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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 03『第二次王都ゼフィランサス防衛戦』
27/42

第二十四話『狩猟(後編)』

二話連続投稿です。


かわいがってください。

 「射線が通るように配慮してくれるのはありがたいな」

 クリストフとヒルデガルドが死闘をくりひろげている場所から三〇〇(メートル)離れているビルの屋上には、そろってしゃがみこんでスナイパーライフルをかまえる三人の人影があった。三人ともレジスタンスの軍服ではあるが、ラインがオレンジではなく紫色で、ディオークとおなじ”月”の所属であることがわかる。三人のうち、真ん中に位置する者こそ、シータと通信していた例の無愛想な少年・ダスクその人。一瞥すれば女子に見えなくもないボブヘアーが特徴的で、マスクからわずかながらにうかがえる目は、サファイアのようにきらびやかな藍色をしている。ちなみに、部下であろうほかのふたりも彼と似たようなマスクを目に着けていて、ふだんからみごとな連携をこなしているのだろうと思わせるほどの、とてつもない一体感があらわれている。

 「狙撃手がいたか……!」

 心臓を撃たれたヒルデガルドは、崩れるように倒れながらクリストフの最後の一撃の意味について考えた。おそらく、あれは自分にトドメを刺すためのものでは断じてなく、阻害となる建築物を破壊することで狙撃手の弾道確保を図ったものであろう。クリストフの判断力、勝負強さ、広い視野のすべてが生かされた場面であると言える。

 「だが、ただでは転ばぬのが、俺の神髄よ」

 この傷では、どうあがいても死に至る。のんきに死を待つよりも、意識がぎりぎり消え失せるまで軍人としての務めを果たしたほうがましだ。ヒルデガルドは根性のみで重いエイゼルゲンの砲門を持ち上げ、置き土産の砲弾を撃とうとした。砲門を向けられるまえからヒルデガルドの考えを察知したクリストフは、左のポーチからコンバットナイフをさっと取り出して、すばやく筋の張った彼の腕を斬り落とした。ひっきりなしに血がしぶく自身の腕をヒルデガルドはおぼろげな目で見つめながら、ゆっくりと目を閉ざして、斃れた。

 「ほう。優柔不断そうな見た目にそぐわず、思い切りがいいな……」

 詰めが甘くなく、容赦なく死に瀕するヒルデガルドに追い打ちをかけるクリストフに感心するダスク。”太陽”に属する構成員は”月”とちがって、ほとんどお人好しばかりであるという偏見を持っていたので、クリストフの感情にふりまわされない戦い方に驚嘆したのであろう。

 職に準じたヒルデガルドの顔はやすらかで、クリストフとダスクたちの連携攻撃で負った重傷に苦しんだなど嘘のようだった。その顔を拝んだクリストフは腰が浮いて、神妙となった。

 (やはり気を抜いてはいけない。この人たちは、ボクらなんかよりもよっぽど軍人らしい……もっと冷徹になったほうがちょうどいいのかもしれない。帝国軍へ払うべき最低限の敬意でもある)

 ダスクの偏見はあながち間違いではない。”太陽”に属する構成員はもとが正式な軍人ではなく、バイタル・エナジーの資質の高い民間の子どもたちであるため、戦争と言う大義に守られているとはいえ、殺人を許容しない良心を有しているのがほとんどである。ヤクトやエンデュリオンなどの経験豊富にして腕のたつ熟練者は軍人の領域に近づいているが、彼ら以外の者は敵兵を討ち取ることに大いなる疑問を持っている。ステージⅢからステージⅣまでの構成員はおそろしくも戦争に馴れていて、敵兵を討ち取るのにためらって反撃されるおそれはなくなったが、それでもなお罪悪感は油汚れのように漆膠(しつこ)く胸に残る。とりわけクリストフは貴族の温室で育った子どもで平和思考が根強く、血腥いにおいを嗅ぐのにはいまだに抵抗がある。といっても、戦争に不慣れで剣を握る手をひたすら震えさせる未熟者よりかはよい。一方”月”に属する構成員は根本的に”太陽”とは境遇が異なっていて、あつめた孤児たちに烈日のごとくにきびしい訓練をほどこされている。”月”は戦争における殺人の正当性を説き、必要であれば邪魔な良心を剥ぎ捨てることを目的とした教育をも辞さない。その教育のせいで、構成員たちのほとんどは冷酷な性格となり、任務への固執がひどく目立つようになった。ふたつの派閥の性格は、それぞれの派閥の役割に反映されており、王国防衛と遠地征伐、そして一般的軍務は”太陽”が担い、暗殺と諜報は”月”が担うのが基本である。ただし、王都が侵攻の危機に陥ったケースとなると、”月”には緊急防衛の任務が言い渡される。

