05 隣の座席
「スーッ……スーッ……」
ヤバイ。
「スーッ……スーッ……」
無防備すぎる。
いま、俺たちは野外宿泊活動のためにバス移動中。目的地は伊豆半島らしいけど、正直いま俺の頭の中はそんなことはどうでもいい状態だった。バスの座席は出席番号順に男子2列、女子2列という具合に分けられた。その座席票が次のとおりだ。
【男子1番〜女子5番】 【女子6番〜20番】
秋田 俊希 楢崎 肇 久遠 瑤子 尚 あみか
井島 太一 新山 周二 児島 羽美 藤岡 知未
瓜山 耕哉 日高 優 佐藤莉巳子 堀口美沙子
遠藤 晃 真鍋 秀弥 重森 あや 前橋こころ
大澤 賢斗 三宅 亮平 鈴掛麻奈美 柳原 玲菜
鹿野 英悟 山崎 琴弥 千曲 杏子 芳崎 朱里
木下 憲次 輪島 豪 天堂 沙雪 矢野あゆみ
近衛 涼 飯田 眞子 脇田歩美菜
里中 蓮 猪川 美優
曽根 智史 内海さやか
田所 理 大森 湊
戸口 誠 香具山凛子
なんて素晴らしいんだ、市川先生。俺は市川先生に感謝せずにはいられなかった。なんせ、市川先生が適当に決めた結果、俺は晴れてリョウの隣に座ることができたんだから!
だけど、残念なことにリョウはバスに乗るなり眠ってしまった。どうやら昨日、遅くまでクラブに残っていたらしい。けど、リョウの寝顔が見れたからちょっと嬉しいかな〜……なんて。そんなくだらないことを考えてばっかりの、俺です。
「ふあーぁ……」
つまんねーの。リョウが全然喋ってくれないから、俺も眠くなってきたじゃん。しょうがない。俺も寝ようっと。
「あ……!」
急に前にいたこころが声を上げた。
「どうしたの?」
「大澤くんまで居眠り始めちゃった……」
「そうなの?」
私は振り返って三宅くんと大澤くんの列を見た。あ、ホントだ。すっかりオネムだ。
「つまんなぁい」
「つまんないって……なんでそんなにこころ、大澤くんたちにご執心なの?」
「ゴシュウシン?」
こころが首をかしげた。
「あ、夢中なの?」
「やだなぁ! あたし、三宅くんには興味ないよ」
「へ?」
それってつまり、大澤くんには関心があるってこと?
「こころ、それって……」
「こころー! 早く、こころの番だよ!」
「あ、ゴメン! 戻るね〜」
聞き損ねた。でも、あの雰囲気だときっとこころは大澤くんのことが好き……なのかもしれない。私は気になって、知未のほうをコッソリ見てみた。複雑そうにカードゲームに参加している知未は、こころのほうを見て少し悲しそうな顔をしていた。
「……。」
私、実はこの野外宿泊活動、通称・野活の前日に知未からビックリ仰天の相談を受けてた。
「レナチィ……私ね、好きな人いるの」
「へぇ〜。そう」
私は素っ気なく返した。
「なんでそんな素っ気ないの?」
知未は不安げに私に聞いてきた。いやいや、だってね知未。残念ながらスッゴいわかりやすすぎるの。
「だって、知未ちゃんの好きな人って……大澤くんでしょ?」
「……わかる?」
「バレバレ」
「やだぁ、もう!」
知未は顔を真っ赤にしていた。いいな。私もこんな風に普通の恋愛をしてみたかった。わかってる。普通じゃないことくらい。
知未と目が合った。どうしよう。そんな目だ。
大丈夫。私が協力してあげるから。目でそう訴えたらなんとか伝わったのか、知未は微笑んで前に向き直った。
「ん……」
次に気がつくと、もうすぐ目的地らしい雰囲気が出ていた。右は断崖といってもいい岩肌が見えていて、左手には海。横浜よりもずっと綺麗な海の色をしている。
「へ?」
ワックスのいい香り。これって……。
「あ、起きた?」
リョウが笑いかけてきた。
「へ?」
「あー、それ俺の上着」
リョウをよく見ると、カッターシャツになっていた。
「え!? な、なんで!?」
「なんでって……お前、寝てるのに何にも被らないで寒そうにしてたからさ」
「そ、そっか……」
「風邪とか引くなよ?」
リョウがニッと笑った。コイツは無愛想に見えて、実はこんな風にとても優しい。女の子からもモテる。俺が惹かれるのも無理ない――かな。
なんてな。
「おい、賢斗」
突然耳元でリョウが囁いてきた。やめろ! やめろって!
「な、なんだよ!」
俺は反射的に距離を開けた。けど、リョウはにじり寄ってきてまた耳元で囁く。
「お前を見てる女子が二人いるぜ、グランドの王子様!」
前のほうを見ると、お互い俺を見ていることに気づいていないのだろう、藤岡と前橋が俺のほうを見て少し顔を赤くしていた。おいおい、露骨すぎだぜ、お二人さん。
「おーい! そろそろ到着するから寝てるヤツを起こせー」
市川先生の声で俺の考えは中断になった。いよいよ野外宿泊活動が始まる。俺はリョウと2泊3日もの間、一緒に寝泊りできることが嬉しくて仕方がなかった。でも、予想してなかったことが、待ってたんだ……。