34 俺のかけがえのない人
「あ……」
すっげぇ雲の色をしているな、と思う間もなくすっごい雨が降ってきた。リョウなら間違いなく来てくれると俺は信じて、ずっと待ち続けてはいたけど、さすがにこの雨だと俺も我慢できない。
俺は森の中を移動しながら、リョウが俺にする話がいったい何なのかを想像していた。ひょっとして、俺の思いに気づかれたのだろうか。むしろ、今まで気づかれなかったのが奇跡に等しいくらい、何度も危機的な場面はあった。リョウは鋭いから、とうとう気づいてしまったのかもしれない。
森の中とはいえ、この夕立だ。大粒の雨は容赦なく俺の体を濡らしていった。
「寒い……」
7月とはいえ、長時間雨を浴びていると体が冷えてきた。山の中ということもあり、空気が冷えてきた。
「ックショイ! あ~……」
さすがにクシャミが出だすとマズい気がする。俺は辺りを見渡した。こういう山道には途中で休憩スペースとかがあるはずだ。もう少し移動すれば、電車の音も聞こえているのでおそらく街中に出るだろう。
「おっ! 発見~」
予想どおり。橋の向こうに休憩所のような屋根があるのを見つけた。
「ラッキーだな。きっと、リョウもいずれここを通るさ」
なんてラッキーなんだろう。リョウと同じ部屋になれて、旅行できて、おまけにこうやって呼び出されて。たとえ、この呼び出しが俺に対するバッシングのようなものでも俺は構わない。そうなっても、また関係を修復すればいいんだから。
「あれ?」
ところが、橋の手前でとんでもないことが発覚した。
「マジかよ……」
橋の中央に穴が開いていて、通行禁止になっていたのだ。
「別ルートは……こっちか」
ちょっと急な山道になる。どうやら旧道のようで、あまり整備はされていなかった。でも、何人も通った形跡はあったので俺はなんのためらいもなくその道へ足を踏み入れた。ちょっと急だけど、大丈夫。足元に十分気をつければいい。
「おっ!」
意外と眺めがよかった。俺たちの泊まっている旅館とは反対側の景色がよく見えた。
「ここいいじゃん」
そんな気の緩みがいけなかったのだろう。
ズルッ!と嫌な音がした。
「え……?」
宙に浮くような感覚。ちょうど、ジェットコースターが落ちるような瞬間……。
「うあああああああああ!」
派手に5メートルほど滑り落ちた。景色があっという間に木の枝や茂みの中に変化する。
「痛ってぇ~……」
ちょっと腰は打ったけど大丈夫。たいしたケガはしていない。
「参ったな……。上がれるかな……痛っ!」
足首を捻ったみたいだ。激痛が走って、とてもじゃないけど走るどころか歩くのも苦痛だ。
「やばい……。携帯、携帯」
リョウか誰かにとりあえず電話を掛ければいい。
「あっ!」
今の転落と俺のシリの重みで、どうやら携帯電話を踏み潰してしまったらしい。ディスプレイが真っ暗で、亀裂が真ん中に走っていた。
「サイテーじゃん……」
これで外部とも連絡が取れなくなった。俺がここに来ているのを知っているのは、リョウだけだ。
「大丈夫……。きっと、助けに来てくれる」
俺はそう信じて、体育座りをしてリョウを待つことにした。リョウと柳原。まこっちゃん、琴弥、優っち。前橋に藤岡、久遠、畔上。きっと、誰かが俺の不在に気づいて駆けつけてくれるかもしれない。いつか、絶対……。
「はぁ!? 置手紙して、賢斗を呼び出した!?」
遥子が山崎くんの大声に驚いて体を縮まらせた。
「なんでそんなことを?」
戸口くんも遥子に問うが、遥子は口を割ろうとしない。
「話聞いてんのかよ、久遠!」
それでも遥子は口を割ろうとしなかった。
「お前らもグルなんだろ? 菅原! 枝野! 場所を言え!」
山崎くんは真っ赤になって怒鳴り散らす。萎縮した3人は口を開こうとしない。
「み、三宅くんはどこへ行ったの?」
変わりに私が遥子に聞いてみた。
「……。」
「遥子! 早くしなきゃ、何かが起きてからじゃ遅いのよ!?」
「何かって……。別に何も起こりゃしないわよ」
「なんでそう言えるの?」
「だって……私が指定した場所、ただの公園だもの」
