第十五話『駆けよ!!』
急にサブタイのテンションが上がりました。
これからも読者に「!!」をデリバリーしていきたく存じます。
プロヴァンス戦記第十五話です。かわいがってください。
あなたがいなくなってから、
ぼくのこころはくらやみにとざされたまま。
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騎士剣クレイモア。ルーシア国王に叙任された騎士の中でも、なかんずく能力がすぐれ、乃至功績が大きい者にのみ與えられるもので、シルバリオ鉱山で稀に採取できる金属・『ミスリル』を材料としているためきわめて硬度が高い。さらに近年では、持ち主のバイタルエナジーに触発されてなお一段と硬度と切れ味をよくする装置もその刀身のなかに埋め込まれていて、生体戦闘が専門のレジスタンスに属し、なおかつそこの首位に立つ剣士にしか扱えないよう精巧に作られている。しかるがゆえに、現時点でこのような騎士剣を振るう権利と技量と地位を持ち併せているのは、ヤクトに次ぐ手腕を誇るレジスタンスの剣士であるエンデュリオンにおいてほかにいない。
ひとたび振れば、毫かに中らずとも、振った際に捲きて昇る烈風が必ずや狙った仇敵の血を吸い竭くす。ミスリル特有の銀と紺青の煌めき、その高潔さ、および美麗さとは裏腹に残酷で執念深いのが、この騎士剣クレイモアである。
躱した。そう思ったであろう。傷を負わずに済んだと安堵したであろう。しかしその油断こそが、クレイモアの好物である。
目でとらえるにはきびしい一撃を、アルデはみごとに回避しきった。と思われたその矢先に、肩に微々たる刃傷を負ってしまう。にわかにこれを理解できないアルデはわかりやすく動揺し、咄嗟に猛攻するエンデュリオンから大きく距離を取った。
「怖気づいたか」
アルデが消極的戦法に変更したことに、エンデュリオンはその理由に察しがついているらしく、厭味ったらしい笑みを見せた。
「……どういうことですか、それは」
「有繫に聖剣には逖くおよばぬが、こいつにもそれなりの能力があってな。いま貴様に傷を負わせたのはこの刃ではない、電流だ」
そう言ってエンデュリオンは騎士剣を高く振り翳し、刃の表面でぶつかりあい、からみあう青い電流を露わにした。
「この無限に超速振動するこの電流は、オレが自身の内にあるバイタルエナジーを使って発生させたもので、クレイモアの斬撃の威力そのものだ」
「……!」
「普通に使えば単なる極端に切れ味のある剣だが、バイタルエナジーをあつかう生体戦闘に使うと、巨大な岩石でさえも軽くつらぬくことが可能だ。尤も、貴様のような貧弱なエノキ小僧を斬るには過ぎた武器ではあるがな」
御叮嚀にもしてくれたエンデュリオンの説明を聞いて、アルデは再度構え、見えざる静かな斬撃を食らわないように注意を払いはじめた。こうなると、彼の刃を躱すことを考えるのにはあまり意味がない、ます刃を近くまで寄らせないことを考えなければならない。ますますリスクが大きくなったし、防戦に徹するのもむずかしい。アルデはかなり不利な状況にあった。
「これでは迂闊には間合いに入れないな……アルデ様……!」
殊勝に観戦しているディオークはつぶやき、アルデの緊迫に満ちた苦戦を憂惧した。
「近距離で相手にするには厄介な剣だ」
エレフは引きずった顔で言った。
「こうなりゃ、遠距離から何とかしなきゃいけないと考えるのが一般的だろうが、アルデの遠くから放つ技『ヱグゼクシオン』がエンディーには効果がないからな。別の策を練らないと、アルデは一方的に膾斬りにされちまうのがオチとなる」
「『クレイモア』。一箇月前に完成したとは聞いたけれど、こんなにめんどくさい武器とはねえ。あたしだったらどうやって対応するか……」
ルシアは自分がアルデの立場だったらどういった対策に講じるか頭をめぐらせた。
しかし立見席の皆とちがって、アルデには思考の猶予が一秒たりともない。というか、アルデに対する憎悪が頂点に達したエンデュリオンがそんなものを与えてくれるわけがない。策を練ろうとするアルデに彼はかまわずに斬りかかってきた。
恐怖に駆られ、反射的にアルデは聖剣でそれを受け止めたが、それは何らの意味をなさぬことはこの場にいる誰もが悟っている。クレイモアに流れる電気は頃合いと見たかのように激烈となり、聖剣ラグナロクを伝ってアルデの全身にめぐり、絡みついた。その熱いショックに耐え切れずについ聖剣を手放し、転んでしまったアルデに対し慈悲を持たないエンデュリオンは、すかさず刃を振り下ろし、無防備となったアルデにトドメの一撃を食らわせた。
