金曜日〜彼女の瞳には男の姿は映らない〜
「いらっしゃいませ、すみません。ただ今満席でいつご用意できるか、わからないんです。」
「えー、そうなんだ・・・、残念。また来ます。」
「申し訳ありません。またお越しください。」
これで何組のお客様を帰してしまったのだろう。
今日は金曜日のせいか、私のお店は珍しく繁盛していた。
空いている席はもう、カウンター1席のみだ。
「いらっしゃいませー、あ・・・。」
お店のドアが開き、そこには見慣れた女性が立っていた。
「こんばんわ。やっぱり金曜日だから混んでますね。」
「佳奈ちゃん、いらっしゃい。そう、珍しく混んでてね。カウンターだったら空いてるんだけどどうする?」
「どうせ一人なんで、そこ使わせてもらってもいいですか?」
「うん、わかった。どうぞ、あちらの席をお使いください。」
私は彼女にカウンターの一番奥の席に案内した。
「ありがとうございます。」
彼女は慣れた動作で、カウンターに腰かけた。
「いらっしゃいませ、まずは何を飲まれますか?」
私は彼女の前に行き飲み物を聞いた。
「カルーアミルクください。」
「かしこまりました。少々、お待ちください。」
私はいつもの様に彼女の前から一度離れ、飲み物を作った。
「お待たせしました、カルーアミルクです。」
「ありがとうございます。いただきます。」
お酒を持っていくと、彼女はすぐに口をつける。
「あー、美味しいなー。」
彼女はお店の常連客の杉山佳奈。歳は二十八歳、アラサー真っ只中だ。歳のわりに、落ち着いていて容姿はどちらかというと、ボーイッシュな女性だ。ショートカットで少しブラウンかかった髪はいつもキレイに整えられている。顔つきも可愛いというより、切れ長でそれぞれのパーツがとてもバランスがいい。
「冬真さんも珍しくバタバタさしてますね。」
「うん、さすがにここまで忙しいと冬真も余裕はないと思う。」
「もうすぐ例の時間になるけど大丈夫なんですか?」
「冬真にとってはその時間が一番、落ち着くみたいだから、案外丁度いいかもしれない。」
「なるほど。確かに、その時の冬真さんってなんかリラックスしているように見えますしね。」
「そうそう。」
「すみませーん。」
「はい、ただ今お伺いします。少々、お待ちください。佳奈ちゃん、ゴメンね。ちょっと行ってくるから、ゆっくりしていってね。」
私は彼女にそう伝え、さっき呼んできたお客様のもころへ足を運んだ。
「お待たせしました、何になさいますか?」
「ビールを二つと、燗酒一つください。」
「かしこまりました、ご用意しますので少しお待ちください。」
私はお客様にそう言い、一度カウンターの奥へ向かった。
今日は本当に忙しい。もう少しであの時間になるが、冬真は本当に大丈夫だろうか・・・。
そんなバタバタの時間が続き、いつの間にかあの時間がやってきた。
私は冬真の方へ視線を送る。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
冬真は私の視線に気づき私に向かって合図をしてきた。
「(大丈夫そうみたい。)」
冬真の合図を読み取った私は店内に流れている音楽を止め、それと同時に店内にはピアノの音が響く。
「おー・・・・・・。」
『パチパチパチ~』
店内にはいつもより、大きな拍手が響いた。
その中には歓喜の声を上げるお客様もいた。
そして、冬真はその場に立ち丁寧に頭を下げる。
再び店内にはオーディオからの音楽が流れた。
その後からはお客様も徐々に減っていき、23時を回った頃には片手で数えられるくらいのお客様しかいなかった。
その内の何人かは私の知り合いだったり、冬真の知り合いだ。
「冬真。」
「なんだ?」
「とりあえず落ち着いたし、宏弥君来てくれてるし、少し話してきたら?」
「いや、いいよ。片付けもまだ残ってるし、宏弥とはいつでも会えるから。」
「・・・そう?いつもやらせちゃってるから今日は私がやるよ。」
