第二話『暗夜にうごめくゴーストパペット』
一週に一回のペースで上げます。
二人は鬱蒼とした森のなかへと這入り込んだ。森は黒洞洞たる夜に呑噬されて、白樺の樹木や叢のつどう榛莽にもとの色はなく、ただの曖昧なシルエットでしかなくなっていた。黒以外の色の見えぬこの独特な世界は、あからさまに人間がやすらかに暮らせる世界とはべつなものであるがゆえ、アルデはここを通りすぎることにいささかの畏怖を感じていた。
「えっと、ルシアさ」
「んー?」
「ぼくたち、これからレジスタンスの基地に行くんでしょ?」
「んー!」
「なんでわざわざ、こんな暗い道を通るの?」
「んー? んーんんーんっんん!」
「何を言っているかわかんないよ!ていうかまたアメちゃんしゃぶってるでしょ!」
「んー……」
アルデのほうへとふりかえるルシア。案の定彼女はアメを口のなかに含ませていた。しかし、よく見るとそのアメの色はさきほどのとはちがっていた。さきほどのものは筆舌に尽くしがたい複雑な緑色であったが、こんどは澄み切った空のように碧色をしていた。
「ルシア、いま君が舐めているそのアメは何味? さっきのアメーバ味とやらよりは美味しそうな色けど」
「あー、これ?」
ルシアは言った。
「水酸化ナトリウム味だよ」
「絶対苦いだろう……それ」
予測をみごとに裏切られたアルデは、本気でこのアメを製造している会社の将来を心配した。
「で、ルシア。ぼくたちは何でこんな歩きにくい道を通らなきゃいけないの……?」
「敵に見つかんないようにするためって、言っただろう!」
「何を言っているかわからなかったって、言っただろう!」
二人の甲高い怒号が林道をめぐり、やがて夜空の上の望月へと昇っていった。
「……おまえが選召者であることは、たぶん帝国軍のやつらにバレている。夜襲がないとは限らないから、こういうルートを通っているんだ」
と、神妙な顔で、ルシアは言った。
「もしかして、ぼくはこれからその人たちに狙われ続けるってこと?」
「そゆこと」
「えええ……じゃあぼくはどうすればいいんだよ」
「どうもこうもああもそうも、永遠にあたしたちレジスタンスの保護下に置かれることを覚悟すればいいんだよ」
「ちなみに保護って具体的にどういうことなの?」
「毎日牢屋のなかで居座ってもらう」
「はい……!?」
アルデは背筋が凍てつくような戦慄を覚えた。
「冗談だけど」
「真顔で冗談を言うのはやめてもらえないかな」
「つぎは満面の笑みで冗談を言ったげるよ」
「……」
(それもそれで怖いかもしれない)
「保護となると、おまえはレジスタンス基地で過ごすことになるけれど、基地での生活は結構快適だから心配はいらない。外出時には護衛がついたりする」
「そ、そうなんだ。……家には帰れないの?」
「まあ、帰れないでしょ」
蛙鳴、叢の揺れる音、それから螽斯の歌声。これらが合わさって、絶妙な階調を能くしているとわかったのは、二人の沈黙が始まって間もないときであった。
「ごめんな」
その沈黙の幕を斬りおろしたのは、ルシアの謝罪であった。
「え?」
「これがあたしたちのしごとなんだよ。恨まないでくれよ」
「……わかってる、しょうがないってことは。だから、べつに恨んでなんかないよ」
自分がレジスタンスに保護されることによって、ダントロとシンディの身の安全が確保されるというのであればそれでいい。アルデは、二人のためなら、自分ごときの自由が紮げられても構わないと考えていた。もちろん、二人と会うことが少なくなるであろうという寂寞の感も、彼にはなかったわけではない。
サッ。という音がした。
ルシアは、小動物が叢をくぐり抜けた際に立てた音とおもい、大して気にしなかったけれど、その後もサッ、サッ、サッという音がしてやまなかった。さすがに不自然だと悟ったルシアは、警惕の等級を上げて、周囲になにか不穏な気配がないかを探ろうとした。
