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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 03『第二次王都ゼフィランサス防衛戦』
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第二十六話『ホワイトの謎』

不安でいっぱいになりました。ぼくにはどうしたって、世界が白さに満ちているようには見えない。ぼくが異常なだけとみなは言うでしょうけれど、ぼくというか、人にとって、世界より自分の心という名の世界のほうこそ優先されるべきものなのだから、ぼくがいま自分の心を優先している時点で、異常であるとはおもえない。

 硝煙しょうえんのにおいを嗅ぎながら、友人の血のしたたりにふるえながら、少年は神妙にくらき天をあおいでこうおもった。あしたもまたおなじ日がやってくると信じつづけてから十二年が経った、と。ありがたみを毫も感じずに、さも当然であるかのように木洩れ日あたたかなる平和をむさぼってきたその少年はいま、一旦戦地からのがれて人気のいない森へとまよいこんでいる。そこで彼は右腕の傷をおおう包帯をゆっくりさすり、その際神経を疾駆しっくするじりじりとした痛みを感じては、さめざめと哭きはじめた。レジスタンスに入隊してからいまだに実戦を経験せず、のうのうと平穏を噛みしめていたがゆえに、昨日と今日の温度差にしずかな驚愕をおぼえ、死に対するおそれにより神経をみだした。

 息衝きの音いろを聴きつつ、少年は手にした刃に虚無の目をやる。その刃を以て地面に生い茂っている草をこまかく切りきざんでゆくと、そのようすを彼は無意識にさきほど目にした地獄絵図と見立ててしまい、胸中に沸き起こるくるしみがますます鎮まるきざしを見せなくなった。

 甘かった。世界は怒りとかなしみのみでいろどられているのが真実で、よろこびなどそれらの負をごまかし、塗りつぶすためのパステルにすぎないのだと、少年はつよく暁った。ああも人はたやすく人を殺し、ああも人はたやすく死んでしまうのかと絶望にしずんだ。

 「ハロルド、おまえは逃げろ」

 敵の殺意を避けながら(さけ)ぶ友人の顔が、まだ彼の脳裏でフラッシュバックしていた。それだけではない。友人の死に顔もそのあとにつづいた。

 すると、ふたりの男の声が聞こえてきた。

 「やりづらいな」

 「王国軍とちがって、レジスタンスはほとんどガキだ。殺る気が削がれるわな。とことん気に入らないな、ルーシアの連中は」

 「……しびれてきた、ひとまずどこかでやすもう」

 「そうだな。東北部のレジスタンスは全滅した。しばらくは命令が来ないだろうから、やすんでいこう」

 そう言って、男は適当な木に背を掛けて、座った。もうひとりのほうもつづいて座る。

 「おれら帝国軍はゼフィランサスのどれくらいを占拠してんだ」

 「まず東部と東北部は完全に落としたな。南部もそろそろ落ちるころとは聞いた」

 「おいおい、西部はどうしたよ。あそこにも分隊が攻めに行ったんだろ? しかもあのゲオルグも居たらしいじゃねえか」

 「さっき司令から情報が来たけど、どうやら、ロイヤルパラディンズのエンデュリオンが必死に防戦に徹していたようだ。それにヤクトも増援として来たしな」

 「それは……しかたねえな。敗北を責めちまうのは酷だ」

 「わざわざ全区域を占拠する必要はない。中央部さえおさえれば戦いは終結するからな。ただ、東部にはルーシアの重要な軍事施設などがある。軍事施設の破壊と情報の入手。これらさえ為せば、たとえ今回の侵攻が失敗しても、ルーシアに大きな痛手を負わせることくらいは可能だ。数日前、我々が仕掛けたTRIV(トリッヴ)ラボ急襲もそういった目的だ」

 「へえ、ずいぶんと性格のわるい保険だな」

 「ふ、そういうことを言ってよいのか? ルシファー将軍のお考えだが」

 「おっと、不敬だったな、いまのは」

 ふたりがもたれかかる木の裏にはその少年がいた。少年は息を殺し、耳をすまして彼らの会話に集中した。今回の帝国の侵攻の目的、具体的な作戦、おおよその兵力、それからはじめて聞く新鮮な情報まで知ることができた。そしたら、葉に巣をつくっていた蜘蛛が落ちて、少年の鼻につかまった。それにおどろいた彼はおもわず立ちあがり、高い声を張りあげてしまう。

