51 センパイの告白
「はぁ~……」
美術室で私は絵を描いていたけれど、どこか放心状態であまり集中できていなかった。きっと、2週間前の出来事をまだ引きずっているんだと思う。
――お前は、諦めないでほしい。俺みたいに
「そんなこと言われても……なぁ……」
心配になったのか、隣にいた大中先輩が私に声を掛けてくれた。
「大丈夫? 最近、玲菜ちゃん元気ないんじゃない?」
「いえ! そんなことは……」
「……。」
大中先輩が笑う。
「あるよね?」
「……はい」
それから私は核心をボカしながら、大中先輩に体育大会の日にあったことを話した。
「なるほどね……。それじゃあ、その子は好きな人を、諦めちゃうって言ったんだ?」
「はい」
「しかも、何かその子、すっごい気遣いする子よね。周りのこととか、玲菜ちゃんのこととか考えて、だなんて。自分の気持ちなんて、押し殺してる感じ」
先輩の言うとおりだった。大澤くんが諦めると言ったこと。それは自分のためではなく、周りのため。私のため。三宅くんのため……。
「私も、その子と同じような経験、したことあるなぁ」
私はその言葉に思わず興味を持ってしまい、食いついた。
「本当ですか!?」
「あ、なに~? 結構興味ある感じ?」
大中先輩が笑う。私はちょっと恥ずかしくて赤くなってしまった。
「は、はい……。ちょっと……」
「まぁ、そんな大した話じゃないの。よくある話よ」
それから美羽先輩は言った。美羽先輩は中学時代、ひとつ下の男の子がずっと好きだったこと。その男の子とは、時々話す程度の接点だったけれど、とても気が合ったこと。そして、相思相愛なのではないかとさえ思ったこと。
けれども、それは単なる勘違いだったことに気づいた。その子には別に、好きな子がいたのだ。それを知ってから、先輩は彼のことをあきらめたのだそうだ。深く好きになる前で、良かったと先輩は笑いながら言った。
それからしばらく経ち、先輩がいつもどおり、彼の家に行ったときだった。よく見る男の子がいたそうだ。だけど、その子はいつまでたっても彼の家の前でジッと立っているだけで、インターフォンを押して相手を呼ぼうとさえしなかった。
「ねぇ」
先輩は彼に声をかけた。
「インターフォン押して、呼ばないの?」
「え……」
「用事、あるんでしょ? 呼んであげる」
先輩がインターフォンを押そうとしたときだった。
「あの!」
彼が言った。
「あなた……と、付き合ってるんですか!?」
「……。」
先輩は答えに戸惑った。それがいけなかったのだそうだ。
「わかりました……」
そのまま彼は走り去ってしまった。
「それから知ったんだけど……彼と私が少し好意を抱いた彼、幼なじみだったんですって。でも私、気づいたの。彼は……あぁ、インターフォン押さなかった彼ね。あの子、多分……私が好意を抱いた彼のことを、好きだったんだと思う」
「……。」
そこで私は気づいた。
美羽先輩が好きだった「彼」は、本堂先輩。
本堂先輩を好きだった「彼」は、山崎くんの幼なじみ。
「……。」
もう、言葉にならなかった。
「アハハ! ごめん。なんか、私が相談しちゃったみたいになったね」
私は小さく首を振る。
「とにかくさ。ちょっとでも元気なくしちゃったりしたときは、私にでもいいから、相談してよ? ねっ!」
そう言って美羽先輩は自分の場所に戻っていった。
もしも。
もしも、本堂先輩が、山崎くんの幼なじみの好意に気づいていたら、どうなっただろう。
もしも、山崎くんの幼なじみが本堂くんに告白していたら、どうなっただろう。
もしも、美羽先輩が本堂先輩とお付き合いしていたら、どうなっただろう。
いろんなもしもが、私の頭を巡る。それからやっと、わかった。この中の誰もが、自分の気持ちに素直になっていないってことに。
「……やっぱりダメ!」
私は気づいたら立ち上がっていた。
美術室にいた同級生や美羽先輩、大久保先生が目を丸くする。
「どうした? 柳原」
大久保先生に私はお辞儀をした。角度は90度。
「すみません! 早退させてください!」
「え?」
そのまま私は大久保先生が呼び止めるのも聞かず、美術室を飛び出した。