「大丈夫だって。それより、佳奈ちゃんのところ行ってあげたらどうだ?一人で来てるし、少し話し相手になってあげたほうがいいと思うぞ。」
「あ・・・。すっかり忘れてた・・・。」
私は冬真にいわれ佳奈ちゃんの方に視線を向けた。
「・・・・・・・・・。」
彼女のお酒はほとんど減っておらず、すでに二時間が過ぎていた。いつもの彼女なら二時間もあれば二、三杯は余裕で飲みきっている。
なのに、今日は全く飲んでいない。
「・・・ゴメン、冬真。佳奈ちゃんのところ行ってくる。」
「あぁ、俺の方は大丈夫だから。ちゃんと聞いてあげろよ。」
「わかった・・・。」
そう言って私は佳奈ちゃんと元へ足を運んだ。
「(冬真はすごいな。あんなに忙しかったのに、ちゃんと周りが見えてる。ここの店主は私なんだからもっと冬真を見習わなきゃ・・・。)」
彼女のところへ向かってる間、私はそんなことを思っていた。
冬真の目配り・気配りは本当に尊敬できる。
「グラス、交換するね。それじゃ、美味しくないでしょ?」
私は佳奈ちゃんのところへ来た。
「あ、純さん。別にいいのに・・・。」
「よくないよ、私だって美味しいお酒飲んで欲しいから。」
「・・・ありがとうございます。」
彼女は少し遠慮がちにお礼を言ってきた。
そんな彼女の表情はなぜか寂しそうだ。
「次は何飲む?」
「じゃあ、ライムサワーで。」
「かしこまりました、少しお待ちください。」
私は新しいグラスにライムサワーを作った。
「?」
そんな私に佳奈ちゃんは視線を向けてくる。
「どうかした?」
「・・・あ、すみません。なんか、女の人がお酒を作ってる姿って綺麗だなーって思って。」
「そう?私は毎日がこれだからあまり気にしたことないんだよね。はい、ライムサワーです。」
私は彼女の前にグラスを置いた。
「ありがとうございます。・・・やっぱり純さんも綺麗ですね・・・。」
「えっ?今、何か言った?」
「いえ!なんでもないです。いただきますます・・・。」
そう言うと彼女はグラスに口をつけた。
「・・・?」
さっき彼女が言った言葉はどう言う意味だったのだろう。
それから30分、私は彼女とたわいもない話をしていた。
「あ、もう私だけになっちゃいましたね。」
「うん、でも、全然平気だから気にしないで。」
「・・・ありがとうございます。」
そう言う彼女だが思いつめた表情をしている。
「(やっぱりなんか話したいことがあるのかな?)」
「ねえ、佳奈ちゃん。」
「なんですか?」
「なんか思いつめた顔してるけど、私に話してみない?」
「えっ・・・。」
私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女は驚いた顔をしている。
「大丈夫。絶対、外には漏れないから。だから、話してみない?」
「純さん・・・。」
彼女の顔は確かに驚いてはいるが、その中にもなんとなく安堵感みたいなのを感じた。
「冬真、今日はもういいんじゃない。結構、お客様もきてくれたし。」
「そうだな、たまには早く閉めるか。」
そう言って冬真はお店の外に出て行った。
「いいんですか?」
「うん、いいの。今日はいつもより働いたしたまにはね。」
「純さん・・・。」
彼女の顔は少しだけ笑顔になった。
「それで、佳奈ちゃんは何をそんなに思いつめているの?」
「思いつめてるか・・・。そんな風に見えてました?」
「うん、なんかいつもの佳奈ちゃんじゃないなーって思って。」
「そっか。純さんにはそんな風に見えてたんですね。隠していたつもりだったんだけど、バレちゃったかー。あの、驚かないで聞いて欲しいんですけど・・・、私、実は・・・。」
佳奈ちゃんはゆっくりと話し始めた。
「今の時代、そこまで隠すことじゃないと思ってたけど、そうじゃないんだね・・・。」
「まあな。周りに理解してくれる人がいなかったら厳しいんじゃないか?」
