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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 03『第二次王都ゼフィランサス防衛戦』
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第二十五話『大将首を獲るは主人公なり』

新潮のほうへ送る小説を書き終えたので、

こちらの連載を再開します。


第二十五話です。


かわいがってください。

 東部の城堡(とりで)はプロヴァンス帝国軍に占拠され、そのなかにいる王国軍とレジスタンスの者はみな捕虜となった。奮闘していたシータたちが東部を放棄せざるをえなくなって撤退したいま、実質東部がプロヴァンス帝国軍の敷地であり、毒蛇部隊の猛攻により壊滅的な被害が出た東北部もその敷地におさめられている。なので、東部の城堡はプロヴァンス帝国軍の司令部となり、すべての部隊の指揮をするところとなった。王都の四分の一が敵の手中に落ちる。云うもおよばずこれは国の滅亡の序曲にほかならず、それに対する絶望でルーシアの戦闘員の士気が少し低下してしまっている。

 「ヘッセン、キミはやすんだほうがいい。それではいずれ躰を壊しかねない。ボクが代わってやるから、下がっていてくれ」

 なめらかな黒の髪に、エナメルを塗ったような光沢を帯びる赤の睛。シータとの戦いに疲弊してもなお軍務に没頭する部下を気兼ねし、ちょっとしたいとまを出したのは、以前レジスタンス本部を襲撃したルシファーその人である。

 「……しかし、将軍」

 「おかしなやつだね、楽にしてよいと言われて困った顔をするなんて」

 「みなが踏ん張っているというのに、自分だけサボタージュはさすがにうしろめたいと言いましょうか」

 「キミが一番踏ん張っていたじゃないか。ルーシアの指折りの狙撃手を落としたんだ。この戦いが終わって国に帰ったら、キミに褒美をやるつもりだよ。とにかく命令だ。やすんでいろ」

 「では、お言葉に甘えて、私はこれにて後のほうに回らせていただきます」

 「うん」

 城堡の司令室にはゼフィランサスの各地区を監察するカメラが設置されていて、そこで自軍と敵軍の交戦のようすをうかがうことができる。そうすることで戦況の把握はより簡単となり、作戦を計画するのがより円滑と変わる。つまり、城堡を占拠されることはルーシア王国にとっては大きな痛手なのだ。

 「大将(ゲネラル)、ご報告があります!」

 「何だ」

 浮かない顔をした兵は言った。

 「ゲオルグ隊長が落ち、毒蛇部隊が全面的に撤退したとのことです!」

 「……ゲオルグだって? あいつが負けるとは計算外だね。どいつにやられた?」

 「ええと、ですね。ブリギッテ副隊長からの報告に拠りますと……ヤ、ヤクト・ヴィオン!?」

 駭然と間の抜けた声を出すと、すべての兵が彼のほうへと一斉にふりむき、彼と同様に青ざめた顔して不安がりはじめた。

 「ヤクトって……あのライプツィヒ前線基地を単騎で壊滅させたという……?」

 「八大剣客のひとりで、ルーシアの生ける伝説であるあの!?」

 優勢に立っているはずなのに、あたかも劣勢に立たされたかのように渾沌とさわぎたてる兵士たち。ヤクトがいかに敗戦の色を濃くする大きな存在であるかが一層理解できる場面である。

 「ひるむんじゃない」

 落ち着きを保っているルシファーは、みるみる士気を下げる臆病な部下たちをたしなめた。

 「ルーシア王国を本気で落とすのであれば、いずれヤクトを倒しておくことが必要だ。ひるんでもしかたがない。それに……ステージⅣの精鋭らを潰したあとは、近衛特務隊であるステージⅤが残っている。彼らの力は未知数ではあるが、あのステージⅣのヤクトよりは上であるのはたしかだろうね」

 「……あのヤクトよりも、上でございますか」

 兵は固唾を呑んだ。単騎で百人斬りをやってのけた軍神の頭を踏みつける者がいるなど、彼らは想像もつかなかったのである。

 「そうだ。仮にボクらがヤクトを仕留めることができたとしても、よろこびもつかの間、すぐにステージⅤの連中の手にかかってしまうかもしれない。ゆえにボクらは、驕らないで、かと言って慎重になりすぎないように戦っていかなければならない」