手ごたえはあった。
だが、それは決して勝利を意味するものではなかった。
エンデュリオンの刃を受けたのはアルデの躰ではなく、アルデの聖剣。
つまり、宙に浮遊する聖剣ラグナロクがその一撃を防いでくれたのである。
この光景は普段聖剣を肌身離していないアルデはもちろん、数日前に彼と同行していたルシアも目にしたことはある。プロヴァンス帝国軍のジンが闇夜に急襲し戦闘となったときも、聖剣ラグナロクがさも意志があるかのようにみずから浮遊して、アルデにトドメを刺そうとしたジンを食い止めたことがあったのだ。
「聖剣が、主の身を護るとはな」
エレフはこれを目撃して、信じられないといった顔つきとなった。
「エレフさんもわからないの? この現象を」
ルシアは意外そうにそう言った。
「ああ、これまで見たことも聞いたこともねえな。あの聖剣、まるで意志があるみてえだ。俺のレーヴァテインも、おまえのグラディウスも……こんなことなかっただろ?」
「……まあね」
すると、聖剣ラグナロクは何の脈絡なしにエンデュリオンに襲い掛かった。エンデュリオンは自衛本能にしたがって剣を振るい、それに応じた。剣と剣の軋む音は聴き慣れているが、剣が単体でこちらに歯向かってくるなど、未だかつて聞いたことがない。未知なる現象にひどく動顛したエンデュリオンは一旦その場からしりぞき、様子見に徹することとした。
「……生き物みたいな聖剣だな。自発的にアルデを護ったうえ、オレの動きを観察しているかのようなそぶりさえしている。鬼魅が悪い」
正攻法で行けば苦戦は確かであろう。あの聖剣の動きはどう考えても素人のそれでも、一般剣士のそれでもない。誇張なしで言えば剣の名手たるエンデュリオン自身をも上回っている実力であった。とりあえず近接攻撃はなるべく扣えよう。エンデュリオンはそう思った。
「『蒼帝の雷鳴』――」
手掌から蒼く輝く雷を生み、聖剣ラグナロクのほうへと放った。
百舌のさえずりに似た甲高い音を放つ雷。その音は絶え間なく殷々として韵き、それを耳にする者共どもを闇より深い戦慄に落とす。そして音を放ちながら雷は、卂く、一直線に、すさまじい殺意を以て憎き標的へと吶喊し、仕舞には標的の命を肉体ごと抉り獲ると謂われる。
諸に受け止めると目を刺すようなフラッシュが起き、熱により煙が生じる。煙が四散して、様子をうかがうエンデュリオンだったが、聖剣ラグナロクには大したダメージを与えてはいない。
「やはり電撃は効かぬか。神経があると思えないからな。しかたない。厄介だから動きを封じさせてもらうぞ」
今度は黄色に発行する輪を生み出すエンデュリオン。しかしラグナロクへの対応に梃子摺っているあいだ、アルデはすでに立ち上がり、戦いに費やす活力を取り戻していた。ふたたび戦闘可能となったアルデの手許に、ラグナロクは帰っていった。
「ごめん……ラグナロク。君一人にまかせてしまって」
「ちぃ、時間稼ぎをゆるしてしまったか!」
悔しさで歯を食いしばり、生み出した輪をアルデのほうへと飛ばす。輪はアルデの全身を縛り、その行動を大きく制限した。せっかく動けるようになったのにまたしても動けなくなったアルデは、じりじりとしたわずらわしさを感じ、輪の中で必死に藻掻きはじめた。
「……なにこれ! うっとうしい!」
「諦めるんだな。そいつはそうやすやすとほどけるものではないぞ」
諦念をうながすエンデュリオンは、もういちど先ほどの大技『蒼帝の雷鳴』を繰り出した。と思われたが、少し違った。
「『デッドリーシュライク』――」
彼はその強烈な雷をそのまま右の手掌から放つことをせず、左手にある騎士剣クレイモアに乗せていったのだ。
「駆けよ!!」
そうして、彼は地面を切り裂くほどの威力を誇る蒼雷を纏ったクレイモアを構え、眩惑するほどの超スピードでアルデのほうへと駆けて行った。
「我がクレイモアの餌食となるがいい!!」
冷血な牙はアルデの右胸をつらぬくはずだったが、直前にアルデはなんとか位置をずらして急所に命中しないようにした。命をつなぐ心臓を死守したのはよかったが、代わりに彼は利き手である右手を犠牲にしてしまった。これでは戦うところか、剣を握ることすらままならない。
