19 全力で!
「あ……」
部活が終わって美術室の鍵を掛けると、同時に宮部先輩が歩いてくるのが見えた。その隣にいる背の高い男の子は、三宅くんだ。
「……!」
思わず隠れてしまった。鍵はドアに差したまま。急いで柱の裏に隠れて、しゃがんで息を潜めた。
(お願い……こっち来ないで)
そんなに仲良くしないで。嬉しそうに喋らないで。サッサと行ってほしい。私に気づかないで。
「この辺りでいい?」
ウソ……。なんでよりによって私のいる柱のとこで止まるの?
「すいません。どうしても相談したいことあって」
「いいのいいの。部活も終わったんだし。それで、相談って?」
やっぱり宮部さん。部活が終わってからも後輩の相談に乗るなんて優しいな。
「クラスの……友達のコトなんですけど」
大澤くんのことか。それで相談。なるほど、それだったら自然な流れだよね。
「友達?」
「はい」
「ケンカでもしたの?」
「ケンカ……っていうか……俺のせいで学校に来なくなっちゃって」
三宅くん……のせいじゃないと思うんだけどな。でも、責任感じてるんだろうな。
「そうなんだ……。大切な友達?」
「幼なじみです。小学校も中学校も高校も一緒で……。まぁ、腐れ縁ってヤツですかね」
「そうなんだ〜。あたし、そういう仲の子はいないからなぁ。羨ましい」
宮部さんが窓の外に顔を出した。長い髪の毛が初夏の風に吹かれてなびく。私はそれを柱の影からコッソリ顔を出して見た。ドキドキする。
「……突っ込んだこと聞いていい?」
「……。」
三宅くんが黙り込んだ。
「ダメ?」
宮部さんは心配そうに三宅くんの顔を覗きこんだ。
「……いえ」
「嫌になったら止めて。無視してくれてもいいし」
「そんな。無視だなんて……」
「冗談。やめてって声は掛けて」
宮部さんが笑う。やっぱり綺麗だな〜。
「聞くけど……なんで、その子は来なくなったの?」
うわ。核心を突く質問だ。
「……。」
「あ……マズい質問だったかな。やっぱり」
でも、宮部さんがそれを疑問に思うのは当然のことだと思う。
「いえ……」
しばらく沈黙の時間が流れた。宮部さんも三宅くんも動かないし、喋らない。急にまどから強風が吹き込んできた。私が差しっぱなしにした美術室の鍵が揺れて、音を立てた。
「好きな人が」
突然、三宅くんが話を再開した。
「いるんですね、彼」
「あ、そうなんだ」
「その子に……まぁ……彼、キスをしようとしたんです」
宮部さんの言葉が止まる。三宅くんは宮部さんの返事を待たずに、
「それで、それをクラスメイトに見られてて……写真まで撮られて、挙句にクラスでバラされちゃって……」
「例えばさ」
宮部さんが急に三宅くんの顔を両手でつかんで近づけた。三宅くんの顔があからさまに赤くなる。
「え!?」
「こんな風に顔を近づけたら、キスに見えるわけ?」
「そ、それは……どうなんでしょうね」
「変なの」
宮部さんが笑った。
「別にいいじゃない」
「え?」
「キスに見えたら、嫌だったの? その子」
「……。」
「何か言ってた?」
「いえ……。ただ……彼、やっぱりその子のことが好きなんだって言ってました。どれだけバカにされたって、好きなものは好きだって感じで」
「でしょ?」
宮部さんが笑う。
「好きなものは好き。何か文句ある?」
宮部さんがガッツポーズを取りながら言う。
「好きなら全力で好きにならなきゃ!」
「……!」
その言葉は、私にも三宅くんにも響いただろう。そして同時に、宮部さんに対する気持ちが、ますます二人とも強くなった瞬間でもあった。
「あれ? なんだ柳原。帰ったんじゃなかったのか?」
美術部顧問の大久保先生が顔を出した。
「いえ。まだちょっと描き足りない感じだったんで、がんばろうと思って」
「そうか。まぁ、頑張るのもいいがコンクールはまだ1ヶ月後だ。あまり根詰めすぎないようにな」
「ありがとうございます」
「帰る前には先生に一声掛けなさい。職員室にいるから」
「はい」
大久保先生はそっとドアを閉めてくれた。気遣いだろう。優しい先生だもの。
私は絵を新たに描き直し始めた。あんなに迷いのある絵はダメだ。描き直し。もう一度下書きから、綿密に。
同時に私は、想いをもっと強く込めることにした。どれだけ込めても、三宅くんには勝てないかもしれない。でも、大澤くんだって負けずに想いを伝えたんだ。私だって、負けていられない。
私には私なりの方法があるんだ。
そう思うことで、私はその日のうちに下書きを終えることができた。