32 縮まる距離
メールを受信した。
宮部先輩だった。
『三宅くんから聞いたよ~? いま、旅行に行ってるんだって☆』
三宅くんがいるからこそ、私と宮部先輩はいま、繋がっているような状態だ。三宅くんには感謝しないといけないのに、宮部さんと接点がある三宅くんが時々、すごく羨ましくて、ちょっと腹立たしい存在になることがある。
わかってる。これは嫉妬だって。
三宅くんだって、そんなことを言われても困るというのが本音だろうし。なので、なるべく私はそういった感情を表に出さないようにしている。それに、普通に考えてやっぱり、女の子同士で恋人になるなんて、どう考えても無理。
漫画や小説では、ガールズラブとかボーイズラブとかあるけど、あんなの綺麗事だと思う。今は、同性愛っぽい雰囲気を出して売れてる芸人とかいるけど、私、あんなの認めたくない。ホモッぽいとかレズッぽいとかを売りにして(本当に売りにしているんじゃなくて、カミングアウトして認めてもらっている人も一部だけど、いる。それは認める)、笑いを取っているのがすごく、腹立たしい。
今の日本では、同性を好きっていうと、とても気持ち悪がられるのが本当のところだ。それは、大澤くんと三宅くんの事件を見ていれば、誰だってわかることだった。
宮部先輩はどうだろう。自分が女の子に好かれているって知ったら、どんな反応をするだろう。嫌な顔をするだろうか。とりあえず受け入れる形にしておいて、自然と距離を取るだろうか。
どんな行動を取っても、私は宮部先輩を責めることはできない。ただ、信頼している人に裏切られたという気持ちだけが、私の心の中に積もっていく。ただ、それだけだ。
ハッと気づいて、返信を早くしようと思った。なるべく、メールの時間は空けたくない。私だったら、変なこと打ったかな?とかいろいろ気にしてしまうから。
『はい! 今は自由時間にしているんですけど、もうすぐしたら、ちょっと外へお買い物に出ます☆』
私たちが今来ているのは横須賀市。七海市からそんなに離れていない、港湾都市だ。結構気軽に来れる場所で、時間もお金もそんなにかからない。高校生だけの小旅行にはピッタリだと私は思う。
すぐに返信が来た。
『いいなぁ! 私も行ってみたい。近くに住んでいれば住んでいるほど、案外知らないコトって多いもんね(^^;)』
なるほど。これは人にもいえることだろうな。近くにいればいるほど、かえってその人のことを知らない。家族でもそうかも知れない。私の家族は、私がいま女の子に恋をしているなんて、ちっとも知らないだろうな。
『何かお土産買って帰りましょうか? 三宅くん通して渡しますよ(笑)』
こうやってまた返信したら、思いのほか速いタイミングで返事が来た。
『本当!? じゃあ……海軍さんのカレー、お願いしようかな♪』
『了解です☆ 三宅くんに言って、渡しておきます』
すると、また速い返信。まぁ、私も同じくらいのスピードだけどね。
『ううん。いいや。直接、会って渡してもらえる? 私、柳原さんからいろいろお話聴きたいし☆☆』
「え……」
ドキッとした。わざわざ、私に会って話してお土産まで渡してほしいって言ってくれた。
「キャ――! ど、ど、どうしよぉ!」
私は思わずテンションが上がって、部屋の中をのた打ち回ってしまった。顔が真っ赤になる。もうすぐ夏休みだから、そうそう会えなくなると思っていた途端、これだもの。本当に困っちゃう。
と、とりあえず落ち着いて返信しよう。なるべく、変にならないように。
『了解しました! じゃあ、また先輩がクラブでお忙しくない日にしましょう?』
またしても素早い返信。メールボックスを開くと、実に良い感じの答えが返ってきていた。
『わかった! また空いてる日をメールするね。柳原さんは、いつでも大丈夫?』
『はい。大丈夫です☆ 先輩のご都合の良い日でお願いします!』
『了解です~♪ それじゃあ旅行、楽しんできてね!』
そこでメールは終わった。
「ふ~……。あれ?」
旅館の入口を見ると、誰かが出て行くが見えた。その誰かは他でもない、大澤くんだった。
「大澤くん……どこ行くんだろう?」
一人、大澤くんが横須賀駅のほうへ歩いていくのが見えた。今は自由時間だから、確かに一人でどこかへ行っても不思議ではないけど。カバンも持たずに外へ出るのも、ちょっと変だと思った。
「大澤くーん! どこ行くの~?」
私は大声で言ったつもりだったけど、すぐ後ろを通る横須賀線の電車の音に私の声はかき消されて、彼には聞こえなかったみたいだった。
「ま……いっか」
私は窓をゆっくり閉めて、ちょっとお土産を見に外へ出ることにした。
「ねぇ……本当に良かったのかな?」
英理子が心配そうに聞いた。
「大丈夫よ。筆跡は菜穂のものソックリにしておいたんだから」
「そうじゃなくって……。大澤くんに何かあったら……」
「大丈夫だって。念のために英理子と文香に偶然装って来てもらって、良かった。私ひとりじゃ、いろいろと大変だからね」
「うん……」
「それじゃ、後で食堂で偶然装って出てきてね。それで全部、違和感はなくなるから」
「わかった……」
「それじゃまた後でね」
「うん」
英理子と文香が出て行く。隣の部屋のドアがバタン!と音を立てて閉まった。私は大澤が出て行くのを少し冷めた目で見つめて、思わずクスッと笑ってしまった。
「遥子?」
危ないところだった。菜穂が帰ってきた。
「うん? なぁに?」
「外に誰かいるの?」
「どうして?」
「なんとなく。ずっと遥子、外見てたから」
「ずっとって……そんな長い時間でもないわよ?」
「そう?」
「それより菜穂。気分転換に、外出ない?」
なるべく、アリバイを作っておかないと。
「あ、いいかも」
「じゃあ、行こう行こう!」
「あ、あのさ……大澤くんと三宅くんも、誘っていい?」
「……。」
無駄よ、菜穂。大澤は今、呼び出されて外へ出てるからね……。
「さっき誘ったんだけど、返事ないから見てみたら、二人とも寝てるのよぉ」
「え? 寝てるの? もう?」
「何だか疲れたみたい。だから、そっとしておきましょ?」
「そうだね……」
ゴメンね、菜穂。
でも私、あんな男、菜穂には合わないと思うよ。
それに今、菜穂にヒドい思いをさせたあの大澤はきっと……。
罰を受けて当然よ。あんな、周りを取り乱させる男……。
当然なんだから……。