「そっか・・・。私は全然いいと思うんだけどなー。冬真はどう?」
「俺?俺は特に気にしないな。まあ、俺も一応男だから多少のショックはあるけど、それでも個人の自由だしそういうのもいいんじゃないか。」
「なるほどねー。まあ、確かに男としてそう思うのも分かる気はするけど・・・。」
私は佳奈ちゃんの話を聞き終え、いつもの様にカウンターに座っていた。
彼女が話してくれたことは今の時代、割と理解されていると思っていたが、彼女にとってはそうではなかった。
私は佳奈ちゃんの話を一から思い出した・・・。
「驚かないで聞いて欲しいんですけど・・・、私、『LGBT』なんです。』
「LGBTって最近、話題になっている?」
「はい、そうです。その中でも私はBだけどLに近いBなんです。」
「そうなんだ。」
彼女はそのまま話し続けた。
「それで今は、一応、男性と付き合ってはいるんですけど、いざことに及ぶと全然できなくて・・・。彼氏にいつも色々と言われるんですけど、彼には私が『LGBT』だってことは言ってないから仕方ないんですけどね。でも、何回もちゃんと言おうって思って言いかけるんですけど、彼はそう言うのに理解がないみたいで。最近、TVとかでよく話題になってたりするのを一緒に見てるといつも・・・。」
『LGBTかー。俺は無理だなー。』
「って言うんですよね。だから私もなかなか言えなくて・・・。」
彼女は残っていたお酒を全部飲み干した。
「ライムサワーください。」
「はい、かしこまりました。」
・・・・・・・・・。
「お待たせしました、ライムサワーです。」
「ありがとうございます。」
彼女は真新しいお酒に口をつける。
「それで今度は実家で両親とゴハン食べいた時のことなんですけど・・・、そこでもまたTV番組で『LGBT』特集みたいなのやってて、両親と一緒に観ていたんですよ。
で、今度は父親が・・・。
『最近、こういう番組、多いけどそんなにいるのかね、母さん。』
『さあ、どうなんでしょうね。私の周りでは聞いたことないですけど。』
『俺の周りでも聞いたことないな。外国だけの話じゃないのかね。』
『そうかもしれませんね。』
『俺はさすがに理解できんな。』
『人それぞれですからね。』
って言われちゃって・・・。正直、こんなに頻繁にやらなくてもいいのにとか思っちゃいました。」
「ほんと、最近そういう番組多いからね。」
「ほんと、そう。それで、両親のその会話を聞いていたらなんか、私、腹立ってきちゃって・・・。あなたたちの目の前にいるんですよ!って言いたくなっちゃいました。でも・・・言えなかった・・・。」
彼女は切ない表情を浮かべた。
「それに・・・。」
「それに?」
「私、他に好きな人がいて・・・。その人も、私が『LGBT』なのは知らないんです。その人に対して憧れの部分もあるんですけど、他にも少し抜けてるところとか、笑顔が可愛らしいところとか、ほんわかしてるところとかがすごく好きで・・・。」
「私よりも歳上なんですけど、そんな感じも全くしなくて。本当に素敵なんです。」
そういう彼女はとてもいい顔をしている。
今日の中で一番、いい笑顔ではないだろうか。
「その人には恋人はいないの?」
「多分、いるんじゃにいかな?あれだけ素敵で可愛らしいかたなんでいない方がおかしいくらい。」
「そっか・・・。」
彼女の表情は再び切ないものに変わった。
「純さんは、私みたいに人間ってどう思いますか?」
「私は・・・、そういうのも全然いいと思うよ。だって、男でも女でも誰かを好きになることはその人の自由だし、同性を好きになったらダメだっていう法律はないんだから、色々な愛の形があってもいいと思うな。」
「純さん・・・。純さんみたいな人が周りにいてくれたらここまで辛くないのにな・・・。」
「佳奈ちゃん?」
「あ、いえ。なんでもないです、ありがとうございます。」
彼女は辛さを堪えているかのように見える。
「・・・・・・・・・。」
