第二十二話『能ある百舌は慈悲を隠す』
んー、この王都防衛戦、長期化しそうですね。どうも。
ともかく。
『プロヴァンス戦記』第二十二話です。
かわいがってください。
目がくらむほど熾烈な戦いをながめているレジスタンスの構成員たち。そのうちにいてもたってもいられなくなったのか、急にある者が立ち上がり、「見てばっかじゃいけねえな、よし、おれたちも加勢するぞ」と言った。
「キリー、へたな手出しはよしたほうがいいよ。僕らごときが行っても返り討ちに遭うだけだし、エンデュリオンさんにとって足手まといになってしまうよ。だいたい怪我した僕らになにができるというのさ」
戦意をたかぶらせている者は足の骨を折る怪我をしていて、そして彼の無茶を止めようとする者も全身の疼きに耐え切れずに横たわっている。
エンデュリオンのうしろから湧き立つ闘志を察知したゲオルグは、「ブリギッテ、レジスタンスの構成員を見張っていろ。せっかくの勝負に横やりを入れられたら堪らんからな」と指示を出した。
「了解しました、ゲオルグ隊長」
命令を忠実に遵守し、即座にブリギッテは構成員たちに接近しようとするが、彼女の足許を一筋の電流が横切るように奔った。エンデュリオンに止められたのである。
「待て、そのような心遣いは不要だ」
「……?」
ブリギッテは構成員たちから距離を取った。
「お前たちはさっさと退却しろ。負傷した兵がいくら頑張っても損にしかならないぞ」
退却を命じられることをいさぎよしとしないひとりの構成員が、噛みついてくる狂犬のようにエンデュリオンの言葉にそむいた。
「このままやられっぱなしなのはいやです。どうせなら捨て駒として最期まで……」
「愚か者め、勝手に死ぬなど許されないことだ。ただでさえレジスタンスはまだ発展途中の組織で、人数が十分にそろっていないというのに。ほんとうに勝ちたい、祖国を守りたいと思うのなら、ここはひとまず下がれ」
きびしくも思いやりのこもったエンデュリオンの言葉を受け取った構成員たちは、一斉に搾り粕の戦意を引っ込めて命令にしたがう意思を見せた。思ったよりも聞き分けのよい部下たちに、エンデュリオンもおもわず安心でまゆを開いた。
負傷した構成員たちが一点の影も残さず、全員その場から立ち去ったあと、ゲオルグは満足げな顔をして、こう言った。
「融通が利くな。わざわざ一対一での勝負の場を設けてくれるとは」
「これでもオレは騎士だからな、多勢で無勢の相手を潰すことには辟易している」
「ふむ。これでも私も騎士だからな、その考えには大いに賛同するよ」
「……なるほど、騎士でも女子供を殺めるのを宥されるというのは、初耳だったな」
エンデュリオンのその一言に神経を逆撫でされたのか、ゲオルグは少しだけ顔をしかめた。
「どういう意味だろうか」
「騎士という身分でありながら、ずいぶんと躊躇なくレジスタンスの構成員を斬り捨ててくれるものだと言ったのだ。……いちおう、皆年端のゆかぬ子どもばかりなのだから」
「……民間の子どもであったのならな」
侮辱を不服に思ったゲオルグは、たちどころに釈明の姿勢をとりはじめた。
「騎士は弱き者を護ることを使命とする。弱き者に手にかけることは大悪……ちがうか?」
「……」
「だが、貴様の言う子どもたちを『弱き者』と呼称するのは、騎士にあるまじき無礼であるとも思えないか?」
「……?」
「レジスタンスの構成員は強い。子どもでありながら、武器は持っても、武器を持つことに疑問を持たない。そのうえ、武器を持って人を殺すことにも恐怖を感じない。肉体は脆そうに見えても、その裏には屈強な精神が隠れていたのだ。そんな子どもの戦意を尊び、斬り捨ててやるのが騎士としての礼儀だとは思えないか?」
「……たしかに、手を抜かれるほうが幾分か業腹だな」
「残虐なのは、むしろ貴様の御主人のほうだ……素質があるとはいえ、おさなき者たちを戦場へ駆り立てる。為すべきことを為しているだけの私たちに皮肉の言葉を贈る前に、御主人のほうを糾弾したらどうなのだ」
「子どものほうがバイタル・エナジーを巧みにあやつることができる。この戦いでの勝率をあげるための手段であり、しかたのないことだ。国王陛下にとっても苦渋の決断だったのだろう」