「……まさか、ここもマークされていたとはね」
「どうしたの、ルシア」
「どうやら、ここのルート。先客がいたっぽいんだよ」
ルシアは、腰にかけている剣を抜いて、構え始めた。丸腰のうえ、しがない民間人であるアルデにそんな綽綽たる余裕があるはずがなく、ただただ黙って震えるばかりであった。しかし、ルシアの闘争心とアルデの恐怖心は、時がたつにつれて冷ややかなものになっていった。ルシアの感じる気配とやらが、一向に近づいてこなかったのだ。拍子抜けしたルシアは、大きな声で、「だれかいるのか!?」と言った。
返事がなかった。けれども付近に人がいないとは考えられなかった。百戦錬磨のルシアには、人の気配を感じ取ることができる。それゆえ、この林道に誰かが息を殺して潜んでいることは、確実なのだ。
「ま、ままま、まさかユーレイじゃ……?」
アルデはひどくうろたえていた。
「中世はもうとっくに過ぎたよ、アルデ。科学が発展しているこの御時世に、ユーレイなんていう非合理的な存在があっていいわけない」
「そ、そうだよね! ははは!」
顔こそ笑っているけれど、声自体はまったく笑っていなかった。異常なまでに気の小さいアルデに、ルシアは呆然として言葉をうしなった。
いつまで経っても現れない先客に、堪忍袋の緒が切れたルシアは真っ赤な顔で叫んだ。
「ねえ! だれかいるの!? いるんならさっさとでてきてよ!! でてこないと私の『舞空剣』をお見舞いすっぞ!」
ユーレイなぞよりもはるかに恐ろしい形相をした少女が、アルデの目睫の間にて仁王立ちしていた。
「ひっ! すっ、すみませんっ! 勘弁してくださいっ」
たよりのない男の声がした。
やっとこさ姿をあらわしたその男は、叢をまたがって出てきた。服装から見るに、おそらくはレジスタンスに所属している軍人であろう。ルシアの迫力満点の怒号に震慴したらしく、額からおびただしい量の冷や汗を流していた。
「どうして返事しなかったのさ」
「いや、その。あまりに恐ろしげな怒鳴り声が聞こえたもので……てっきり帝国軍の連中かと思って、怖くて返事ができなかったのです」
「つまりあたしが怖かったってことだね」
「めっそうもない! ルシア様を怖がっていたわけでは」
「気を遣わなくてもいいよ……かえって傷つく」
ルシアは複雑そうな表情をした。
「おじさん、たしか警邏隊の人だろう? あたしになにか用?」
「え、ええ……緊急事態です」
「緊急事態?」
警邏隊に勤めているその男は、冷や汗を手でぬぐい去り、次なる用件をルシアに伝えた。
「我々警邏隊はさきほど、感知センサーの記録を確認したのですが、記録によれば、この三〇一地区に帝国の者が侵入したことがわかりました」
「なんだって? じゃあ、おじさん。この林道の近くに敵が居るということか?」
「さようでございます。いま夜番の隊員たちがその物らの捜索に身をやつしております」
「まさか、このルートが帝国軍のやつらにバレているのか……?」
焦燥に駆られたルシアは、腰のポーチにしまいこんだ無線携帯機をとりだし、仲間に連絡した。この林道付近の警備を固め、本部基地への入口に仕掛けたトラップを有効にするよう指示した。
「ル、ルシア」
アルデは言った。
「これからどうするの?」
「……一旦、基地の入口に向かう!」
「え?」
「まずあたしは、おまえを守らなくちゃいけないんだよ! 帝国軍はきっとおまえのことを血眼になって探している! だからあたしは、一旦おまえを基地内部に匿ってから、侵入したやつらを一網打尽にする」
「そ、そう……わかった」
