第十四話『百舌の驕傲』
ぼくの作品に登場するキャラ、メンヘラとかヤンデレとか、そういった種類のやつが多いような気もします。
プロヴァンス戦記第十四話です。かわいがってください。
白銀の心とて裡は空洞。
其れ故に脆く崩れてしまう。
紺青の睛とて裡は幽黯。
其れ故に未来を見通しえぬ。
之等の儚さを埋め能うのは、
偏に己の魂而已。
甞て吾魂を埋めてくださった貴方樣は、
今や、何處。
かの童が貴方樣の継嗣に非ず。
吾が総べては貴方樣のためにこそ存る。
然れば高慢なる童よ。
吾が総べてを褫うこと莫れ。
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レジスタンス内での構成員同士の模擬戦。茲では無用な負傷、想定せぬ死亡をふせぐために、”肉体での戦闘”という概念は捨てられている。肉体なくしていかに戦うのだろう。この疑問をたやすく切り払い、常識をくつがえしたのが、”精神での戦闘”である。かくすれば敵との交戦にて、模擬戦によるダメージを原因として敗北を喫することはなくなり、構成員の鍛錬を効率的に進めることができるのだ。
不可能というより、想像されることさえない”精神での戦闘”なる概念を生み出したのは、『ルーシアのVE技術の父』と評される科学者・リュート、それからそのリュートの教え子であり、弱冠十一にして学位を取得した天才・イクトである。このふたりがいまのVE技術開発の主軸であり、彼らなくしてレジスタンスの勢力拡大はおそらく永久に叶わなかった。そして彼らがいなければ、いま起こっている第二次プロヴァンス戦役も戦争という名の虐殺という形で疾うに終結し、ルーシア王国の破滅はまぬがれなかったことであろう。
「人間の精神を現実世界にリアライズする」
エレフはそう言ったが、アルデはいまいちぴんと来なかった。
「どういうことですか?」
「俺にもわからん」
「はい?」
呆れたかのような高い声を出すアルデ。
「すまん。理系の難しい説明はできねえんだよ、俺は。リュートさんとイクトだったら、息を吐くかのごとくにすぱっと説明してくれるけど」
「……」
「こまけえこと全部取っ払って言えば、おまえとエンディーの精神をコピーして現実に召喚し、お互いを戦わせるって感じだ」
「そんなことが可能なんですか」
「実際可能だからこの模擬戦システムが成立しているんでしょうが。……バイタルエナジーというのは人間の精神体を発生源としている。コピーされたおまえらの精神体はつまるところバイタルエナジーの塊でな、戦闘後、コピーされた精神体はおまえらの精神体へと還元され、戦闘の記憶を脳に刻み付ける。これによって模擬戦によって戦闘の技量を上げることが可能になるんだ」
「……理解しました」
「まじか。やっぱ頭いいな、おまえ。理解が速い」
「そんなことは」
アルデは困った顔をした。
「時間です。ぼく、もう行きます」
そして彼は闘技場へと重い歩調で歩いて行った。
「気負うなよ! アルデ」
「……?」
「期待されてるからって失敗を恐れてんじゃねえ。思うようにやれ! 力の限りを尽くせ! それで人間上出来だ!」
「……ありがとうございます」
懇切なアドヴァイスであった。それが胸の中へとしみこんだアルデは、薄らいだほころびを見せ、さきほどとは一転して足並みが軽快となった。しかし、緊張が完全にほどけたというわけでもない。敗北と、その敗北によって自身が否定されることをおそれて緊張したが、それよりもまず、彼はエンデュリオンの強さに圧されないかにおそれて緊張していたのである。
「まだ揺らいでいるのか貴様」
弱りきっているアルデに、エンデュリオンは依然として容赦なかった。
「戦う意志を持たぬ者がいくら臆病を気力で抑え込んでも、いずれ窮地に立たされたときには暴発する。オレはこれでも貴様の身を案じて言っている……それをなぜわからない!」
そうして、エンデュリオンはすばやく鞘から騎士剣を抜き、翻弄するような動きでアルデに飛び掛かった。