 とむらうクリストフのうしろ姿を目にしたダスクは、さも気に入らない、なさけないという風に顔をしかめ、スナイパーライフルを背中にしまって部下たちに撤収を告げた。

 「やるべきことはやった。リンドル、セルヴィ、引き上げるぞ」

 「はっ」

 見限るように三人はその場から背を向けて、立ち去った。

 

 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 狩った毒蛇を餌食にせん。ヤクトが剣を振ってゲオルグの頚を落としに行こうとするそのとき、予期せぬ邪魔が入った。周囲には、重傷で自由に動ける状態でないとエンデュリオンと、助けに入るにはヤクトとの隔たりが大きいブリギッテしかいない。いったい誰が、どうやってゲオルグの命をたすけることができようか。

 ふりおろしたヤクトの剣を受け止める謎の手があった。その手は岩のように堅く、刃傷を負っておらず、きれいであった。しかもその手は地面から出てきて伸びたものであり、その得体の知れなさがヤクトの動揺をさそった。

 「なんだ、なんだ。またこいつの技か何かか? 死に際に十八番をご披露ってか?」

 ヤクトは警戒してうしろへさがった。ゲオルグが得意とする『ブラックマンバー』と類似した攻撃をしかけてくるのではないかと推測したが、どうやら違ったらしく、地面から帝国軍の軍服をまとった男があがってきた。さきほどの手の主はこの男であるようだ。

 「……んー、だれ?」

 ヤクトはたずねた。

 「失礼。この人を殺されては困るもので」

 叮嚀(ていねい)で、おだやかな口調であった。銀色の髪を生やし、メガネをかけた青年であり、とても落ち着きがあるように見えた。

 「……?」

 「貴重な仲間なんですよ、僕にとってはね。僕とおなじ毒属性と土属性のバイタル・エナジーを持つ人間など、そうざらにいません」

 「こちらの乱暴者をおむかえに上がった者でございます。って意味かい?」

 「ざっくり言えば、そういうことかもしれませんね」

 「あらら、やっぱか。もうさ、みんな冷めるようなことしすぎだって。おれ、ひねくれちゃうよ」

 「そうはさせないよ! って意味でございますか?」

 「ざっくり言えば、まさしくそういうこと!」 

 ヤクトは双剣をかまえ、ゲオルグの肩を持つその男をすばやくしとめようと動き始めた。

 「『シュルフト・シュタインズ』――」

 男は両手から硬質なバイタル・エナジーを練って、地面に押し当てた。すると、ものすごいいきおいで土流が昇り、そうして土流が固まって大規模な岩壁を形成し、ヤクトの攻撃を完全に阻んだ。

