第十三話『Pride and Prejudice』
BLEACH風にサブタイを決めてみました。
プロヴァンス戦記、第十三話です。かわいがってください。
六百年前、魔術という奇妙な力を以て世界を暗黒に陥れたことで悪名高いアレイスター・クロウリー、彼が言っていた『魔力』という正体不明だったエネルギーは、近年人間の生きる力そのものといえる『バイタルエナジー』であることが判明した。軍事開発のためにミズガルズ各国は『バイタルエナジー』の研究を進め、これを活用した兵器を製作し、戦争を有利にするための手段とした。だが、この研究は灰をかぶっていないまったくあたらしいものであるため、『バイタルエナジー』の実用化を成功させた国はいまだ尠く、セントラル王国、ナルラディナ王国、アーカディア帝国、プロヴァンス帝国、神聖ロゼリア帝国、フランシス王国、そしてルーシア王国と、ミズガルズ全体に多大なる影響を及ぼす大国ばかりで、発展途上にあるほかの国々はそもそも『バイタルエナジー』の発見の段階にすら届いていない。たとえば八年前に起こった第一次プロヴァンス戦役は、セントラルに次いで実用化を成功させたことを機にしたアーカディア帝国が、一世代前の戦争しか知らないほかの国々に攻め込んで蹂躙したできごとであり、『バイタルエナジー』によるパワー・インフレーションの例としてしばしば挙げられる。つまるところ、『バイタルエナジー』の発見・実用化は、ミズガルズの歴史においては最大の革命と称しても大袈裟ではないのだ。
『アマリア義兵隊』。これは言うに及ばず、アマリア王子の創始した特殊部隊で、いまの『レジスタンス』という組織の前身であり、ルーシア王国におけるバイタルエナジー戦の嚆矢濫觴である。八年前の第一次プロヴァンス戦役。バイタルエナジー開発の進捗が遅れている国々が、つぎつぎとアーカディア帝国に落とされた事案が出てきてから、いずれ自身の祖国もくだんの国々の二の舞を演じかねないとおそれたアマリアは、いずれきたる脅威にそなえて、バイタルエナジー戦に長けた特殊部隊の結成を当時の国王に進言した。国王と王族諮問機関はこれに異を唱えることをせずに受け容れ、アマリア義兵隊の結成に尽力した。アマリアは素質ある人材を聚めて育成したが、それよりもずっと肝要であるバイタルエナジーを用いた兵器、いわゆるバイタルウェポンの開発に関しては彼の幼馴染・リュートという少年が担当した。なお、このときは残念ながらバイタルエナジーの知識に罔かったゆえ、バイタルエナジーを扱える人間、いわゆるバイタルトルーパーにある素質を見出すことは困難を極めた。したがってスカウトして入隊させることができたのはたったの八人で、これだけでは他国の軍と拮抗しえるのかと周囲から疑問をぶつけられることもあった。人手不足のうえ兵装不足、部隊とは呼べど国家防衛に足るひとつの戦力としてかぞえられるかについては、毫も議論の余地のない歴然たる絶望としか言いようがなかったのである。しかしこの絶望も初期のみにつづいていたもので、一国を背負うには十分すぎるほどたのもしくなるのは、もう少しあとになってからである。結成から五年後、第二次プロヴァンス戦役がはじまった。とうとうプロヴァンス帝国が王都に侵攻してくると、すでに『アマリア義兵隊』の勢力は以前とは比べ物にならないほどに拡大し、バイタルエナジー技術の進歩もめざましかった。だから、本来なら敵軍から苦い敗北の苦汁を嘗めるはめになるはずが、逆に逐いかえして甘い勝利の美酒を啜る帰結となった。初となる王都防衛を成し遂げたこのころに、組織名が『レジスタンス』に変わったのだが、二月後にプロヴァンス帝国に出征した創始者にして初代総監であったアマリアは、理由は依然として不詳なれど、平原にひろがる戦火のさなかにゆくえを晦ました。さらにその一月後には、アマリアの不在を契機に『レジスタンス』内部の急進派が武装蜂起して紛争が勃発、かくして現在の”太陽”と”月”の派閥に二分してしまった。ふたつの派閥はいちおう休戦状態にあるものの、二度目の紛争の可能性は否めない。したがって国王と直属の情報部はそれを未然に防ぐために”月”を監視し、やむを得ない場合は”太陽”と協力して任務を遂行するよう命令する制度を設け、なんとか組織の力均衡を保全したのである。以上が、『レジスタンス』の八年間にわたる沿革となる。
