14 間違いない……かも
聞こえない。肝心なところが聞こえないのが、イライラするっていうか。でも、私、こんなことしてていいのかな。
今、私がいるのは屋上に繋がる階段の踊り場。私は、三宅くんの後を付けてきた。だって、宮部さんが三宅くんだけを呼ぶだなんて……。気になって仕方がなかった。なんだか、三宅くんに嫉妬してるような、そんな感じ。
なんなんだろう。この気持ち。嫉妬するなら、本当なら宮部さんにじゃないの? なんで私は……三宅くんに嫉妬してるの?
不意にあの時の光景が蘇った。今まさに、三宅くんにキスをしようとする大澤くん。彼はきっと、本当に三宅くんのことが好きなんだ。Likeなんかじゃない。Loveなんだ。そう思うと、ドキドキドキドキして仕方がなかった。
私はどうなんだろう。確かに、宮部さんは好きだ。入学式早々ドジをやらかした私に親切にしてくれた宮部さん。あの瞬間、宮部さんは私の憧れの人になってた。
そんなことを考えてるうちに、突然三宅くんが立ち上がった。
「俺、今からその親友のトコ行って……素直な気持ちを聞いてきます
「今から!?」
「はい!」
「がんばってねー!」
まずい! こっちに来る! 私は慌てて階段を降りて、なんとか三宅くんをやり過ごした。
「……良かった〜」
でも、そのすぐ後に宮部さんが降りてきた。どうしよう。偶然を装って声を掛けようか。そんなことを考えていたとき、それは私の目に入ってきた。
「あーぁ……ちょっとショックだなぁ!」
そう呟く宮部さんの目から、涙がこぼれていた。
「三宅くん……そうだよね〜、普通にモテるよね!」
「……。」
そうなんだ。
間違いない。
宮部さんは……三宅くんのことが好きなんだ。
「あーあ。もうちょっと早く、あたしのことを眼中に入れてくれるようにしとけばよかったかな」
きっと強がりだ。本当は、辛いだろうな。声を掛けたい。でも、こんなタイミングで泣いてる顔を見られたらどうだろう。それも、後輩に。
私だったら嫌だ。だったら、このまま隠れてるのが一番だ。
そのまま宮部さんはグスグスと言いながら、私の前から立ち去った。
「……あれ?」
私の目にも涙が溢れて止まらなかった。何でだろう。何が悲しいんだろう……。止まらない。涙も、この思いも。
「私……」
いつの間にか口にしていた。
「宮部さんのことが好きなんだ……」
どうなんだろう。私は、女なのに女が好きなんだ……。レズってヤツだよね。
(引かないよぉ。どんな内容でも)
信じていい? この言葉、信じていいんですか? 先輩……。
「ダメ……怖くて無理」
誰かの言葉が聞きたい。否定してもいい、肯定じゃなくてもいい。誰か、私の気持ちを聞いてほしい。
不意に、三宅くんにキスをしようとした大澤くんの顔が私の脳裏をよぎった。
「大澤くんなら……」
私は気づけば走り出していた。急いで走る。ずっと走って、つくし野川を越えて。市役所の前を通ってから気づいた。
「私……大澤くんの家知らないじゃん」
なんてバカなんだろう。それなのに走り出しちゃって。どれだけそそっかしいんだっていう話だよね……。
このままガムシャラに行っても意味がないので、私は学校に引き返そうと思って今来たほうへと歩き出した。だけど、その目の前を三宅くんが通っていくので思わず声を上げた。
「あっ!」
「……え?」
私の声に反応してこっちのほうを三宅くんが見る。危うくバレるところだった。なんとかバレないまま、やり過ごすことができた。
「案外遠いな……」
もう15分ほど歩いてる。5月下旬、気温も高くなってきていたのでちょっと汗ばむくらいだ。緑がまぶしいほど鮮やか。大澤くんの家ってこんな場所にあるのか……。
「あ……」
三宅くんがいた。インターフォンの前に立っている。緊張した様子だった。無理もないよね。キスをしようとした親友の家の前に立ってるんだもん。きっと、緊張するよね。
遂にインターフォンを押した三宅くん。しばらくすると、元気のなさそうな大澤くんの声が聞こえてきた。
「あ……賢斗? 俺」
「リョウ?」
「うん……」
「何?」
冷たい声。きっと、大澤くんはあんなことがあったから傷ついてるんだ。傷つかないハズがない。
「あのさ、出てきてほしい」
「……なんで」
「俺はさ、賢斗のこと好きだから」
「どういう意味で?」
「どっ、どういうって……」
そうだよね。答えに詰まるよね。だって、三宅くんの「好き」はLike。大澤くんの「好き」はLoveなんだから。もちろん、どっちにも愛情はあるだろうけれど、その差はあまりにも大きすぎたかもしれない。
「ライク、なんだろ?」
大澤くんの問いかけに、三宅くんが詰まった。
「ゴメン……帰ってくれない?」
三宅くんがすごく、すごく寂しそうな顔をした。
「で、でも……」
「お願いだから帰ってくれ!」
「……わかった」
三宅くんはすごく辛そうな顔をして、大澤くんの家から離れていった。私はまたバレないように電柱の後ろに隠れて、三宅くんが立ち去るのを見送っていた。何度も悔しそうに振り返る三宅くんの表情が、私には辛すぎた。
「なぁ」
突然、上のほうから声がした。
「お……大澤くん」
さっきまで声を荒げていた人とは思えないほど、優しい表情だった。
「入ってくれる?」
どうしようか迷ったけど、私は言われるがまま大澤くんの家へと入っていった。