 「ちぇ、邪魔くさいな!(……土属性のバイタル・エナジーだってのは嘘じゃないみたいだな)」

 「やめてください」

 岩壁の向こうから男の声がした。

 「僕にこれっぽちものの戦意はないのです。それとも、レジスタンスというのは、戦意のない者にまで攻撃をしかける野蛮な組織ですか?」

 「……ふーん、さかしいやつだこと」

 「だいたい、もとより僕は戦闘に適した兵ではありません。おぼしめしにお応えできなくて遺憾の限りではありますけど……ここは見逃してもらえますかね」

 「わかった、わかった。勝手にしなんし。とくべつに目をつぶってやるから、さっさと行け。でないと、この岩壁ごと真っ二つにしてやるぜ?」

 岩壁で行動を制限したつもりであろうが、ヤクトであればこのような岩壁を斬って砕くのは造作もない。

 「怖いですね。まあ、僕は戦闘向けではないですけれど、たとえ僕がものすごーく強かったとしても、あなたみたいな怪物に立ち向かう勇気はないでしょうね。では、僕らはこれにて失礼……ブリギッテ、行くよ」

 「はい……」

 三人の気配はたしかに消えたところで、ヤクトは肩の力を抜いて、すぐちかくの岩場に坐りこんだ。

 「はあ、これで一難去ったな。リーダーがやられちゃ、厄介な毒蛇部隊も引き下がるだろう……んで、おまえは平気か? 立てるか?」

 「うるさい」

 つんけんとした態度でヤクトの言葉をはねかえし、エンデュリオンはすばやく立ち上がってみせた。

 「うっ……」

 と思ったら、彼はまたすぐに倒れる。

 「おいおい。ムチャすんなって。あの『ブラックマンバー』とかいう技はどう見ても毒属性だ。回りが遅いとはいえど、毒はたしかにおまえの躰をむしばんでいるんだぜ?」

 「よりにもよって貴様などにたすけられるとは……」

 「対抗心を燃やされるのはうれしいけど、たすけてやったのにそういうつめたいそぶりをされるのは、さすがに傷つくねえ」

 「……」

 「もう怖い目をしなさんな、おまえのほうがあいつらより毒蛇みたいだわ……なんか、おれへの執念もすごいし」

 ヤクトはエンデュリオンに手をさしのべた。

 「ほら、おれが支えてやっから。とりあえず医療班のところで治療を受けろ。その躰で戦場に出ても、へたな雑魚にもおくれをとるのが関の山だぞ」

 「……はなはだしく不本意だが、いちおう貴様の言う通りにしよう」

 「すなおじゃねえやつだなー、ま、いいけどさ」

 ヤクトはさわやかに笑って、エンデュリオンを抱えて医療班のいる方角へ走った。

 その途中、気でも遣いはじめたのか、エンデュリオンは「重いか?」とヤクトにたずねた。ヤクトは目前で風船が破裂したようなおどろきを見せ、「いや……んなことねーよ」とにこやかに答えた。


 「……なら、いい」


 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ルーシア王国の各所には二十ものの城堡(とりで)が築かれていて、つねに二十人のルーシア王国軍と五人のレジスタンス構成員が配置されている。外部からの敵の侵入を監視するのが平生の役割であり、いざ防衛戦がはじまると、各所を攻めてくる敵の進行を阻む役割ができる。それから、医療班と予備の弾薬や武器がそろっていて、撤退した戦闘員や負傷した戦闘員のサポートにもつとめる。

 アルデとディオークは一旦戦線からしりぞいたあとは、北西部の城堡(とりで)にてやすみ、傷を癒してつぎにそなえている最中である。

 「だいじょうぶ、ディオーク。ぼくはもう十分に動けるよ」

 「さようですか……しかしアルデ樣、あまり無茶はされませぬよう。不調があれば遠慮なく僕におつたえください」

 「うん、心配かけさせちゃったね。じゃ、いこっか……」

 アルデは立ち上がって尻についた砂埃をたたいて落とし、軽い準備体操をしてから傍に置いてある聖剣ラグナロクを腰にさした。

 「はい!」

 まぶしいくらいにあかるくなっている。はじめて会ったときのような仏頂面はすでに影も残さず、別人がへたななりすましをしているような笑みをこぼすディオークを打見(うちみ)したアルデは、安堵と同時にじわじわと心をえぐるような哀傷をもおぼえた。ひょっとしたら彼はおさないころの自分をとりもどしつつあるのかもしれない。このディオークこそが真実のディオークであり、かつて自分が戦ったディオークは、苦しい時代に翻弄されつづけたすえに変貌した異形のものだったのだろう。そう思った。

