16 偽善者集団
「……。」
バカみたい。こんな話し合い。
テーマは『いじめについて』。
委員長の村本くんが手を挙げて言う。
「やっぱり、いじめっていうのはいじめる側が100%悪いと思います」
それに一様に賛同するクラスメイト。だったら、今の私たちの状況、どう思ってるわけ? 吐き気がする。
私は空席を見た。今日の欠席は一人だけ。
大澤くんだけ。
大澤くんはあの日以来、学校に来なくなった。私と三宅くん、こころちゃんの3人で手紙や課題を持って行ってあげてる。私だけなぜか、たまに家の中に入れてもらえることがある。なんでかは……全然わからなかった。
私はまだ、宮部さんが好きだ。でも、それを誰にも言ったことはない。私自身に迷惑が掛かるからとかそんなことはどうだっていい。私が一番心配なのは、宮部さんに迷惑が掛かること。それを考えると、この思いは……誰にも言えない。だから、言わない。
「いじめを無くすには、何が必要と思いますか?」
村本くんの声。何よ。アンタ、委員長のくせに何もしなかった。あんなに大澤くんが辛そうにしていたのに。アンタ、単語帳に顔を埋めて全然見ようともしなかった。私は見てたよ。みんな、見て見ぬフリしてたの。
っていうか、あれを書いたのは誰よ。その人が最低。正直、今は信用できるクラスメイトは男子と女子それぞれ数人だけ。日高くん、戸口くん、三宅くん、山崎くんだけ。女子ではこころだけかな。私、今は知未と仲良くはしてるけど、彼女たちは自分のことを考えて黒板の落書きを消したり、大澤くんのことを心配するような言動もあまりなかった。
だから、私いまはあんまり知未のことを信用してない。できないっていうほうが、正確かも。なんにせよ、私はいまこの空間にいることが大嫌い。さっきから偽善的な意見ばっかり。先生も知ってるクセに、知らないフリをしてる。
許せない。
気づいたら、私はバァン!と机を叩いて立ち上がっていた。隣の席にいた三宅くんと栗山が目を丸くしている。
「ど、どうした柳原」
担任の水口先生が声を掛けてきた。私にしては珍しく大声で叫んだ。きっと、キレるってこういうことを言うのかな、と思いつつ。
「みんなウソつきばっかり!」
教室が静まり返った。
「こんな意見、ウソばっかりよ!」
持って行きようのない怒りがこみ上げてくる。私は怒りに任せて筆箱を黒板にぶつけた。
「キャッ!」
副委員長の森山 梓が小さな悲鳴をあげた。でも、そんなの関係ない。
「みんな、大澤くんがなんで学校来なくなったか考えたことある!?」
教室は静かなままだ。
「……あんなことやっといて、よくこんな意見が出せるね」
私はそう言い放ち、教室を出ようとした。水口先生が慌てて止めようとする。
「おい、どこへ行くんだ!?」
「別に」
「別にってなんだ、おい! 柳原!」
「先生もよく考えてみたら!? 大人のクセに、こんな意味のないことばっかりやってて……バカみたい!」
思い切りドアを閉めて廊下を走り出した。
「ちょっと、玲菜ぁ!」
こころの声が聞こえたけど、関係ない。私は気づけば玄関を飛び出して、上履き用のスリッパのままで自転車置き場に向かっていた。財布は常にポケットに入れてある。その財布には自転車の鍵を入れてある。私は鍵を取り出し開錠して、自転車に跨った。
「待てよ!」
声がする。
「……なんで、お前いつも一人で突っ走るんだよ」
三宅くんだった。
「別に……一人じゃないけど」
「ウソだろ。お前、こないだ賢斗の家に入っていったじゃないか」
「……人違いだよ」
「ウソ言わないでくれよ」
三宅くんが私の両肩を抱えるようにしてきた。
「頼むよ! なぁ……柳原……」
「……。」
言葉が出ない。
「俺さ……賢斗の想いに気づいてやれなかったんだ」
「仕方ないよ。ふつう、気づかないもんだもん」
「でも、ずっと親友だったんだぜ?」
「親友でも、わからないことくらいあると思うけどな」
「でも、家族以外だとずっと一番近くにいた仲だ」
「……。」
「俺だけでも……賢斗の理解者になりたいなとか思うんだけど」
間を開けて、三宅くんは次にこう言った。
「偽善?」
「……ううん」
偽善なわけないじゃない。三宅くんはいっつもまっすぐ。一所懸命だもん。私、まだ会ってそんなに経ってないけどわかるんだ。それくらい、三宅くんはまっすぐで一所懸命。それを否定なんて、できるわけないじゃん。
「乗って」
「え?」
「後ろ」
私は三宅くんを後ろに乗せてあげようと思って、ぶっきらぼうな言い方になったけど、言った。
「いいよ」
「え?」
せっかく言ったのに。
「代わって」
「え? え?」
「男の俺を乗せるの、大変っしょ。ほら」
三宅くんは私を無理やり降ろすと、私の自転車に乗ってしまった。
「乗って、柳原」
「う、うん……」
「飛ばすよ。しっかり掴まって」
「わかった」
三宅くんは初めこそフラフラしてたけど、ようやく安定した雰囲気で私の自転車をこぎ始めた。
「二人乗りは違反だけど……ま、バレないように行こうか」
思わぬ発言に私は笑ってしまった。
「やっと笑ったな」
「え?」
「笑えば可愛いんだから、柳原、もっと笑えよ」
「……うん」
なんだろう。何か、不思議な気持ち。
よくわからない気持ちを抱えたまま、私は大澤くんの家の前に着いた。
(出てきてくれるかな……)
少しの不安が頭をよぎったけど、私はすぐにインターフォンを押した。