41 一人じゃない
「玲菜ちぃ」
宮部先輩が帰ったのを見計らって私は昇降口から出た。それからすぐに、体育の時に同じ組になる井上 佳菜ちゃんに会った。
「あれ? 佳菜ちゃん! どうしたの?」
「玲菜ちぃに……話があるんだ」
「え? 私に?」
「うん! だから、一緒に帰らない?」
私は驚いたけど、すぐに返事をした。
「いいよ!」
「やったぁ!」
佳菜ちゃんが私に話? なんだろう。私には心当たりがなかったんだけど、佳菜ちゃんの表情はとても真剣。よほど大事な話なんだろうな。
だけど。そうは思っていたのに、帰り道なかなか佳菜ちゃんは話をしようとしなかった。沈黙の中、私たちの足音だけが響く。夏特有の蒸し暑さが、沈黙の空間をさらにネバついた感じにしていって、とても嫌な雰囲気だ。
「あの……」
私は我慢できず、佳菜ちゃんに聞いた。
「話って……何?」
佳菜ちゃんは真剣な目つきで言った。
「驚かないで」
「うん」
「正直に答えて」
「う、うん……」
「私も絶対、口外しないから」
「うん……」
なんだろう。もしかして、恋の話?
ドキッ、と私の心臓が震えた。まさか……。気づかれてはいないはず。だって、それがわからないように私はなるべく、平静を装って生活してきたんだもの。表向きには、誰にもわかることのないように。
だけど、彼女は鋭かった。
「玲菜ちぃさ……」
次の言葉を聞いて、私は頭が真っ白になった。
「宮部先輩のこと……好き、だよね?」
え……?
何?
いま、なんて言ったの?
佳菜ちゃん……。
「……。」
「どうなの?」
ダメだ。この子にいま、ウソをつくべきじゃない。ウソをついても、この子は絶対そのウソを見抜いてしまうに違いない。
私は小さくうなずいた。
「……私」
でも、自分から積極的に言葉にして人に面と向かって言うのは、初めてだ。山崎くんには、感情が爆発して衝動的に言ってしまったから。
「宮部先輩のことが、好きなの」
「……。」
佳菜ちゃんが目を丸くした。
「……ビックリ、するよね」
私は自嘲気味に笑った。でも、佳菜ちゃんはすぐに笑顔になった。
「やっぱりね!」
「や、やっぱり?」
私は驚いた。もしかして、そんなにわかりやすかった?
「私、なんとなくだけど勘付いてたの。玲菜ちぃ、先輩に対する態度が何か、私たちと違うものがあったからね」
「……。」
突然だった。私の目からポロポロと涙がこぼれ始めた。それを見た佳菜ちゃんが驚いて私に駆け寄ってくる。
「どうしたの? わ、私なにかマズいこと言った?」
私は首を横に振る。
「違う……違うの」
私の口から、次々と不思議なくらい、本音が出た。
「どうして……他人にはすぐにわかってしまうのに、伝えたい人には……伝えたいことが伝わらないんだろうって思っちゃうと……すごく、悔しくて……」
佳菜ちゃんの反応が怖かったけれど、私はもう止められなかった。
「本当は言いたいのに、言ってしまうと宮部先輩と距離ができちゃうんじゃないかとか、皆にも変に思われちゃうんじゃないかとか、いろいろ考えちゃって……自分がもう、グチャグチャになっちゃいそうで……」
急に私の手を、佳菜ちゃんが握ってくれた。
「わかるよ」
え?
「なんて……簡単に言ってほしくないかもしれないけど、玲菜ちぃの気持ち……すっごくわかる」
佳菜ちゃん……。
「私も……好きな人いるんだ」
「そう……なんだ」
「でも、人を好きになるのに性別なんて……まぁ、関係ないんじゃない?」
「……本当にそう思う?」
「うん」
「どうして?」
佳菜ちゃんは少し寂しそうな笑顔でこう言った。
「私の好きな人……を、好きな男の子が、いたのを知ってるから」
ドクン、と心臓が鳴った。こんな偶然、あるだろうか。
おそらく、佳菜ちゃんの想い人はあの本堂先輩だ。偶然にも、本堂先輩を好きな男の子がいたことを、佳菜ちゃんは知っていた。その男の子と友達だったのは、山崎くん。こんなことって……。
「その子の気持ち……私も知っちゃってさ。言うに言えなかったんだ」
テヘッ、と佳菜ちゃんが笑う。その仕草は、どこか寂しげだった。
「ねぇ」
佳菜ちゃんが言った。
「好きな人に好きって伝えられるのは……ステキなことだよ」
「……。」
「だから、頑張れ」
「……うん」
知らなかった。
私、一人でこの想いをずっと募らせないといけないのかと思ってた。でも、違うんだね。
私は一人じゃない。
そう思えること自体、幸せなんだって気づいた瞬間だった。