45 気持ちを繋げ
「だ、大丈夫……かな……」
今日は、七海高校の体育祭の日だ。私はスウェーデンリレーに出場するため、入場門に立っていた。
「ちょっと、玲菜。大丈夫?」
こころがとても心配そうな表情で私を気に掛けてくれた。
「なんとか……。とりあえず、これが終われば私の競技もオシマイだし」
お終い、という言葉が裏返って変に周囲に響いた。
「落ち着いて行けばいいよ。別に、クラスの皆もテキトーな感じだしね」
確かに、ウチのクラスはそんなに盛り上がっていない。順位も現時点で9クラスのうち5位っていう中途半端な位置にあるため、これ以上順位を上げようという気配もなかった。
「うん。マイペースで行くよ」
そうは言ったものの、やっぱり冷静なんかではいられない状況が生まれていた。
スウェーデンリレーは各学年の同じクラスの走者でバトンを繋いでいく。たとえば、1年B組が2人走った後は2年B組が走るという具合だ。もちろん、男女各1名なので女子が走るときには女子ばかり、男子が走るときは男子ばかりという組み合わせにはなっている。
9クラス各2名。一応テキトーにしているとはいえ、ウチのクラスもこの競技に関心を持っている子たちは多かった。
ただ、レーンは8つしか用意されていなかったので、どこかのクラスは合同で走る、つまりクラスで各1名ずつしか出ないところが2クラス発生するのだ。そして、それがまさかのA組とE組だった。
そして、A組とE組の走順は2年E組の宮部先輩(女子) → 私(女子) → 2年A組の田中先輩(女子) → 大澤くん(男子) → 2年E組の是澤先輩(男子) → 2年A組の藤田先輩(男子) → 1年E組の瀬戸くん(男子) → 1年E組の秦野さん(女子) → 3年A組の豊田先輩(女子) → 3年E組の西川先輩(女子) → 3年E組の吉住先輩 → 3年A組の賀川先輩といった順番だ。
(宮部先輩からバトン……もらうんだ)
私はそれだけでなんだか緊張してしまっていた。
「あ、入場始まる! それじゃ玲菜、頑張ってね!」
「うん! ありがとう!」
入場の曲が掛かる。私の心臓はこれでもかと言わんばかりに大きく鼓動を始める。走順の関係で、私と宮部先輩は入場する位置は全然違う。私が入場門側、先輩は退場門側。いいような、悪いようななんとも言えない気持ち。
「柳原」
大澤くんが声を掛けてくれた。
「緊張してるだろ?」
「わかる?」
「汗ハンパねぇもん」
私は恥ずかしくなって俯いてしまった。
「ダブルで緊張してて」
「わかる」
大澤くんはニカッと笑って言った。
「でも、いい想い出になりそうじゃね?」
「それは思う」
「自分の精一杯を出せば十分だと思うぜ? 頑張ろうな」
大澤くんが手を差し伸べてくれた。
「うん!」
彼の繊細そうに見えた手は、やっぱり男子だなと思うようなちょっと筋肉質な手をしていた。
いよいよリレーが始まる。
「位置について!」
まずは宮部先輩。トラック半周の100mから始まる。
「よーい!」
パァン!と銃声がこだましたと同時に、宮部先輩が走り始めた。私もそうだけれど、文化系のクラブに入っているとどうしてもこういう体育祭では見劣りするようなことが多い。宮部先輩も例に漏れず、順位は8人中5位だった。
次々と走者が代わっていく。私は宮部先輩が見えたところで、ゆっくりとスタートダッシュを始めた。
「玲菜ちゃん!」
それまで苦しそうに走っていた宮部先輩が突然、笑顔になった。
「遅くてゴメン! あと……よろしく!」
「はい!」
私はバトンを受け取った。
――自分の精一杯を出せば十分だと思うぜ?
