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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 03『第二次王都ゼフィランサス防衛戦』
22/42

第十九話『5分間の駆け引き』

戦闘は細かなことをいちいち考えず、いきおいに身をゆだねて描写すればよい。


ぼくはそう考えております。


プロヴァンス戦記、第十九話です。


かわいがってください。

 命と命の奪い合いは、時の経つにつれていよいよ猛々しくなってゆく。闘志に身をゆだねた喊声(かんせい)、敵の闘志に身を圧された喚声(かんせい)。東では炎が昇り、西では土煙が立ちこめ、北では爆裂音が鳴り響き、南では鮮血が流れてやまない。正当なる殺戮には逃げ場がなく、人民が隠れて潜むシェルターのなかでも、究極の不穏に対する不安が渦巻いていた。

 瘦せこけたすがたからは想像もつかないパワーファイターのフランツ。彼の武器(バイタル・ウェポン)『ヴィテゲ』は、円状の鋼鉄にバイタル・エナジーの刃を纏わせて使用するもので、その一撃は岩を薄い紙のように断つほどと言われる。欠点は重量で、ヴィテゲを自在に振って正確に敵を命中させることができる人間が限られているということである。尋常ならざる腕力の主でなければうまくあつかえず、そして武器に適応している腕力を有する人間が、フランツなのだ。

 「ばかでかい得物をふりまわしているくせに、動きが妙に俊敏だわ。アルデ。、ディオーク! あまり迂闊に突っ込まないでね」

 警告をうながすルシアに、ディオークは不服そうな顔をした。

 「妥当性のない指示はよせ、ルシア」

 「はあ!?」

 ルシアは荒々しい声を発して、ディオークのほうに顔を向けた。

 「茲は距離をとって消極的な戦法に移るのは得策ではない。あの武器は見るに、リーチが長すぎて近距離には不向きなタイプだ」

 「……」

 「死角はおそらく奴の体からの半径五メートル。ゆえに僕たちはまずやつとの間合いを詰めることを優先すべきだろう」

 「ディオーク」

 ルシアは真剣な面持ちとなった。

 「あんたの言い分は正しいけど、そこまで思い切るのはまだ早計だよ。たしかにあれはどう見ても中距離戦闘に重点を置いている。でも近距離戦闘での脆弱性をおぎなった武装もしてある可能性も否定できない。だから慎重にならないと痛い目に遭うのは、火を見るよりも明らかだよ」

 「では何だ。このまま防戦に徹しろとでも言うのか。それでは時間の無駄だし、いずれやつの攻撃が僕たちに当たってしまうリスクも生じかねないだろう!」

 「ああ言えばこう言うなあ、あんたは! いいからあたしの言うことを聞きなさいよ、このどら犬が!」

 「僕が言うことを聞くのはアルデ樣だけであるし、だいたい貴様のやろうとしていることに何らの実利もないから反論しているのだ、このどら猫が!」

 「ちょっとちょっと、こんな時に喧嘩なんかしないでよ、ふたりとも! そんなんじゃ敵に付け入られるじゃんか……わ!」

 あわてふためきながらふたりを仲裁するアルデであったが、そうとう言い争いに熱中してしまっているのか、ルシアとディオークは無意識に間に割り込むアルデを押し飛ばした。

 尻もちをついたアルデは、「いたた」とゆっくり立ち上がる。

 「あ、アルデ樣! ルシア、貴様なにをする!」

 「押したのはあんたでしょう!」

 「言いがかりを……!」

 みにくい仲間割れを見るに堪えなかったらしく、いままでしずかに三人の動きを窺っていたフランツは苛立ちをおぼえはじめ、武器の(つか)を握る力をしだいにつよめていった。