「わかっていますよ、それくらいは!」
アルデはうんざりしたかのようにそう言い、エンデュリオンの瞬速の刃を難なく撫でおろした。だが息やむいとまは両者にない。その後も両者の剣は猛きいきおいで乱舞し、たがいのかりそめの命を刈り取ろうと躍起になっている。
「でも、戦う運命から逃げても逃げきれない。やむをえないでしょう!」
「質の悪い運命論を振り翳す! それはただ死期を早めるだけの決心だ」
「ぼく自身を決めるのはぼく自身です。どれだけ強い人であろうと、どれだけ高貴な人であろうと、ぼく自身を決める権利だけは握れやしません!」
「生意気な口を叩くな! 平民の分際で!」
ここで、金属音は一旦止み、一時的な静寂が場を包んだ。
「失念してはいないだろうな? 敗北すれば貴様はレジスタンスから身を引き、聖剣を献上する。そういう約束だ」
「選召されたぼく以外に、ラグナロクが使えるとでも?」
「オレが使いこなしてみせるさ。だから貴様は安心して家に帰るがいい」
「……あなたからラグナロクに対する執着のようなものを感じる」
「……なんだと?」
「ぼくをレジスタンスから退けたいのはぼくの身を案じたがゆえと言ってましたが、ほんとうはぼくの聖剣がお目当てなのでは?」
エンデュリオンは少し黙った。だが反抗的な態度はまだやめようとしていない。どうやら図星ではあるが、アルデの推量に誤謬が混じっていたようだ。
「もしも貴様がアマリア樣を継げる器であれば、悔しいが、聖剣ラグナロクは譲ってやった」
「……」
「だが、期待外れすぎた。見るに堪えぬ腑抜けであった。そんなやつに、アマリア樣が振るうはずだったラグナロクを渡してはならぬ。オレが振るったほうが幾分か増しだ。そう思ったのだ」
「……なんて」
「……?」
「なんて傲慢な人」
「なんだと?」
「まるで自分だけが特別みたいな言い草だなって」
「……」
「敬意を表しますよ。ぼくはあなたみたいに自分はすごい奴だって思えませんもの。さすがレジスタンストップクラスの剣士だけあって、常識にあてはまらないすばらしい人格の持ち主です」
皮肉は炸裂して火花と散り、エンデュリオンの心肝に在る憤怒に着々と火を點していった。
「オレにそのような礼を欠いた言葉を向けたのは、貴様で二人目だ……!」
斬り合いふたたび。さきほどと変わった点と言えばエンデュリオンのモチベーションであろう。剣圧と剣速、それから体の動きの柔軟性や反応も段違いとなっていた。それに苦戦を強いられたアルデは焦りを見せはじめ、これまでは理に適った戦い方をしていたが、いまや素人のようにやみくもにラグナロクを振るい、エンデュリオンの連続で繰り出す刺突の雨を必死に払っている。
「鈍い!!」
叫ぶエンデュリオンは腕に目いっぱいの力を込めて剣を横に振るい、アルデの躰を遠くへとふきとばした。
「さっき見せた立派な威勢が泣くな……ふつうならば、威勢を張ったあと本気を出してオレを圧倒するのだが、動きが逆に鈍重となっているとは、笑うにも値しない滑稽ぶりだ」
「くっ!」
即座に態勢をととのえたアルデは、落としたラグナロクをもう一度手に取ってかまえた。
『ヱグゼクシオン』――!!
高密度のバイタルエナジーが形作る三枚の刃が、一斉にエンデュリオンのほうへと飛びかかった。目にしたことのない技に一度は動揺するものの、エンデュリオンは冷静に騎士剣の欛を握り、一枚一枚、冷静に、いともたやすく叩き落としていった。
「脆い。ガラス片とどう違うというのだ、こんなもの」
「……!」
「おそらくもとは高度な技だろう。だが斯くも容易にふせげるのは矛盾している。技は高度だが、技の使い手はそうではなかった。そういうことになる」
「何が言いたいんですか」
「言いたいことならすでに言った。これほどまでに脆い貴様の攻撃こそが、まさしく貴様の意志の脆さを体現している」
「……そんなことは!」
懲りずまにおなじ技を見舞おうとするアルデの浅慮に、エンデュリオンはいよいよ堪忍しきれなくなった。
『ヱグゼクシオン』――!
