25 千切れそうな、絆
「俺……亮平のこと……」
言うよ。俺はもう、ごまかさない。
「俺、亮平のこと、好きだ」
「……!」
亮平の目が丸くなった。あまり感情を顔に出さないイメージのあった亮平が、驚いて目を丸くしてる。幼なじみの俺でも、なかなか見なかった様子だ。
でも、その顔を見て怖くなった。この「好き」は恋愛感情の、好きだもん。友達としての「好き」じゃない。それは、世間的に考えると、受け入れられないものだ。
「亮平は、俺のこと、好き?」
よし。はぐらかす方向へ持って行こう。
「えっと……あのさ」
絶対、亮平がいま聞いてるのは「恋愛感情としての好き」かどうかだ。
大丈夫。今なら、まだ、間に合う。
「あれ!? ひょっとして、何か勘違いしてない?」
俺のあっけらかんとした言葉に、亮平の目がまた、丸くなった。
「俺、友達としてなら、亮平のこと好きだぜ?」
「……。」
いい。絶対、上手い顔してい言えてる。俺ってひょっとして、役者とか向いてるんじゃねぇの?
「あ、何? 亮平……もしかして、俺のこと恋愛的に好きとか!?」
「バ、バカじゃねーの! 俺は……お前がその……栗山に、あの写真撮られてから様子が変だから……その……」
顔が真っ赤。俺、好きな人にこんな顔させるなんてサイテーだな。
「栗山も栗山だよな~。あんな写真撮るなんて。あんなことやってる暇あるんなら、水泳の練習ちょっとでもやってろっつーの」
なんとかして、この状況を打破したい。そのためには、俺の気持ちを隠して、亮平に勘付かせないようにしないと。
「だいたい、男同士で好き合うとか、漫画の世界かっつーのにな」
「……。」
「亮平だって、そう思わない?」
亮平の目が、まっすぐ俺を捉えた。それから返ってきた言葉に、俺の心臓がまた飛び跳ねる。
「俺は、男同士でも、好き合うってアリなんじゃないかって……思う」
「え……?」
その言葉をかき消すように、チャイムが鳴り響いた。昼休み終了5分前の、予鈴だ。
「でも、絆を千切るくらいなら……」
そこから先は、亮平は言ってくれなかった。
「戻ろう」
「……うん」
これ……ひょっとして、認めたほうが良かった? いや、そんなこと……ありえない。俺は頭の中でそんな都合のいい考えを振り切り、亮平の後について教室へと戻ろうとした。でも、苦しくて、苦しくて。言えない気持ちが辛くて。俺は逃げるように、こう言った。
「俺、お手洗い言ってから帰るよ」
「……OK」
その後、亮平とは正面玄関で別れた。別に教室のある階でトイレに行けばいいんだろうけど、なるべく距離をとっておきたい。その気持ちが抑えられなかったので、1階のトイレを使った。
トイレに入って、用を足す。
「あーぁ……なんで俺っていつもこうなんだろう」
自分の気持ちに正直になれない自分が一番腹立たしい。いつまでこんな気持ちになっていればいいんだろう。
その時だった。
「私は……好きな人いるので。ごめんなさい」
「!?」
聞き覚えのある声。
急いでチャックを閉めて、手を洗ってコッソリ覗き込んでみた。すると、見慣れた姿が目に入った。
柳原と、あの栗山だった。
「でも、俺、真剣に柳原のことが好きなんだ!」
「ありがとう……。その気持ち、すごく嬉しい。でも私には……別に好きな人がいるの」
「俺がソイツのことを忘れさせてやる」
柳原が首を振る。
「ダメ。私の……初めて真剣に好きだと思った人だもん。忘れられない」
「……なんで。なんで俺の気持ちがわからねぇんだよ!」
栗山が怒鳴った。柳原の小さな体がビクッと震える。そりゃそうだろう。高1とはいえ、体育科に入学した栗山の身長は180センチ近くある。155センチくらいの小柄な柳原にしてみれば、かなり威圧感がある。
(え?)
栗山の顔が、強引に柳原の唇へ近づこうとする。
「あ……嫌!」
おい、それってちょっとマズいんじゃねぇの?
「!」
口を塞がれた。ちょ、おいおい! それ……ヤバいって!
「ちょっと! 何してるの!?」
女の人の声が、聞こえた。
「……先輩」
宮部先輩がいた。
「あなた、1年生? もう、予鈴鳴ってるよ」
「……チッ」
「ほら、そこの女の子と、そのトイレの傍にいる子も!」
ギョッとして見てみると、大澤くんがいた。
「まったく! 1年生からサボリ癖つけちゃ、ダメだからね?」
「……!」
あぁ、もう。宮部先輩、本当に可愛い。
「……はい」
あれ? なんか、栗山も顔、赤くない?
「さ! 戻ろう戻ろう!」
先輩……なんでそんなタイミング良く現れたの?って、聞いてみたい。
「あの、先輩……」
今までにないくらいキツい目で、宮部先輩が私を見た。
「後で話、いいかな?」
「は……はい」
私、何かした? 先輩の目が、怖い。いつだったか、こんな視線をたくさん感じた気がする。
「あ……」
思い出した。大澤くんと三宅くんの件で、黒板に落書きがあった、あの日の教室。クラスメイトみんなの視線。あの視線に、そっくりだ。
私……誤解された?
先輩の背中が拒絶しているように見える。
気のせいだよね……。
そう言い聞かせながら、私は大澤くんの少し前を歩いて、教室へ戻った。