「我々の御主人……皇帝陛下ならばどれほど苦渋に満ちても、その決断には到底至らなかった」
「……」
「メディウス樣を暗殺した事実といい、やはり卑劣な国だな、ルーシア王国は」
その国辱を口にしたが最後、敵を両断せんという思念が込められた雷の刃が飛んできて、ゲオルグの肩にあざやかな斬り傷を負わせた。
「雑談はおしまいだ。とっとと終わらせるぞ」
「……せっかちなやつだ」
怒りに身をふるわせるエンデュリオンをまえにして、なお落ち着きをみださずゆっくりと剣をかまえるゲオルグ。軍刀を真上に向けたあと、華麗に弦月をえがくようにまた真下へおろし、刀身に帯びるひややかな殺意をより際立たせた。するとその瞬間に黒くておざましい、それでいて毒々しい泡をたえず噴き出しているバイタル・エナジーを起こし、見る者の危機察知本能をおびやかしはじめた。
「……(あのバイタル・エナジーの質は、食らったらまずそうだな)」
エンデュリオンはいそいで間合いをとった。ゲオルグの攻撃がもしもスピードに特化したものであるのなら、なるべく距離を大きく開いて回避の可能性をあげていこうと考えたのだ。彼はゲオルグのバイタル・エナジーに含まれている性質は、毒。個々の人間の生み出す毒属性のバイタルエナジーは、自然界に存在する毒などよりもはるかに厄介であり、一旦それによって躰を侵されてしまえば、解毒術での治療に要する時間が通常よりも長くなり、死へ至ることになる。死へ至らなくても、戦闘に支障をきたすことはたしかで、毒に苦しみ梃子摺っている際に敵に隙をあたえ、結果として自分が絶命することになりかねない。
「『ブラックマンバー』――」
ゲオルグは軍刀を地面に突き刺した。すると、刀身にからみついていた異形のバイタル・エナジーの塊は、たちまち宛然たる蛇としてカタチを変えはじめた。そうして産まれた毒蛇は軍刀より切り離され、目で追いがたいほどのすばやさを以て地を縦横無尽に這いながら、猛々しくターゲットたるエンデュリオンのほうへと突っ込んでいった。しかも毒蛇は一匹のみならず、二匹、三匹、四匹……と、鼠算式でつぎつぎと殖えていき、みな斉しくエンデュリオンの命をみずからの毒で毀滅せんというたくらみを懐いている。
牙を向ける大勢の毒蛇を、エンデュリオンは冷静に切り払ってゆく。だが、数があまりにも多くて対処しきれず、どうしたって四肢に巻きつかれて、噛みつかれることになる。ところどころにある刺すような痛みを感じつつも耐え忍び、一心不乱に剣を振って毒蛇をはらいのけるエンデュリオン。そんな彼を見て冷笑するゲオルグは、悠長に彼の許へと歩み寄った。
「……ッ! 東北部ではなかんずく甚大な被害が出ていると聞いたが、まさか貴様が!」
「そうだ。私の毒に窘しみもがく貴様らの兵たちを、部下たちがしっかりと引導を渡してやった。毒で動けぬ者を斬り捨てるのもつまらぬし、騎士道に反する行為と思ったもので、そういう汚れ役はあらくれものである部下たちにまかせてあるのだ」
「……やはり、そうか」
「さて、貴様もあのあわれな兵たちの二の舞を演じるか? もっとも、じきじきに引導を渡す役は部下たちではなく、私なのだが」
「……それを光栄に思えとでも?」
「ぜひとも重いたまえ、いや、思うべきだな」
「思うものか!」
右手の剣で一心不乱に毒蛇らを薙ぎ払いつつ、エンデュリオンはフリーとなっている左手に雷のバイタル・エナジーを込めた。
「『ボルティック・チョッパー』――」
細くてするどい一陣の電撃が、油断しているゲオルグのほうへ特攻し、脇腹を貫通した。
「……! こざかしい!」
悪あがきに憤るゲオルグは、ついに自身も軍刀をにぎりしめ、エンデュリオンに斬りかかる。
「蛇を相手にしながら、私と闘えるとでも思っているのか! うぬぼれるなよ小僧!」
がら空きとなっているエンデュリオンの左腿を斬りつけたあと、即座にかえして軍刀を上に飛ばし、次いで彼の胸にも傷を負わせた。
「……『ボルティック・ウェーヴ』」
「……!?」
