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プロヴァンス戦記  作者: 雪臣 淑埜/四月一日六花
scene 00『プロローグ』
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プロローグ 『嚆矢』

喜多木(きたき) 詩埜(しの)と申します。


がんばって書きました。


かわいがってください。

 「何でぼくなの。ぼくでなければならない理由は一体何の……?」


 (よわい)わずか十つの、黒髪碧眼の少年はため息混じりにそうつぶやいた。彼はいま、廃鉱山の道に迷い、どこかもわからぬ場所の岩壁にもたれ掛かっている。追手が来るまえに早々と逃げなければ。捕まれば、最悪殺される蓋然性(がいぜんせい)だってある。しかし彼はそれを承知してもなお、逃げることを放棄した。精力のすべてを走りに注ぎ込んだ彼に、これ以上走らせることは酷な話である。

 「足跡がここらで途切れてきてるぞ!」

 粗暴な男の声が鉱山のなかで反響する。

 「…まったく手間をかかせやがって。だが、いよいよ追いつめたぜ! はっはっは!」

 喜びの声には、(ほの)かな殺気が含くまれていた。少年はわなわなと怯え、とりあえず先へ進もうとしたけれど、無念にもそのさきは行き止まりであった。立ちふさがる壁は、彼の人生の終焉を意味しているようだった。もう諦めるしかないのか。せめて仲間にはお別れくらい言っておきたかった。さようなことを思いながら、彼は低く首を垂らした。

 「はいはい。坊主。もう逃げらんねぇぞ」

 見つかってしまった。

 大癋見(おおべしみ)をおもわせる凶悪な面構(つらがま)えをした男。少年はその男の放つむくつけなる殺気に気圧(けお)され、よろめき、そして尻餅(しりもち)をついた。するとその男の背後から、おなじ漆黒の装束を纏った仲間たちがぞろぞろと現れた。池の底のような静寂のなか、タッタッタと馬蹄(ばてい)の様な跫音(あしおと)を立てながら男が少年に近づくと、少年は潸潸(さんさん)として涙を流し、ひざまずき、地面に頭をこすりつけた。

 「やめてください、この剣あげますからっ! 皆さんの狙いはこの剣でしょう!?」

 「ああ、その剣だよ? で?」

 「その……殺さないで」

 霎時(しょうじ)の沈黙が過ぎ去ったあと、男たちはけらけらと笑いだした。

 「待て待て。餓鬼だとはいえビビりすぎっしょ! マジウケるわ」

 「殺さないで? まあ、ここで殺さずに野放しにしておくほうがよっぽど馬鹿げているぜ」

 「え……?」

 少年は慄然(りつぜん)した

 ただでさえ青白くなっている少年の顔が、さらに不健康な白さで上塗りされた。

 「いやだって、このことをルーシア王国軍に漏らされちゃァ、のちのち面倒なことになるからなあ」

 男がしゃべり終えるや(いな)や、白銀の剣がその場を一閃した。剣は、少年の頭の寸先の地面に突き刺さった。少年は動けなかった。あまりにもの(はや)さに反応することさえままならなかった。目の前に剣があることを悟ったときには、ようやく自分が斬される恐怖を身にしみて感じた。

 「さてさて、心の準備はオーケーだな? いまから首を()ねてやるから、動くんじゃねえぞ」

 「そんな……まっ」

 「お前が証人になって王国軍に剣のこと教えられたら、俺らにとっては相当なマイナスだぜ。だから俺らがおまえを殺すのは当然だろ?」

 「教えません! 絶対教えないからあ!」

 「いい機会だ。生まれ変わってまたこの世に生まれた時に役立つアドヴァイスをしてやるよ」

 少年は固唾を()んだ。

 「戦争はもともと残酷なもんなんだ。悪いな」

 必死な命乞いを黙殺した男は、いさようことなく剣を振り下ろした――が、その刹那、にぶい音がした。()った手応えはまるでなかった。やわらかな血肉ではない、硬い金属にぶつかったような音がした。

 防いだ? この距離で? この剣速で? さっきはあれほど怯えていたのに。もしかして演技か? いや、この状況で演技なんてしても、なんのメリットもない。男はすこぶる困惑した。さて下を見下ろしてみると、防いだのは少年ではなかった。少年はなにもしていない。ただ茫然とこちらを見上げているのみ。防いだのは――ルーシア王国軍・レジスタンスの軍服を着た少女兵の握る剣であった。その少女兵はかなり小柄であり、見たところうしろに居る少年とはさほど変わらない年に見えた。

 「は!? 誰だおめぇ、びっくりした!」

 「びっくりしたのはあたしの方だね」

 少女兵は瞬時に男の剣を弾き飛ばした。

 「無意味に民間人を殺めるのは、戦争では重大なルール違反でしょ? あんた……それでも軍人?」

 そう言い終えると、彼女の剣から、翠緑色(すいりょくしょく)の風が放たれた。

 『舞空剣(ダンシングツイスター)』――

 虚空(こくう)を斬り刻む風の犀利(さいり)なる刃が、敵の(ことごと)くにおそいかかった。なにとなくその刃の威力に勘づいた男たちは、ひどくとりみだして分散した。されど刃は逃げ惑う彼らをけっしてのがしはしなかった。俊敏な動きをもって自在に飛び回りながら追尾し、確実にひとりひとりの男の命を刈り取った。

 「え……」

 すっかり腰を抜かしている少年は、敵を瞬殺したおそろしい少女の背中を、凝然(ぎょうぜん)睇視(でいし)するだけであった。圧巻。その一言のみが彼の脳裏に浮かんでいた。剣から発する風の攻撃は、とても目では追えなかった。

 少女兵は「ふう」と長息を吐いて、少年の方へと振り向き、燦燦(さんさん)たる為方顔(したりがお)を見せつけて、こう言った。

 「やっほい、少年! 大丈夫かい?」

 これが、少年アルデと少女ルシアの出会いのワンカットであり、プロヴァンス戦役における転換期の嚆矢(こうし)である。

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