なんとも言えない歯がゆさがあった。アルデは自分の無力さを慨嘆した。たしかに民間人の立場ではあるけれど、護衛のルシアの役に立てないことに罪悪を感じざるを得なかった。さりとて自分が戦いの場にでしゃばったところで、ルシアの障害になるだけであり、最悪の場合いたずらに命の華を散らすに訖わるかもしれない。だから、アルデは迷っているのだ。
「入口はもうすぐだ。行くぞアルデ」
「う、うん!」
そして三人は、枝と葉の踏まれる音がひしめくなか、目的地へとまっすぐ走っていった。アルデは先を走るルシアの背中をじっと見つめていた。同年代の女の子に守られるせつなさとなさけなさを、走りながら噛み締めていた。
蔦に覆われた大きな壁が見えてくると、ルシアの足は忽然と止まった。それについで、アルデと警邏隊の男もまた走ることをやめた。
「ここだ」
ルシアは息を切らしながら、言った。
「おじさん!」
「はい……なんでしょう」
「セキュリティーカードがあるだろ? あたしに貸してよ」
「……承知しました、只今」
男はふところから一枚のカード……ではなく一本の短刀をさっと抜き出して、ルシアに襲いかかった。ギリギリ刺されそうになったところでルシアは身を翻して躱した。その猿のような身のこなしを見てひるむ男。ルシアは、その隙を狙って、男の胸部に重い肘打ちを食らわせた。その一撃がよほど効いたらしく、男は苦しそうに地面に転がり、低い呻吟の声をあげていた。
「なんのつもりだよ、おじさん……裏切るつもりか」
「……ゔぇえええええ」
呻吟ではなかった。人間とは思えない、一種の鳴き声のごときものだった。男はすぐに身を起こして、懲りずまにルシアのほうへと吶喊した。ルシア少しも動揺せず、冷静に男を後方へと投げ飛ばした。これにより当たりどころが悪かったのか、男の右腕の関節は逆方向に曲がってしまった。だが、奇妙なことに男は苦悶をいっさい見せず、またぞろルシアに立ち向かおうとした。
様子がおかしい。というか、いまルシアの目の前にいるこの男は、もしかするとそもそも人の類ではない"モノ"かもしれない。
この世のものとは思えない"モノ"をまのあたりにしたアルデは、当然平静でいられるはずがなかった。瞳が砂浜でもがく魚のように泳いでいて、口はあんぐりと開いたままであった。
「くっ、アルデ……下がってて!!」
ルシアは剣をとって、男に反撃した。
すると、男の両腕から禍々しい形状の白刃が生えた。これを見た二人は豁然として大悟した。おそらくはこの男は人間ではないということを。では、この男が人間でないとすれば、いったいなんなのだ。という疑問もまたおのずと二人の心中にて浮かび上がる。
「こいつは……」
ルシアは嫌な感覚を察し取った直後に、男は俊敏な動きを以て斬りかかってきた。ルシアはその男の剣を幾度も受け流した。そのたびに彼女のなかの懐疑が、だんだんと確信へと近づいていった。
「この嫌味なバイタル・エナジー反応……こいつ、やっぱ人間じゃない。……バイタル・イドルか」
「バイタル・イドルって?」
アルデは聞いた。
「つまり、バイタル・エナジーのつまった殺人人形だよ。となると、こいつをあやつっているマニピュレーターが近くに潜んでいるのか?」
左を見て、右を見た。わずかばかりだけれど、たしかに人間の気配があたりにただよっていた。さきほどルシアがこの気配に気づけなかったのは、おそらくバイタル・イドルの気配と勘違いしてしまったためであろう。
「マニピュレーターってやつはほんっとニガテなんだよ!」
視線が追いつけないほどの疾さで、木々の間をかろやかに飛び回るルシア。その予期せぬ動きに混乱を見せ始めたバイタル・イドルは、あえなくルシアの剣によって斬り刻まれた。
「こそこそ隠れるだけじゃなく、こんなオモチャを使って襲ってくるところが鼻につくんだよ!」
