01 賢斗と亮平
「あっ!」
思わず声が出た。
「……あった」
今日は待ちに待った、合格発表。
「あったよ、リョウ!」
思わず、彼の名前を一番に呼んでしまった。
「俺もあったぜ、賢斗!」
彼が、俺の名前を呼ぶ。
「マジかよ! やったな、俺たち高校も一緒だ!」
「おうよ! ヨロシクな!」
俺と亮平はガッチリと握手を交わした。
俺の名前は、大澤 賢斗。このたび、神奈川県七海市にある、七海高等学校に無事合格しました。これで、2006年度入学生になるのは決定となった。さっきから俺と親しげにしているのは、幼稚園からずっと一緒という幼なじみ、三宅 亮平だ。中学2年生のとき以外、全部クラスが一緒っていう、驚異的な記録を俺たちは持っている。
「賢斗、とりあえず入学書類もらいに行かね?」
「あ、行く行く。ちょっと待って」
俺はデジカメを取り出して記念にと思って、受験番号を写真に収めることにした。
「撮ってやるよ」
「いい? サンキュ」
亮平の手が、俺の手に触れる。
「……。」
「どした?」
「なんでもない! ヨロシク」
「おう」
亮平はサッとカメラを受け取ると、俺をうまく合格発表の紙が入るように立たせてくれた。それから「はい、チーズ!」と声をかけてくれる。
「男前に撮れたぜ」
亮平がニッと笑ってカメラを返してくれた。
「そりゃあ俺、イケメンだから」
俺は胸を張って笑って見せた。
「出たよ自意識過剰」
亮平が苦笑いする。もう、こんなやり取りが毎日続く。だけど、いつからだろう。俺は君を、単なる親友として見ることができなくなったのは。
「賢斗」
ドキッとした。ひょっとして、声に出して言っちゃった? それとも、表情に出てる?
「ちょっと戻っていい?」
「へ? なんで」
「俺も合格発表の紙の前で写真、撮ってほしい」
亮平が恥ずかしそうに言った。こういうトコ、すっげぇカワイイ。もちろん、そんなこと言えないけど。
「いいよ! 行こう」
俺はいつものように亮平の手を引いて、元いた場所へ走る。大丈夫だよな? 自然に、振舞えてるよな?
「じゃあ行くぜ〜?」
「おう!」
「はい、チー……」
「君たち」
後ろから先生らしい人に声を掛けられた。ドキッとして、亮平も俺もその人を思わず睨むような感じで見てしまった。
「どうせなら、一緒に撮ってあげようか?」
なんだ。叱られるかと思った。
「いいんですか?」
「記念だろう。ほら、貸して貸して」
「ありがとうございます。お願いします」
俺は中年の先生にカメラを手渡し、亮平の隣に並んだ。
「……。」
亮平の視線を感じる。
「何?」
緊張がバレないように、俺は冷静さを装って亮平のほうを振り向いた。
「せっかくさ、幼なじみが同じ高校に合格したんだから、もうちょっと嬉しそうに仲良さそうにしねぇ?」
「仲良さそうにって……たとえばどうすんだよ」
「例えば、こんな風に」
グルッと亮平が腕を俺の肩に回してきた。ドキッと心臓が飛び出しそうなほど、高鳴るのがわかった。
「これでお願いします!」
「オッケィ。はい、撮るよ! チーズ!」
その瞬間、ブワッと風が吹いて桜の花びらがサァァァッと粉雪のように降り注いできた。同時に、フラッシュがピカッと光った。
「お〜! 桜が綺麗に写って、いい写真になってるよ」
その中年の先生が再生ボタンを押して今しがた撮った写真を見せてくれた。
「ホントだ。見ろよ、賢斗。チョー綺麗」
亮平が俺の頬にくっつきそうなくらい顔を寄せて、写真を見せてくれた。
「なんだよ、そんなに嫌がることないだろ?」
「へ?」
思わず、そう、ホントに反射的に顔を避けてしまっていた。
「あ、ゴメンゴメン。ちょっと風邪気味だから、感染したくなくって」
「なんだソレ」
亮平がクスクスと笑う。あぁ、もうダメだ。
「それよりさ、早く書類もらいに行こうぜ!」
「あ……ちょっと待てよ! あ、ありがとうございました!」
俺が珍しく先を急いだので、亮平も少し驚いていた。でも、ゴメン。こうでもしないと、この気持ちが漏れ出しそうで……怖かったんだ。
「でもさ、クラスは一緒かどうかわかんねぇよな」
帰り道。俺と亮平はつくし野川という、七海市の中央を流れる川の土手沿いを歩いていた。
「確かにね。一緒になったらもう奇跡だよな」
「ハハハ! 確かに」
亮平が石ころを蹴りながら俺の少し前を歩く。
「でもさ、俺としてはお前が一緒のクラスであってほしい」
「え?」
ドクン――。
さっきよりも大きく、心臓が鳴り響く。
「俺さ、初対面の人と接するの苦手だから。お前が同じクラスだったら俺、安心して過ごせそう」
「……そっか」
俺でも役に立てる。亮平の役に立てる。それだけで嬉しい。
「しょーがねぇな、クールなリョウは!」
俺はわざとらしく、嫌味っぽいことを言った。
「かわいくねーな、コイツ!」
ゴツン!と軽く亮平が俺の頭にゲンコツを喰らわせた。
本当はさ、こう言いたいんだぜ?
「俺とずーっと一緒にいればいいじゃん?」
友達なんかじゃなく。
親友でもなく。
それ以上の……仲で。
でも、それを言って俺たちの仲が壊れるのが、怖い。
だから……俺はずっと、この距離を保ちたいと思う。
これは――いけないんだ。