58 俺はこうなった。だけど、君は
「会いたい。会って、話があるんだ」
そうメールを送った。相手は、柳原だ。
「……。」
返信を待つ間、彼のいろんな表情が思い出されてきた。俺たちは、幼い頃からお互いをよく知っている。逆に、俺たちしか知らないようなことだって、たくさんある。亮平の初恋の人のことだって、俺は知ってる。亮平の初恋の相手ですら、亮平が彼女を好きだったことなんて、知らなかったんだからな。
だけど、俺の気持ちが最近、揺らいできた。その大きな原因のひとつは、亮平に宮部先輩という、大切な人ができた、というものだ。
そして、もうひとつは。
「大澤くん」
柳原の声がした。俺は、そっと振り返る。
「よう」
「どうしたの? わざわざ会ってまで、話したいことって」
俺たちが待ち合わせたのは、学校近くの公園だ。ここなら人通りも多いので、女子がひとりで来る夜道でも問題は少ない。帰りは俺が送ってあげれば問題ないし。
「うん……」
だけど、彼女を前にした瞬間、言おうとしていた言葉が飲み込まれそうになる。言わなければ。その思いだけが胸の中を満たしていく。
「……。」
「どうしたの? また、何か悩み事できたの?」
俺は、重い口を開いた。
「俺……亮平のこと、諦めようと……思う」
「え……?」
その言葉を聞いた瞬間、柳原の顔がとても寂しそうなものになった。俺はいま、彼女にどんな思いをさせているんだろう。想像もできない。
「どうして?」
柳原は寂しげな表情のまま、そう聞き返してきた。俺は、思いの丈をそのままぶつけようと決めた。
「別に……」
「別に?」
「別に……好きな人が、できたんだ」
「うそ……。本当に?」
柳原はまだ信じていないようだ。
「本当だよ……。最近、気づいた」
「……三宅くんじゃ、なくて?」
コクリと俺は小さくうなずく。
「……誰なの?」
柳原は恐る恐る、聞いてきた。だけど、それを言うと柳原を傷つけてしまうかもしれない。それが怖かった。
「言いたいんだけど……柳原を傷つけてしまうかもしれない。だから、怖くて言えない……」
柳原はそっと俺の手を握った。
「大丈夫だよ」
その表情は、本当にやわらかだった。
「言いたいことくらい、素直に言わなきゃ。ねっ?」
あぁ……。君は、本当に優しいんだな。
なら。
俺はもう、自分に嘘をつかない。
俺は知ったんだ。亮平を好きになって、知ったんだ。
人は時として、自分が傷つかないために、防御することだってあるんだと。
――好きなんだ。
「え?」
俺の言葉を聞いた瞬間、柳原の表情が変わった。
俺。
柳原のことが、好きなんだ。
「……何、言ってるの?」
彼女が小刻みに震え始めた。
「ゴメン……。今まで……俺、自分で自分に気づかないフリ……してた」
「……。」
彼女は何も言わない。何か、このままだと罵倒されそうな気もしてきた。俺はそうなる前に、自分から全部、気持ちを吐露した。
「俺さ……もちろん、亮平のことは好きだぜ。でも、それはやっぱり、友達として……なんだよな。そんで、七海高校に入学してすぐ、柳原を見て、本当に胸が苦しいっていう思いを初めて知った。
だけど、俺にとって柳原はなんていうか……手に届かない存在。そんな気がしてたんだ。だから、告白する勇気なんて全然なかった。
亮平に何回相談したかなんて、わかんないよ。そのうちに、柳原に対する気持ちが……なんていうか、亮平に転化されていった感じ? ハハ……こんなの、擬似恋愛にしか過ぎないよな。
あるらしいんだ。俺たち、思春期の時に恋をすると、どうしても無理だって考えちゃって、それを親しい友人に転化してしまうようなこと。
俺は、それがたまたま男子で、幼なじみの亮平だったんだ。柳原。お前のことを好きだっていう気持ちを忘れたいがために……俺は、亮平のことを好きだと……思い込んだんだ」
「……じゃあ」
柳原が震える。
「私の……宮部先輩を好きな、気持ちは?」
「……。」
「これも、もしかして……」
俺はギュッと柳原を抱き締めた。
「それは、お前が一番知ってるだろ?」
「……。」
「俺は明日、答えを出してくる」
「……。」
「お前も、頑張れ」
「……うん」
柳原はそう言って小さくうなずいた。
俺たちの季節は、変わっていく……。