バラバラにされたバイタル・イドルは完全に停止した。
「さあ、オモチャはもう使えないよ。そろそろ正々堂々とあたしと戦ったらどうなの?」
いまだ姿を見せぬ敵に、ルシアは挑発した。すると、地面がめりめりと裂け始め、その中から黒い人影がさっと現れた。
「マニピュレーターはあんたか」
「ああ……そうさよ。おれがプロヴァンス帝国の刺客さね」
ワイヤーと見まがうほどの、硬い銀色の髪を生やした、漆黒の衣を身に纏った男であった。鮫のようにするどい歯をルシアたちに見せつけ、不敵に笑っていた。アルデは彼のあからさまな凶悪ぶりに、おもわず身震いをした。
「オマエさんの大嫌いなマニピュレーターはおれさね」
「あんたの目的は、もしかして……」
「言うに及ばず、オマエさんのとなりにいるその小童の持っている聖剣さね」
「ふうん。やっぱりか。で、あんたはこれからどうするつもりなの」
小馬鹿にするような口調で、ルシアは言った。
「知れたことよ。その小童を殺して、聖剣をいただく」
「ひっ……」
アルデはわなないた。
「ふん、そんな選択肢、あたしが用意してあると思う?」
「へえ、じゃあどんな選択肢を用意してあるってんさね?」
「おとなしくあたしに捕まるか、大したことのない力を振り絞った挙げ句に朽ち果てるか。この二つが、あんたにつきつけられるべき選択肢だ。さて、あんたはどっちを選ぶの?」
「ガキのくせにずいぶんと冷酷で、辛辣で、……ナマイキなことを言うねえ、ええ?」
「ビビんないよ、卑怯者の凄みになんか」
無尽蔵の自信を放つルシア。それに対して、渺茫たる殺気を漂わせるルジン。この二人の異常なオーラに、アルデは圧倒された。
「マニピュレーターとて軟弱ではないさ。バイタル・イドルだけが自分のすべてじゃないんでね。……逆にオマエさんは、バイタル・イドルさえ壊せば、マニピュレーターを殺せるとでも考えてるのかい? 甘いよ、甘い。そんな簡単に倒せるものなら、マニピュレーターという職種なぞ、とっくに絶滅しているさね」
「なにが言いたいの?」
「ここからが本番だって言いたいさね!」
突如、ルシアの右腕は本人の意思に反して動き出した。彼女の右手には、剣が握られている。その剣を振りながら彼女は、アルデのほうへと向かっていった。
「ちょっ、まって、なんだこれ」
「わ、わああ、ルシア、なんでこっちにくるの!」
アルデは狼狽した。
「ごめん、アルデ、避けて!」
「無茶言わないでよ!」
なんとかルシアの斬撃をぎりぎりで避けきったアルデだったが、すぐに倒れてしまった。恐怖で起き上がることに時間がかかった。
「ばか! はやく逃げろ、死ぬぞ」
「に、逃げろって言われたって……!」
簡単に言うけれど、そう簡単に逃げられやしない。猿のような身のこなしで素早く追いかけてくるルシアをふりきるなど、素人のアルデには到底無理な話である。
「わっ!」
ルシアの攻撃が一閃、アルデのそばに矗立する二本の樹がスクラップとなった。
「こんなの当たったら絶対死んじゃうじゃんか!!」
「泣きごと言うヒマがあったら逃げることに集中して! 殺さない程度にアルデを斬り刻む自信なんて、あたしにはない!」
「怖いこと言うヒマがあったら、君もこの窮地から脱する手立てを考えることに集中しなよ!」
アルデは怒るように言いながら、必死に走っていた。
「ふふふ……小娘」
マニピュレーターの男は厭味ったらしい笑顔で言った。
「どうだ。攻撃をやめたくともやめられぬだろう? これこそがおれ、ジン・アマーストの”奥の手”ってやつさね。オマエさんがおれの人形をぶっ飛ばしたその瞬間、人形に仕込んでいた身体操作のバイタルエナジーが、オマエさんの体のなかに入り込んだんさね」