 「……」

 「諸君は懸命に戦えばそれでいい。ただ、無茶だけはしないようにね」

 「はっ」

 ルシファーは兵士たちの士気が上がったのをみきわめたあと、その場をあとにして戦地へとおもむいた。冷静さを醸し出してはいたが、彼とてヤクトを警戒しおそれ、どのように戦って落とすかに苦悩している。ルシファーはプロヴァンス帝国の大将(ゲネラル)で、持つ異能力は強力きわまりない。しかし、剣の腕は別段めぼしくなく、正攻法でいけばヤクトには到底かなわない。ルシファーは考えた。自分たちの国にはヤクトと互角に斬り合える剣士がいるのかと。

 (やはり、……リヒテナウアー卿に頼らざるをえないのか? しかし、あのお方は……)

 ヨハンネス・リヒテナウアーはプロヴァンス帝国の大剣豪で、現在の帝国騎士団の団長を務める初老の男である。

 バイタル・エナジーを用いる生体戦闘に主眼を置くようになったこの時代、場数を踏んできた円熟の兵よりも、さほど戦いの経験を積んでいない壮年の人間のほうが望める戦績を出している。なぜならば、ほかの年齢層とくらべると壮年はバイタル・エナジーの質が佳く、量も非常に豊富であるからだ。バイタル・エナジーというのはそもそも人間の身体から沸き起こる自然エネルギーで、つまりは「生きている人間の原動力」と言える。なので、当然若い人間であるほどバイタル・エナジーが多く、生体戦闘に適していることになるのだ。たとえばルーシア王国のレジスタンスが子どもばかりで構成されているのは、この「若ければ若いほど素質がある」という考え方をさらに極端なものにして生まれた、勝率を大幅に上昇させる冷徹な論理的最適解であり、そうでなければ好き好んで子どもを戦地に駆り立てるはずがない。

 とはいえ、若者ばかりで構成されているのかというとそれも亦不正解で、厳密にいえば若者のほうが適しているのが正解である。年をかさねればバイタル・エナジーがおとろえていき、ひどければ戦地にむかうまえにあえなく死ぬほど無惨なものとなるのが平均なのだが、まれにバイタル・エナジーがおとろえることがなく健在で、そのおかげで老いてもなお現役でいられる者もすくなからず居て、ヨハンネス・リヒテナウアーなどがその最たる例である。彼はすでに齢五十を過ぎたのにもかかわらず、躰に秘めるバイタル・エナジーは平均をはるかに超えており、実際の生体戦闘でもめざましい功績をあげている。

 「……! ルシファー様」

 東部のようすを映し出すモニターに何者かがうつりこんでいるのを発見したひとりの兵は、いぶかしげな顔となってルシファーに報告した。

 「どうした、ローマン」

 「これを敵の増援と言ってよいのかわかりませんが……」

 「ん? 敵が来たのか」

 「はい」

 「およその人数は?」

 「それが、たったの一人だけのようでして」

 「……単騎で突っ込む蛮勇な(つわもの)か、はたまた単騎で東部を奪回しえる屈強な(つわもの)か」

 大勢でかかってこない敵兵におどろきつつも、それなりの興味をしめすルシファー。

 「画面をもう少し拡大して、解像度を上げてくれ。いったいどんなやつが来たのか、気になる」

 「はい」

 映っている人物の輪郭がしだいに鮮明なものとなっていくと、ルシファーの口角も亦比例してあがってゆくようになった。

 「へえ、ヤクトとエンデュリオンのつぎに腕のたつアタッカーのお出ましか」

 「いかがなさいましょう。迎撃いたしますか?」

 「……きみたちは戦力も体力もかなり消耗している。したがって、へたに彼に手だしするとリスクがある。だから休息をとれ。代わりにボクがじきじきに出迎える」

 「軍のトップにそんな」

 「やすんでいろと命令したはずだよ。心配せずとも、ボクは彼におくれをとるほど弱かないのさ」

 「……はい」

 「きみたちは引きつづき東部周辺の監視につとめろ。やつはボクが相手するけど、もしもほかの兵が攻めてきた場合はそいつらをかたづけておけ。いまヤクトやエンデュリオンといった厄介な戦力はおとなしい。彼ら以外の敵ならきみたちは対抗できる」

