38 熱血漢のエール
いま、何時なんだろう。
そんなこともわからないくらい、時間が経った。外はもう薄暗くなってきている。砂場で遊んでいた子供たちも、お母さんに連れられて帰っていった。
私は、宮部先輩とラパウザで別れてから、この公園に来た。
(私……三宅くんのことが、好きなの)
その後の話は全然覚えていない。どういうキッカケで好きになったとか、応援してほしいとかいろいろ言われたけど、私は人形みたいにうなずきながら「そうなんですか!」とか「いいですよ!」とかありきたりな答え方しかできなかった。
「……。」
涙が何度も、何度もこぼれてきた。普通で考えてみれば、宮部先輩が三宅くんを好きになるのは当然の流れというか、普通の流れだ。異性を好きになるのが普通。
私は、普通じゃない。
そう言われている気がした。
涙を拭いても拭いても止まらない。どうしようもないこの気持ち。もう、涙を拭くのも嫌になりそうになったときだった。
「柳原?」
聞き慣れた声。私は涙を袖で思い切り拭ってから、振り向いた。
「山崎くん……」
山崎くんがいた。
「どうしたんだよ。もうすぐ暗くなるのに」
山崎くんは人懐っこい笑顔を浮かべて私の隣に座った。
「うん……まぁ、ちょっと。山崎くんはバイト、終わり?」
「おう。今日は上がった」
「そっか……」
沈黙が続く。どこかでカナカナが鳴いていた。
「あのさ」
山崎くんが言った。
「ゴメンな」
突然謝られても……。
「何が?」
私はその謝罪の意味がわからず、彼に聞き返した。
「聞いたんだ」
気まずそうな顔で言う山崎くん。
「お前と、先輩の会話……」
……。
そうなんだ。
「先輩……好きな人、いるんだな」
「……うん」
「お前も、だろ?」
その言葉にドキッとして顔を上げる。山崎くんの顔が、とても真剣だった。けれど、夕陽の逆光で少しぼやけている。
「お前も好きな人、いるんだろ?」
「……。」
ガシッと山崎くんが私の肩を掴んだ。
「どうなんだ?」
「……いるよ」
「そうだろ?」
山崎くんは真剣な表情で続ける。
「ここからは俺の想像だ。お前は答えなくていい」
一気に山崎くんがまくし立てた。
「お前と、宮部先輩。好きな人が一緒だったのか? それで、お前は気を遣ってしまった。私より、宮部先輩と……俺、聞こえたから言うけど、みーやんのほうがカップルとしてピッタリ来る。お前、そう思ってるんじゃないか?」
少し違う。けど、ニュアンス的には間違ってない。私と宮部先輩が恋人同士になるなんて、常識的には受け付けてもらえない話。だったら、私のこの気持ちを押し殺して、二人に仲良くなってもらったほうが、ずっといい。あの話を聞いた瞬間、私はそう思った。
「お前、そんなことでお前自身の大事な気持ちを、ナシにすんのかよ?」
「でも……」
「わかる。お前の言いたいことはこうだ。先輩との友情も大事にしたい」
どうして山崎くんにはここまでわかるんだろう。
「でもどうだ? もしも何かの拍子に、宮部さんがお前の気持ちを知ってしまったら。知らず知らずのうちに、先輩は自分がお前を傷つけていたと知ったら。もしも俺がそんなことをしてしまったら、なんて言えばいいかわからなくなる」
いま、気づいた。
ここまで気持ちを読む山崎くん。きっと彼も、そんな経験をしたのかもしれない。
「そんなことになったら、どうして黙ってた?っていう話になるだろう? そうなる前に、お前はお前で、しっかりとお前の気持ちをしっかり、踏ん切りつけろ!」
「……でも、絶対に無理だもん」
「無理なんかじゃない!」
その大声に私はハッと目が覚めたような気がした。さらに続いた言葉に、私は愕然とする。
「いいか? よく聞け!」
「え?」
「俺は、お前が好きだ!」
「……!?」
山崎くんの声が誰もいない公園内に響く。
「俺はお前に想いを伝えた。お前も、自分のその中途半端な想いを全部、解消してこい! それから、俺へお前の気持ちを伝えてくれ。いま、この場で返事はいらない。お前がお前自身の気持ちをしっかりと、伝えてからじゃないと俺は絶対、返事を聞かないからな!」
「……そんなの、無理だよ!」
「なんで頭ごなしに無理って決め付けるんだよ!」
山崎くんの顔が寂しそうなものに変わる。私の目から大粒の涙がこぼれ落ち始めた。それでも山崎くんは怯まない。
「言えよ! なんで無理って決め付けて……」
「だって!」
山崎くんに負けないくらいの大声で、私は産まれて初めてこの気持ちを他人に伝えた。
「私の好きな人は……宮部先輩なんだもん!」
「……え?」
公園内が静まり返る。
またどこかで、カナカナが鳴き始めた。