49 ケジメのとき
「……俺のせい、だよな」
俺は大岩くんと並んで帰りながら、ボソッと呟いた。
「何が?」
大岩くんが尋ねる。
「亮平が、柳原さんにぶたれたの」
「いやぁ……あれはどっちかっていうと、みーやんが中途半端なことやってっからだろ」
またまた。言えばいいじゃん。本音を。俺が悪いんだって。俺が男子を好きになるから悪いんだって。
「みーやん、優しいからな。俺に言われなくても自分、一番知ってるだろ?」
「うん……」
「なんでだろーなー」
大岩くんが間延びした声で言った。
「何が?」
鼻声で俺が聞く。
「すっげー鼻声」
「泣いでるからね」
ヘヘッと大岩くんが笑い、ハンカチを貸してくれた。俺は彼がこんなものを持っているのにかなり驚いてしまった。
「あっ。ビックリしてるだろ。俺みたいな野郎がハンカチ持ってるから」
「ご、ごめん。正直ビックリした」
「素直でよろしい」
彼はニヘッと笑う。笑うとこの人は目が細くなるんだな。さっきの、なんでだろーなーは何だったんだろう。
「なぁ」
俺は聞いてみた。
「何?」
「さっきの『なんでだろーなー』って、何?」
「あぁ、あれ? 独り言」
そう言って彼は先を急ぐ。俺はトテトテと後を追った。
「気になるじゃん」
「気になる? 教えて欲しい?」
「ほしい」
大岩くんは歩くのをやめて、俺のほうをまっすぐ見ながら言った。
「なんでさぁ……人を好きになると、誰かが悪者になるんだろうな」
「え……」
「いやさぁ。この場合なんていうの? みーやんが悪者っぽくね?」
「……俺はそうは思わない。むしろ、俺が悪者で」
「ほら。みーやんの次に大澤くんが悪者になった」
「ん……」
俺は思わず言葉を失う。
「なんで人を好きになったら誰かが悪者になるんだろう」
彼の言葉は、俺に言っているというよりも何か、自問自答しているような感じだった。俺は思い切って聞いてみた。
「大岩くんも……悪者になったことあるわけ?」
「あー……まぁ。っていうかさ、その話するなら俺のことさとっぺって呼べ」
え。急になんだよ。
「俺はお前のこと賢斗って呼ぶから。OK?」
俺は思わず笑ってしまった。
「いいよ。OK」
「んー……まぁ、ありっすね」
そうなんだ。根掘り葉掘り聞くのはどうだろう?と思っていたら、大岩くん……さとっぺのほうから話してくれた。
「まぁ……もう今は跡形もねーけど、俺、髪明るかっただろ?」
「うん」
知ってる。俺も怖かったし。
「あれ、人に近づいて欲しくなかったからやってただけ」
「え? そうなの?」
「うん」
さとっぺは人懐っこい笑顔でそう言った。
「なんで」
「言ったろ? 俺、悪者になったって」
そして彼は訥々と中学時代の出来事を話してくれた。
中学2年生の頃、彼には好きな人がいた。けれど、親友もその子のことが好きだったそうだ。それは見てればわかるような状態。さとっぺと違い頭が良くて、カッコよくて運動もできる。そんなヒーローみたいな存在の彼に圧倒されたさとっぺは、彼女のことも思い、彼と彼女をくっつけるキューピッドのような役割に徹したそうだ。
そして、彼がとうとう告白する。しかし、彼女は言った。
さとっぺのことが好きなのだ、と。
当然、彼は激怒する。そういう流れに持って行こうとしただけなのではないかとさとっぺを責めに責めたそうだ。そして。
「俺、一時期不登校になったんだぜ。まさかって思うかもしんねーけど」
「……。」
「完全に俺が悪者。親友が悲劇のヒロイン……じゃねーな。悲劇のヒーローになっちゃって。俺、バッカみたいーみたいな?」
俺は言葉を失った。
「でもさ」
さとっぺは優しく俺に言う。
「みーやんは悪者になってでも、お前の気持ちを大事にしてくれてたわけだし……。そこは、感謝しないとな」
「……うん」
なのに、俺と来たら逃げ出して。
サイテーじゃね?
「……。」
「賢斗?」
「俺」
俺は驚くほど素直に言葉が出た。
「戻る」
「……。」
さとっぺは何も言わない。その代わりに背中を押してくれた。そして、こう言った。
「急げ」
「……。」
「行くぞ……位置について」
俺はカバンをさとっぺに預けた。
「よーい……ドン!」
陸上での試合のように、俺は全速力でいま来た道を戻る。
待っててくれ。亮平。
俺、もう中途半端はやめた。
言うよ。君に、もう一度。