 「チームワーク最悪。つまらない」

 そうつめたくつぶやいて、彼は三人が身構えるのを待たずに突撃していった。

 「もう喧嘩やめて! 敵がこっち来てるって! ねえ!」

 咽喉(のど)をふるわせ、声が声にならなくなるほどにふたりに向かって叫ぶアルデ。

 「さっさと、死ね!」

 アルデの決死の叫びが終わるや否や、フランツはヴィテゲをいきおいよく三人のほうへと放り投げた。

 「貴様は一旦黙っていろ!」

 「あんたは一旦黙ってて!」

 いざこざの最中であるふたりは、怒りに身を任せて、ほぼ同時といったぐあいで剣を振り、フランツによる一撃をみごとに防いだ。

 「……! ヴィテゲの一撃を……!」

 「あとで相手をしてあげるから引っ込んでてよ!」

 防御の直後、ルシアはたちまち拳を繰り出してフランツにカウンターを食らわせた。

 「ぐっ!」

 顔面を思い切り殴られたフランツは、その衝撃で遠く吹き飛ばされ、崩壊した建物の岩壁にたたきつけられた。

 「ふざける、ない。こんな戦いをバカにしたようなふたりに、負けるのは、屈辱」

 呻くように、フランツは悔しさを口にした。仲間割れをするような者たちから敗北の苦汁を嘗めさせられるのもさることながら、そもそも自身の存在を無下にされたことに対しても、彼は劇烈(げきれつ)たる怒りを燃やしていた。いまや彼の頭の中は蒸気でいっぱいになって、正常をとりもどすことがむずかしくなった。

 仲が悪そうな感じをはっきりと醸し出しているのにも関わらず、妙に息がぴったりと合っているふたりに一種の不可思議を見出したアルデは、皿眼(さらまなこ)になって呆然唖然とし、しばらく筋一本を動かすことすら忘却していた。

 (こ、このふたりは、案外いいコンビネーションなのかも……!)

 アルデはそう思った。

 さきゆきへの不安はわずかに残ってはいるものの、少なくとも先刻とくらべれば、安心の色がようやく浮き出て、不安の色よりもなお濃くなってゆく兆しを見せてくれた。

 「と、とにかく、ディオーク!」

 ふたりのいざこざが降らす火の粉でヤケドを経験したアルデは、しりごみしながらもディオークに対して命令をくだした。

 「とりあえず勝手な行動にはうつらないで。それから、君とルシアはやたらと衝突するけど、いいかげんやめようね。ぼくだっていつも君たちの緩衝材(かんしょうざい)になれるほどメンタルが強いわけじゃないから」

 いつになくきびしめのアルデの言葉が響いたのか、ディオークは重々しいかつ殊勝(しゅしょう)な面持ちとなり、そばで聞いていたルシアでさえも反省に沈むようになった。

 「うん、ぼくの命令だから、ちゃんと聞いてくれるよね?」

 「勿論です……」

 「よし、じゃあ反撃しよう。で、ぼく、思ったんだけど。ぼくがぎりぎり敵の間合いまで詰めて行く」

 「はあ?」

 ルシアは驚愕した。

 「さっきあたしもディオークに言ったけど、あぶないよ、そんなの!」

 「その役なら僕にお任せください、アルデ様!」

 「……ディオーク、君はひょっとして自分だけ危険な役をこなして、ぼくとルシアの安全を優先しようとしたの?」

 「え」

 「ルシアにはその役をやらせたくなかったんだよね」

 「……いえ、その、べつにそういうわけでは、ないのですが」

 アルデの言ったことは図星であったため、否定するディオークの言葉がしどろもどろになってしまった。

 「といってもアルデ。策はあるの?」

 「策?」

 「考えなしに突っ込んでいく、なんてことはさすがにないよね」

 「考えはあるよ。でも……この策はちょっとした賭けでね。成功率はそう好ましいものじゃない」

 「それじゃだめだよ」

 「だけど! このまま立ち止まっていてはいつまでも先へ行けやしない! 近接攻撃はぼくが受け持つ」

 「ちょっとまって、アルデ。勝手に話を終わらせないでよ!」

 「小隊のリーダーって誰だっけ? ルシア」

 「……!」

 「君たちふたりが決めたんだよ、ぼくがリーダーにふさわしいとか言ってさ」

 「はあ……」

 ルシアは頭を掻いて、ため息をついた。

 「……それもそうね。したがうっきゃないよねえ」

 小隊に属するメンバーへの命令権を持つリーダーはアルデ。アルデをリーダーとして認めたのはルシアとディオーク。アルデがどのような命令をくだしても、ふたりはそれにしたがわなければならない。それに、このまま消極的な戦法に徹してもたいした功を奏することはできない。ただ状況が膠着したまま三人の体力がやがて尽き、敵から手痛い反撃を()らうのが帰趨(きすう)するところとなろう。

