02 玲菜と由美子
「マズい……」
私は路頭に迷っていた。本日、七海高等学校の入学式。なのですが。私、柳原 玲菜は完全なる寝坊により遅刻をいたしました。お母さん曰く「入学式は出席点に入らないから大丈夫! お母さんも遅刻して行くから!」と。わけわかんない。
「えっと……広いなぁ、この高校」
そう。七海高校は最近、体育科なるものができて、校舎が改装されたんです。なので、体育館が2つあったり北館やら本館やら西館やらがあちこちにあって、グランドが2つもあって。新入生は迷うことも多いんだとか。
それがよりによって、私は入学式に遅刻して道に迷ってしまった。最低だ。案内表示に従って来たけど、どうもここは体育館には見えない。
「美術室……」
私、美術部に入りたいと思ってたんだ。落ち着いたらまたここに来たいな。場所を覚えておこう。
「あ……」
聞いたことがある音色。これは――フルートだっけ? 私は音色のするほうへ歩いていった。誰かがいるのだから、ついでに体育館の場所も聞けばいい。
「すみませ〜ん」
音楽室の戸をそっと開けると、綺麗な長髪の女子生徒がフルートを吹いていた。逆光で姿形しかわからないけれど、ちょっとドキッとした。同時にフルートの音色がやんだ。
「はい?」
「あっ……あの、体育館って……どこですか?」
「新入生?」
「は、はい! 遅刻してしまって……場所がわからないんです」
その女子生徒のスリッパは、青色。あぁ、先輩なんだ。ちなみに、私たちのスリッパはクリーム色。超ダサい。
「遅刻か〜。いい想い出じゃない、入学式に遅刻って」
「そ、そうですか?」
おもしろいなこの人。
「あ、私いまから体育館に行くの。多分ね、新入生は隣の柔道場で待ってると思うから、案内してあげる」
「ありがとうございます!」
「さ、行こう」
そういうと、先輩は手を繋いでくれた。
「……。」
綺麗な白い手。私と大違い。私の手は、若干色黒というかなんというか。生まれつきの肌の色だから、しょうがないんだけど。それに、この色だから別に悔やんだこともない。
「健康そうな手だね」
「へ?」
先輩が突然言った。
「小麦色の、健康そうな手」
そんなこと初めて言われた。
「ヤ……ヤダ。私、この手あんまり好きじゃないんですよね」
「どうして?」
どうして? どうしてだろう。
「……私、先輩みたいな色白の手に憧れてるんです」
正直な言葉だ。女の子らしい手がいい。
「そうなんだ」
あっさり流された?
「でも」
そうでもない?
「せっかく、自分らしい雰囲気を持って生まれたんだから、それを大切にすればいいんじゃない?」
「……。」
なんか、妙に説得力があるな。
「ね?」
「……はい」
「よし! じゃ、もうすぐ柔道場よ」
階段を上がって廊下を少し行き、柔道場に着いた。
「すみません。吹奏楽部の……」
肝心な部分が、新入生のざわめきで掻き消された。
「おぉ、そうか。君、こっちに来て」
「はい」
若い先生が私を呼ぶ。
「名前は?」
「柳原 玲菜です」
「柳原さんね……A組だ」
「はい」
私は振り返って先輩にお礼をした。
「ありがとうございました」
「いーえ。じゃ、また会えるといいね。ばいばい、玲菜ちゃん」
玲菜ちゃん。嬉しい。名前で呼んでくれた。私は小さく手を振った。廊下を歩いていると、先輩を呼ぶ誰かの声が聞こえた。
「由美ちゃーん! こっちこっち」
由美……。先輩の名前……?
「あ、ありがと! 助かっちゃった」
「どこ行ってたの?」
「新入生が迷子になってたから、案内してた」
「さっすが由美ちゃん。親切だね〜」
「まぁね〜! でさぁ……」
やがて、声が聞こえなくなった。私は、声が聞こえなくなるまで呆然と立ち尽くしたまま、ずっと廊下を見つめていた。
入学式が始まった。この学校、一応吹奏楽部があるみたいだけど、規模は小さいみたい。でも、演奏はしっかりしてる。入場のとき、由美さんの吹く様子は見えなかった。
「新入生が退場します」
起立!の号令に合わせて全員が立つ。隣の子は――ずいぶん大きい子だな。高校になると名札なんかないから、名前はわかんない。行進曲に合わせて退場するとき、由美さんと目が合った。
「!」
小さく手を振ってくれた。私のことを、これだけいる新入生から見つけてわざわざ手を振ってくれたんだ。スゴく、嬉しかった。私も小さく、手を振り返した。
「知り合い?」
隣の大きな子が話し掛けてきた。
「あっ……私、遅刻しそうになって、あの先輩に案内してもらったんです」
「ふぅん……」
なんで急に話し掛けてきたんだ、この人。
「あ、ゴメン。俺、三宅 亮平っていいます。君と出席番号同じの、17番。ヨロシク」
「私、柳原 玲菜っていいます。よろしくお願いします」
「柳原さんね。よし……」
何がよかったんだろう。よくわかんないや。
教室へ行ってからは、野外活動の案内が早速配られた。4月13日、14日にかけて行われるこの行事は、新入生同士で交流を深め、友人を作ることが目的だ。なので、クラスの生徒は担任の先生によってランダムに混ぜられ、班を作られている。ちなみに、このクラスの担任は市川 大地先生。自己紹介では32歳で既に結婚して男の子と女の子が一人ずついるらしい。
私は配られた班員名簿を見た。自分の名前はどこにあるんだろう。
【5班】
M12 戸口 誠 F14 藤岡 知未
M15 日高 優 F15 堀口美沙子
M17 三宅 亮平 F17 柳原 玲菜
「あ……三宅くんだ」
さっき話した三宅くんがいる。ちょっと安心した。知っている人(そこまで親しくはないけど)がいると、安心だな。楽しい旅行になるといいな。私はそう思いながら、早く野外活動の日が来てほしいなと考えていた。