 「了解しました」

 「うん、健闘を祈るよ」

 占拠した東部に侵入した者は、部下の兵にまかせられるほどヤワではなく、ルシファーでなければ対処できない剛毅を誇っている。その者、見かけは蛮勇なれどそのじつだれよりも慎重、戦いにおいて敵に心をさとられることなく、むしろ彼のほうが敵の心を瞬時にさとるのを得手とする。心だけではない。ふしぎなことに彼は、敵の経歴、能力や装備、そして弱点までもさぐりだせてしまうのである。陽気な性格のおかげで崇敬を浴びることができているけれど、なにもかもを見透かすという彼のするどい感覚がそらおそろしくて、彼との距離をかぎりないゼロにまで縮めたいと考える構成員は鮮少だったりする。

 「いやあ、ほんとうにたいしたものだよな。あちらもこちらもまっ平じゃねえか」

 侵入した男はかるい口ぶりで言った。

 「でも、派手にやってくれると困るんだよねえ。掃除とかさ、建物の再建とかさ。莫大な金と人手と時間がかかっちゃうんだよねえ」

 そして、笑みがグラデーションのようにだんだんと暗みがさしこんで、きびしくつめたいものへと変わってゆく。

 「……そのような心配ならば不要だよ。建物を破壊したボクらに責任があるから、再建はどうぞボクらにおしつけてくれ」

 ゆるやかな歩調で、ルシファーは彼のほうへとちかづいてゆく。

 「おや、てつだってくれるのか?」

 「ボクらが勝てば、この国はボクらのものになるからね。今回の戦争でルーシアはほろびて、プロヴァンスの領土に食い込まれるんだ。……自国の土地を荒野のままにしておく王がいるとおもうか?」

 「……なるほどな。そうだよな。お前の云うとおり、自国の土地は自分たち守らにゃならん」

 「わかればいいのさ」

 「それくらいわかってないとだめなんだよね。なんせ俺はエレフ・シュバーナ、レジスタンスの主人公だからな」

 みずからを主人公と豪語するその男こそがエレフ・シュバーナ。レジスタンスのステージⅣの階級に位置し、そこに属する第四小隊にてリーダーをつとめている。それから彼は聖剣をあつかえる選召者でもあり、火焔をあやつる緋剣レーヴァティンをふるう。レーヴァティンはいくたある聖剣のなかでも破壊の象徴とされており、一対一での戦闘よりも大勢の人間を焼殺することのほうに向いている。神話や一部の伝承においても、レーヴァティンは炎の神とあがめられるプロメテウスが生成した武器であり、たったひとふりだけで敵国の都を完全なる焦土へとかえしたと記述されている。そしてそのプロメテウスの子孫がのちのシュバーナ一族で、エレフがその一族の人間であるがためにレーヴァティンにえらばれたのではないか、という考察がメソロジー研究者とバイタル・エナジー科学研究者のあいだでなされている。事実、シュバーナ一族の人間のバイタル・エナジー属性はみなもれなくサラマンダであり、レーヴァティンが一族のなかでもとりわけ高い実力を持つ人間だけをみとめてえらぶデータが相俟って、研究者たちの考察の正しさがほとんど立証されているのが現況である。

 睡蓮の花をなすようにほむらの渦が巻き起こった。そこまで距離がちかいわけではないのに、高熱がルシファーの肌をじわじわと炙った。これが緋剣レーヴァティンの威嚇だろうと、ルシファーはおもった。