アルデを縛っていた光の輪は段々と消えていった。エンデュリオンはアルデの頚を絞めて、ふるえる吭元に淡々と刃を突き立てた。
「……模擬戦では痛覚は働かないが、代わりにダメージを受けた部位の感覚が消失する。その右手はもはや無きに均しい」
「それがどうしたって言うんです」
「なんだと?」
「右手がなくても、ぼくには左手と両足、そしてこの苦境をくつがえす方法を考える頭があるんですよ……」
「悪あがきの上負け惜しみか。みっともないことだ」
神経を逆撫でされたエンデュリオンはアルデの左足と脇腹をも刺した。
「……!」
「ふん。次はどこを刺してほしいか言ってみろ。トドメを刺す前に貴様の言う希望の手段など悉く順を追って潰してやる。まあ、貴様の四肢も頭も、希望の手段足りえぬがな」
エレフはこのような絶望的状況のなかでも、不敵に笑った。
「どうやらこの勝負、アルデの勝ちだな」
なぜここで彼がアルデの勝利を確信したのかわからないルシアとディオークは、いまはこの勝負の行方を目で追っていくことに集中した。
「足りえない……ですか」
アルデは見下すように、エンデュリオンに言った。
「そうしてぼくのことをないがしろにするから、あなたはぼくの奥の手を見逃してしまう」
「……? どういう意味だ……なっ!」
何が起こったのか、エンデュリオンには理解できなかった。それは観戦しているルシアとディオークも同様である。使い物にならなかったはずのアルデの右手が、彼の顔を思い切り殴ったのである。
「……な、なぜオレを殴れる? これはいったい」
「残念。大ハズレ」
うすらいだ笑みを見せたあと、アルデの躰も徐々にうすらいで、存在をなくしていった。
「……!? まさか、例の分身体か!? いつの間にこんな小細工を」
「そこだ!」
すると上から三人のアルデが上から降り、驚愕して事態を呑み込めていないエンデュリオンに向かって、全速力で駆けて行き、たちまち彼の手足を斬って動きを封じた。
「……バカな!」
二人の分身アルデはたちどころに消え、残った本体は完全なる行動不能に陥ったエンデュリオンに剣の切っ先を向けた。
「すえおそろしいやつだな」
エレフは冷や汗をぬぐって、言った。
「初めてのくせに、あそこまでスキルを使いこなすとは」
「どういうこと? エレフさん。いつアルデは天井で待機していたのさ?」
「べつにむずかしい話じゃねえよ、ルシア。アルデは俺たちがよく使うバイタルスキルを身に着けたようだぜ」
ディオークはアルデが誰にも気づかれずに上で潜伏していたカラクリを、少なからず把握しているようであった。
「『フラッシュステップ』……アルデ様はそのスキルを用いた。そう言いたいのだろう、エレフ・シュバーナ」
「ん、まあ、そうだけど。(呼び捨てのうえフルネームか……べつに構わねえけど、むずむずすんな……)」
「でもさ! アルデがいつあんなスキルを習得したんだ? というか、そもそも『フラッシュステップ』なんてあいつは知らないはずだろう?」
「俺が教えてやったんだよ。あいつはなぜかたった数日で戦い方を心得、ラグナロクの力量のおおよそを理解したからな。その学習能力の高さを見込んで、闘技場に入る十分前、『フラッシュステップ』のやり方とかコツとかを伝授してやったんだ……まあ、まさかあそこまで使いこなすとは思わなかったけどな。……エンデュリオンとシュナイザーに近いスピードだ」
「だが、エレフ。アルデ様が分身体でエンデュリオンをあざむき、『フラッシュステップ』で天井のほうまで移動し、そこで待機していたとしても、まだ解せぬことは残っているぞ」
その疑問はディオークだけではなく、エンデュリオンも亦懐いていた。
「『フラッシュステップ』にしても、このオレが気づかぬなどおかしい! いくら速くとも気配を消すことなど不可能だ! だのに、何故貴様は気配まで消せる!?」
冷静にアルデの戦闘を分析していたエレフは、アルデの『フラッシュステップ』がなにゆえ察知がむずかしいかについてはわからなかった。
「……精しくは知らねえが、俺が観察する限り、あいつの聖剣の能力がかかわっているのかもな」
アルデは、自身が気づかれずに潜伏できた理由を説明した。
「『生きている幻影』の応用です」
「……!」
「ぼくの分身能力の名です。正確には、分身と言うよりは幽体ですけどね」
「幽体……だと……?」