 「うぉ、だれだ!?」

 気づかれた。このままでは殺されるとおもった少年は、すぐさまその場から離れ、どこにともなく全力で走った。かつての平穏という名のゴールに向かうかのように、ふりしぼったありたけの力を足の筋肉に込めた。しかし、ふたりの帝国軍はまばたく間に彼に追いついていた。

 「待てや、このガキ!」

 荒々しいほうの男は少年の頭をわしづかみにし、いきおいよく地面にぶつけた。

 「まさかまだレジスタンスのガキが居たとはおもわなかったな、覚悟しとけよ」

 「……やめろ、デューイ。手荒な真似はしないでやれ。見たところ戦闘意志はないようだ」

 冷静なほうの男が相棒をたしなめたあと、少年のほうにちかづき、やさしい口調でたずねた。

 「その隊服……君はレジスタンスの人間だな?」

 「……うっ」

 少年はこたえようとしなかった。いかにも憎らしそうな顔で男の顔を睥睨した。

 「逃げ腰の兵のくせに、なまいきな目をするじゃねえか」

 「デューイ、君は一回黙っていてくれないか」

 「……ん、わかったよ、フーゴ」

 デューイは一歩下がった。

 「我々の情報を知られたからね。申し訳ないけど、君を捕虜としてつれて行くよ。抵抗しなければわるいようにはしない」

 「ほ、りょ?」

 その言葉に少年はひどく敏感となった。あまりのおそろしさで、黒目が眼窩の底に沈没しそうになっていた。

 これにて彼にとっての平穏は、積み木のようにはかなく崩れて行った。


 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 火焔に呑まれる街を見よ。建物も、草木も、闘志に魂を売ったしかばねも……有象無象が炎熱によって手あつく葬られ、灰燼に帰したのちに転生へとむかってゆく。

 「……『ホワイト』って」

 火焔をあやつるエレフは、ルシファーにたずねた。

 「あんたの能力の名前か? じつにシンプルだな。名前のとおり、真っ白だぜ」

 「能力。というよりは、ボクの心かな」

 「……? まさかとはおもうが、あんた……」

 「まあ、それはともかく、きみの判断はただしかった。そう、ボクはブレードだけを遣うとはかぎらない。たとえば」

 肉体から分離するかのように、ルシファーの躰からおびただしい量の物質が湧き出た。そしてそれはしだいに彼の体型をなして、髪、容貌、服装といった外観を完全にコピーしていった。

 「分身体か。そいつなら以前にも見たぜ」

 余裕ありげな顔でかまえるエレフは、レーヴァティンの刀身にはりつく火焔をルシファーに放った。

 「……きみの炎はたかが知れている。単調で、なんらの変化のない技ばかりだ」

 「そうかい」

 ルシファーの分身は五人。五人はばらばらに動いてエレフをかこみ、彼の一挙一動に深い注意を払った。

 「きみの聖剣、レーヴァティンは一対一での決闘には向かないものだ。大量破壊、大量虐殺にしか向かない、残虐な聖剣なんだ。だからこそ、その場に応じて技を変化させるのがむずかしく、敵に多くの隙を見せることになる」

 「……」

 「……我らプロヴァンスが所有する『ダモクレス』とぶつかりあえば、その聖剣の欠点がもっと理解できるだろうね」

 「あの爺さんは今回来ているのか?」

 「リヒテナウアー卿のことか。さあ、来ていたかな」 

 (来ているんだな……きっと)