大澤くんの言葉を胸に、私は100mを走る。100mなんて、一瞬だと思ったけど、想像以上に長かった。
「玲菜―っ!」
こころと知未の顔が見えた。普通なら手を振り返す余裕なんてないのに、私は思わず振り返していた。
「玲菜ちゃーん!」
いつの間にか、バトンタッチする地点に宮部先輩がいた。どうやら、縦に走ってきたようだ。
「一人、抜かせるよ!」
「!」
目の前に2年生の女子がいた。ゴールまでに絶対抜かしたい。いつもなら諦めてしまうようなほど距離が開いていたけど、今の私はなんとなく、諦めるのが嫌だった。
「柳原さん!」
2年生の田中先輩が気合い十分で構えている。
「先輩っ……お願いします!」
「よっしゃー! 任されたあ!」
田中先輩も宮部先輩と同じ吹奏楽部の方だ。だけど、明らかに体育会系だと私は何度か練習を一緒にするうちに思った。
予想どおりというか、何というか。田中先輩はあれよあれよと走者3人を抜かして、一気に2位まで上り詰めた。
「きゃー! ねぇ、2位よ2位!」
私と宮部先輩は思わず飛び跳ねた。ところが、予想外の展開が待ち受けていた。
「キャーッ!」
田中先輩がもう少しで1位の人を抜かせるというときに、その1位の人に振り払われるような格好でこかされた。
「先輩!」
激しく転倒する田中先輩。
「ミサッチ!」
「田中!」
吹奏楽部の人らしい男女から彼女の名前が飛び交った。
「痛っ……!」
抜かした3位以下の人たちが、また先輩を抜かしていく。
「せっかく抜いたのに……」
もう、上位は無理かもしれない。そう思ったとき、バトンタッチする場所から男子が一人、逆走し始めた。
「お、大澤くん!?」
ざわめきが起きる。
大澤くんがすぐに、田中先輩のところへ駆け寄っていた。
「怪我、ありませんか!?」
俺はすぐに田中先輩に駆け寄り状態を調べた。
「ちょっと擦り剥いたくらいで……エヘヘ」
「とにかく立ってください」
俺は田中先輩を立たせてすぐにレーンの外に行ってもらった。
「俺がここから行きます」
「え?」
俺は田中先輩から青のバトンを半ば強引に受け取って、走り出した。順位は8位。正直、大変だ。
だけど、こんな状況くらい俺には大したことがない。スタートダッシュ後、俺はいつもの短距離走の感覚ですぐに走り始めた。
「行けぇー! 大澤ぁ!」
「いいよ! 大澤くん! 走って走ってー!」
1年A組の前を通った時、まるで数ヶ月前の出来事がウソみたいにクラス全員から俺の名前を呼ばれた。それも、これは明らかに好意的だってわかる形で。
「賢斗!」
亮平に名前を呼ばれた。心臓が飛び跳ねるかと思った。
亮平は言葉を発さずに、代わりに親指をグッと立てた。俺も親指を立て返す。このままクラスメイト、亮平、柳原、田中先輩たちの期待を裏切るわけには行かない。そう思った瞬間、これまでにない高揚感が俺を包み込んだ。
「うわぁ……さすが、グランドの王子様だね!」
宮部先輩が驚きの声を上げる。私も驚いて声が出せなかった。
大澤くんは50m以上離れていた7位の人を抜かしてから、まさにごぼう抜きを繰り広げた。わずか10秒足らずであっという間に2位にのし上がった。
「バトンタッチだよ!」
大澤くんが、同じ陸上部の先輩である是澤先輩にバトンを繋ごうとしていた。
「不思議ですよね……」
「何が?」
私の呟きにすぐ、宮部先輩が反応した。
「宮部先輩から始まったバトン……。年齢とか性別とか越えて、こうして皆が必死に繋ごうとしているって」
「うん……。確かに、感慨深い」
宮部先輩は私の隣に座ってそう言った。
それから大澤くんは寸前で2位を抜かして、1位になった。それと同時に是澤先輩にバトンを繋ぐ。
スウェーデンリレーは大澤くんのどんでん返しで、A組とE組の連帯優勝に繋がった。
「玲菜―!」
「賢斗!」
私たちがクラスの席に戻ると、皆に取り囲まれた。
「よっしゃー! 行くぞ!」
アメリカンフットボール部の男子2人が私たちを同時に持ち上げた。
「え!?」
「柳原アンド大澤、バンザーイ!」
「きゃー!」
「うわ! マジかよ!?」
私と大澤くんが当時に宙に舞い上がる。三宅くんや日高くん、戸口くんに知未やこころも一緒になって私たち二人を胴上げしていた。




