第二十七話『赤き戦意、白き怨念』
Twitterのほうでお騒がせしました。
どこぞの人と違い、ぼくはちゃんと作品制作に取り組んでおります。
とにかくかわいがってください。
シータ・リリはレジスタンスのステージⅣに属する狙撃手で、第五小隊のリーダーをつとめる少女である。あざやかな緑髪にきらびやかな翠眼を特徴とし、黙っていればたおやかな美女なのだが、そうしていないとわがままの過ぎるお転婆。周囲をぱっと照らし出すあかるさにより、クールな面子のそろったステージⅣのなかでもひときわ浮いていて、男子からはアイドル的な人気をあつめている。
肝心の狙撃の腕前たるや、ルーシアにおいてはトップクラス、どれほどの径庭があろうと敵のすがたをはっきりと見さだめ、敵の急所を確実に撃ち抜く精密性の高さが味方にさえおそれられている。ゆえにこそ、彼女は神秘な明晰を有する目を称賛されて、いつしか『エメラルドアイズ』という異名をつけられ呼ばれるようになったのだ。
おもいがけぬ支援射撃。いったいだれがルシファーに弾丸を送ったのか、その答えはエレフの無線から聴こえる声にあった。
『逆襲よ!』
威勢のいい、シータの声であった。
「やられていませんでしたか」
てっきりルシファーの部隊に叩かれたとおもわれた助っ人の登場に、エレフはおもわず安堵にほころび、そうして無線のマイクをオンにして、言った。
『あくまで戦線から一旦離脱しただけよ。勝ち目のない戦いにあえてのめりこむなんて、スナイパーの風上にも置けないでしょ? スナイパーなら、有意義な場面にのみ行動しないとだめ』
ルシファーの脚を撃って、彼の機動性を落とすのに成功しても、なお気をゆるめずにスコープから目を離さないシータ。
『さて、エレフ。わたしはどうすればいい?』
「……俺が指示するまではしばらく手出ししないでください。シータさんの場所がやつに割れるときついんで」
『わたしはあんたのいる場所からかなりの距離があるわよ。割れたってその子にはなにもできやしない』
「さあ、それはわからないですね。やつの能力は遠距離にも対応できるかもしれませんから」
そのころルシファーは脚の痛みに耐えながら、つぎの一手をどうするかと脳漿を絞った。
(まさか、『ホワイト』の広範囲シールドにある隙間をねらってくるとは……腕の立つスナイパーがいるようだね……)
精密射撃を得意とする狙撃手は当然ながら無視すべきものではなく、舐めてかかるとルシファーの敗北の色は一段と濃厚になる。しかし狙撃手に気を取られれば、エレフの攻撃に注意をはらう余裕がうすれるというのも慥かで、力を消耗してしまったいまふたりをまとめて相手にするのは現実的ではない。そう考えたルシファーは、シータの弾丸を確実に躱しつつ、エレフとの交戦に傾注できる術を考え、背後に隙間のない堅固な『ホワイト』の盾をつけた。
(広範囲シールドでならエレフ・シュバーナと対抗しえるけど……スナイパーがいるとなると話が変わる。少し隙間のある広範囲シールドじゃ弾丸は受けきれない。背中に一点集中型のシールドもつけておいたほうが得策か)
こうすれば、さっきのように弾丸が隙間をくぐって自身に命中することはない。背後は生物にとっては最大の死角で、その死角さえつぶせば、たとえシータが真正面から自分を撃ってこようと、すばやくそれに反応してふせぐことが可能となる。ルシファーは正面及び側面からの狙撃であれば対処できるし、それにスナイパーの攻撃というのは連続してくるものでもないので、過度にシータをおそれる必要はなくなったわけである。
狙撃手対策を済ませたあと、ルシファーは躊躇なくエレフのほうへと駆けてゆく。エレフはその思い切りのよさに愕然としつつ、聖剣をふって彼の重い斬撃をぎりぎり受け止めた。
(……シータさんの狙撃が怖くないのか? こいつ。周囲に気を遣っているようすがねえ……)
ルシファーの視線は一瞬もよそに行くことがなく、つねにエレフにねらいをさだめていた。あたかもエレフ以外に敵がいないであるかのように、エレフの一挙一動をこまかく目で追っていた。
剣速はしだいにあがり、剣圧もしだいにあがってゆく。聖剣をにぎる手に疲弊を感じ取ったエレフは、猛攻をしかけるルシファーの腹をつよく足で蹴り、ふっとばした。
「はりきりすぎだろうよ……脚が撃たれているというのにこの動き……こええな」
エレフはためいきをついた。
『エレフ! もう撃ちどきじゃないの? その子、いま隙がありまくりじゃないの』
「狙撃されたやつが狙撃を警戒しないはずがないでしょう! きっとシータさんはもう対策されているんですよ。なんせ相手は帝国のトップだ。てきとうに撃っていれば倒せるようなやつじゃねえ……ん?」
『……じゃあ、わたしとかはもういらないわけね?』
「おっと」
エレフはにやりと笑ってみせた。
「そうすねないでくださいよ……俺の考えが正しければ、ひょっとしたら、あんたにも出番があるのかもしれませんね」
勝機を見据えるエレフの目、ルシファーはそれを見逃さなかった。狙撃手と相談し、なにかしらの連携作戦を練っている最中なのだろうかと猜疑した。
(エレフ・シュバーナ……いまこいつと連携を取っている仲間にひとりスナイパーがいることはわかった。だが、ほかにも仲間がいる可能性も否めない……どうだ……? いるのか?)