「聞き分けのないバカめ!」
「……!! せいっ!」
いっさいのためらいを捨て、己に向かってくる光の刃を剣で叩き割りながら突進してくるエンデュリオン。技を放った直後であるがゆえ、反動で多大な隙が生じたアルデは、今この瞬間斬られるという危機が目睫の間に迫ってきているとは知りつつもそれをうまく回避できず、かろうじて剣を返して彼の一撃を受け止め、防御した。
ここからはただの鍔迫り合い。力を抜けば命取りになる、集中力を要した静かな闘争である。
「物事をいちはやく正確に見抜く慧眼の主たるアビストメイル王子。そんなお方にも無理はあったとは驚きだ。貴様がオレに勝てるというのはとんだ見当違いだったようだ」
「アビストメイル殿下が……?」
「つくづく無礼な小僧だな。オレに忤い、アビストメイル殿下の期待に乖き、レジスタンスの職務を侮り、……そして、あまつさえアマリア様に及ばぬ。かけらの礼をわきまえぬ、最低の小僧だ!」
冴えるつららのごときあざけりが、アルデの全身に突き刺さるように襲った。のべつまくなしに漫罵するエンデュリオンに、観戦しているルシアもさすがに苛立ちをおぼえたようで、「戦闘中もうるさい人だな。見てて気分がよくないや」とぼやいた。それを聞いたエレフは「まあ、エンディーがツンツンしているのはいつものことだが、今回に関しては度が過ぎているのはたしかだな」と同調した。しかし、アルデの臣下と自称するディオークは、おもいのほか憤りを見せることなく、明鏡止水の境地で二人の斬り合いをながめていた。
「おまえ、理性的だね」
と、ルシアはディオークに言った。
「何がだ」
「主君が貶されているというのに、案外落ち着いてるねって言ったの」
「……実を言えば、怒りがないわけではない」
「……ふむ?」
「アルデ様は僕に『刀をしまえ』と命令された。エンデュリオンに噛みつくでないといった趣旨の命令だ。それゆえに沈黙せねばならぬ」
「ふーん。とことん従順な狗だねえ」
目を吊り上げて、嫣然としてルシアは皓歯をのぞかせて笑った。
「皮肉のつもりか?」
「まさか。純粋に褒めているんだよ。おまえもエンデュリオンさんみたいな堅物じゃなくてよかったと思ってさ。おまえもあんな感じだと、今後チームとして活動するとき何らかの支障をきたしそうで不安だったんだ」
「……アルデ様には忠誠を誓っているが、貴様にはべつにこれといった情はない。貴様と僕はあくまで協力関係だ。おなじ小隊とはいえ馴れ合いなどせぬぞ」
「わぁーってるよ! やっぱ、ちょっとだけ堅かったか」
立見席での雪解けは終わったが、闘技場ではいまだに冷気がみだれ、解け行く気配がいまだ見れず。いくども、いくども、アルデはエンデュリオンに立ち向かった。剣圧の強弱を変え、攻撃の方向および角度を変え、それからフェイントをかけてみたりと、さまざまな試行錯誤をくりかえしてみたものの、どれもこれも彼には歯が立たなかった。だが、アルデは自身の戦法がどれも通用していないことに、何らのおどろきも示さなかった。なぜなら彼は戦闘力の差ではなく、戦闘経験の差が、この勝負の行方の如何を決定づけることをしっかりと理解できているからである。聖剣を手にしたからって無敵ではない。選ばれたものだからって無敵ではない。戦闘経験がなければ動きにそれなりの”キレ”がそうそうなく、戦闘経験豊富のつわものに会心の一撃など与えられやしないのだ。
そしてそれは同時に勝利の兆しが視えないとも言い換えれる。アルデはいま、あきらめかけている心理状態に置かれている。さりとていさぎよく剣を捨てることも当然彼にはできない。つまり彼は、諦めたいという本能と諦めたくないという理性の板挟みとなっているのである。体力もかなり消耗したらしく、息を切らし、背を丸め、聖剣を地に刺して躰を支え、どうにか倒れぬよう踏ん張るアルデ。そんなみじめな様子を目にして嘲笑する気も失せたエンデュリオンはけわしい面持ちとなり、「もうやめにするとしよう」と吐き捨てる態で言った。
「その冗談こそやめにしてくださいよ」
と強がるアルデ。
「冗談を言っている顔に見えるか、貴様には」
「……」
するとエンデュリオンの背後に、いつの間にか現れた光のブレードが迫りかかった。
「奥の手がかように姑息とは。貴様の冗談のほうがよほどくだらぬな」
そう言って、彼は造作もなくそのブレードを騎士剣で叩き落とした。
「……くっ!」
「マンネリズム。と言いたいところだが、ブレードを飛ばすしか能がないわけではあるまい。先刻のも奥の手というわけでもあるまいだろう?……知っているのだぞ、オレは」
「分身能力……ですか?」
「そうだ。貴様がプロヴァンス帝国軍のジン・ヴェレット、そして帝国軍の頭目たるルシファー・プロヴィンキアと交戦した際のすべての情報は、ルシアとエレフにより報告されている。勿論、貴様の能力もな」
「……」
「どうした? 使わんのか? 本当はまだ手が残されているのに、それを使わずに敗北してしまっては寝覚めが悪かろう」
「……いまむやみに使ったって、どうせ効かないんでしょ。そうやって煽り立てたって無駄ですよ」
「ほう、少しは賢いようだな。見直したぞ」
「そして、分身をも叩きのめすことで、さらにぼくを絶望させようとか、どうせそういう嫌味な魂胆でしょう!」
「解ったか」
「性格の悪いことですね!」
「ほざいていろ。貴様にさげすまれて痛くも痒くもない」
冷徹な視線に耐えられず、嫌悪でアルデは聖剣の欛を強く握りしめる。
「……何故貴様なのだ」
「……?」
「オレの総べてを褫った貴様を宥しておけぬ。百舌の驕傲を浼した雛鳥である貴様には、オレ以上の苦痛と屈辱を味わせたうえで元の巣に逐い返してやる」
「貴方の、総べて? どういうことですか?」
「遊びは仕舞だ。さっさと訖わらせるぞ」