エンデュリオン・マクスウェル。彼は『アマリア義兵隊』に属して戦い、死亡した兄・クレインの跡を継いで、三年前に後身である『レジスタンス』に入隊した。その天稟の剣の才能のすさまじさは誰もがみとめ、将来組織を支える柱のひとつとなろうことは誰もが期待していた。わずか三箇月のあいだだったが、エンデュリオンはアマリアから剣をおそわったことで、彼に騎士としての忠誠心を誓い、つねに彼の傍に侍り、護衛に徹していた。アマリアが失踪してもなお、その忠誠心は一向に廃れなかった。また、エンデュリオンは『レジスタンス』の剣士であると同時に、『ロイヤルパラディンズ』の一員でもある。これは古代のセントラル王国の守衛につとめていたかの『円卓の騎士』を源流とした聖騎士のあつまりで、主に世界全体の秩序をたもつことを活動目的としている。エンデュリオンは二年前、十一歳の若さでありながら、それまで務めていた父の後釜として、『ロイヤルパラディンズ』に籍を置くことを許されたのだ。そのような組織の一員であるということは、彼も亦穎脱した能力を有しているということになる。されど、剣術は瞠目刮目すべき美麗を誇っていたとはいえ、それでもなおヤクト・ヴィオンには引けをとってしまっている。だからこそ、彼はヤクトに異常に拘泥していて、いずれ超えんと靭い決意を胸にして鍛錬の日々を缺かさないのである。そして、彼と儕輩の関係にあたり、互角の腕前を誇るエレフにもおなじくらいの対抗心を燃やし、エレフに会うごとにつっかかることはもはやレジスタンス内の恒例であり、「エレフはエンデュリオンより優秀」、もしくは「エンデュリオンでもヤクトにはさすがに敵うまい」などという比較の言葉は忌まるるべき禁句として認識されつつある。誇りに対する意識は人一倍のエンデュリオンの誇りを穢すような真似は、誰にもできなかったのだ。
けれども、言葉で穢してはいなくとも、存在そのもので穢したのは、レジスタンスの期待を一身に背負うアルデであった。
「『おまえなら大丈夫』だと? 大丈夫なモノか! 寝言はせめて眠ってから口にするのだな、エレフ」
誇りそのものたるレジスタンスの歴史、これを否定された者の心情が、声紋に乗ってアルデの耳につたわり、鼓膜の顫動をうながした。躊躇しつつも声のぬしのほうへと顔を向けると、そこには銀糸のごときうるわしい髪が目に付く、こづくりで華奢な体格を具えた少年が、大鷲とおぼしきするどい視線を以てこちらを睨みつけている姿があった。身の丈およそ五尺、宍色雪白、血色桃白、瓜破れぬ未通嬬にも見まがう男で、アルデの瞳にきらりとした幻惑をもたらして呉れた。淡く、はかなげな其の風采とはうらうえの彼の烈しき大喝におどろきを隠せぬアルデ。濃く、大仰な其の風聞とはうらうえの貧弱なアルデに、おどろきを通り越して、もはや憤りさえおぼえる少年――何とか憤りを一旦鎮められた少年は、竟に自身の名を口にした。
「エンデュリオン・マクスウェルと言う」
名乗る彼から、アルデは漠然とした敵意を感じ取った。
「貴様がアルデ・バランスだな」
敵意はより明確で、おぞましいものへと変貌した。
「アルデ様にむかって『貴様』だと!? 無礼な!」
ふつうならここで怒るのはアルデ本人なのだが、怒ったのは彼のお供のサムライであるディオークであった。
「まて、ディオーク」
「なんだ、ルシア、手を放せ!」
「やめときなよ、だってその人は、レジスタンス剣士のなかではナンバー2なんだよ?」
「……! まさか、こいつがあのロイヤルパラディンズの!」
「そう。だからつっかからないほうが賢明だよ。つっかかったところでやられるだけだ」
「……」
刃を向けずとも実力差を思い知ったディオークは、おとなしく引き下がった。
