56 見たくなかった
「……。」
信じられない。
いや。信じたくなかったのかもしれない。
亮平が……女の人と、キス……してた。
いや。それが当たり前なんだけど。男子と女子が好きになって、キスするとか。高校生くらいになれば普通じゃん?
……。
俺は普通じゃないんだもん。男が男を好きって、変じゃん?だから、亮平に別れ……じゃないけど、とにかく、気持ちを断ち切ること伝えたんじゃん。今さら、どうこうするつもりだってないし。
帰ろう。うん、帰ろう。
そう思って俺はゆっくりと廊下を歩き出した。そのときだ。階段を誰かが走る音がしたのは。
俺のほかにも誰かいたらしい。
……。
待てよ?
亮平と女の子がキスしてて、ショックを受ける人。誰だろう。いや、普通に考えてみれば、亮平を好きな女子か、キスしてた相手を好きな男子……。
「あ」
不意に柳原の顔が浮かんだ。その瞬間、俺は走り出していた。
「どこだ……!?」
昇降口にはいない。でも階段を降りた音はした。ということは、さっき俺がいたのは2階。1階に降りるしかないのに。でも柳原の姿はなかった。
昇降口で柳原の外靴がまだあるのを確かめてから、校内に戻った。何でだろう。柳原って決まったわけじゃないのに、俺はなんで必死になって柳原を探しているんだろう。
「柳原!」
気づけば大声で彼女の名前を呼んでいた。なんでだろう。いま呼ばなければ、彼女とずっと顔を合わせられなくなる気がしていた。
「柳原!?」
1階の隅々まで探したけど、やっぱり柳原の姿はない。柳原じゃなかったんだろうか。
「……。」
気のせいだよな。気にしすぎだよ。
俺はそう思いこみながら、教室へと戻った。カバン置きっぱなしだし。
「!」
教室に戻ると、亮平がいた。
「ウス」
俺がいつもどおりに笑うと、亮平も笑顔で言った。
「おす」
「部活は?」
「終わった。そろそろ帰る」
「そっか。お疲れ」
「陸上部は?」
「今日はオフ」
「そっか」
会話が途切れた。俺たちはいつの間に、こんな当たり障りのない会話しかできなくなったんだろう。本当なら……俺が普通なら、好きな人の話くらいはできたんだろうか。
「俺、先帰るわ」
いつもどおりの笑顔、向けられてるかな? それならいいけど。
「うん……」
なんで。なんでそんな寂しそうな顔するんだよ。そういう顔をしたいのは俺のほうだって。
カタン……と教室のドアをゆっくりと閉めた。ちょうど、俺が亮平への気持ちを閉め込むのと同じような感じ。
外国では……同性愛って、結構認められてるよな。なんで日本じゃ差別対象なんだろう。よくわかんない。
あのクラスメイトの冷たい視線は今でも覚えてる。思い出しただけで吐き気すら催してくる。今でも。
「……。」
え。
「……っく」
マ、マジ? 泣き声すんだけど。
「……く」
ウソだろ。いま何時だ……? 6時45分……。いや、外はまだ明るいからさ、ホラ。幽霊さんが出るには時間早いよ。
「ヒック……ウウ……」
「……。」
見れば後悔する気がしたけど、見なければもっと後悔する気がした。俺は泣き声のする方へちょっとずつ近づく。近づくに連れて、心臓の鼓動が激しくなる。
どうしよう。身の毛もよだつような顔したような幽霊とかいたら。リアル学校の怪談? シャレんなんねぇ!
えぇい! 男は度胸だ!
「誰かいるのか!?」
俺は暗闇に向かって声を上げた。
「……!」
そこに縮こまっていた人物がハッとこっちを見た。よかった。足、あるじゃん。
「誰?」
「……その声」
え?
そっちこそ……その声。
「や、柳原か? やっぱ……」
やっぱり、と言い終える前に俺の心臓を本当に飛び跳ねさせる出来事が起きた。
柳原が俺に抱きついてきた。
「!?」
「ウッ……うわああああ~……!」
何が起きたのかわからなかったけど。柳原が泣いているのだけはわかった。そして理由はひとつ。
さっきの出来事だと、確信した。