29 俺なんかを……?
「あ……ゴメン! 待った?」
亮平が焦った様子で俺のほうへ駆け寄ってくる。私服の亮平、久しぶりだ。ドキドキする……。
もう、季節は7月上旬。半袖じゃないと、とてもじゃないけどやっていけない。けど、半袖だと俺がやっていけない。
亮平の格好が、タンクトップだ。それに、カーゴパンツなんか履いて、ちょっとこう、脛の辺りが見えてる。タンクトップのせいで、ほとんど上半身は丸見え。腕と、なんていうんだっけ……ほら、えっと……。ヤバい。混乱してる。あぁ、鎖骨……が見えて、エロい。
違う!
今日は亮平と買い物だ。
何の買い物かって? 実は俺たちは、この夏休み前にちょっとした小旅行へ出かける。クラスである程度親しくなってきたので、その絆をさらに深めようってわけ。いいと思わない?
亮平とは幼なじみだけど、俺は亮平の全部を知っているわけじゃない。知らないところだってたくさんある。何時に寝て、何時に起きて、今はどんなパジャマを着ていて。今は布団で寝てる? それとも、ベッド?
ほらね。知らないことはたくさんある。幼なじみって言っても、こんな感じだ。
「賢斗?」
「え?」
「どうしたんだよ。ボーッとしちゃって」
「いやいや! そんなことないよ」
「だったら、その足……」
「え……あ――!」
泥だらけの水たまりに、俺の足がドップリ浸かってる! うわぁ! もう、どうすんだよぉ。靴の中に染み込んじゃって……あーあぁ……靴下もビショビショだ。
「ヒー! もう最低だぁ……」
「落ち着けって。とりあえずさ、そこの公園行こう」
七海市商店街の北側、小田急電鉄七海駅の中央広場がある。そこへ俺と亮平は一緒に行った。
「ちょっとそこで待ってろよ」
亮平が俺をベンチに座らせるだけ座らせて、すぐに立ち上がった。
「え? ちょ、どこ行くんだよ?」
「すぐに戻るから」
亮平の姿がどんどん遠のいていく。仕方なく、俺はおとなしく待っておくことにした。蝉の鳴き声が聞こえる。ミンミン……ジージー……いろんな蝉がいるんだな、なんてことを考えていたら、明らかに蝉の声とは違う声が聞こえてきた。
「あの……大澤賢斗くん、ですよね?」
ふと目を開けると、見たことのない女の子がいた。
「そうですけど。何か?」
「あの……えっと……私のこと、知らない?」
えぇ? そんなこと言われたって……。
「そ、そうだよね! だって……仕方ないよね」
よく見ると、なんと七海高校の制服を着ている。そんでもって、学年バッチの色が俺と同じ色だ。ってことは、俺と同じ学年?
「ごめんなさい。俺、よく君の事知らなくて……」
「いえ! 構わないんです……。あの、私、畔上 菜穂って言います。七海高校の1年H組です。教室遠いから、大澤くんは私のこと、知らないだろうけど」
ホントごめん。俺、知っててG組までだった。
「う、うん。それで、畔上さん? どうしたの?」
「あ……えっと、その……!」
畔上さんは真っ赤になった挙句、突然俺の前に手を差し出した。その手の中には、手紙が握られている。
「わっ、私……あなたが好きなんです!」
「……へ!?」
「手紙に、気持ち書いてきました! 読んで下さい……。返事は全然急ぎません! なんだったら、夏休み明けでもいいくらいで……。で、でも、返事はください! イエスでもノーでも、必ずお願いします!」
そう言うとすぐに畔上さんは走って行ってしまった。
「あっ! あ……」
やがて、蝉の鳴き声だけがまた戻ってきた。
心臓がドキドキしてる。亮平の隣にいるときとは違う、心臓の音だ。
「おーい! 賢斗」
亮平が戻ってきた。俺は慌てて手紙をカバンにしまい込み、何事もなかったように亮平を迎えた。
「おかえり! どこ行ってたんだ?」
「ゴメンゴメン! ほら、これ……」
そう言って亮平は箱を差し出した。
「何? これ」
「いいから、開けてみろよ」
「うん」
開けてみると、以前から欲しかった青いスニーカーが入っていた。
「りょ、亮平!? これって……」
「やるよ!」
「ちょ、ちょっと待った!」
だってこの靴、6000円くらいしたぞ!?
「知ってるよ、俺この靴の値段! 6000円くらいしたんじゃ……!」
「いいから、いいから! お前の誕生日プレゼントなんだ、これ」
「え?」
「ちょっと遅くなったけど。だってお前、全然学校来ねーんだもん」
俺の誕生日は7月7日。今日は7月12日。
「……あ、ありがとう」
ヤベェ。俺、顔が真っ赤だ。
「どういたしまして!」
嬉しい。亮平からプレゼントだ……。
けど。
畔上さんからの告白。どうしよう……。
俺の気持ちが揺らぐ。俺はどうしたらいいんだろう?
どうしよう……。