「よう、エンディー、こいつがラグナロクにえらばれたやつだ。どうだ、なかなかかわいい顔をしているだろう」
エレフは陽気な挨拶をした。
「……今日は貴様に用はない、退け、エレフ」
「あらら、ひっどいねえ」
しかめたままほころびもせず、ひたすらアルデを睨むエンデュリオン。
(……なんだろ、この人。威圧感がすごい)
恐怖で足がすくんだアルデは、あわてて彼から目をそらした。
「オレが用があるのは貴様のほうだ。……どうした、こっちを見ろ。なぜ急に目をそらす?」
「……そちらこそ、なぜぼくをそう睨むんですか」
「待った待った。初対面でさっそく喧嘩はないでしょ」
いざこざの火蓋が切られそうになっているこの場面に割り込み、エレフは二人のあいだを仲裁し、エンデュリオンの犬も食わぬ驕慢を窘めた。
「エンディー。不機嫌である理由は俺の知るところじゃねえが、それをアルデにぶつけんないでくれるかな」
「オレが不機嫌である理由はまさしくそのアルデという小僧だ」
「……どういうこった?」
「そのままの意味だ。こんなどこから来たかすらわからぬ小僧が、アマリア様の後継人だと? オレは認めん」
「なるほど、だから気が立ってるのか。だが、おまえがいくら吠えようが、アビストメイル殿下の決定だぞ?」
「ところがだ」
エンデュリオンは不敵な笑みを浮かべながら、言った。
「そのアビストメイル殿下から直々に許可をいただいた。オレがこの小僧と戦い、打ち勝つことができたらば、小僧をレジスタンスからしりぞかせる権利を掌中におさめられるとおっしゃられた」
「殿下がそんな適当な約束するわけねえだろ……いや、もしやそいつは」
エレフは少しばかり考え込んだあと、エンデュリオンとおなじように不敵な笑みを浮かべて、「そういうことかよ」と何かの意図を尭った。
「とにかくそういうわけだ。オレは聖剣を手にできたことで浮かれているこの小僧に一度現実を見せて聖剣だけとりあげたのち、熨斗を付けて家まで送り返してやらなければならない。エレフ、貴様の相手をしている暇はないのだ」
「おいおい、聞き捨てならねえな、エンディー。誰が聖剣を手にできて浮かれているって?」
ふだん剽軽で、温厚なエレフでも、エンデュリオンの驕慢にはさすがに腹を立てたようだった。
「ちがうのか?」
「こいつはもともと聖剣を望んで手に入れたんじゃねえし、浮かれているどころか、自分がルーシア王国を護って戦うことに対する責任に押しつぶされそうになってんだぜ」
責任。その責任にいちど押しつぶされそうになった感覚を知っているからこそ、エレフはアルデを庇っている。エレフの心中を覘かずともなにとなく察せられたアルデは黙り、エンデュリオンは一時言い返すことをしなかった。
「殿下がおまえとアルデの模擬戦を許可したのは、たぶんおまえにアルデの魂の真贋を見究めさせるためだ。それをおまえはちゃんとわかっているのか? もし解っているのなら、戦うまえからアルデをないがしろにするのは些と違うんじゃないのか?」
「わざわざ剣をまじえずとも、この小僧の顔を目にした瞬間にピンときた。アルデ・バランス……こいつは、形だけ立派で中味はうつろの信念だけを持っている腑抜けということがな。思った通りのやつだったよ」
「……」
「エレフ。癪ではあるが、この際褒めてやる。貴様は責任感が強く、なおかつ堅固たる意志を持っている。だから貴様が聖剣『レーヴァテイン』に選召されたとき、オレは文句を言わなかった。だがこの小僧には文句を言わねばならない。こいつの意志なき責任感はただの臆病だ、勇気などとは断じてない。臆病を勇気と履き違えて戦いの道をえらぶ? つけあがるな。こいつが選んだのは戦いの道ではない。自滅への道なのだ」
と言って、彼はアルデを指さした。
「てめえ……」
「やめて!」
いよいよ堪忍袋の緒が切れたエレフにアルデは抱きつき、彼が拳をふりあげるのを止めた。
「やめて、エレフさん。それにディオークも刀をしまう!」
「うっ……了解しました」