 エレフは見抜いていた。ルシファーは謹直すぎて嘘をつけない性分であるのを。もしも来ていないのであればすぐに「来ていない」と彼は断言するはずなのだから、この濁しようは「来ている」というイエスの言い換えなのだろうと考えた。しかし現時点でリヒテナウアーが戦地に出て、レジスタンスの兵を倒したという情報はない。ということは、リヒテナウアーはあくまでも切り札で、帝国がほんとうの窮地に立たされるようにならないと出てこないと考えられる。第一次ゼフィランサス侵攻でリヒテンナウアーが先陣を切っていたのはおそらく、まだまだバイタル・エナジー技術が完熟していないルーシアを見くびっていたがゆえであろう。あるいは、バイタル・エナジー技術がどれほど進んでいるのかをためしたというのも亦ありえる。

 無駄話につきあう時間が惜しくなったからか、五人のルシファーはなにも言葉をもらさずにブレードを握り、エレフのほうへとつっこんだ。

 「おっと、いきなりか!」

 だしぬけな攻撃に吃驚するエレフはいそいでかまえ、なんとか彼の初撃をふせいだものの、さすがに五人をいっぺんに相手にするのはふつうだとむずかしかったか、肩と右腰に刃傷を負うことになった。あいにく人間は完ぺきな生き物ではない。前方に集中してしまえば、背後へそそぐ意識がうすらいでしまう。

 といっても、あくまでふつうだとむずかしいだけで、エレフがこの状況を打開する手段をまったく持っていないということでは断じてない。

 「燃えろ」

 全身から火を起こしているかのように見えた。エレフは炎のバリアーを張って、まわりをかこむルシファーの本体と分身を弾いて飛ばした。まばたく間に分身の躰に火がまとわりつき、じわじわと焼いてゆく。焼かれた分身の形はやがてくずれ、本体のほうのルシファーのほうへともどってゆく。ルシファーはきわめておちついていて、噛みついてくる火に『ホワイト』の物質をながしこんで、消した。

 (謎だな……あの『ホワイト』とかいう能力。消火なんて芸当までできちまうのか……剣にもなれれば、盾にもなれ、そして人にもなれる。だが、水にもなれるというのはたまげたな……)

 万能すぎる彼の能力に、エレフはさらに警戒心をつよめた。その万能性がゆえに、どのような反撃を食うかがわからぬおそれがあり、迂闊に攻撃をくわえるのは禁物であると判断したのだ。

 「その『ホワイト』ってやつ……持って帰ったらイクトがよろこびそうだな」

 「いいだろう? でも貸さないよ」

 「ああ、そう!」

 六つの火球が曲がりくねりながら、いさましくルシファーへと飛んでゆく。ルシファーはあいかわらずどっしりとしてブレードを振り、わずらわしい火球を斬って落とそうとする。だが、それぞれを両断したその瞬間、火球はぱっと目もくらむほどの閃光を放ち、たちまちはげしい爆発を起こしていった。意表を衝くこの攻撃に対し、ルシファーは『ホワイト』をつかっての防御を咄嗟になせなかったため、真っ白だった腕に赤黒いヤケドを負った。

 (……凝縮された火のエネルギーを取り込んだ爆弾か。小癪なことをする)

 ルシファーはかるく舌打ちをした。

 「悪いな。きれいな肌を台無しにしちまって」

 「……いや、かまわないさ。すぐに恢復できる」

 塗られた石膏のように『ホワイト』がヤケドをかぶさる。そうするとやがてヤケドが消えていき、痕さえも残さなくなった。

 「治癒までやってのけるか、厄介だねえ……(さっき無傷だった理由もそれか)」

 つぎに『ホワイト』はめらめらと燃え盛る炎となった。そのいきおいはレーヴァティンのものとくらべて見劣りせず、付近の草木を一瞬にして炭に変えるほどの威力を誇った。

 (もう、あいつがなにをしてきてもおどろかなくなっちまった。で、なんだ。俺の炎とタイマンを張ろうってか? 上等だぜ)

 その挑戦を受けてたとうとばかりに、レーヴァティンの火焔は獅子の形をなして、ルシファーにむけて牙を剝く。

 「舐めてもらっては困るね。どれほどの火力だろうと、ボクの『ホワイト』の炎を圧倒することなど()せやしない」

 衝突がはじまった。紅の火焔と白の火焔は(ひたい)をぶつけ合い、プライドを賭けたちから比べにやっきとなった。紅は白の(くび)に噛みつき、白は紅の(うなじ)に噛みつく。たがいの戦意が火花をちらしているとき、エレフは緊迫し、逆にルシファーはあいもかわらずの冷静を保っていた。しかし、対決はながびかず、むしろあっけない決着がついてしまった。

