第二十一話『毒蛇部隊、鋭鋒』
大学の期末期間があったがために、執筆の余裕がありませんでした。
言い訳ですね、ごめんなさい。
ともかく。
『プロヴァンス戦記』第二十一話です。
プロヴァンス帝国軍には、死をおそれずに敵陣に突撃し、容赦のない殺戮を展開する強襲部隊・『ヴァイパー・スクワッド』が存在する。隊員らはみな人相が悪く、血の気も多く、経歴が罪の汚濊にまみれていて、その隊員らをまとめるリーダーの役割をになうのが、ゲオルグという男である。ゲオルグ・クンツェンドルフは帝国の有数の公爵家、クンツェンドルフ家の次男であり、貴族でない平民をよく下賤といやしむ嫌味な男でもある。それゆえ、ゲオルグが『ヴァイパー・スクワッド』の隊長に委嘱されたことは、軍部内のすべての士官たちを震撼させた。ただでさえ平民を毛ぎらいしているゲオルグに、けがれたならずものたちを統率させるのはなぜだろうか。このまさかの人選は、士官たちのあいだでひろく話題となった。
ヴァイパー・スクワッドは王都ゼフィランサスの東北部から攻撃を仕掛け、ほかのどの部隊よりもめざましい戦績をあげていた。その理由は彼らの残虐性にこそある。プロヴァンス帝国軍は最低十五、六歳以上の帝国臣民のみが志願できるが、レジスタンスは最低十歳からすでに志願することができる。くらべてレジスタンスに属する構成員で最年長なのは十七歳のハイネ一人だけであるため、平均年齢はあきらかに帝国軍よりはひくい。帝国軍の平均年齢はおよそ二十三なら、レジスタンスのほうはおよそ十三、つまり、ルーシア王国とプロヴァンス帝国の戦争は事実上、大人と子どもの殺し合いにしかうつらない。帝国軍に属する新兵の多くは、敵とは言え、まだ年端もゆかぬレジスタンスの子どもと戦うことに辟易し、戦意をすべて出し切ることができずに返り討ちに遭っている。しかしこれはあくまで新兵にかぎったことであり、熟練の兵や将校レベルの者は自身が戦いのプロフェッショナルである自覚を持しているゆえ、子どもだからという良心にさいなまれて手を抜いてしまうことはない。殺戮を好むヴァイパー・スクワッドとなればなおさらであり、彼らは相手が敵兵であれば、老人だろうと、女性だろうと、子どもだろうと、いっさい手を抜かずに痛めつけ、確実に息の根を止めにかかる。だからこそ、ヴァイパー・スクワッドの猛攻が一番レジスタンスを苦しめ、帝国軍のなかでもっとも厄介な部隊とされているのである。
戦争におければその残虐性も悉く正義となるのであるが、なやましい点といえば彼らは大義のために殺戮をしているわけではなく、ただ純粋なる娯楽の感覚で殺戮をしていることである。なので、敵兵のみでは慊らず、血のしたたるその牙を以て、逃げ惑う民間人さえも餌食にしてしまう危険性が高い。あたりまえのことであるが、戦争というのは敵兵を滅せば勝利となるので、抵抗されないかぎり民間人を殺害することは不必要である。そもそも民間人の殺害は人倫に乖く悪、言い換えれば戦争犯罪としてひどく忌まれており、これにより終戦ののち国際的な非難を浴びて大きなデメリットを蒙ることとなるため、これを犯すことはかならず避けるべきである。帝国軍の統率につとめるルシファーも、自身の高潔な信念に照らし合わせて、戦争を大義名分とした卑劣な作戦や無意味の虐殺を許容せず、もしもこれらを行ってしまった者がいたなら、きびしく処罰する態度をつらぬいている。
もともとが行き宛ても伝手もなかったならずものたちの衆合であり、軍人としての心構えは不十分であるのはたしかである。ゆえにヴァイパー・スクワッドがなにか軍事上の問題を起こしたとしても、責任は彼らにはなく、むしろこの部隊の結成を許可したルシファーに行く。ルシファーは戦いの円滑化を図るためにヴァイパー・スクワッドの結成をおもいついたが、そのせいでおのれの頚を絞めるはめになったりすればきわめて滑稽に映る。ゲオルグは冷血なれど、騎士貴族の身分にふさわしく弱者をしいたげることを禁忌とし、実力と統率力ともに高くて見込みがある。これを上回る適材がほかにいなかったというのもあって、ルシファーはヴァイパー・スクワッドがしっかりと機能し、なおかつ問題を起こさないようにする対策として、彼はゲオルグを部隊の隊長に任命したのだ。それにゲオルグはルシファーにとっても付き合いが長く、かつてあったアーカディア帝国とプロヴァンス帝国の戦争ではおなじ小隊に属した戦友でもあったため、むかしから培われていったルシファーのゲオルグへの信頼もひとつの要因となっているともいえよう。
