46 Kiss Me……
「お疲れぃ!」
カァン!と軽快な音が響く。
亮平と俺は体育大会が終わり、片付けも全部終わってから学校近くにあるコンビニでジュースを買ってささやかなお祝いをしていた。
あの後、俺たちのクラスは一気にテンションが上がり、いきなり2位にまで食い込んだ。正直、信じられなかったけど。大げさに言えば、俺と柳原が雰囲気を変えたようなものだった。
「すげぇよ。さすがグランドの王子様だな」
亮平が笑う。
「やめろって。ハズい」
俺は本当に恥ずかしくて、顔を背けてしまった。
ジュース片手に俺たちは座り込んでしばらく会話もなく、何度もジュースを口に運んだ。ついつい、俺は視線を亮平に向けてしまう。
(手とか……ガキの頃だったら握っても変じゃないけど)
俺はそんなことばかり考えていた。亮平は今では背が180センチ以上あって、俺は165センチちょいで。15センチくらい身長差がある。だけど、やっぱり高1になって手を繋いで男子二人が帰るとか。
キモいよな。
普通に考えれば、そうだ。
俺は今日の柳原と宮部先輩が羨ましかった。バトンとはいえ、想いを繋いでいくことができたんだ。俺は、亮平から声援こそもらったものの、そのお返しは何もできていない。
「そうだ!」
俺は急に声に出してしまった。亮平が目を丸くしている。
「何、急に」
「あ……」
周囲の視線まで集めてしまった。すっげぇ恥ずかしい……。
「あ、いや……その……」
「変な賢斗」
クスッと亮平が笑った。
「……。」
口元に視線が行く。
ヤバい。
俺、さっきからエロいことしか考えてない。
どうしよう。
ピロロロロロ――。
突然、現実に引き戻すような音が響いた。
「あ、悪ぃ、電話だ」
「あ、いいよ、いいよ」
「悪いな。もしもし? あぁ、さとっぺ?」
同じ部活の人らしい。亮平はジュースの缶を置いて、俺から少し離れた。
「……。」
ジュースの缶。
亮平が口付けた。
「……。」
誰もいない。
亮平も、見てない。
「……。」
今なら……!
心臓が爆発しそうだ。何も悪いことはしていない。現状では、俺の好きな人とキスするなんて、無理なんだ。
せめて、間接キスでもいい……。
なんでだ?
部活のヤツと、飲み物の回し飲みなんてやってるじゃないか。
なんで、こんなに緊張して……。
「何やってんだよ」
ドクン、と心臓が大きく音を立てた。
「りょ……りょうへ……」
バン!と音がした。壁に亮平の手が突きつけられ、顔が俺のすぐ前に迫る。
「亮平……?」
「そんなに、俺とキスしたいわけ?」
「え……。い、いや! そういうわけじゃあ」
「じゃあこれ何だよ?」
亮平のジュースの缶は、俺が握っている。
「これは……その……」
「そんなにキスしたいなら、やってやろうか?」
亮平がニヤリといやらしい笑みを浮かべて迫ってくる。
嫌だ。
俺はそんなつもりじゃないのに!
唇を押し付けられた。亮平のほうが背も高いし、体格はいいので俺は押されるがままだ。嫌だ!
こんなの嫌だ!
やめてよ……亮平……っ!
あ……し、舌とか……!
「ハッ!」
目が覚めた。
「……夢……?」
良かった。夢だ……。
「汗だくだ……」
おまけに、下半身が……。
最低。
なんですか。欲求不満ですか。
なんだよ、俺……。
「あれ?」
でも、まだ明るい。夕方くらいだな……。
「あら。目ぇ覚ました?」
保健室か。どおりでなんか、部屋全体が薬っぽい匂いがするわけだ。
「はい……あの、今日は何日ですか?」
「やだ。体育大会、終わった日よ」
「そうですか……」
ってことは、あの乾杯シーンから夢だったのか。
「大澤くん、体育大会で大活躍だったじゃない。でも、ちょっと飛ばしすぎたみたいね。熱中症気味で、終わるなりフラッと倒れるんですもん。先生も驚いたわ」
保健の先生が冷たいタオルを渡してくれた。
「気をつけなさいよ? 若いって言っても、無茶してちゃ何が起きるかわかんないんだから」
「はい……」
俺は横に置いてあるペットボトルのお茶に目が行った。喉が渇いてる。飲んでもいいだろう。俺は勝手にそのお茶をもらうことにした。
蓋を開けて口に含んだと同時だった。
「あー! それ、俺の……」
カーテンの隙間から、亮平が顔を出していた。
「え?」
「そのお茶! 俺の!」
「……マジ?」
「ウソ言ってどうすんだよ」
「わ、悪い」
顔が真っ赤だ。ヤバい。
「別にいいけど。お前と回し飲みしたって俺、平気だもん」
「……。」
ヤバい。これは素直に嬉しい……。
「もう平気か?」
「うん」
「じゃ、帰ろうぜ。もう下校時間だし。先生、ありがとうございました」
亮平は俺のカバンを持ってくれた。
「はいはい。気をつけてね」
「失礼します」
俺は亮平と一緒にお辞儀をして、保健室を出た。
「無茶しすぎなんだよ。賢斗って、昔から我慢強いところあるからなぁ」
さすが亮平。よくおわかりで。
「何でも言いたいことあれば、ハッキリ言えよ」
え……。
「遠慮なんて、するだけ損なんだから」
亮平が笑う。それは、本当?
だったら……。
「だっ、だったら……お願いがある」
「んー?」
亮平が振り返る。逆光で顔が良く見えない。
俺は言った。
小声で。でも、ハッキリと。
「俺と、キスして」
言った瞬間、時間が止まった。