 「わかってくれてありがとう」

 かくして三人のチームワークがようやく固まったあと、フランツはゆったりと屈みこみ、自身の筋肉の収縮するさまをじっと観察しはじめた。

 「あと、5分……長くない。さっさとケリをつけないと」

 血走る双眸は忽然としてアルデたちのほうへ向き、これまでよりもずっと烈しい殺意のいろを見せるようになった。

 「……5分」

 アルデはつぶやいた。

 「5分? どういうことなの、アルデ?」

 「ぼくの策の賞味期限だよ。それを過ぎたら意味がなくなってしまうかもしれない……じゃあ、行ってくるよ!」

 アルデは躊躇せずにフランツのほうへと突撃していった。ルシアとディオークは下手に手を出すことをせず、かまえながら様子をうかがうスタンスに徹している。

 「迂闊! 大迂闊! 自分から死ににくる! おもしろい!」

 小心的な作戦を捨て、とうとう自棄に身をゆだねたか、がむしゃらにこちらへと突っ込んできている。そう思い込んだフランツはこれをチャンスと判断し、ふたたびヴィテゲを大きく回転させた。

 「『フンゴールライト』――!!」

 アルデはラグナロクから二枚の光の刃を繰り出した。

 「そんなもの! 割ってやる」

 フランツはヴィテゲを水平に振って、同時のその技の力を無に帰した。しかしヴィテゲという武器は重く、スピードに重点を置く戦いでは活かしづらいのが致命的な疵瑕(しか)。アルデの攻撃を防いだのはいいが、ここから瞬時にアルデにカウンターアタックをすることは不可能。つまり大いなる隙をアルデにあたえることとなってしまったのである。

 「そこっ!」

 ようやく敵に一撃をお見舞いできる千載一遇のチャンスが到来した。だが、やはりルシアの読み通りらしく、フランツはこういった事態に備えて、自身の弱点をおぎなうための対策をしてあった。ラグナロクの(きっさき)(まさ)にフランツの胸を貫かんとするそのとき、なんとフランツの体が燦然(さんぜん)として発光し、強い電流を放ち始めたのである。無数の電気の刃は容赦なくアルデにふりかかり、その小さな体を斬り刻んだ。

 「ぐっ……」

 「アルデ!」

 予期せぬ反撃にひるむアルデを見て恐怖をおぼえたルシアは、咄嗟に聖剣グラディウスをかまえて彼のもとへと駆け寄った。

 「ハハ……ヒヒ……」

 狂人のように高笑いをするフランツ。そうして彼は右腰のポーチからコンバットナイフを取り出し、倒れているアルデにトドメを刺そうとした。

 「させないよ! 『サドンガスト』――」

 そんな危機的状況を打開するため、ルシアはまずグラディウスの刃から突風を生み出してフランツを遠くへと吹き飛ばした。

 「アルデ、だいじょうぶ!?」

 「ん、うん……あっ!」

 「アルデ!?」

 「ごめん、まだ痺れがおさまらないみたい」

 「……これは、しばらくは無理に動いちゃダメみたいだね」

 アルデの体のところどころにはヤケドのような痕が見られ、手足の筋肉も(やま)まずに震えを起こしている。生命にかかわるほどではないけれど、戦闘の継続はあまり望めない。ルシアは渋い面となり、アルデに一旦後方にひかえてやすむようにと忠告をしたが、引き受けられることはなかった。

 「いや、たいしたことはない。まだいけるよ、ルシア」

 「お待ちください。アルデ様。そのお体では」

 「まだいけるって、言ったはずだよ、ディオーク。たしかにさっきはダメージを受けたけど、茲からはもう些細なダメージも受けない自信があるんだ」 

 「……」

 ディオークは押し黙った。なおアルデの希望に添うようにはたらくべきか、それとも主君の身を案じて、あえてアルデの希望に背くべきか。その葛藤により呆然としていた。

 「おねがい、ディオーク。いうこと聞いてくれるよね」

 「……はい」

 「よし、ふたりとも、ぼくはさっきと同様にもう一回敵に攻撃してみるけど、見てのとおり、ぼくの体はこんなひどいありさまだ。ちかづくことさえできずに返り討ちに遭うのが目に見えている」