 「……あんたはプロヴァンス帝国の大将だろう? あんたさえ落とせば戦争は終結する。本来ならレーヴァティンはひとりの人間だけをぶちのめすタイプの武器じゃない。どちらかというとひとつの城を落とす武器だ。

 エレフは自信に満ちた顔でそういった。

 「よわいものいじめはしたくないということか?」

 「まあ、そう云いたいところなんだが、そうも云ってられないのさ。もううちの構成員はかなり死んでいる。これ以上の犠牲が出たらさすがにきつい。だからさ」

 渦巻く火焔は逃走経路をつぶすかのごとくに、すばやくルシファーの周囲をふさいでとどまった。

 「オーバーキルになってでも焼け死んでもらうぜ」

 「……熱い」

 肌のところどころに火傷の赤みがにじみでて、さすがに危険であると感じたルシファーは、あわくて白い物質をてのひらに浮かべた。謎の物質はたちまち全身をまんべんなくめぐって覆いつくし、皮膚と衣装の色と同化していった。

 「派手に燃やしてやるぜ」

 火焔は容赦なくルシファーの身を包んでゆく。チッチッと火花が散るのをひややかにながめるエレフは、反撃を早急に対応できるようにかまえ、警戒をゆるめようとしなかった。

 (これで死ぬんだったら世話ねえよな……とりあえずいまは様子見か? いや、ちがうな。ボーっとしてちゃいけねえ)

 帝国遠征にむかった者が何人かはルシファーと交戦したことがある。彼らの報告を目に通したエレフは、当然ながらルシファーが得体のしれない能力で敵を翻弄したのを知っている。

 「主人公と自称するだけのことがあるね。油断がまるでない」

 まとわりつく火焔をルシファーは華麗に切り払う。さも熱そうに左手で風を煽り、顔にすずしさをあたえている。

 「やっぱ、無理か……でもさ、ひとつ聞いていいか?」

 「なんでも聞けばいい」

 「俺の炎に包まれて、なんで平気でいるんだ。見たところ、火傷のひとつも追負ってねえどころか、服もぴっかぴか汚れてねえ。どうやってふせいだ?」

 「さあ、なんでだろうね」

 「おしえてくれねえのか」

 「なんでも聞いていいとは言ったけど、なんでも答えてあげるとは言ってないよ。敵に塩を送る。なんて言葉があるけど、ばかげているだろう? 自分が送った塩を摂り、そうして強くなった敵に斃されちゃたまらないよ」

 「甘えん坊じゃねえからな、俺も。答えをもらえなかったからってダダをこねたりしねえさ」

 「ご立派なことだね」

 するとルシファーは例の白い物質をブレードの形へと変化させ、とうとうエレフとの戦闘に臨む姿勢を見せた。炎の格子に閉じ込められた退屈を晴らさんかのごとき殺気をはなっていた。

 (……報告通りだな。あれはたしかに不可解な能力だ。どういうものか、どういう攻撃をしかけてくるのか、それを予測したうえでの対策を練るのがむずかしい)

 えもいわれぬ恐怖感がエレフにあった。ルシファーが手にしているのはまぎれもないブレードではあるけれど、あの変幻自在な物質から考えるに、おそらく別のたぐいの武器にも成れるため、射程リーチや死角といった弱点を突きづらい。となると、いまは近距離での対応が可能だが、中距離や遠距離となった場合一方的になぐられるだけで、苦戦を強いられることになるかもしれない。

 レーヴァティンの燃えさかるさまとは裏腹に、エレフはきわめて慎重な姿勢となって、ゆっくりとルシファーから間合いをとった。

 「『ホワイト』がおそろしいのか」

 「『ホワイト』? ああ、その能力の名前か? おそろしくないと云ってしまえば噓となる。だが少しだけわくわくもしているよ。大将であるあんたを打ち倒せば、主人公として箔がつくってもんだろう?」

 「……」

 「大将首を獲るは大将じゃない。俺なのさ」

 レーヴァティンの炎は、ひとえに目前に居るルシファーの命を燃やさんと、()ぶとくけたたましい唸りをあげつづけていた。

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