27 君を応援するよ
「柳原……」
突然私が来たことに驚いたみたいで、栗山くんは慌てて目を袖でゴシゴシこすった。
「なんだよ、急に。ビックリするじゃん」
「ご、ごめん……」
違う。そんなことを言いにきたんじゃないのに。
「あの!」
「うん?」
「あの……」
言うんだ。正直な気持ちを。
私はそっと栗山くんの傍へ行き、彼の手を握った。
「え!? ちょ、や、柳原!?」
「あのね……」
栗山くんの顔が真っ赤だ。
「あ……ありがとう」
「何が?」
「私を……好きになってくれて」
「……ううん。俺こそ、さっきはゴメン。気持ち悪かったよな」
私はブンブン首を振った。
「ちょっと、ビックリしたけど気持ち悪いだなんて……。私のほうこそ、ごめんなさい」
「なんで柳原が謝るんだよ?」
「私……嫌とか、ゴメンなさいとか、そんなことばっかり言って……栗山くんを傷つけた」
「……。」
「本当に、ゴメンなさい」
「謝りすぎだよ、柳原は」
栗山くんはまだウルウルしてる目を無理やり袖でこすって、笑顔にした。
「いいんだ」
「どうして?」
栗山くんは窓のほうを向いて続けた。
「俺、柳原に気持ちは伝えたから」
「でも……私……」
「振られる、うまく行くは大して気にしてなかった。気にしてなかったつもりだけど、やっぱり、好きの気持ちが抑えきれなくなった」
私と同じ。私も、宮部先輩に対する気持ちが日を追うごとに抑えられなくなる。栗山くんは、私にその気持ちを抱いてくれていたんだ。
「でも、独りよがりだった。柳原、俺と接点なんてほっとんどなかったもんな」
「そ……そうだっけ?」
「そうだよ」
栗山くんはハハッと笑った。
「じゃあ質問」
「は、はい!」
「俺の下の名前は?」
「えっ!?」
「はい、5秒以内に答えよ。5、4、3、2、1」
えっと、えっとぉ……あっ!
「しゅ、しゅうや!」
栗山くんの顔が真っ赤になった。
「そ、それじゃ漢字で黒板に書いて!」
漢字!?
えーと、えっと! えと……修哉? 周也? 秋弥? 秀哉!? 修也? あれ!?
気づけば黒板は同音異字のしゅうやでいっぱいになっていた。
「ゴメンゴメン! OK、もういいよ」
栗山くんが笑顔になった。私が書き殴ったシュウヤの行列(?)を黒板消しで消していく。
「ねぇ……今の、何の意味があったの?」
「柳原さ」
次の言葉にドキッとした。
「好きな人、いるだろ?」
途端に、宮部先輩が浮かんできた。
「その人の名前なら、すぐ言えるだろ」
言える。フルネームだ。宮部由美子。
「オマケに、名前漢字ですぐ書けるだろ」
書ける。理由の「由」、「美」しい、「子」。いい名前。そうじゃなくて。
「俺の名前もすぐ言えて、書けてくれたら嬉しかったな」
少し寂しそうな栗山くんの笑顔に、心が痛んだ。
「ゴメン! 冗談」
すぐ、いつもの快活な顔になる。良かった。栗山くんには、振ってる私が言うのも変だけど、元気でいてほしい。
「最後に聞くけど」
「何?」
「柳原の好きな人ってさ、こういう、横に吹く楽器……ほら、名前なんだっけ」
ウソ……!? そこまでわかってるの!? まさか……栗山くん……?
「フ、フルート」
声が震えた。まさか、まさか……。
「あぁ! そうそう。フルート。その中に好きな人、いるだろ?」
ウソをつくのも変だ。もしかして、私を試して……?
「う、うん……」
「やっぱなぁ!」
満面の笑み。この後が怖い。
「どんだけカッコいい男なんだろ。俺よりカッコいい?」
へ?
もしかして、吹奏楽部をよく知らない?
いや、それならそれでいいんだけど。私も、フルート以外はあまり知らないのが正直なところだし。
「あー……ううん、栗山くんとはタイプが違うかも」
問題ない。だって、栗山くんは本当に知らなさそうだから。
「そっかぁ。ま! 頑張れよ。俺は君を応援するから」
ポンポン、と優しく頭を叩く栗山くん。
「ありがとう……」
「じゃ、俺部活行くわ」
「うん……頑張って」
「お前も部活だろ?」
「あっ! ホントだ! 行かなきゃ!」
「じゃーな、怜菜」
「へ!?」
「冗談。ばいばい」
「……。」
私なんかを好きになってくれてありがとう。
修也くん。
「……。」
どういうことだ?
栗山の言ってた事は……本当か?
間違いないんだろう。柳原は否定しなかった。
年上。
吹奏楽部。
フルート。
該当するのは、二人。
大谷 沙希先輩。でも、大谷先輩と柳原に接点はない。
残るは、一人。
不意に、こないだの帰りに言った、先輩の言葉が蘇ってくる。
(最近ね、三宅くんのクラスの、柳原さんと仲良くしてるの!)
……マジかよ。
マジで言ってるのかよ。
なぁ。
聞いていいか? 柳原。
お前の好きな人と……俺の好きな人は、同じなのか?
震える。まさか。同性で? 女の子が、女の子を好きになるのか? まさか。まさか。
「いや……ありえるんだろうな」
俺はもう、気づいている。賢斗の、俺に対する思い。あれは、友達なんかじゃない。きっと、賢斗は俺を「恋愛対象」として見ている。
俺は、彼女を……宮部先輩を「恋愛対象」として見ている。そして、柳原も宮部先輩を「恋愛対象」として見ている。
どうしたらいい……?
なぁ、俺はどうしたらいいんだ……?
「苦しい……」
どうして、人は恋なんてするんだろう……。