「そしてその幽体とはぼくの内にあるバイタルエナジーを練って作り出すもの。ですから相手に攻撃ができますが、相手に攻撃されてもすり抜けるだけです。そりゃそうです。バイタルエナジーは気体に近いものですから、攻撃が中ることなんてありえないんです……さっきのあなたの必殺の一撃は幽体にすらダメージを負わせることができなかった、つまりまったくの空振りだったんですよ」
「煽り立てるようなこと言うな……まあ、いい。それで、その『生きている幻影』とやらは、貴様の妙な『フラッシュステップ』と何か関連しているのか?」
「……『フラッシュステップ』自体には何も工夫を入れてません」
「なら……どうして」
「簡単な話です。自分自身を幽体にすればよいのですよ」
「……!? そんなことが可能だとでもいうのか」
「それが『生きている幻影』の発展形です。幽体を生み出すだけでなく、自分自身をも一定時間幽体化させる能力を、ラグナロクは有しているのです。あなたがぼくの『フラッシュステップ』に気配を察知できなかったのは、ぼくが通常の人間としての気配を残さない幽体状態にあったからです……ですけど、この能力にもデメリットはありましてね」
「……?」
「肉体が一定時間バイタルエナジーに組み替わるのですから、幽体状態となってしまうと、体内の機能が一時的に全停止してしまうデメリットがあります。長時間幽体状態でいると命の危険が生じるのです」
「諸刃の剣、というわけか。だが、この模擬戦は、バイタルエナジーの発生源たる人間の精神体のコピーを肉体に見える形でリアライズしておこなわれるもの。精神体はバイタルエナジーで構成された躰。その躰をバイタルエナジーで組み替えても影響は皆無。そういうことか」
「ええ。ですから三分ものあいだ、ぼくは幽体状態で天井で気づかれずに潜伏できたのです」
「……とんだ曲者だな、貴様は」
「まぐれです。模擬戦でなく実戦でしたらこんなイカサマみたいな作戦は不可能なので」
「……悔しいが貴様の勝ちだ」
「……」
「戦う力はある、そしてその力を助長する頭もある。狷介なオレでもこれらだけはみとめてやる」
「は、はあ……(狷介って自覚しているんだ……)」
「しかしオレはいまだに、貴様を戦士としてはみとめていない」
「……!」
「意志はある。といってもそれは、何か別の種類の意志だ」
正鵠を射ているエンデュリオンの言葉に、アルデはつよく胸にこたえた。
「国を守る意志があまり見られない、誰かを守りたいという意志もあまり見られない。今回の模擬戦を通してオレが見たのは、誰かに成り代わろうとする意志だけだ。これを戦う意志とは呼べない」
「……だから、なんですか」
「約束は約束だ。オレに勝ったから、貴様がレジスタンスで戦うことは許そう。だが、誰かは知らぬが、そいつに成り代わって戦おうとするのだけはやめることをここで忠告しておいてやる。でないと自分を見失ったまま犬死にするぞ」
「言葉だけは、受け取っておきますよ」
「……そうか。話は終わりだ。さっさとオレにトドメを刺して模擬戦を終わらせろ」
「……はい」
曇る心をおさえてアルデは、しずかにエンデュリオンに剣を振り下ろした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「すばらしいね」
模擬戦の一部始終をモニターで見ていたアビストメイルは、感心したように手を叩いた。その場にはヤクトもいた。
「めざましい成長ぶりだ。思った以上だね」
「エンデュリオンがぼっこぼこにやられるところ、久しぶりに見ましたよ、おれ」
「そうだね。君にやられて以来だ」
「エンデュリオンが聞いたらキレそうな発言しないでくださいよ。おれもちょっと申し訳ない気分になるじゃないですか……」
ヤクトは苦笑いでそう言った。
「すまないね。それで、君はどう思うんだい?」
「どう思うとは?」
「アルデくんの力量だよ」
「……まあ、エンデュリオンを打ち倒したというのは事実ですけど、あのアルデって子、闇が深そうですよね。実力はあるようですが、このさきあの闇を抱えたままで戦場に出たら、死にやすいでしょうね」
「……なるほど。ヤクト、アルデくんが君に勝てると思うかい?」
「絶対勝てませんね」
即答であった。
「おれは腐ってもルーシア最強の剣士。そう簡単にはやられません。とくに、ああいう何かに依存している弱いやつには、ね」