あまりに礼を欠いた言葉をならべたてるエンデュリオンに忿怒し、興奮してその場で斬ろうと刀を抜いたディオークだったが、主君たるアルデの命令を得て、やむなく殊勝に刀を鞘に納めた。
「エンデュリオンさん……では戦いましょう。雌雄を決して、ぼくの意志を、見せつけて差し上げます」
揺れる瞳、流るる汗。だしぬけの決闘の申し込みに戸惑いつつも、アルデはこれを受け入れた。
「……十三時。模擬戦の時刻だ。その時間に闘技場まで来い。案内は貴様と一緒にいるそのアホ面をした男にでもたのめ」
「だーれがアホ面だ?」
ようやく落ち着いたエレフは、いつもどおりのかろやかな声でエンデュリオンの悪口をあしらった。
「これ以上言葉を交わす必要はない。オレはそこで待っているぞ」
そう言って、エンデュリオンはしずかにその場から立ち去った。
そのころ、謁見の間にてアビストメイルが何者かと話していた。アビストメイルの放った一言は、相手の男をたいそう驚愕させた。よほどの情報だったのだろう。男は額からたちまち脂汗を流してはうかべ、ひっきりなしにあたまを掻きつづけはじめた。その反応をアビストメイルはとうに予想していたようで、予想通りとなった彼の困惑した顔を見て、薄い笑みをこぼした。
「アルデ・バランス? なぜその名が」
「信じられないかい」
「……信じますよ。貴方がそんな嘘を付く必要はありませんし、なによりもアルデの名前を出すわけがない。だってあいつは」
「聖剣ラグナロクに選召されたんだ。文民の子どもとかそういう問題ではなくなった」
「戦う運命にこそあるのですか、あんな気弱で、やさしいやつが。想像だにしませんでしたよ、あいつが戦場に立つことになるなんて」
「気弱でやさしいやつならレジスタンスにはいくらでもいる。決して残酷なこととも言えないさ」
「……」
「ついでだけれど、もうひとつ伝えておくよ。今日アルデくんはエンデュリオンと模擬戦をする」
「なんですって!?」
「見物しに行ってみるといい」
「……許可したのは殿下ですか?」
「そうだけど」
「あいつなら、エンデュリオンさんに勝てるってことですか? 」
「アルデくんは産まれながらの強者だよ、何も心配はいらない。エンデュリオンまでなら、倒せるはずさ」
「伝説どおり、ラグナロクはそれほどやべえ代物ってことですか」
「いや、それほどではない、それ以上、そう、私たちの理解をはるかに超越した存在だ」
「セントラルのエクスキャリバーよりも……ですか?」
「どうだろうね。エクスキャリバーは神を斃したけど、ラグナロクは魔王を斃したとされているからね。でも、ひとつだけはっきり言えるのは、ミズガルズそのものを創り出したのは、まぎれもない、ラグナロクなのだよ」
「……まるで、アルデはプロヴァンス帝国どころか、このミズガルズ全体に変革を及ぼすことを見通したかのような口ぶりですね」
「『神々の終焉』……ラグナロクという名前にはそういう意味が込められている。見通すまでもない。あの子ならやってくれるさ」
予測のつかない未来に期待を寄せ、アビストメイルは影のように微笑を動かした。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「策とか練らねえのか? アルデ」
エレフは問いかけた。
「いかにして?」
と、アルデは素っ気なく問い返した。
「少しだけ戦い方を心得たとはいえ、ぼくはあの人がどういう人か、どういう戦い方をするまでは知らない。情報なしでどうやって策を練ろとおっしゃるつもりですか?」
「及第点のツッコミだな、宜しい」
満足したような顔をして、エレフは言った。どうやら彼は、アルデがこれから戦いに臨む際の心構えができているか、ただまっすぐに敵に突進する無謀さを持つタイプであるかをためしたようだ。
「褒美をくれてやるよ、こっち来い」
「褒美……?」
「あと10分でバトルか。もたもたしてらんねえ。無駄なところを省いて簡潔に説明しねえと……」
二人は闘技場の裏へと足を運んだ。




