28 好きだから、嫌い
――あぁ! そうそう。フルート。その中に好きな人、いるだろ?
――うん
栗山と柳原の会話が、頭から離れない。もう、昨日の話だっていうのに、俺の頭から離れてくれない。
マジかよ。マジかよ。
ウソじゃねぇの?
そういう言葉がグルングルン、俺の頭を巡っていく。
イライラする。なんで、こんなにイライラしてるんだ、俺。
落ち着け……落ち着け……落ち着け!
ダァン!
「ど、どうした? 三宅」
国語担当の岩崎先生が目を丸くしている。中年男性の少し白髪混じりの先生だ。温厚な先生で、滅多に驚いたり怒ったりしないが、このときばかりは驚いていた。
ハッと気づくと、クラスメイトの視線が俺に集まっている。いつの間にか机を思い切り叩きつけていたみたいだった。
「いえ……すいません……」
「調子悪いのか?」
「いえ! そんなことないです。すいません」
「そうか。じゃあ続きを始めるぞ」
岩崎先生の授業が続く。最近の国語は、言葉の意味というのをやっている。今日は熟語の構成。
「それでだな、熟語にはいろんなタイプのものがある。たとえば、強風という言葉があるだろう。これは、ただの風ではなく、強い風という風に、言葉を修飾している。つまり、はい、栗山。どういうことだ?」
「えっ!」
栗山が突然指名されて、焦ってる。コイツ、根っからの体育会系だもんな。ちなみに、クラスの違う栗山がどうして俺と一緒の授業かというと、これは現代国語演習という、クラスではなく科目別に各クラスから希望者が集まって受ける授業だから。
「しゅ、就職って……あれですか? 仕事見つけるってことッスよね」
ドッと笑い声が起きる。
「お前なぁ……今まで何を聞いてたんだ」
目の前の黒板に『修飾語』という言葉が書かれているのに、栗山と来たら天然というのか何というのか。
「まったく。それじゃあ大澤。答えなさい」
賢斗が立ち上がった。最近ようやく落ち着いた賢斗は、学校に再び来れるようになった。
「はい。えーと……」
張り切って立ち上がったはいいけど、ちょっと困ってるっぽいな。しょうがない。なんせ、2週間近く学校を休んだんだから。助け舟、ちょっと出すか。
「?」
目の前に何か、小さい白いのが落ちてきた。
(た・す・け・ぶ・ね)
隣に座っている亮平が口パクでそう言ったように見えた。ドクン、と心臓が飛び跳ねる。でも、ときめいてる場合じゃない。答えなきゃ。
岩崎先生にバレないように、紙をめくってみると亮平らしい几帳面な字が書かれていた。
「上の言葉が、下の言葉を詳しく説明しています」
「よし。よくできてるな」
ドキドキする。急に当てられてドキドキしたのと、亮平に手紙(?)をもらってドキドキしたのと、両方。
とりあえず、亮平に返事。
字が震える。なんでだろう。前は、こんなことなかったのに。
亮平からの手紙は留まるところをしらないようだった。どんどん、続きが飛んでくる。
もうちょっと、愛想のいいこと書けばいいのに俺と来たらぶっきらぼうな手紙ばかり。
え!?
か、買い物? 亮平と一緒に? どうしようか最初は相当迷った。でも、心は正直。いつの間にか、白紙だったそこに字が書かれていた。
すぐに、亮平に向かって返事を出す。
嬉しい。亮平と買い物だ……。
「三宅! 聞いてるのか!?」
あ、亮平が当てられた。さすがの岩崎先生も機嫌が悪い。
「どうしたんだお前。今日、様子が変だぞ?」
「そんなことありません!」
亮平はかなり慌てているみたいだった。
「じゃあ、この熟語の例を挙げなさい」
黒板に書かれていたのは、上下。えーと。これだと反対語ってことだよな……。うーん……じゃあ例えば……。
すぐに亮平の凛とした声が教室に響いた。
「愛憎」
アイゾウ……?
「お、おぉ……。また難しめの言葉を選んだなぁ」
岩崎先生がそのアイゾウという言葉を黒板に書いた。
愛と、憎い、という字だった。これって、反対語なんだ……。
でも、どうして愛と憎いが反対語なんだろ。わかんないや……。
今の気持ちがすんなり言葉に出た。
柳原が、宮部先輩のことを好きなんだとわかった途端、気持ちが抑えられなくなった。好きなのに、何でか知らないけど、柳原に優しく接する宮部先輩が片方で大嫌いな自分がいる。そんなことを考えていると、愛憎という言葉が浮かんできた。
そんな自分が悔しい。
すごく、嫌だ……。