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青い恋〜ボクラ、コイシタ〜  作者: 一奏懸命
第1章 君を好きになった
28/61

26 否定の言葉

「先輩……何の話だろう」

 放課後。私は先輩に指定された、グラウンドのすぐ南側、本校舎と北校舎の間を流れる小さな川の土手沿いにある桜の木(七海校内で一番大きい)の下で待っていた。

「怒られるのかな……」

 先輩、すっごく怒っているように見えた。ひょっとしたら、私何か悪いことをしたのかな……。先輩に嫌われるのだけは、嫌だ。土下座してでも謝って、許してもらわなきゃ。

「コーラッ!」

「きゃっ!」

 いきなり先輩が私の後ろから現れた。

「顔が暗いぞ! 柳原玲菜!」

「……!」

「あれ?」

 先輩が目を丸くする。

「今度は赤くなった……?」

「!」

 急いで先輩から目を逸らす。

「あ! ゴメンゴメン! そうだよね。まだ、気持ちの整理つかないもんね」

「え……」

「まぁまぁ、座ろうよ」

 先輩は私の隣に座った。私もつられるようにして、座る。

「えっと。それで、話っていうのは……?」

 何だろう。すごくドキドキする。私から切り出さないと、なかなか話が始まりそうにない気がした。

「あー、うん。昼休みの件なんだけど」

 やっぱり。絶対怒ってるんだ。先輩が何に怒ってるのかはわからないけど。

「あれはダメよ」

 やっぱり。私、何がいけなかったんだろう。

「気づいてるとは思うけど、彼、柳原さんに告白したのよ?」

「……。」

「それは気づいてるよね?」

 もちろん。いくら私でも、さすがにあれは気づく。私は小さくうなずいた。

「じゃあ、次の質問」

「何ですか?」

「あの時、玲菜ちゃんは何て言った?」

「えっ!」

 玲菜ちゃん! 急に名前で呼ばれた!

「あっ! ゴメンゴメン。急に玲菜ちゃんなんて馴れ馴れしいよね」

「いっ、いえ……」

 実は嬉しいんです。

「オッホン! それで、続きなんだけど」

「はい」

 先輩も少し顔が赤い。けど、ハキハキ続ける。

「栗山くんだったっけ、彼」

「はい」

「あくまでも、私の想像よ?」

 先輩はそう強調した。

「多分、彼は本当に柳原さんのことが好きなの。好きで、好きで気持ちが抑えられなくなった。この持って行きようのない気持ち。それをぶつけるとすれば、それはもう、一人しかいないよね?」

「私……ですよね」

 先輩は小さくうなずいた。

「わかってるじゃない」

 先輩の笑顔が眩しい。私、最近こんな風に笑ってないな。

「でも、あの時柳原さん、彼の告白に対して何て言ったか覚えてる?」

 ハッとなった。


(私は……好きな人いるので。ごめんなさい)


(ダメ。私の……初めて真剣に好きだと思った人だもん。忘れられない)


 ごめんなさい。ダメ。

 否定してばかりだった。頑張って、ドキドキしておかしくなりそうだったに違いない栗山くんの気持ちを、私は粉々に打ち砕いてしまったのかもしれない。


(……なんで。なんで俺の気持ちがわからねぇんだよ!)


 最後に私は言った。


(嫌!)


 何が嫌だったの?と聞かれたらすぐに答えられる。彼にキスをされそうになったこと。別に、栗山くんが嫌いだったわけではない。今までは別に、普通の同級生だった。それなのに、突然告白なんてされて、正直どうしていいかわからなくなった。自分が混乱していたのかもしれない。それにしたって、ひどい言葉を私は平気で吐いた。

 私……栗山くんを傷つけた?

 不意に、教室へ戻るときに見かけた栗山くんの顔が浮かんだ。

 張り裂けそうなほどに、悲しそうな顔をしていた。私は、そんな彼の顔を見ること自体そのときは不快だった。なんてことを私はしたんだろう。彼の、ひょっとすると生まれて初めてかもしれなかった告白を、私は全部否定の言葉で返したんだ。

「……気づいた?」

 私は小さくうなずいた。

「いつか」

 先輩は笑顔で言った。

「いつか、柳原さんにも本当に、好きで好きで仕方がない人ができると思うの」

「そんな人……できますかね?」

「できるわよ! ほら、あそこ見て」

 先輩が指差した方向を見ると、6人の男女が見えた。楽器を持っている人たちだ。

「あれね、私の入ってる吹奏楽部の同級生よ」

「そうなんですか!」

 吹奏楽部ということは、戸口くんや日高くんの先輩になるのか。

「しかもね、あれ全員カップルよ」

「えぇ!?」

「ビックリしちゃうでしょ? 部長の佐野に、副部長の朝倉。それから水谷って子と橋本って子がカップルで、川崎と田中って子もカップル」

「……カップル率、半端ないですね」

「でしょ?」

 先輩がクスクス笑う。

「部長とね~副部長のカップルも、川崎と田中のカップルも成立まで大変だった。どっちも自分を否定しちゃうような子が片方にいてね」

 誰なんだろう。私には誰が誰だか。

「まぁ、柳原さんはあの子たちと直接関係ないから言っちゃうけど、副部長の朝倉と川崎のほうが大変大変。どっちも自分を否定するクセがあった見たいでね。私みたいな、俺みたいなヤツと付き合うのはダメって」

「そんな!」

 私は驚いた。自分を否定するなんてこと、考えたくもない。

「ダメって言葉、嫌でしょ?」

「……はい」

「だから、きっと栗山くんも悲しかったと思うの」

「……。」

 先輩が私の頭を撫でた。

「もう一度、ちゃんと返事しておいでよ」

「……。」

「お互いのためだと思うから」

 そう言うと先輩は立ち上がった。

「じゃ! 話っていうのはそれだけ」

「……はい」

「もう一度よく考えて。栗山くんにもう一度会う気があるなら、行ってあげてね」

 先輩は小さく手を振って、屋上からゆっくり階段を降りていった。

「……。」

 もう、考える必要なんてなかった。

 私は屋上から会談を駆け下りて、栗山くんのクラスへ向かった。もういないかもしれない。そうは思ったけど、行かずにはいられなかった。

 何の確認もせず、教室のドアを開くと机に顔を伏せた栗山くんがいた。

「……くっ、栗山くん!」

 栗山くんが顔を上げる。彼の威勢の良い顔に、涙の筋が何本も通った跡があったことに、私は驚くしかなかった。



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