 「あ、その、あ、ディオーク」

 城堡の外へ出ると、アルデはディオークに話をふった。その声はどもっていて、ディオークはあまり聞き取れなかった。

 「……? なんでしょう?」

 「ディオーク。むかしのきみのあるじ、メディウスというプロヴァンスの皇子様なんだけどさ」

 「それが、どうかしましたか?」

 唐突過ぎる話題に、ディオークは困惑の色をうかべる。

 「ぼくを、そのメディウスという人とすがたをかさねているとか、そういうことってある?」

 「……! すみませんが、それは何と言いましょうか……」

 歯切れが悪くなった。ディオークはプライドを穢されたような感覚で全身がくすぐったそうだった。

 「たしかに、アルデ樣はメディウス様と似通った何かを持っておられます。しかし、僕は死者をかたくなにあるじとしてあがめるほど、現実逃避しているわけではありません。いまのあるじはアルデ様以外に存在しません」

 そのあまりに明瞭な、堂々とした回答に、アルデは質問されたディオーク以上のショックを受けた。アルデはもとめていたのである。同志を、同志からの同調を。だが、ディオークは同志ではなく、意図せず暗に自身を批判する()()の人間でしかなかったことをさとり、まったくちがう意味で胸をいためた。

 「……アルデ樣、どうかされましたか?」

 「いや、眩暈が、ごめん、なんでもない」

 「もしやまだ『生きている幻影(パピヨン・シャドウ)』の副作用が」

 「だいじょうぶだよ、気にしないで」

 「……あるいは、僕がなにかまずいことでも口走ったとか、そういうことですか?」

 「ちがうちがうちがうッ! もう、ぼくが『気にしないで』って言ったら気にしなくていいんだよ! ぼくの言うことを聞いてよ!」

 いきなりとりみだすアルデにおびえ、つい彼のそばから離れるディオーク。いつもはやさしく、機嫌が悪いときは冷めているときが多いアルデが、これほど狂ったような表情を見せるのは意外で、夜に猛獣に待ち伏せされたような驚愕がディオークのなかでさわいでいた。

 ディオークはとうに闇から抜け出せた。逆にアルデのほうはそんなことなく、むかし遭った悲劇の呪縛に囚われたままであり、精神の不安定さはずっと健在である。

 アルデの闇を垣間見たディオークはなおさら心配となった。さりとてなぐさめるにもそれにふさわしき言葉などおもいつかないし、この緊急時に個人の問題に触れるのもよろしくないことから、ひとまずその闇を見逃すことに決めた。

 「みんなみんなうるさいんだよ! ぼくの言う通りにしていればそれでいいのに、さからってさからってさからってさからって! 殺してやる!」

 「お、おちついてください、アルデ樣! わかりましたから……どうか、怒りを鎮めてください……」

 激昂するアルデの躰をおさえる際、ディオークはふとあることに気が付いた。アルデの両のまなこが、いつものトルマリンのような青をうしなっていて、薄いおどろおどろしい赤色に発光しているのを見た。

 「……! アルデ樣、その目は!?」

 「放してよ!」

 アルデは腕に目一杯力を込めて、ディオークをふりほどいた。ふりほどかれたディオークはバランスを崩して、転んだ。

 「……はあ、はあ。……! ディオーク?」

 正気をとりもどしたアルデは、ようやく自分の暴走を認識したあと、ディオークの許へと駆け寄った。

 「ディオーク! ごめん、だいじょうぶ!?」

 「うっ」

 「僕なら……これくらい平気です。それよりアルデ樣……貴方の目が……あ……」

 もう一度見ると、アルデの目はふだんの青色であり、おかしなところはなかった。


 (錯覚だったのか? しかし、さっきのあの目から感じられたバイタル・エナジーの質は、たしかに念動力者(サイコ・トルーパー)のものだった……)

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