42 ケジメ
風呂上がり。俺は部屋で缶ジュースを開けて飲みながら、ベッドに座っていた。すると、急に携帯電話に着信が入った。
ディスプレイには『柳原』の文字。
「もっしもっし」
俺は努めて明るく電話に出た。
『もしもし? 柳原です』
「おぅ。どうした?」
『あの……話があるの』
「話? 俺に?」
珍しい。しかも、電話なんだな。
「どうしたんだよ、珍しいな」
柳原の声は、凛としていた。
『私、ケジメをつけようと思うの』
「……何の?」
俺はあえて柳原を試すような感じで聞き返した。今までだったら怯んでゴニョゴニョとごまかしていた柳原が、きちんとごまかさずにこう答えた。
『私ね、宮部先輩が好きなの』
「……。」
ドクン、と心臓が鳴り響く。初めて、まともに聞いた柳原の告白だった。
『ねぇ……。大澤くんも、このままだとしんどいと思わない?』
「別に俺は……」
『でも、クラスの皆はまだきっと私たちをやっぱり、ちょっと変わった目で見てくる』
それはそうだった。もうすぐ秋になろうとしているのに、俺たちへの態度はあまり変化がなかった。露骨なイジメっぽいことは減ったけど、どことなくよそよそしかったり、俺たちをなんとなく避けているような雰囲気は残っていた。
『私、もうそんなこと、どうでもよくなった』
柳原の言葉にハッとする。
『私は私なんだ。私が宮部先輩を好きな気持ちは、何を誰がどうしたって、消えるものじゃない。消せるものじゃないの』
「……。」
『無理強いして消したって、全然嬉しくない。だったら私は、絶対に伝えてみせる』
「柳原……」
俺は素直に感動した。
「お前……変わったな」
柳原は凛とした声で続ける。
『そうだよ。私たち、変わらなきゃいけない』
「……。」
俺は自信たっぷりの柳原の口調に思わず笑ってしまった。
『な、何がおかしいの?』
「いや……」
これは本当に素直に、言葉が出た。
「ありがとう、柳原」
俺も勇気が出た。
伝える。
ごまかさない。
そして、今日に至るわけだ。
2006年10月9日、月曜日、祝日。俺は小田急七海駅前で、亮平と待ち合わせをしていた。
「よう」
亮平が小走りで近づいてくる。
「……オッス」
俺は不自然にならないよう、頑張って笑顔を作る。
「どうしたんだよ、急に呼び出したりして」
「……。」
やっぱり緊張して黙り込んでしまう。
「賢斗?」
ダメだ! 柳原と約束したんだろう? きっと、この思いを伝えるって。もう、ごまかさないんだって。
「あのさ!」
思いのほか大声になる。
「お、おう」
亮平も少しトギマギしていた。俺は顔が本当に真っ赤になって、汗がどんどん出てきた。緊張して、言葉が出なくなりそうだった。
出なくなったらヤバい。そう思い、俺は募り募った思いを、この言葉に託した。
「俺……」
言え。
男になれ、大澤 賢斗。
心に秘めた、この想い。
ごまかさず、濁さず、キミに伝えられる時がきたこと。
嬉しく思うよ。
「亮平」
「……うん」
「俺」
心臓が爆発するほど鼓動していたのに、言った瞬間、周りの雑踏も自分のうるさいほどに鳴り響く鼓動も何もかもすべてが、動きを止めたように静まり返った。
「俺……亮平のことが、好きなんだ」
「……。」
亮平の顔を怖くて、見れなかった。
「賢斗……」
「何?」
俺はまっすぐ、目を逸らさずに亮平を見つめた。
「俺な」
「うん」
亮平の顔が、困ったような顔になる。
「ハッキリ言って。俺は何でも受け入れられる」
「うん……」
しばらくの沈黙。周りには駅に出入りする人の姿があるのに、まったく声が聞こえない。不思議なくらい、静かだった。
「俺」
覚悟はできていた。でも、その言葉はやっぱり辛いものがあった。
「俺、好きな人が……いるんだ」