48 本当は、知ってた
「大丈夫?」
宮部先輩が水に浸したハンカチを俺の頬に当ててくれた。柳原さんに結構キツく叩かれた俺の頬は、ハッキリと手形がつくほどになっていた。これじゃ、明日学校来たときにも目立つだろうな。それ以前に、家に入りづらい。
「ビックリしちゃった。何も、あんな勢いよく叩かなくたっていいのにね、玲菜ちゃんったら」
宮部先輩はフフッと笑って俺の隣に座った。賢斗は、さとっぺと帰った。本堂先輩たちは、まるで何も見なかったような感じでアッサリ帰っていった。俺に、いや、俺たちに気を遣ってくれたんだろう。本堂先輩や水谷先輩なら、ありがちなことだと思う。
「本当はさぁ」
宮部先輩が不意に言った。
「知ってたんだよ」
「……何をですか?」
「あの子……。大澤くんだっけ?」
宮部先輩の言葉に、俺は心臓が飛び出そうになった。
「彼、みーやんのこと、好きだよね」
冷や汗のような、嫌な汗が俺の背中を伝っていく。だけれど、ひょっとしたら先輩は、そんな妙な意味合いではなくて、友達として好きだよね、と言っているのかもしれない。俺はそんな都合のいい解釈をした。
「そうですね。なんせ、幼なじみですから」
宮部先輩はニッコリ笑う。だけれども、目は真剣だった。
「幼なじみなんて一線、とっくに越えてるでしょ」
「……。」
俺は宮部先輩から思わず目を逸らしてしまった。真剣な視線が、俺には耐え切れなかったのかもしれない。
「だって……見ちゃったしね。二人がキスしようとしてたところ」
「……そうですね」
あのシーン見られていたんだ。言い逃れなんてできない。
「気づいてました?」
宮部先輩は再び俺から視線を外し、宙を見つめながら言う。
「薄々、ね」
「そうですか……」
「ハッキリ気づいたのは、今日の体育大会のとき。みーやんを応援する大澤くんの目、完全に友達とか幼なじみとか、そういう対象で見る目じゃなかった」
「そんな違い、わかるんですか?」
さすが女の子っていうところだろうか。俺にはそんな違い、あんまりわかんないんだけど……。
「わかるよ~。恋してる目だよね、あれは」
あっけらかんと言ってしまう宮部先輩。俺は驚いて言葉も出ない。
「恋してる目……ですか」
「うん。あれは絶対そうだよ。私の周りにも、たくさんあぁいう目をしている人、いるもん。陽ちゃんでしょ、佐野くんでしょ、ミサッチに慎ちゃん、春やんにエミリン。2年生にもたくさんいるよ? みーやん、なかなかそういうの気づかなさそうだけど」
宮部先輩はクスクス笑いながらそう言う。いえいえ、先輩? そういうの気づかないのは、むしろ先輩のほうですよ?
なんてな。
俺がハッキリ言っていないっていうのも、この原因のひとつだろう。俺がもっと早くに、宮部先輩に想いを伝えていれば、賢斗にも柳原さんにも辛い思いをさせなくて済んだのかも知れない。もう、今となっては後の祭りだけれども。
「そういうみーやんも、好きな人いるんでしょ~?」
「へ?」
「私、知ってるよ? きっとみーやん、私のクラスに好きな人いるんでしょ?」
ドクン、と心臓が大きく鼓動を立てる。本当に、バレてる?
「今日の運動会でも何回、私と目が合ったかわかんないくらいだったよね!」
そうです。
だって俺、貴方を見ていたんですから。
やっと、気づいてくれましたか?
なんて、虫が良すぎた。
「誰? 教えてほしいな~」
「……。」
この人、俺に自分が好かれているなんて思いもしていないのかな。俺の熱意もまだまだって感じか……。
「今はまだ、言えないです」
「そっかぁ……残念」
それだけ言うと、先輩はスッと立ち上がった。
「まぁ、言える時が来たら私にも教えてね!」
「あ……」
「じゃあね!」
そういうと、先輩は靴を履き替えて颯爽と帰っていった。
「……クソッ」
俺は拳を握って地面を軽く叩いた。
「なんで……貴女が好きなんですって言えねぇんだよ、俺のバァカ」
夕暮れの陽射しが、俺をますます孤独な気持ちへと追いやっていく、体育大会の後の日のことだった。