33 悪意の手紙
「あれ……?」
部屋に戻ると、亮平がいなかった。その代わりというわけではないけれど、亮平のいた場所に手紙みたいな白い紙が置いてあった。
諏訪公園で待ってる。
それだけの短い文章だった。
「……。」
それだけなのに、俺の心臓がドキドキする。諏訪公園とは、旅館からそう離れていない場所にある、公園だ。
俺は気が付けば、旅館を飛び出していた。亮平が待ってくれている。その期待に胸を膨らませて、俺はもう一心不乱に公園を目指していた。
公園に着いた。けれども、誰もいなかった。
「……まだ、着いてないのか?」
とりあえず、待つことに決めた。けれど、待てども待てども亮平が来る気配がなかった。
「……。」
携帯電話を取り出す。亮平に発信するけど、電話は鳴るだけで応答がない。やっと繋がったかと思うと、留守番電話サービス。少しおかしいとは思った。だけど、亮平の言葉を俺はいつも信じている。
亮平はきっと来てくれる。そう、信じていた。
「ね、ねぇ……遥子」
英理子が私の服の袖を引いた。
「何よ」
「夕立……来そうよ」
英理子の言葉に菜穂、文香も空を見上げる。重々しい雲がズッシリと空一面に広がっていた。遠くからゴロゴロと音がしている。
「一雨来るかなぁ……」
菜穂が心配そうに呟いた。
一瞬、期待でいっぱいの表情を浮かべて公園へ向かう大澤の顔が浮かんできた。夕立が降れば、いくらなんでも大澤も帰って来るだろう。私が望んでいたのは、大澤が三宅くんにちょっとでも幻滅してくれるだけでよかった。本当に、それだけだった。
「うわ!」
文香が声を上げた。パッと見上げると、大粒の雨が降ってきた。
「やだ! 濡れちゃう濡れちゃう! ちょっとそこで雨宿りしようよ!」
英理子の後に続いて、私たちは近くのコンビニエンスストアへ駆け込んだ。
「ふぃ~……参ったね」
菜穂がクスッと笑う。うん! やっぱり菜穂は笑顔じゃないとね。
「ねぇ」
菜穂が続ける。
「どうせなら、三宅くんに迎えに来てもらおっか!?」
え……?
「いいねぇ! それ!」
まぁでも問題はない。三宅くんだけなら、全然問題ない。むしろ、好都合だ。私が諏訪公園のほうへ誘導して、三宅くんは大澤よりも私たちを優先した。いつまでも自分が構ってもらえるなんて思っていたら大間違いなんだから。
「菜穂、電話しちゃいなよ! チャンス、チャンス!」
私はグイグイと菜穂の体を押して電話するように促した。菜穂は赤くなってうなずきながら、携帯電話を取り出して発信した。
「もっ、もしもし?」
三宅くんの声だ。ドキドキする。
「おう? どうした、畔上」
「い、今ね、ちょっと女子で外へ出てるんだけど、雨に降られちゃって」
「お~。そうだな。すっげぇ雨だ」
「だから、悪いんだけど手が空いていたら迎えに来てほしいな~なんて……」
ど、どうだろう。断られないかな。
「おう、いいぜ」
心臓が飛び上がるかと思った。
「だけどさ、いま俺一人なんだけど」
……。
あれ?
「大澤くんと一緒に寝てたんじゃ?」
「寝てた?」
「うん……。遥子がそう言ってた」
「いや? 俺は菅原に言われて……ちょっとホテルのお土産屋さん見て回ってたんだけど」
「え、英理子に?」
英理子たちの顔が明らかに動揺していた。
「うん。賢斗と菅原たちでちょっと観光してくるって。あれだろ? 俺聞いたぜ~。枝野が賢斗のこと、好きだってこと!」
何を……。
三宅くんは何を言ってるの?
「待って……三宅くん……」
「うん?」
「ここに、大澤くんはいないんだけど……」
「へ?」
「……私たちしかいないの」
それを言った瞬間、電話が切れた。
「どういうこと?」
私は電話をカバンに押し込んで、遥子に詰め寄った。
「だって……だって! アイツ、み、三宅くんに……」
「何をしたって言うのよ!? 大澤くんと三宅くん、幼なじみなんだよ!? なんで……何をしたのよ!?」
「キスよ!? 男同士で! 信じられる!?」
遥子も、英理子も、文香も顔が真っ赤だった。私も顔が熱い。
「べ、別に私はそれをどうこうって思わないけど……」
「私たちは、アンタが大澤くんのこと好きだって言ってるから……応援してあげようと思ったの! なのに、なんなのよ大澤! ちっとも菜穂のことを考えないで……変な行動ばっかりして!」
「やめてよ!」
私は叫んでいた。
「確かに……確かに私、大澤くんのことが好き。でも、そのせいで彼や周りの人が傷ついたりするの嫌なの! 私は好きな人には……幸せでいてほしい」
涙がこぼれてきた。
「なのに……好きな人の大事な人まで騙して……」
もう、言葉が出なかった。
「賢斗!」
部屋を開けると、やはりもぬけの殻だった。
「クソッ……どこ行ったんだ?」
部屋の中央に、何か白い紙が落ちていた。俺はそれを拾い、広げてみた。
「諏訪公園で……待ってる?」
俺の字に似せた、女子の字でそう書かれていた。
「……!」
諏訪公園。賢斗はそこにいる。
俺はそう確信して、走った。