あらくれた嗁びは、子どもたちの悲鳴と同調してとどろきわたる。見るも聞くも凄惨な場面であった。むくつけき巨漢は力強く手斧を振り下ろし、苦痛にもだえ、蚕のように横たわる小さな少年に引導を渡した。或る男は無機質な感じで顔の形が変わるほどに少年を殴りつけ、或る男はたとえおさなくとも、愉しむかのようにバイタルブレードで少女の胸腔に穴をあけた。焼けてすっかり炭化した骸、切り刻まれた膾のような骸、手や足などが闕けてしまっている骸……どこもかしこも若き血肉の累々たり。昨日に町中であふれていた人たちの溌溂たる生気は残されておらず、嗅覚を麻痺させる死のにおいがあたりを飆々とただよっていた。
はたしてげにうつし世であろうかとうたがわれるこの光景を、ひややかな目でゆったりと拱手眺矚するゲオルグは、「よきながめであるな。芍薬の散りゆくがごとき人の死は」とつぶやいた。すぐとなりにはべるる女性副官ブリギッテはそのつぶやきを聞き、こう言った。
「ゲオルグ隊長」
「なんだね」
「今回が我らヴァイパー・スクワッドの初陣ですけれど……兵士たちの戦い方が醜悪すぎやしませんか。いくら敵兵とはいえ、あれほどいためつけることもないでしょう」
「ああ、たしかにお前のいうとおり、獣畜生のようにきたならしい殺し方だな。だが、あれでよいのだ。私は個人的にルーシア王国のレジスタンスが好きではない」
「好きではない?」
「子どもは成人よりもバイタル・エナジーの資質が高い。だからといってレジスタンスとして戦場に出すなど、ルーシア王国は野蛮としかいえないだろう。その野蛮な敵国の兵を野蛮に殺してやることこそが、我々ができうる最大の皮肉表現ではないのか?」
「……」
「武器を持たぬ者を嬲る趣味は持たないが、私は折り紙付のシニックでな。ルーシア王国の王がもしここに居られれば、ぜひともこのむごい戦いをご覧になってほしいものだよ。国の未来を背負うはずの子どもが死にゆくことに、胸がいたまないのか、気になるところだ」
「……なるほど。おっしゃるとおりなのかもしれませんね」
「あくまで私の嫌がらせだ。君が言わんとしていることは私も理解している。そして、君は正しい」
「いいえ、決して隊長のことを否定しているわけでは」
「もうよい。さて、ここは部下たちにまかせておくとして、我ら二人は帝国軍のさまたげとなりえる兵を叩いておかなければならない。行くぞ、ブリギッテ」
「了解しました」
そして二人は現実の修羅道に背を向けて、そのまま颯爽と去っていった。
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ゲオルグとブリギッテがゆきついたのは、ゼフィランサスの西部。そこでもヴァイパー・スクワッドの兵が多数配置され、婆娑羅狼藉のかぎりを尽くしている。しかしさきほどの東北部のような悲惨さには及んでおらず、レジスタンス側もかなり善戦しているのが現況である。レジスタンス側が圧倒されなかったのは、ひとえにこの地区の守護を担当しているエンデュリオンのおかげであろう。彼はいままでずっと華麗に帝国軍の攻撃を躱し、するどい反撃を繰り出し、いずれレジスタンスの精鋭になる後輩たちを身を張って死守していたのである。
「素質はある。だが……」
ゲオルグはエンデュリオンの努力をみとめるも、あまり一人前の兵士としては見ていないようであった。そうして彼はエンデュリオンを囲む部下たちをかきわけて中へと入っていき、その後「ちいさな卵を守る大きな卵だな」と、峻厳な一言を吐き捨てた。
「まだ殻の中に籠っている、能ある鷹。といったところか」
「……誰かは存ぜぬが、少し違うな」
エンデュリオンは言った。
「オレは兄であるクレイン・マクスウェルから『百舌の騎士』の称号を授かっている。鷹ではない」
「クレイン……? ああ、貴様がマクスウェル家の最後の倅か」
「そうだ」
「そうか……よもやこのような場所で弟のほうと相まみえることになろうとは」
ゲオルグは満足げにそう言ったあと、「貴様、焦っているな?」と一笑した。
