22 わかってるから
「え? 宮部さんを?」
帰り道。偶然会った大澤くんと私は宮部先輩の絵を描くことになった話をしていた。
「へぇ〜! スゴいなぁ。いいじゃん? 柳原、絵ぇ上手いもん」
「えっへへ……なんか恥ずかしい」
「これを機会に、一気に仲良くなれるといいな」
「うん! 私、頑張っちゃうよ〜」
「それで? これからまた打ち合わせ?」
「うん。描く場所とかしっかりこだわりたいからね。やっぱり、描くならちゃんと描かないと」
「いいよなぁ〜。柳原はなんか順調って感じ」
大澤くんがちょっと大げさにため息を漏らした。大澤くんだっていいな、と私は思う。そりゃあ、面と向かって好きなんて三宅くんには言えないだろうけど、友達として毎日普通に接することができるんだから。
私なんか、こういう風に特別な接点がないとなかなか宮部さんに会うこともできない。学年が違うし、部活も違う。まさか、こんな機会が来るなんて思ってもみなかっただけに、私はいまかなり嬉しい顔をしているとは思うけれど。
「あのさ」
「ん? 何?」
「大澤くんも、一緒に来る?」
「え? なんで俺が」
「その……実は並々ならぬ事情がありまして」
「何、その事情って。教えて?」
今はちょっと言いづらいというか、言いたくない気がした。
「行ってからのお楽しみ! ね? 来ない?」
「わかったよ。なんだかわかんないけど、行けばいいんだろ?」
「素直でヨロシイ」
「なんか上から目線でムカつく」
私たちは面白くなってクスクス笑い合った。でも、この誘いが大失敗だったように思う。いや、大失敗だった。
「へ……」
レストランの入口で、大澤くんは動きを止めた。
「ちょ、待てよ柳原」
「どうしたの?」
私の袖を必死で引っ張る大澤くん。私は引っ張られるがまま、外へ連れ戻された。
「なんで!?」
「なんでって……。だから、大澤くんを連れて来たんだけど?」
「お前……。そんなの、誰も頼んでないのに」
大澤くんはペタリと地面に座り込んでしまった。私、悪いことした?
「ゴメン……私、余計なことした?」
「……。」
答えてくれない。これは怒らせてしまったのかも。
「ゴメンなさい! ホントに……。そんなつもりじゃなくって……」
どうしよう。何、この空気。私はとりあえず、大澤くんをこのままにしておくとマズい気がするのでこう言った。
「やっぱり、ナシにしよ! 私だけ会う予定だったんだし。大澤くん、今日は帰ったほうがいいよ」
私がそう言って顔を覗きこむと、カッチリ大澤くんと目が合った。
「誰が」
「え?」
「誰が帰るって言ったんだよ」
ニッと笑う大澤くん。
「じゃあ……」
「行くに決まってるじゃん」
大澤くんから進んで店内に入った。顔が少し赤い。緊張なのか、気持ちが高揚しているのか。その両方なのかは私にはわからなかった。
「あ」
中に入るとすぐに宮部さんが私に気づいた。
「こんばんは!」
「ゴメンねぇ、部活帰りで疲れてるのに」
「いえ! 美術部はホント大したことないので」
「ホントに? 疲れてたらムリしないで言ってね」
「それはそうと」
宮部さんの隣にいた三宅くんが不思議そうに聞いた。
「なんで賢斗がいるわけ?」
途端に大澤くんの顔が赤くなった。こうなると彼は何も言えなくなってしまうので、慌てて私はフォローに回った。
「偶然帰りに会って、これから三宅くんと宮部さんとご飯食べるって言ったら、おなか減ってるし行きたいって言ったの。だから、渋々連れてきちゃった!」
「……ふぅん」
少し苦しい言い訳ではあったけど、なんとかこの危機は抜けることができた。
そう思っていた。
「あれ? 二人は?」
食べ始めてから30分後。宮部さんと私はドリンクバーのおかわりに行っていた。その間にいつの間にか、大澤くんと三宅くんがいなくなっていた。
「一緒にお手洗い……かな」
「やだぁ、先輩ったら」
「冗談よ!」
すると、大澤くんが小走りで戻ってきた。トイレの方向だった。
「やっぱりトイレだったんじゃん。おかえ……」
大澤くんは荷物を抱き上げると、まるで逃げるように店を出ようとした。私は慌てて彼を止めた。
「ど、どうしたの!?」
「ゴッ……メン……。もう、俺帰らないと」
「なんでそんな急に……あっ!?」
1000円札を押し付けられた。
「じゃ、またな」
「ちょ……」
有無を言わせないまま、大澤くんは帰ってしまった。呆然としている私と宮部さんの前に、少し遅れて三宅くんが戻ってきた。
「あ……」
私が駆け寄ろうとして、宮部さんが先に行ってしまった。
「どうしたの?」
ズキッと胸が痛む感じがした。
「ちょっと……ケンカしちゃいまして」
「なんで?」
やめて。
やめて。
私の前で……そんなに仲良くしないで。
どうせ結ばれっこないことくらい、わかってる。それを言いつけるかのように、仲良くするのはやめて。
ワガママなのは分かってる。けど……。
「あぁ……そっか」
自然と言葉が出た。
「どうしたの?」
「いえ……なんでもないです」
わかった。大澤くんが出て行った理由が。
きっと……三宅くんが……。
「……っ!」
私にも、その光景が目に映った。そっと、けれど、しっかりと手が握られている。見えないと思っているのだろうか。残念ながら、見えている。二人の想いを、象徴するかのように。
「先輩。すいません、私、ちょっと大澤くん心配なんで……今日は帰りますね?」
「あ……そ、そうだよね」
「三宅くん。お食事代ここに置いておくね」
「あ……うん」
「それじゃ、また連絡しますので」
私はその後、すぐにレストランを飛び出した。悔しい。あの繋がれた手が、私たちの想いを否定するかのように見えた。
外へ出ると、そう遠くない場所で大澤くんが立ち尽くしていた。私はそっと彼の制服を背中のあたりで引っ張った。
「わかってる……」
大澤くんが私をそっと、抱いてくれた。
「わかってる。悔しい。どこへもこんな想い、持っていきようがないもんな……」
私の目から涙がこぼれる。
「今だけ……」
「うん……」
私はそっと、声も上げずに大澤くんの腕の中で涙を流した。