 もはやこれまでと諦念したのか、戦意高揚だったはずの紅はにわかにおとなしくなり、いっさいの抵抗のそぶりも見せずに白に屈服した。エレフのあやつる火焔の紅はみるみる後退し、透き通ったきれいな白に染まっていった。そうして火焔はルシファーからエレフのほうへと向いて、牙を剝いては力強い咆哮を響かせた。さよう。聖なるレーヴァティンの炎は、かくもあっさりと支配されてしまったのである。

 (レーヴァティンの炎を自分のものにするだと……? 聖剣のバイタル・エナジーは特殊だ。よしんばサイコ・トルーパーとはいえ、選召者でない人間ごときのバイタル・エナジーでコントロールするなど、不可能なはず)

 驚愕というレベルではなかった。とうに動揺というレベルにまで達していた。人間固有の生体能力は千差万別で、どのような強力なものでもさほど動揺はしない。せいぜい、そんなものがあるのかとおどろき、感心する程度である。しかしルシファーの『ホワイト』はあまりにも強力で、なおかつまだまだ謎につつまれている。だからこそ動揺し、おそろしくなる。聖剣の力に圧倒されるどころか、むしろその聖剣の力をみずからの領域にとりこもうとする。それは人間がなしえることではなく、大袈裟なしに神でしかなしえぬようなことである。エレフは身震いした。

 「超然としているだろう、ボクは」

 前触れもなく、突如ルシファーはそう言った。

 「理解されなくとも断然結構だよ」

 と、その言葉のあとにこう付け足した。

 「理解してやりたいだなんて、そんな驕ったことを口にするつもりは毛頭ねえさ。もし俺が死んだなら、あんたのこと、永遠に理解してやれねえしな。あの世というものが存在していれば、の咄だけど!」

 「それもそうか」

 これまで戦いのためにそそぎこんだ力をすべて抜いて、エレフはついに片膝

をつき、聖剣をにぎる手に(うか)んでいた青筋を少しひっこめた。

 「あきらめるか?」

 「……あきらめる? そいつぁ、ちっともったいねえな」

 エレフは不敵に笑った。

 「やすんでいるんだよ。力み過ぎた者に大事は為せねえ。がむしゃらに突っ込めば確実に敗ける。俺は、あんたのゆったりとしたペースに合わせようとおもっただけだ」

 「ほう」

 「もしほんとうにダメだって悟ったのなら、そのときは人間ダイナマイトになるさ。躰に炎を巻き付けて、そのまま敵に突っ込んで死ぬ」

 鬼さえおののくエレフの剛たる意志に、おもわず感服するルシファーは、「なら、まだこのボクをしりぞけられる策を持っているとでも?」と言った。

 「さあ」

 エレフは濁した。

 (ここまでやり合ったのに、『ホワイト』とやらの能力は依然として未知数。とにかくあの物質には極力触れないようにしたほうがいいな……)

 威勢こそよいけれど、万能を超えて、無敵のように見える『ホワイト』をエレフはおそれていた。接近戦が危険となると中距離がのぞましくなるのだが。爆発的な威力を以て大勢の敵をほろぼすレーヴァティンにとって、中距離戦ほど適していないものはない。いちおうさっきのように火球を飛ばしたりはできるが、火力が十分でない。

 (……支援射撃が欲しいな。どうにかしてやつの隙をこじ開けたい)

 支援射撃。そのとき彼のあたまにはひとりの人物の顔が浮上した。だが、その人物にはあまり期待できそうにない。

 「やっぱ頼りになるんだよな……こういうときに居ないと困るぜ」

 そのときであった。

 死角をゼロにせんと、ルシファーの背後に立ちこめる『ホワイト』の物質。その物質によって形成された盾に見られるほんのわずかな隙間を、一発の弾丸がくぐって、ルシファーの脚に風穴を開けたのである。

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