「兄に追いつこうと思い、いますぐにでも成果を出してみとめられたいのだろう?」
「……侮辱のつもりか?」
「ねぎらおうと思っただけだ。そう気に障るな」
「皮肉屋は嫌いだ」
「だろうな、そういうところがクレインと似ている」
「……? 兄上のことを知っているのか」
「二年前に手合わせしたことがあるものでな。じつに手ごわかった。さすがロイヤルパラディンに選出されるだけの腕はあった」
「……」
「私の眼帯……見ただろう? 私の左目は貴様の兄であるクレインとの勝負の際に潰れたのだ」
「勝てなかったのか、兄上に」
「さあな。私に負けたとは言えぬが、勝ったとも言えぬ。あのときは……いきなり勝負を投げだしてどこかへと飛んで行き、仲間の救出に齷齪していたよ」
「そうか」
遠いまなざしで、ゲオルグは在りし日のクレインの姿を見つめ、そう言った。彼の言葉を聞いたディオークは、なるほどその人物は蓋し兄のことに違いないと納得し、同時にあらためて兄の人となりに海より深い佩服の念を示した。
「まあ、過去の話は現在においては何の価値もない。私が見るべきはやつではなく、弟である貴様のほうだろうな」
なつかしむことをかたすみに置いたゲオルグは、氷刃のようにひらめく眼光をディオークにやった。もとより彼がここまでやって来たのは敵との殺し合いであって、馴れ合いなどではけしてない。
「……オレの目標はふたつある。アマリア様を超えること。そして、兄上を超えること」
そう言って、エンデュリオンはゆるやかに鞘から騎士剣クレイモアを抜き出した。
「兄上に負けた貴様ごときに、おくれをとるなどあってはならない。わかるだろう」
「わかるさ。だが、残念ながらそれがおくれをとられていいという理由にはならない」
かまえをとるかとらないか、そのほんのわずかなる一瞬を衝こうとして、ゲオルグはエンデュリオンに飛び掛かり、そのまますばやく脳天めがけて軍刀を振り下ろしていく。まだ未熟と評されても、ロイヤルパラディンズの職務を付与されるだけの実力を有しているエンデュリオンは、短兵急の一撃に動揺しつつも即座に対応することができた。
「子どもにしてはいい動きをするな」
「……光栄だな」
雑念のさしはさまれる隙がなく、エンデュリオンは一心不乱に、なおかつ集中をみださずにゲオルグの弱点をさぐりながら斬撃をくりだしていて、ゲオルグのほうも弱点をうかつにさらけださぬよう警戒し、防戦に徹しながらもするどい反撃をあたえる機会をうかがっている。覗けど奥底までは視すこと能わざる深淵のごとき玄人の勝負に、エンデュリオンの背後にいるレジスタンスの構成員はおもわず息を吞み、おのれらがなすすべもなく護られていることに歯を軋らせ、ゲオルグの配下である毒蛇部隊の面々は手に汗をにぎらせ、おのれらのリーダーの軍神としての神々しさを見出して目を瞠らせている。この緊迫につつまれた命の商……力強い剣と剣のぶつかり合いは、ながめれば気が遠くなるほどに長くつづき、どちらがさきに手傷を負うことになるかも予想できぬ状況へと入っている。秒などというちゃちな単位では終わらず、五分のあいだずっとなされているのである。しかし、両軍の兵士たちはあきたれりといったようすを一切見せず、悉く緊迫に感染されて患う者となっていった。
いよいよ疲れを感じ始めたのか、ゲオルグはいつまでたっても不毛な斬り合いにあぐね、ありたけの膂力にまかせてエンデュリオンの剣をはじき、彼の躰ごと遠くへとふきとばしていった。これによりそれなりの距離をとるのに成功したゲオルグはうしろへと数歩しりぞき、呼吸をととのえて体力の恢復を図った。エンデュリオンも息づかいが荒くなっており、澄みきっていた瞳が雲に隠れる月のようにおぼろげとなっていて、剣を持つ手には若干のふるえが遠くからでもわかる。
「ほう。基本は我流の剣法ではあるが、どこかクレインの技法を真似ているところも見られるな」
「……むかし、兄上の鍛錬をよく見ていたからな」
「なつかしいものだ。貴様と剣をまじえていると、心なしか左目がずきずきと痛みはじめる」
「それほど、オレのことが気に食わないのか」
「たしかに貴様の兄には悪い意味での借りがあるが、かといってその弟にまで固執するつもりは毛頭ない」
「そうか。意外とそこは理性的なのだな」
「まあな」
「……兄上が貴様に狼藉をはたらいたお詫びとして、その左目の痛みを一生感知できなくしてやる」
