40 踏ん切り
山崎くんと分かれた後、私はすぐに宮部先輩に電話を入れた。
『はい、もしもし?』
「あ……宮部先輩。私です」
『あぁ、玲菜ちゃん。どうしたの?』
「すみません、今日会ったばかりなのに」
『いいよ~全然!』
「あの……お願いがあるんです」
私は丁寧に説明した。秋に、市内の絵画コンクールがあること。課題が人物画であること。そして、私が宮部先輩を描きたいということを。
『わ、私でいいの?』
「いえ。むしろ、先輩で是非お願いしたいです!」
『……。』
「ダメ……ですか?」
『ううん! ちょっと緊張したけど、うん、いいよ!』
「ほ、本当ですか!?」
『もちろん! ねぇ、今度はいつ会える?』
「私は基本暇なので……先輩の都合の良い日に」
『本当? それじゃ……あぁ、練習あるからお盆の頃になっちゃうけど平気?』
「全然問題ないです!」
『じゃあ、8月の13日でお願いしようかな!』
「はい! 私もよろしくお願いします!」
『いえいえ。じゃ、またよろしく~』
「はい! 失礼します」
私は電話を切った後、すぐに絵の具のチェックをした。
「あ~……切れそうな色が何色かあるな。明日にでもまた買いに行かなきゃ」
ウキウキ気分でベッドに寝転がり、そのままいつの間にか眠っていた。
「ん……」
次に目を覚ますと、電気も点いたままだったことに気づいた。
「いけない! いま何時!?」
時計を見ると、午前3時を指していた。
「やだぁ! お風呂も入ってないのに……どうしよう」
ひとまず、階下に行きお風呂場を覗いた。どうやら栓は抜かれていないようだった。
「追い焚きすればいけるかな」
リビングでガスを点火し、すぐに追い焚きを始めた。
「……。」
鏡の前で自分の胸を見つめてみる。
「宮部先輩のほうが大きい……な……」
そんなことを考えていると、顔が熱くなってきた。
「もう! バカみたい。早く入って寝なきゃ」
とにかく急いで服を脱ぎ、浴槽に浸かった。
「ん?」
私はふと思い出した。
「まさか……先輩……」
不安になってしまうが、時間が時間だけにもう確認もできない。
「それはないよね! いくらなんでも……」
宮部先輩は天然で有名だ。でも、絵のモデルになる=ヌード……なんてことはいくら先輩でも考えないだろう。天然だからって、そこまで思考は行かないハズ。
「一応確認……しといたほうがいいよね」
万が一、ということもある。絵を描く場所は七海市役所の隣、市役所公園の噴水前と伝えてある。そこでヌードなんて考えには普通、たどり着かないけど念のため明日、確認を入れておこう。そう思いつつ私は浴槽から出て、頭を洗い始めた。
「おっはよー!」
私がテンション高めにフルートのパート練習部屋に入ると、佳菜ちゃんこと井上 佳菜とサキティこと大谷 沙希が目を丸くした。
「どうしたの? えらくテンション高いじゃん」
「それがねぇ、聞いてよ!」
私は一連の出来事を説明した。
「え! 柳原さんって……確かこないだ絵画コンクールで優秀賞もらってた、彼女?」
サキティが驚いて譜面を机の上に置いた。
「そうなの!」
「すっごーい! そんな子に、モデルになってって言われたの!?」
「そうなのー!」
サキティが耳打ちしてきた。
「まさかと思うけど……由美ちゃん、脱ぐとか勘違いしてない?」
「やっ、やだ! いくら私でもそんなこと思うわけないじゃない!」
「ですよね! 良かった~そこまで天然じゃないか!」
サキティは笑いながら楽譜をもう一度手にした。
「ん?」
佳菜ちゃんがジッと私を見つめている。
「どうかした? 佳菜ちゃん」
「いえ……なんでも」
「そう?」
「それより、ロングトーンしましょうよ!」
「うん……」
私はなんとなく、佳菜ちゃんに違和感を覚えながら楽器を手にした。
練習後、昇降口に行くと玲菜ちゃんがいた。
「あれ? どうしたの? 美術部?」
「いっ、いえ! あの……確認しておきたいことがあって」
「何?」
そういうなり、玲菜ちゃんは小動物みたいにトコトコ駆け寄ってきた。
「あの……、モデルなんですけど……その……ヌ……」
それだけで言わんとしていることがすぐにわかった。
「やだなぁ、もう! 玲菜ちゃんまでそんな風に思っちゃって~」
玲菜ちゃんは真っ赤になった。
「す、すみません……」
「いいのいいの。聞きたいことって、それだけ?」
「はい!」
「そ! じゃ、私ちょっと急ぐからまたね」
「はい!」
玲菜ちゃんは小さく手を振って私を見送ってくれた。昇降口を出るとすぐに、佳菜ちゃんに会った。
「あれ? どうしたの?」
「いえ。ちょっと人を待ってるんです」
「そうなんだ? じゃ、また明日ね」
「はい! 失礼します」
私は何も考えずに、いつもどおり佳菜ちゃんに手を振って学校を後にした。