ルシファーは生体探査に神経をとがらせる。生体探査とは、周囲に居る人間のバイタル・エナジーを察知する能力のことである。彼とエレフがいる場所を中心とした半径六百メートルの範囲、つまり首都ゼフィランサス東部のすべてをさぐったところ、ひとりのスナイパーらしき人影のみで、ほかには誰もいないようであった。となると、いま自分が相手にしているのはエレフとスナイパーのふたりだけであるのは、おそらく慥かであろう。「とにかく、ルーシア側に伏兵が舞い降りる心配はないらしい」と、稲光のような確信がルシファーの胸をつらぬいた。
このとき、エレフはルシファーのようすに不審を打った。
(どうやらこいつ、探査能力もあるっぽいな。スナイパーの位置を確認したか……だとしたら、シータさんがこいつの隙を突いてどうにかすることがますますむずかしくなったな……まったく、探査能力もすぐれているとか、やりにくいったらありゃしねえ。だが……)
しかし、エレフ側にとっては状況が悪化したとも言えなかった。
「いまさらそんなことをしたって意味がねえんだよ」
『……エレフ、打ち合わせはもう要らないわね』
シータがそう言うと、エレフは「ええ、手筈どおりに行きたいとおもいます」と言った。
またなにやらあやしげなやりとりをしているエレフを見て、さらに警戒心をつよめたルシファーはもう一本、あらたな『ホワイト』のブレードを生成した。二刀流も為せる彼に、エレフはいよいよ眉間に皺を寄せざるをえなかった。
「天才かよ、あんたは」
多才ぶりに呆れつつも聖剣レーヴァティンをふるい、ふたたび火焔を繰り出していくエレフ。牙を剝く火焔は一直線にルシファーにおそいかかるが、これをルシファーの『ホワイト』はものともせずに受けながした。だが、正確には受けながしたとも言いがたい。エレフの目にはそうはうつらなかった。『ホワイト』のブレードが火焔を受けながしたというより、むしろ火焔が『ホワイト』のブレードにおそれをなして、自分から避けて行ったように見えなくもないのである。
(……やっぱ謎がふかいな。あの『ホワイト』って能力の正体、そうやすやすと見やぶれるものじゃねえ。レーヴァティンの炎がおびえている……)
「なかなか純粋だね、レーヴァティンも。敵であるはずのボクに気を遣ってくれるとは」
意味深長な発言をするルシファー。
「気を遣った? どういうことだ」
「そのままの意味さ。そうか、きみにはわからないのか」
「……おまえ」
言葉の裏側にある真意をさぐるのはあとまわしにして、エレフはとにかくいまはどうやってルシファーに攻撃をあたえるかを考える。ルシファーの『ホワイト』は聖剣の力を容易に無効化できるとなると、「敵を炎で焼却する」というエレフが得意とする戦い方は無駄である。レーヴァティンを炎をあやつる剣としてではなく、敵を斬り捨てる剣としてつかったほうがよいのかもしれない。エレフはそう判断した。
エレフらしくない戦いがはじまった。
ダイナミックな爆炎が轟音をたてて、敵の肉体を灰燼に帰する。これがレーヴァティンの本領で、この本領を発揮させて大暴れするのがエレフの戦い方である。けれども彼がいま繰りひろげられているのは、なんとも地味な剣と剣での斬り合いである。ただでさえルシファーの剣速は目で追うのもやっとなほどであるのに、華麗な二刀流への変貌が相俟ったがためにさらに厄介となっている。これを対処することは当然エレフにとっては困難きわまりなく、対処しきれずに躰のところどころに刃傷を負うだけの結果となった。それにひきかえ、ルシファーのほうは足を狙撃されたことをのぞけば依然として無傷を保ちつづけている。エレフからはなにも痛手を食っていないのだ。
(……レーヴァティンは、こういう速攻型の剣士との斬り合いには向いてねえ。レーヴァティン自体が重すぎて、相手の剣速にはどうしたって追いつけねえ。おまけに相手は二刀流だ、たとえ一本を防ぐことができたとしても、防御でがら空きとなったところをもう一本が攻めてくる。急所を隠すだけでも精一杯だってのに……!)
「防御ばかりに徹しているね。カウンターのひとつでもして来ないと、ボクに生殺しにされるだけだよ」
「減らず口を……!」
エレフが不敵に笑うと、
「瘦せ我慢を……!」
と、ルシファーはふっとつめたく笑う。
(だが、やつの云うとおりだ。このままでは急所にあたらなくとも、じわじわと斬られていずれは死ぬ……どうする、エレフ・シュバーナ。ここでこそ狙撃手に指示を送るべきか……?)