「ぐっ……やっぱ、マニピュレーターってやつは陰湿な手を使うものだな」
「そういうもんさね。まあ、負け惜しみ言うまえに、自分の体を抑制してみたらどうさね? 無駄なことだと思うが」
「むかつく……」
しかし、いくら腹を立てようと事態が好転するはずがない。ルシアは動揺しながらも打開策についてかれこれ勘考した。苦悩にのめり込んでいるのはルシアのみにあらず、アルデもまたその苦悩に身を投じている。自分の命が究極の危険にさらされているのだから、思考を放棄するわけにはいかない。
「…………」
アルデは考えた。
頼れるのはルシアだけ。だけど、そのルシアはいま敵に操られていて、あまつさえ自分を殺しにかかってきている。したがって、いま頼れる人物はたった一人だけ、ずばりアルデ自身のみとなる。
さりとて自分ごときが、この状況下においてなにができるというのだろう? アルデは頼れるのは自分しかいないとわかっていても、この状況を打破する術にはとんと見当がついていなかった。彼にはまったく自信がなかったのである。
すると、彼は腰に携えている例の聖剣を一瞥して、暁った。絶対とまでは断言できないけれど、この聖剣を以て敵を迎え撃つことが、けだし可能なのかもしれない。自分には当然ながら戦闘経験なるものがない。されど武器はある。しかもこの武器は自分を選んでくれた。自分には底知れぬ素質があるがゆえに、選ばれた。となると、この状況を打破することなんて、案外造作でもないのでは? アルデはそう考えた。
再思はもはや不要である。猶予はすでにリミットに終えている。アルデは一時の逡巡をも許さずに聖剣を取りだし、迫りくるルシアに勇ましく立ち向かった。
「あ、アルデ!」
ルシアは驚愕した。暴走している自分に反撃しようとしているアルデを、血迷ったかのように思った。
「聖剣を過信するな、おまえはそもそも戦ったことがないだろう!?」
「だけど、なにもせずに斬り殺されるのは、いやだ」
そう言うアルデの瞳には、赫奕たる光がたしかにあった。それを目にしたルシアはもう何を言っても無駄だろうとおもい、黙り込んだ。
(とはいえ、どうする……とりあえず、ルシアの攻撃を受け流してみるか? 果たして、ぼくにはそれができるのだろうか)
思考は段々と遠ざかっていった。もたもたしていると刃が飛んでくる。頭ではなく、手を使うときだ。思い巡らすよりまず剣を振ってみよう。アルデはルシアの攻撃をついに受け流し始めた。幾度も、幾度も受け流していた。カン、カン、カンと、金属の打ち合う鏘鏘たる音が鳴るごとに、うっすらとした記憶の残滓たちが、アルデの脳髄をかすって過ぎていった。げにおかしい話である。いままで平和に暮らしていたのに、なぜ手に汗握るような戦いの記憶が、頭の中にて潜在しているのだろう? アルデはいぶかしんでやまなかった。
手慣れた動きであった。あたかも百戦錬磨の英雄であるかのような動きで、アルデはルシアを翻弄するようになった。敵の斬撃の軌道が、おもしろいほどに把握してしまっていた。たとえば、自分の攻撃を切り払ったあとに上に向かう敵の刃が、瞬時に自分の頭めがけて突進してくること、それから相手の繰り出す刺突がどれほどのスピードも、おおよそはわかってしまうようになったのである。これにはさしものルシアでさえも瞠目するのみであった。急成長というには生ぬるかった。まるで最初からその実力を隠していたかのようであった。
「……聞いてないね」
マニピュレーター・ジンは、今夜任に就いているやり手の兵士は、このルシアという少女しかいないと踏んでいた。だから不可解に思った。いまジンの目の前には、そのルシアよりもよっぽどやり手に見える少年がいるのだ。むろん、その少年こそが、アルデである。
「何者さね、あの小童」