 「要は、あたしたちがあいつの注意をそらせばいいんだね?」

 「そういうこと。援護をたのむよ」

 「わかったわ。それとさ。ひょっとしてだけど、あんたの策ってさ。聖剣ラグナロクの能力と関係しているの?」

 「ん……そうだよ。ぼくはラグナロクの能力のおおよそは把握しているけれど、慣れているとはとても言いがたい。だからこそ、ルシアとディオークの幇助たすけによるおぎないが不可欠なんだ」

 「ほむほむ、うれしいもんだねえ。じゃんじゃんあたしたちを頼っちゃってよ!」

 「心づよいね!」

 アルデは軋むような痛みに耐えながら、満足げな笑みを口元に含めた。そしてふたたび真剣な面持ちとなって、先刻のようにフランツに斬りかかっていった。

 「……? 何度来ようが、おなじ!!」

 「……それは、どうかな。こっちも同じ手は食らわないよ」

 「強がり。大嫌い」

 これまでとは段違いのスピードで、ヴィテゲがアルデに襲い掛かる。それをアルデはラグナロクで受け流そうとしたが、パワーも段違いであるようで、押し返そうとするも押し返されていった。

 「潰れろ! チビ!」

 すると、ヴィテゲは横から割り込んできた突風にあたってパワーが弱まり、地面へと落ちた。

 ルシアのサポートである。

 「ちぃ! うざったいやつ!」

 満身創痍のアルデはさしおき、ルシアから先に仕留めておこうと考えたフランツは、怒りでターゲットを変更した。しかし、当然この場にいる敵は、アルデとルシアのふたりだけでは決してない。

 「『闇夜霧(やみよぎり)』――!!」

 濃い黒の霧が広範囲にわたってフランツの視界を埋めていく。これはかつてアルデを苦しめたディオークの技である。

 「……? なんだ、これは……()ぅ……!?」

 とまどうフランツの左腕に二本のダガーが突き刺さった。厄介なヴィテゲを振りまわす腕を封じたのは、ディオークであった。

 「悪いが、おとなしくして貰おうか」

 「この! (はえ)め! こんな小細工を! 出てこい!」

 怒髪冠を衝くも、迂闊に動いたら敵の思う壺となることはしっかりとわきまえているようで、フランツはむやみに自分から攻撃をすることはせず、どこから敵の攻撃が来るかつねに注意を払っていた。

 「……残念だが、その要望には応えかねる」

 ディオークはそう言った。

 「なにを」

 「代わりに、僕などよりも断然すばらしいお方が貴様を引導を渡してくれる。光栄に思うのだな」

 「わけのわからないことを……出てこい!」

 と、フランツが叫ぶ間もなく、アルデは闇夜霧の中から飛び出し、すさまじい斬撃を繰り出してきた。

 「やはりそれか、痺れろ!」

 突っ込んでくるアルデにもう一度くだんの電流を浴びせかける。茲までであれば、アルデは確実にやられてしまい、先刻とおなじ結果に終わったであろう。けれども、アルデの策の神髄はこの場面で発揮される。

 けだし電流はアルデに命中している。だがアルデはダメージを受けているようすはなく、むしろ平然としている。平然としたまま、アルデはフランツを肩から腰まで縦に、いきおいよく斬っていった。

 「……んあ!?」

 何が起こっているのか。この状況が飲み込めないフランツは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして腰を抜かし、そのまま地面へと(たお)れていった。

 「……!? あれはもしや」

 「うん、『生きている幻影(パピヨン・シャドウ)』……だね」

 状況を飲み込めたのは、ルシアとディオークだけであった。

 ダメージが大きかったらしく、痛みで立ち上がれないフランツは、ぼろぼろになるくらい歯を軋ませて、うらめしそうにアルデを睨んだ。


 「こ、こんなチビに……! 嘘! ありえない!」


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