切り札をつかうことにためらうエレフ。
(俺のこの状況、だれがどう見たって切羽詰まっている絶望的なものだ。逆転する要素は狙撃以外にない)
しばしのためらいが過ぎると、ようやく彼は決心した。
「よし、頃合いだな」
エレフはマイクを口元に寄せて、言った。
「ファイヤーだ」
『了解』
合図が終わると同時に、ライフルの銃口から弾丸が放たれる。狙撃が来ると察したルシファーは、いそいで防御の姿勢を取って急所を隠しはじめた。けれども、この弾丸は彼の急所なぞに微塵たりとも興味をしめしていなかった。弾丸は急に大きく逸れて、ルシファーの足許の土にぶちあたった。そして二発目と三発目もつづいて撃たれ、同様にルシファーをねらうことをしなかった。
「……ん?(なんのつもりだ……これは)」
あやしげな撃ち方をするスナイパーに困惑していると、たちまち弾丸の尾から強力な電磁波が放出された。ようやく弾丸の正体を見抜いたルシファーだが、時すでに遅し。電磁波は広範囲に展開して、ルシファーを囲むことでその動きを制限しはじめた。
(こざかしい真似を!)
わずらわしい電磁波により動きがぎこちなくなったルシファー。そんな彼を確実にしとめようという狙撃手のライフルは銃口を光らせる。
(とはいえ、これはさすがにまずい。一旦『ホワイト』でフィールドをつくらないといけないね。目の前に居る剣士と、後方に居るスナイパーに挟み撃ちされると、確実に死ぬ)
しかし、『ホワイト』の物質は生成されない。というより、生成されるにはされたが、すぐに蠟燭の火のごとくにひゅっと消えてしまうのである。
「……もしやこれは……!」
身体の動きを制限するのみならず、バイタル・エナジーの力をも抑圧する特殊な電磁波であることに、ルシファーははっとこころづいた。
「さて」
エレフはかまえた。
「……やっと隙だらけになってくれたか!」
ルシファーの厄介なスピード、そしてほとんど隙の無い防御がとうとう封じられた。このめったにない好機を、エレフは決してのがしはしない。彼はレーヴァティンをつよく握りしめ、ルシファーにむかって奔走した。
「このままじゃやられるね……しかたない」
帝国軍のトップはここであきらめなかった。エレフが寸前までちかづいてくるのを確認すると、ルシファーは腰の下に見える釦を押した。なにをするつもりだろう。エレフがそう懐疑してまもなくすると、ルシファーの躰からながれるはげしい電流を浴びて、しびれた。
「ぐっ(……さっきのディオークからの報告にあった敵の電流発生装置か……!)」
アルデの小隊と交戦したフランツもこれを用いていた。接近戦に持ち込んだときに、ちかづく相手に電流を浴びせるというシンプルながらも厄介なものである。本来なら近距離での戦闘を得意とする者に中距離での戦闘を強いる。その強みが大きいからか、フランツだけではなく、帝国軍のトップであるルシファーも採用したようである。
「だが……」
電流発生装置を使用するにあたって、デメリットがないかと問われるとじつはある。たしかに電流は敵に浴びせるものであるが、自分の躰から発生させるものでもあるため、おのれの躰にも少なからず負担がかかる。つまり躰も絶大な電流の威力をこうむることになるのである。なので、電流発生装置を使用するのであれば、自分にダメージをあたえる電流のみを遮断する抵抗装置も着けるのが原則となっている。ただしフランツだけは例外であり、彼は極度に肉体を活性化させているため、電流の威力を受けても平然としていられる。
「こいつは……どっちだ?」
ルシファーはフランツとおなじく肉体を活性化させているのか、それとも抵抗装置を着用したうえで電流をながしたのか。にわかには判断できないことであった。もしも後者だとしたら、おそろしいエレフの推測が真実へとすがたを変えることとなる。
(抵抗装置は自分に電流だけを遮断する。だが、その装置をつかうと、それなりに多くのバイタルエナジーを食うことになる。こいつが(オームデバイス)を使っているとすれば……)
エレフの身の毛がよだつ。
「シータさんの部隊との交戦もあっただろうに……こいつのバイタルエナジーの量は、いったいどうなっているんだ!?」
シータ・ミラとその部隊を撤退まで追い込み、そのあとはエレフとの戦闘にうつる。いかに資質がよいとはいえ、ここまでたたかえばバイタル・エナジーの量が枯渇していてもおかしくない。見たところ、ルシファーはフランツみたいに肉体を活性化させていないようであるため、おそらく抵抗装置を使用していると考えたほうが正解であろう。しかしそうなると、燃費のわるい抵抗装置を使用するほど、彼にバイタル・エナジーの余裕があるということになる。
「……抵抗装置など、着用していない」
ルシファーはおどろくべきことを言い放った。
「そんなものにバイタル・エナジーを使うくらいならば、少しでもきみたちを潰すために使う……!」
このとき、エレフはルシファーの『ホワイト』になみなみならぬ怨念らしきものを感じ取った。