海栗の棘のような電気の針が、エンデュリオンの全身から発生した。さきほど彼が放った技は、ゲオルグに自分を攻撃させる、つまり接近させるように仕向ける挑発のためであり、決して悪あがきではなかった。かくして、挑発に乗ったゲオルグを躰にまとわりつくいまいましい蛇とともに一網打尽しえたのである。
蛇はすべて消滅したことで自由となったエンデュリオンは、麻痺により動きがぎこちなくなっているゲオルグを見て、これぞ千載一遇の好機であるととらえ、余念なく彼の心臓めがけて刺突を繰り出した。
「トドメだ」
しかし、そのトドメは決まらなかった。なぜなら、ゲオルグの副官・ブリギッテが突如割り込んできて、エンデュリオンの攻撃をすぱっと斬りはらってしまったからである。
「……!?」
予期せぬ援護防御に、エンデュリオンだけではなく、ゲオルグのほうも亦おどろきのいろを顔に泛べる。
「ゲオルグ隊長、この隙にお下がりください!」
「くっ、よもや邪魔が入るとはな」
エンデュリオンはブリギッテからのカウンターアタックを警戒し、第二撃を繰り出すことなくその場から離れた。
「ご無事ですか、ゲオルグ隊長……うっ!」
安否をたしかめるブリギッテの頬に、ゲオルグは一発平手打ちをかます、ひりひりと痛みが熱を出す頬に手をあて、地面に坐りこむ彼女のまえでゲオルグはおごそかに立ち、きびしい言葉を吐き捨てた。
「使えんやつめ、茶々を入れるなと言ったはずであろう。それしきのこともわからんのか」
「しかし、あのままではゲオルグ隊長は確実に……」
ゲオルグはその必死な弁解を流した。
「殺られていた、とでも言うつもりか。戦って死ぬことよりも、部下に守られて命拾いをすることのほうが、よほどの恥だ。殺られていたほうがまだ面目が立つ。だから私は貴様に援護をするなと命令したのだ」
部下とは言え、恩人となった副官に、どうして依然としてあのような厳格たる姿勢をとることができ、あまつさえ暴力をふるうことができるのだろうと、傍目で見ていたエンデュリオンはひどくとまどったが同時に、義憤をもおぼえた。
「残念か。部隊長の首を獲った功績を得られなくて」
ゲオルグは横柄にそう言った。
「助けてやった仲間にその仕打ちか、貴様……!」
「敵になさけをかけるのか? よくないな、じつによくない」
「オレに殺されかけたくせに、よくそんな減らず口を」
「なさけをかけるなど……そうやって戦士らしくないことをしていると、そのうち足許を掬われることになるぞ」
エンデュリオンは義憤のあまり気がつかなかったが、このときゲオルグはさりげなくふたたび軍刀を地に突き刺していた。自分を苦しめた『ブラックマンバー』がいま発動している、ということになる。けれども、すぐにその技への対応にいそごうとしても時すでに遅し。ふとうつむいてみると、蛇の群れがいつのまにか押し寄せていて、襲い掛かろうと牙を剝いていた。蛇と目が合った瞬間、蛇たちの長い胴体に手足を縛られ、先刻よりも自由が利かなくなった。手も足も出ないとはまさしくこのことであり、バイタル・エナジーも構成員たちを守る長期戦で使いすぎているので、『ボルティック・ウェーヴ』で一気に蛇らを一掃することはできない。
「見ろ、私の言ったとおりだったろう? 年嵩の助言に耳をかたむけていれば損はないのだ」
「くっ……」
手を縛られた際の衝撃により騎士剣クレイモアを落とし、バイタル・エナジーもゼロになるまで枯渇する。刀折れ矢竭きて万事休す。敵に命を掠め取られては凱歌を揚げさせる。聖騎士の称号を頂戴し、セントラル王の血杯をあおいだ者としてはもっともみじめで、不名誉で、かなしい敗北を喫する。これを甘心とせぬエンデュリオンは、全身にありたけの力を込めて、蛇たちを振って落とそうという、ほんとうの悪あがきにつとめはじめた。
「……部下を護り、敵を庇う。そのあげくに不意を突かれて戦死。甘いやつだ」
ゲオルグは蛇の枷に縢げられ、磔にされたかのようなすがたとなっているエンデュリオンのほうへと、歩いた。
そして、ふたりの距離が極限まで縮まると、
「グッドラック!」
せつない憐憫の声色をつかい、ゲオルグはエンデュリオンの頚を狙って剣を振った。




