55 僕らは互いに
「俺も告白されてたんですよ……男子に、です」
え?
いま……なんて?
「だ、男子……に?」
みーやんが小さくうなずいた。
ウソ……。それって……。
「だれ……に?」
さっきと同じ言葉を言ったはずなのに、震えて思うようにスムーズに出なかった。誰? みーやんに告白した人って、誰……?
「知りたいですか?」
不意にみーやんの顔がすごく近くに来た。心臓が飛び出すほどに激しく鼓動し始める。
「……。」
「教えてもいいですよ。宮部先輩なら。俺、先輩のこと信じてます。先輩は、絶対にどんな人でもバカにするような人じゃないってこと」
そんな……。私、そんな偉い人間でも何でもないのに。
「わ、私……別に、具体的に誰かってことを知りたいわけじゃないんだけど……」
「でも、誰にってさっき聞いたじゃないですか」
あ。そうだった。私のバカ。
「……。」
「……。」
気まずい沈黙。どうすんのよ、これ。
「結局」
みーやんが突然言った。
「俺が言いたいんだよな」
砕けた口調になる。彼の本音がチラリと見えた。
「俺、相手に思われるほどいいヤツなのかな。そりゃあ、同性に好かれるのは嫌いじゃない。それだけ、自分に魅力があるのかな、とか思うんですけど」
ですけど?
「自分で考えれば考えるほど、そんな魅力ないのになって思うんですよ」
どうして?
私がそうやって聞いたわけでもないのに、みーやんはどんどん自分のことを話し始める。
「俺、年離れた弟いるんですけど、弟に兄貴らしいこと全然できてないし、部活やってるけどそんな役立つような係とかも自分から立候補とかできてないし。勉強だってなんか中途半端だし。唯一取り柄で楽器演奏できるくらいで。気遣いもイマイチだし」
そんなことない。
そんなことないよ。
だって、私があなたのこと、好きなんだもん。こんな私が初めて人を好きになったんだもん。君は、本当に素敵な人なんだよ……!
そう言いたいのに言葉が出ない。私の表情は、いまどんな感じなのだろう。自分の表情ですら、自分でわからなくなっていた。
言葉が思うように出なくなった瞬間、思いも寄らぬ言葉がみーやんから出てきた。
「そんな俺でも、好きな人ができたんです」
え……?
不意に、みーやんの唇が私の唇に重なった。
「……。」
ねぇ。キスの味ってどんなのか、知ってる?
いつだったか、恋愛のお勉強とか言って買った少女マンガに、そんなセリフがあった。
キスの味。考えたこともない。甘酸っぱいなんて、本当かな? そっかぁ。甘酸っぱい。ウキウキするような、そんな味。
けど、そんなのは都合のいい妄想に過ぎなかった。
本当のキスは、とても生々しかった。
少し厚めのみーやんの唇が、そんなに厚くない私の唇に触れた。心臓が本当に止まったんじゃないか。そう思ってしまうほどに、時間がゆっくり流れた。
少し湿り気のある、キス。
嫌ではなかった。振り払う気なんて、ちっとも湧いてこなかった。身を任せて、みーやんにすべてを委ねる感じ。体がフワフワしてしまい、そのまま浮いて飛んでいってしまいそうだった。
「俺……宮部さんのこと……」
そのときだった。誰かが階段を駆け下りる音がしたので、私とみーやんは同時に体を離した。
「……。」
「……。」
思わず真っ赤になってしまう私たち。
「……行きますか」
みーやんが冷静を装ってそう言った。
「うん……」
みーやんは私のことをどう思っているのだろう。そんなことを思わず気にしてしまった。答えがいろいろ浮かんでくる中で、やっぱり私にとってとても嬉しいのは――。
宮部先輩のことが好きです。
これに尽きるんだけどね。
けれど。
この時の足音が、後にとんでもない出来事に繋がることを私も、みーやんも、誰も知らなかった。
彼を除いては……。