周りに自分のことを理解してくれる人がいないと思うと辛いのも当たり前だろう。自分は本当のことを話したいのに話せないという気持ち・・・。
今のまま話してしまえば否定されるのは分かりきっている。誰かを好きだという気持ちはとても大切なことだというのに、それが同性だからって否定されるなんてとても不便な世の中だ。
確かに、海外に比べたら日本は『LGBT』の数は少ないとは思う。けれど、日本人はその人達に対してもっと理解を示して行くべきではないだろうか。
そういう人が増えれば佳奈ちゃんのような人も過ごしやすい世の中になるだろうと、私は思う。
その後の彼女の話は、好きな女性の話しばかりだった。
小さくて可愛い、目がとても綺麗、いつも笑顔でいる、仕事をしている姿は本当に様になっていて素敵だ・・・。
そう話している彼女の姿はとてもキラキラしていて、まるで恋する乙女のようだ。
いつもキリッとしている彼女からはあまり想像がつかないくらいだ。
「あー・・・、会いたいな・・・。」
「(本当にその女性のことが好きなんだな。その想い、伝わればいいのに・・・。)」
「・・・純さん。」
「なに?」
「純さんからみて、今の私ってどう見えます?」
「そうねー、いつもはすごくスタイリッシュなのに、今は恋する乙女って感じかな。」
「乙女か・・・。それ私に合ってるかな?」
「少なくとも、今の佳奈ちゃんはそう見えるよ。」
「そっか・・・。」
「・・・誰かを好きになることはとても大切なことだし、相手が誰であろうと私はその人と幸せになってほしいな。どんな形でもいいから二人で支え合って歩んでいってくれると嬉しいよ。」
「・・・純さんもステキな女性ですね。純さんに聞いてもらえて良かった。ありがとうございます。」
こうして彼女の話は終わり、軽やかな足取りでお店を後にした。
「・・・・・・・・・。」
彼女はこれからどうするのだろう?今付き合ってる彼には本当のこと言える日が来るのだろうか。両親にはどう言うのか・・・。
彼も両親も『LGBT』には否定的な考えを持っている。
それを覚悟の上で言うのだろうか・・・。
好きな女性のこともどうするつもりなのだろう。
もし、その女性に気持ちを伝えたら驚くのは間違えないだろう。まさか、歳下の女性から好意を持たれるなんて思っていないだろうし・・・。
彼女にはたくさんの壁が立ちふさがっている。その壁を超えられる日は来るだろうか・・・。
「おい、純。」
「わぁ!あ、ゴメン冬真。」
私は冬真に声をかけられ驚いた。
「ったく、自分の世界に入りすぎだ。それと、他人の話にも深入りしすぎ。そのうち、自分自身まで見失うぞ。」
「うん・・・、ゴメン。分かってはいるんだけど、どうもこう言う性分みたいで・・・。」
「純は昔からそう言う性格だからな。もう少し気楽に考えてみたらどうだ?」
冬真は相変わらず口が悪い。私のことを心配してくれているのは分かるが、たまに、怖いと思うときがある。」
「純。」
「えっ?」
彼はいきなり私の頭に触れてきた。
「・・・俺なりに心配してるんだ、それだけは分かってくれ。」
「・・・わかってるよ。だから、その手をすぐに避けて。」
「たまにはいいだろう。小さい頃、お前が泣いてたときはよくこうしてたんだし。」
「それは子供の頃の話。今はもういい歳なんだからやめて。」
私は恥ずかしさのあまり、まともに彼の顔を見れなかった。
「はいはい、ほら、帰るぞ。もう終わったんだろう?」
冬真は私の頭の上に置いていた手を避けて、帰り支度を始めた。
「うん、終わった。」
「じゃ、帰るぞ。早く支度しろ、送ってくから。」
彼はすでに支度を終わらせ店内の照明を消そうとしている。
「あ、ちょっと待って。」
私は・・・
~彼女の瞳には男の姿は映らない~
と、書いた。
「もういいか?」
「うん、大丈夫。」
そういうと、冬真はすべての照明を消した。
私と冬真はお店の外へ出た・・・。