39 俺だから、わかる
気まずい沈黙が続いた。山崎くんは私の肩を両手で掴んだまま、呆然としていた。無理もないと思う。私は今、彼に宮部先輩が好きなんだと伝えた。つまり、女子が女子を好きなんだってことを、言った。
これは世間で俗に言う、レズだ。
私だってそんなことは百も承知だった。それを承知で私は彼に言ったのだ。
「……ビックリした?」
山崎くんは何も答えない。
「軽蔑した?」
私はそう言って山崎くんの手をそっと離した。
「ゴメンね? そういうわけで私……普通じゃないから、山崎くんとは付き合えない」
「……。」
しばらく考えたのか、山崎くんはこう呟いた。
「わかるよ」
……はい?
「お前の気持ち、よく……わかる」
何? 同情ですか?
いらないんですけど。そういう、うわべだけの同情なんて。
「そんなに……気安く気持ちがわかるなんて言わないでよ!」
私の大声にビクッと山崎くんが体を震わせた。
「わかってるわよ! 自分が普通じゃないことくらい。普通ならさ、イケメンって言われる三宅くんとか、私に告白してくれた栗山くんとかと付き合うべきなんだろうけど。仕方がないじゃない! 私、宮部先輩を好きになっちゃったんだもん! この気持ちがもう、どうしようもないくらいになったんだもん!」
一気にまくし立てた。他人に気持ちをぶつけ、感情を爆発させたのはこれが初めてだった。
「わかる? 私の気持ちがわかるんだ! へー? どうして? 山崎くん、ひょっとしてエスパーか何か? ふぅん、スゴいスゴい!」
悔しい。今まで誰にもこの気持ちを理解してもらえなかったから、急にわかるなんて言われてもっと悔しくなった。
「何よ! 本当は気持ちが悪いんでしょ? ハッキリ言ってよ!」
「わかるよ!」
次の言葉を聞いて、私は何も言い返せなくなった。
「俺も同性に告白された人を知ってるんだ!」
「……え?」
「……キッカケは、俺が作ったんだ」
カナカナの鳴き声が響き渡る。
「……どういう、こと?」
山崎くんが笑った。
「お前なら絶対に聞き返してくると思ったよ」
山崎くんは淡々と話を始めた。
「柳原、俺の出身中学知ってる?」
「北松中学……だよね?」
「当たり」
山崎くんのこのちょっと悪ガキっぽい笑顔が好きという女子は、本当に多い。
「北松中学出身の、1年上の先輩がいるんだ。お前だけにしか言わないけど、吹奏楽部のお前の想い人の、男子の同級生だ」
私の脳裏には4人の先輩の顔が浮かんだ。
佐野先輩。川崎先輩。水谷先輩。本堂先輩。
だけど、佐野先輩は大阪出身。水谷先輩は私や宮部先輩と同じ、葉島中学。川崎先輩は波里中学。つまり、北松中学出身なのは、本堂先輩ということになる。これらは全部、宮部先輩から教えてもらった。
「俺……本堂先輩とは、家がお向かいさん同士なんだ」
「そうなんだ……」
「それで、小学校の時に俺の幼なじみも交えてよく遊んでたんだけど。その幼なじみが、本堂先輩が中学卒業間近になった途端に、久しぶりに俺の家来てさ。本堂さんに久しぶりに会いたいって言うんだ」
「……その子、卒業したら会えなくなると思ったのかな?」
「違う。ソイツが、引っ越すって言ったんだ」
会話が途切れた。そこから先は、わかる。私だって、その子のようにする。別れる前に、告白する。
「でも……」
山崎くんの顔が曇った。
「本堂先輩……その時、付き合ってるような人がいたんだってさ」
「え……。それじゃあその子は」
「言えなかったって」
「……。」
生ぬるい風が私と山崎くんの頬を撫でていく。湿気がいっぱいあって、ちょっと不快。でも、日陰にいる分、まだマシかもしれない。
「でもアイツ、最後にこう言ったんだ。ありがとな、琴弥。俺のこと、気持ち悪がらずに、普通に接してくれて」
「……。」
「そのまま、アイツは転校した。でも、もっとビックリするようなことがあった」
「何?」
「本堂先輩、付き合ってる人なんていなかったんだ」
「……それじゃあどうして、その子は?」
山崎くんは寂しそうに言った。
「多分、断られると思って結局、言わなかったんだ」
「……。」
山崎くんが寂しそうに呟いた。
「性別なんて……好きになれば関係なさそうだけどな」
「……。」
「だから」
山崎くんの体操で鍛えたちょっと太い腕が、私の手に伸びる。
「俺はお前の背中を押してやりたい」
「押す……?」
「あぁ。俺はアイツの背中を押してやれなかった。アイツを、大事な気持ちを伝えるという気にさせてやれなかった。それがすごい、心残りだ」
「……。」
不意に山崎くんの顔が優しくなった。
「だから、俺はお前が、想い人にその想いを伝えてくれるまで、お前を見守ってるから」
「……。」
「約束」
そう言って山崎くんは、私と無理やり指きりげんまんをした。
「ありがとう……」
私は涙がこぼれ落ちるのを我慢できなかった。山崎くんの手の甲に、私の涙がいくつもいくつも、こぼれ落ちていった。