「どこの?」
遥子が観念した様子で呟いた。
「諏訪公園……」
「行くぞ」
すぐに立ち上がったのは、日高くんだった。
「優っち?」
「みーやんも傘なしだろ? 俺たちも行ってやんないと。賢斗、ビショビショだろうし。みーやんだって」
「……そうだな」
戸口くんが続いた。不意に、宮部先輩の姿が浮かんだ。もしも、三宅くんがどこへ行ったかわからない、なんてことが宮部先輩に伝わったりしたら……。もちろん、宮部先輩と関係があるのは私以外に戸口くん、日高くんがいたけど、二人からも宮部先輩にそんな話をすぐにするとは思えなかった。
でも、万が一そんな話が伝わったら、きっと宮部先輩だって七海市からでも駆けつけるかもしれない。
「私も」
好きな人が心配する顔を想像するだけで、いても立ってもいられなくなった。
「私も、行く」
雨が激しくなってきた。
「賢斗! 賢斗!?」
賢斗が通ったかもしれない場所を通って、俺はあちこち探し回った。諏訪公園には、賢斗の姿はなかった。諏訪公園を過ぎ、山道を駆け抜けていく。
「いねぇ……」
寒い。7月なのに結構気温が下がってきてるみたいだ。
「賢斗!」
賢斗!という声がこだまして響いていく。
「おーい!」
おーい!という声がまた響いていく。
「クソッ!」
とりあえず、ガムシャラにでも探すしかなかった。10分ほどすると、休憩所のような場所にたどり着いた。
「賢斗?」
そこにも賢斗の姿はない。
「どこ行ったんだよ……」
ひょっとしたら旅館に戻っているのかもしれない。この大雨だ。賢斗のことだから、その可能性だってあるだろうと思った。
「携帯なら通じるだろ」
俺は急いで賢斗に発信してみる。しかし、聞こえてきた音は無情なものだった。
「現在、この電話は電源が入っていないか、電波の届かないところに……」
「なんでだよ!」
ホテルにいれば電源を切る必要なんてないだろうし、そもそも騙されて行ったならそろそろ、俺に確認の電話とかを入れてもいいはずだ。賢斗は几帳面だから、きっとそうしてくる。それにも関わらず、一切の応答がない。
この山道でも、市街地に近いので電波は3本立っている。電波が届かない場所にいることも考えにくい。
「……通じない?」
携帯が壊れた?
通じないとなると、電源オフ、電波なし、それか携帯自体がお陀仏……。
「まさか……事故か?」
不意に意識が遠のきそうになった。嫌な言葉がグルグルと俺の頭を巡る。
行方不明。
重傷。
重体。
死……。
「ありえない!」
俺はもう一度心の限り叫んでみた。
「賢斗!」
すると、川を挟んで反対側から「みーやーん!」という声が聞こえてきた。
「琴弥! まこっちゃん! 優っち!」
「柳原もいるぜ!」
「賢斗は!? 見つかったか!?」
俺はすがりつきたい思いで琴弥に聞いた。
「とりあえず俺たちはお前に追いつくために走ってきた! こっち側は未確認だ。こっち側を探そう!」
「わかった! すぐそっちへ行く!」
「待って!」
柳原が叫んだ。
「何?」
「橋が……通ったら危ないっていう看板が立ってる」
柳原の言葉に俺たちが視線を移すと、確かに通行禁止の看板。
「ボロい橋だな! 直しとけよ!」
琴弥がキレてかかった。
「大丈夫。こっちに旧道があるから、そこから行く」
「気をつけてな!」
まこっちゃんの言葉を背に、俺は慎重に旧道の登山道を上がっていく。
「よし……」
慎重に今度は降りる。
「……。」
ふと、先ほどの光景が蘇った。俺がまだ通っていない場所にも、足跡がある。しかも、俺の来たほうへと続く足跡。
「……。」
振り返ると、その足跡が途中で途切れていた。
「!」
「お、おいみーやん!?」
「ちょっと……足跡が途切れてる場所がある!」
「え!?」
「降りてみる!」
まこっちゃんたちが止めるのも聞かず、俺は必死にその場所へ向かった。植物が何かに踏まれた跡が続いている。しかも、ここ最近できた跡だ。
「頼む……!」
慎重に降りていくと、その姿がハッキリ見えた。
「け……賢斗!」
賢斗の服だった。