もちまえの冷酷さをわすれずにエンデュリオンは、騎士剣クレイモアを縦にかまえ、刀身から蒼白いいかずちを発生させた。
「ただの騎士剣ではなかったようだな……それにしても」
ゲオルグは注意深くエンデュリオンの手にしているクレイモアを観察する。
「聖剣デュランダルとえらく似ているな。形状といい、バイタル・エナジーの質といい、いま亡きメディウス樣を髣髴とさせてくれる……」
すると、ゲオルグはあることに気が付いた。
「もしやとは思うが、その剣、そちらで鹵獲してある我が国のデュランダルのバイタル・エナジーを参考にしてつくられたものではなかろうな」
「……ご名答」
「やはり……驚いたな」
ゲオルグは相手を小バカにした感じの笑いをした。
「驚いた? なににだ」
「聖剣は選召者がいなければ誰もあつかえぬただの剣だ。無理してそれを使うくらいならば、木の棍棒を使ったほうが戦いで役に立つ。ふたたび敵国に取り返されたら面倒なことになる。ルーシア王国のことだ。さっさと敵国の兵器は処分してしまうものかと思っていたよ」
「……あいにくだが、そんなもったいないことはしない。我が国にはバイタル・エナジー研究に長けた者がいる。やつが敵から奪い取った聖剣を研究すれば、莫大な利益が出てくる」
「なるほど、その利益こそが、貴様の剣というわけだな」
「……そうだ。だから、貴様らプロヴァンス帝国に感謝すべきなのかもしれないな」
「聖剣のバイタル・エナジーを兵器運用に利用するとはな。ドクター・アキでもそんな大袈裟なことまではできぬ……ぜひともその優秀な研究者を我が国に欲しいものだ」
「……」
会話で気が弛んでいるゲオルグを一瞥するやいなや、エンデュリオンはまばたきさえゆるせぬほどの卂さで走り、颯爽と彼のふところへと入り込んだ。そうして、殺意に満つる蒼雷に身をつつんだ鋩を彼の喉仏をむけ、そのまま無情にさしつらぬこうとした。危急存亡の秋、命の危険がせまってくることにまったく焦燥を見せず、ゲオルグは小さく口元に笑みをうかべて、「チャンスとでも思ったか、小僧」とつぶやき、頭を少し右へかたむけることでエンデュリオンの一撃を軽く躱してみせた。だが、戦闘経験の豊富さは伊達ではなく、これしきのことで動揺しないエンデュリオンは、驚愕の間も躊躇の間も置かず、躱された刹那を突いて剣を撫でるように横へとふりおろした。けれど、空振りであった。その第二撃により上体が浮遊し、完全なる無防備をさらけだしたのを見逃さなかったゲオルグは、いきおいよく彼の脇腹に強烈な膝蹴りをくらわせた。押し込まれる疼痛と苦悶におそわれたエンデュリオンは、すこしむせながらもこれを耐えたあと、姿勢がくずれるまえにゲオルグにむかってたいあたりをした。そして推測にない攻撃にひるんだゲオルグに、エンデュリオン柄を回したのちに剣をもう一度横にふり、とうとうゲオルグに手傷を負わせることがかなった。といっても、その手傷は相手にとっては致命的とはならない、顔の切り傷程度のきわめて小さなものである。本来であればこれでゲオルグの頚を斬り落とすことができたはず。エンデュリオンは計算ちがいの結果に対する不満を顔に湛え、小さく舌打ちをした。
「まあ、上出来だな……」
子どもがこれほどの戦闘の技量を有し、そして歴戦の勇士たる自分とほぼ互角に渡り合えているという信じがたい事実に、ゲオルグはふかい感銘を受けた。と同時に、自分のほうが戦闘の経験が多いはずなのに、ふたりのあいだで繰り広げられる勝負に目立った力の差の見られないことに羞耻をもおぼえた。
プライドの高さだけではいくさに勝てない。それをしっかりとわきまえているゲオルグは顔の切り傷になどかまわず、反撃されてからまもなくして腰の拳銃を取り出し、エンデュリオンの胸に銃弾を撃ち込もうとした。エンデュリオンはすぐに躰を反らしたため急所に命中するのはまぬがれたが、結果として右肩を負傷することとなった。痛みというものは忍耐できても、それでも戦闘での動作に悪い影響を延々ともたらす要因になりやすい。できることなら完璧な回避が最善であったが、急所にあたって落命するよりはまだいい。エンデュリオンはかようにミスを切り捨て、現在どうすべきかという思考にさっと切り替えた。
「さて、ここからどうするか……」




