが、そんな甘いことなど言ってられないようです。この際半殺しにしてでもルシファー・プロヴィンキアを捕縛しないと……」

なにやら自分を倒す秘策が敵側にあるらしい。ルシファーはエレフたちの無線通話の内容に多大なる興味を持ちつつも、油断はできないとして相手の出方に注意をそそいだ。

「『陽炎の楯(ヘイズシールド)』―――」

金色にかがやく強烈な光がエレフの左手にあつまった。エレフはその光を翳し、三度みたびひらめかせてルシファーの目をくらました。

あまりにも目まぐるしかった。ルシファーはたちまち両手で目を覆い、その光を直視しないようにした。彼がひるんだ隙を逃さないエレフは、「(グリーン)」と無線でつたえた。合図を受けたシータはすぐさま引き金を引いて、ルシファーの背後に一発の弾丸を送ってやった。

 だが、ルシファーは常時背後に『ホワイト』のシールドを張っている。シータの弾丸ごとき軽くふせぐことができる。なので基本ルシファーには背後からの一撃に警戒する必要がなく、どちらかというと目のまえの敵にのみ集中したほうが彼にとっては最善だ。ルシファーに手傷を負わせられるのは、エレフしかいないのである。

 (電磁波を放出するタイプの弾だったら非常に厄介だが……いま撃ってこなかったということは、もしかして一発きりのものなのか? だとすれば、狙撃などもはや怖くもなんともないね……)

狙撃手でしかないシータは無視してもかまわない。彼女はあくまで援護という役割を担っているだけで、本来は戦闘向きではない。ここでエレフを倒してしまえば、ゼフィランサスの東部を奪還される心配はない。ルシファーはそう考えた。

 「(と、向こうは考えているだろうな……)『陽炎の楯(ヘイズシールド)―――」』

 金色の光はふたたびルシファーの視覚をおどかした。

 合図を告げ、剣をふりまわしたのち、エレフはルシファーにむかって突撃していった。

 「……またもや目くらましとは、芸のないやつだね、きみも!」

これによりルシファーの動きはたしかに鈍ったが、それでも難なくエレフの斬撃を受け流して、敏捷にカウンターを食らわせた。すばやさはルシファーのほうが勝っているため、エレフはそのカウンターをふせぐことができず、肩に刃傷を負うことになった。

 それからもルシファーは畳みなすように乱れ突きを繰り出し、エレフの躰の処々に傷をつけた。

 しばらくするとエレフは攻撃を見切った。サーベルを持つルシファーの左腕を掴んだあと、右足を前に出してルシファーの左足を踏んだ。

 そうしてルシファーの動きを完全に止めるのに成功すると、エレフは「無色(カラレス)」という言葉を口にしたのだ。

 


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